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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  65枚目 1999/09/01

我が家の夏の終わり

▼この夏も、世間では水死、遭難死、交通事故、自殺、保険金目当ての殺人などなど、たくさんの少年少女が死にました。そんな中で、みんな良くぞ生き延びて新学期を迎えられたのはエライ!まずは僕もホッとしてます。無事=悪いことが自分の身に降りかからないことはありがたいことです。でも、何にも起きない人生ほどつまんないものはないよね。この夏、みんなはどんな体験をしたんでしょう?是非とも中2ノートで教えて下さい。

▼僕の今年の夏は、この十年ばかりの中では特異な夏でした。何かというと、家族四人で、海にも山にも旅行にも、一度も行かなかったということです。今までの夏は、日本海や太平洋に泳ぎに行ったり、キャンプ道具を積み込んで信州や北海道をまわったりしてました。上のチビが高校入試を控えていた去年でさえ和歌山の山奥でキャンプしながら海まで行って泳いでました。ところが、今年はいろんな事情が重なって、家族バーラバラ。

▼夏休みの終わりかけに、ヨメさんとガレージのガラクタを整理しました。海に浮かべたビニールボート、雪遊び用のソリ、大型のバーベキューコンロ、虫かご、バドミントンセットetc.みんな燃えないゴミの日に捨てました。捨てるときにヨメさんが「我が家のこういう時代は終わったね」とポツリと言いました。

▼今年はドイツの詩人ゲーテの生誕二百五十年です。先日新聞のコラムに載っていた「人の生活は、『できるけどしたくないこと』と、『したいけどできないこと』の二つしかない」というゲーテの言葉がこの夏一番の僕の夏の思い出です。この秋は「したいことができる」ように、お互い励ましあっていきたいもんです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  66枚目 1999/09/02

必然的偶然

▼今日、十人ほどの「ちゅう2ノート」を読ませてもらいましたが、それぞれが思い出に残る「何か」を手に入れているようで、ステキでした。いろんな所に出かけて、いろんな人と出会うことは新鮮な驚きや発見をもたらしてくれるもんだね。

▼僕がこの夏初めてゆっくり話をした出会いの数は30人以上になります。そのほとんどはみんなのお母さんやお父さんです。お母さん方が家に帰ってから、みんなにどう話をしたかわかりませんが、短めの人でも一時間、長め人とは二時間以上付き合って頂きました。

▼何をそんなに話すことがあるのか?と思う人もいるでしょうが、みんなの生活を支えているお母さん達一人一人が何を大切に考えていて、どう生き生きと暮らそうとしているのかってことを一対一(御夫婦でいらして下さったお宅も三組)で向き合っているだけでも、あっという間に時間は過ぎてしまいます。聞けば聞くほどなるほどなあと思うことがいっぱいあります。

▼中でも、みんなが十四年の人生を送るきっかけになる大元の出会い=「お父さんとお母さんの出会い」の話は、考えさせられることしきりでした。職場、バイト先、旅行先、ゲレンデ、図書館、実験室や選挙事務所etc.で、同級生、先輩後輩、幼なじみ、お兄さんの友達や友達の友達etc.と、いろんなドラマが今のみんなのもとになっています。

▼世の中のほとんどのもの同士は、単なる偶然で結びついたりすれ違ったりしているのでしょう。それを「仏様のご縁」や「神様のお導き」と考える人がいてもいいでしょう。でもね、僕はそれを「必然的偶然」つまり、ホントは偶然なんだろうけど、自分にとってはそうなるべくしてなった出会いだって思うんだよな。「後悔」って言葉もあるけど、他人から見ればいくつかの選択肢があったにせよ、いま自分が取っている道は、「その時の自分にはそれしか取りようのなかった道だった」って思うことがきっとあるよ。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  67枚目 1999/09/03

できなくなってできること

▼基礎学力テストの答案も、ぼちぼち返ってきて、夏休みの「努力の成果」がまた一つ明らかになってきましたが、追試のみなさんご苦労さん。「ツケ」はいつか払わなければならないということを、ここでまた勉強して下さい。「ちゅう2ノート」を読んでいても「夏休みはあっという間に終わってしまった」って思っている人も結構いるようですが、「光陰矢のごとし」ということわざ通り、自分が使える(残された)時間は確実に過ぎていきます。

▼二、三ヶ月前から、右目の調子がどうも良くなくって、眼鏡の度があわへんし、小さな字がぼやけて読みづらくって仕方なかったので、夏休み中に眼鏡屋に行きました。「すると、ボチボチ老眼が入りかけてます。まだ遠近両用は必要ないですが、右目の近視用のレンズの度を下げましょう」ということになりましたが、老化は着実に僕の身を襲ってきています。みんなのお父さんやお母さんで「老眼」になりかかってる人はどれぐらいいるんでしょう?

▼こうした「衰え」を受け入れていく時期と、いろんなことにチャレンジし吸収しながら「成長」していく時期は、年齢にかかわりなく同時に重なっているんだと思います。できたことができなくなっていく分だけ、できなかったことができるようになって行きたいもんだと、つくづく思う今日このごろです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  69枚目 1999/09/07

「知的好奇心」に応えます

▼今日で、二年四組誕生以来、まる五ヶ月です。一人一人、まわりの人となじんできてるようですが、それでもまだまだお互いがどんな「力」を持っているのか知らないままのことも多いんじゃないかな?何かをいっしょに「する」ってことで、初めていろんな人のいろんな所が分かってくるもんです。体育祭や文化祭の準備は、そんな意味で、とっても貴重な場だから、発表内容以上に一緒に「する」ことを大切にしてもらいたいもんです。

▼今日のHRでも少し話したけど、どんな「視点」を持って展示するのかで中身もぐっと変わってきます。第二次大戦で日本軍の七三一部隊やナチスドイツが行った人体実験、ベトナム戦争でアメリカ軍が行った枯葉作戦など、歴史の中で隠されてきたものを「いのちーKARADA」というテーマで照らし出してみるのもおもしろい。

▼「病気」のことだって、今問題になってる「脳死」って言うのが本当はどんなもので、臓器移植の問題は何かってことをやってもいい。「感情」の話だって、悲しいとかうれしいとか言うことにとどまらず、「からだと感情の接点」を見つめるならば、ストレスなど心の不調が引き起こすからだの異変、心身症や自律神経失調症、拒食症などの摂食障害を扱ってもいい。「愛」について考えるなら思い切って性の問題に取り組んで、心と体の両面から考えてもいい。ピルやバイアグラのこと、性同一性障害の人たちの性転換手術の話やホモセクシュアルの人たちの人権だって社会の大きな関心事です。

▼僕にもいろんな手伝いはできます。紹介してあげられる本や資料もあります。こんなことしてみたいとか、どうやって調べればいいかとか、グループごとでもいいし、個人的にでもいいのでどんどん聴きに来て下さい。みんなの思い出作りや「知的好奇心」を膨らませるためになら、できるだけのことをしたいと思っています。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  70枚目 1999/09/08

銀の波に揺られてみたい

▼なんだか知らないうちに日の暮れが早くなってきて、同じ時間に学校を出ても、帰り道が物悲しく感じることないかな?秋になって、体調崩している人もチラホラで、朝礼の時もひどく疲れた顔してる人もいて欠席者もパラパラ。僕も一昨日は、下痢とめまいがひどくって休んでしまいましたが、何とか次の日曜まで持たそうと、ヘロヘロしながら学校に来ています。

▼ところで、みんなは「虫の声」ををどんなふうに聴いてますか?夏の暑さで焼け焦げたような空から響いてくるツクツクボウシの声は、僕には昔から「つくづく恋しつくづく恋し、胸苦しいよ胸苦しいよ、じー」と聞こえます。ものの本には、日本人の脳は西洋人と違って、虫の「音」やこずえを揺らす風の「音」を「言葉」として受け止める割合が大きいと書いてあります。そうした感受性が、日本独特の「風流」を生み出してるのかもしれないね。

▼そろそろ秋の澄んだ空になってきて、夕焼けがきれいに映えて、夕暮れ時と月の出の時間がぴったり合った「お月見」シーズンになってきました。東の空から上がる満月をウットリ眺めるなんて言う感性も、東洋人に特徴的なもののようです。もう少ししたら、月の光に照らされて、ススキが銀の波のように揺れる河原にいって、さざなみのように広がる虫の声に耳を澄ませてみたいもんです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  71枚目 1999/09/09

新聞記事に埋もれて

▼「一九九九九・九・九」今日の日付を見て、何かしんどくなった人もいるかもしれないね。まだまだ「夏の課題」を引きずったままの人も多いようですが、明日の二回目の追試では全員合格してもらいたいもんです。体育祭の応援演技の練習も始まったし、文化祭の展示内容をどうするのかってこともまだまだ話の途中だし、やること満載状態の9月10月です。でも、この夏休みに、いろんなこと体験して新しいことに興味を持ち始めた人も何人もいるようで、そんな人はきっと、毎日の過ごし方も一学期とは一味違うかもしれないね。

▼僕は、毎年春・夏・冬の休みの前に、その休み中のテーマや課題を決めてます。中身は「仕事」と直接関係することもあればそうでないものもいろいろ。今年の夏の課題は「新聞や雑誌のスクラップの整理」がその一つ。ため込んであった半年分の朝日新聞と京都新聞と、一年分の「アエラ」という雑誌から「教育」と「女性の生き方や性にかかわる問題」の記事を抜き出してスクラップブックにしてすぐ見られるように整理することでした。

▼夏休みの終わりかけに「CARD」という名前のパソコンソフトを買ってきて、記事の見出しや発行日などを打ち込んでデータベースを作り始めましたが、これが結構しんどい。スクラップブックは完成した(といっても、毎日増えてます)ものの、データベース作りはまだ三分の一がやっと。僕の夏の課題は、このままでは冬までかかりそうです。

▼それでも、こんな作業を続けていると、いろんなことを考えさせられる記事といくつも出会います。右の記事もそんなものの一つです。みんなも、ちょっとした時間を作って、新聞の見出しだけでも目を通してみたらどうでしょう?文化祭の展示のアイデアや自分の将来を考えるきっかけを手に入れられるかもしれないよ。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  73枚目 1999/09/11

追試あれこれ

▼昨日の晩の雷はすごかったねえ。僕の家のすぐ裏は「宇治カントリークラブ」というゴルフ場なので、バンバン雷が落ちているのが良く見えました。せっかくの豪勢な雷なので、部屋の電気を消し、キンキンに冷やしたウオッカをグラスに注いで、ちびちびやりながらヨメさんと「見物」してました。

▼さて、昨日は第二回目の追試でしたが、またまた不合格になった人が結構いるようです。採点しながら「みんなは追試ってものをどんなふうに受け止めているんだろうな」って思ってシミジミしてしまいました。「できてなかったことをできるようになるまで挑戦するチャンス」なんて思っている人はきっと少ないんだろうな。ほとんど勉強しないまま繰り返しテスト受けてる人もいるし。

▼逆に「追試に引っかからないように頑張る」って言う人は、何を大切にしてるんだろう?「落ちたら恥ずかしい」って思ってる人もいれば、「、他にいっぱいしたい事があるのに追試なんてやってたらできなく」って思って頑張ってる人もいるんだろうね。

▼僕は、「できるようになりたい」「分かるようになりたい」ってみんなが思う限り、根気よく付き合っていきたいと思ってます。でもね、みんなが授業中や、夏休みの補習や、家での復習をもうちょっとコツコツやっててくれれば、追試のプリント作ったり採点したりする時間を、もっと授業を先に進めたり深めたりするための準備に使えるのになって思ってしまいます。限られた時間の中で、いろんな事をいっぱい体験したり吸収したり身に付けていけるよう、体も心も頭の中も、元気にさせていけるといいよね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  74枚目 1999/09/13

コミュニケーションってやり方次第

▼昨日はホントは滋賀県の八日市(名神のインター降りてすぐの所に、結構いい園芸屋さんがあるのです。そこにあるイタリア料理店のスパゲッティもおいしい)まで秋植えの花の苗を買いにいくつもりだったのですが、ヨメさんの具合が悪くなって取り止め。気分転換に床屋に行きました。

▼床屋のおやじというのは良くしゃべる。僕は、そうしたおしゃべりが苦手で、「ええ」とか「まあ」とか適当に応えるだけ。行き付けの床屋だから、そういう僕には初めっから何もしゃべらなくてもいいようなものなのに、やっぱり話し掛けてくるのはなぜか。それが昨日分かった。

▼日常生活で、他人の体をいきなり触わってきたり、親密な関係でもない人に髪や顔をなでまわされることはないよね。ところが、床屋のオヤジは人の後ろ(死角)にまわって、刃物を持って立ち、首から上をいじりまわすわけ。オヤジのことを信頼してるからこそ、それに身をまかせてるけど、このオヤジが「キレテタラ」と思うと、これほど恐いことはない。

▼そこで、その緊張関係をほぐすために「一号線のジャスコはえらいはやってるそうで」とか「今日から秋場所が始まりますね」とかいう声かけをするわけだ。そう考えると、タクシーの運転手がどうでもいいような話をしてくるのも、見知らぬおっさんと密室で二人きりになる緊張感をほぐすためだと了解できるわけ。

▼勝手にそんな納得をしながら家に帰ると、ヨメさんが「布団のカバーを着けるの手伝って」と言うので、洗濯したシーツの両端にそれぞれ座って、四隅のヒモをとめて布団を差し込みチャックを閉じる。終わってポンポンと布団をはたいて広げたら、「カバーかけも二人でやると楽しいな」とヨメさんがのたまう。別に一言もしゃべったわけじゃないんだけど。

▼一見無意味なおしゃべりに大切な意味があったり、何にもしゃべらなくっても一緒に何かをすることが会話になっていたり。ムキになって大声張り上げるばっかりがコミュニケーションってもんじゃないって再確認した一日でした。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  76枚目 1999/09/29

みんなでエネルギーチャージを

▼今日の朝は、二日続きの晴天の中の行事でへたばった人って、欠席と遅刻が九人となった記録的な朝でした。昨日の体育祭に向けて、全速力で走ってきた人たちは、優勝できなかったものの、他には代え難い体験ができたのではないでしょうか。

▼何かを成功させるには「一%の才能と、九九%の努力」といいますが、僕は最近「努力することができる力」も才能の一部ではないかと思っています。何かのチャンスがあっても、それに向かって食らい付くことができる人と、興味を持たずにやり過ごしたり、面倒がって背を向けてしまう人がいます。「もったいないな」と思いますが、それが「力不足」であるなら責めることはできません。それに、それも「その人らしさ」の一部かもしれません。

▼文化祭まで後二週間です。一人一人がどれだけ知恵と時間を出し合え、みんながどれだけ関わり合えるか。四組がどんな力をどれだけ持っているかが試される場です。二人の議長さんと文化祭実行委員さん、六人のパートチーフさんで、限られた時間、今ここにいる人たちの力をどうまとめていくか、今週中に相談していくことが、仕切り直しに必要なようです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  77枚目 1999/09/30

まだまだお疲れ、でもぼちぼち

▼今日の朝も、欠席や遅刻ですきまの目立った二年四組でした。疲れが取れずに授業中突っ伏している人もチラホラ?よそのクラスでは、調理実習中に貧血で倒れてしまった人もいるようです。元気のモトは人それぞれだろうけど、お互い励まし合いつつ何とかしたいもんだね。

▼さてさて、文化祭。グループごとの準備は少しずつでも進んでいるでしょうか?来週のHRでは、作ったり書いたりし始められるように声を掛け合いましょう。資料が見つかりにくかったり、アイデアに詰まったりしたら、できる限り応援しますから、そのつど話しに来て下さい。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  78枚目 1999/10/01

する人・しない人・できない人

▼世の中ではいろんな事件が起きてますが、そのたびに何でそうなるの!と怒りと悲しみが入り交じらない?自分もまわりもどうすることもできなかった、あるいはしなかった無力感で。昨日は原子力発電所の関連工場で事故が起きました。関東の一部では今も学校が休校となり電車も止まっています。権力を持った人は「絶対大丈夫」とか「これしかない」とか「一度決まったことだから」とかいいながら無理を通し、問題が起きた時には「遺憾です」で終わるか、誰かのせいにする。

▼一昨日は、ついこの前の東京での連続殺人に続いて、山口県で通り魔が三人を殺す事件が起きました。東京の男(二三才)は「真面目に働いているのに評価さえれず、積み重なった怒りが押さえ切れなくなった」、山口の男(三五才)は「社会に不満があった」と言ってるそうです。そうした男達のしわざにも怒りと悲しみが湧きます。

▼まるでこれら二つの事件には関係なさそうに見えますが、右に載せた岐阜県知事の発言の新聞記事も、同じ社会の出来事としてどっかで根っこがつながっているように思えます。傲慢さかな?文化祭の学年テーマ「いのち 生きること」を考えるときも、社会のありさまと、個人のありさまとの二つを良くつなげてみる必要がありそうです。「問題」は偶然起こるのではなく、誰かが何かをしたり、しなかったりするから起こるのです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  79枚目 1999/10/02

戦争と「おんな・こども」とからだ

▼「そんなことは女・子供のすること」などと言って、女性や子供を一人の人格として認めない社会が今でもあります。大人であっても女は半人前と馬鹿にされたり、子供は正当な人としての権利を認められない。そう考えると「女子中学生」というのは、世の中で一番「ハズレ」にいる人種になりそうだ。そういう立場の人間として、「いのちー生きること」を考えるって言う視点は大切じゃないかな。

▼昨日東京と福岡で、二つの裁判の判決が出た。(今日載せた新聞記事)また腹が立ち胸が痛む。昨日はいつもの女性大学の講座に出席していて、ちょうど従軍慰安婦の問題がテーマだった。裁判所は戦争中に日本軍が朝鮮人・中国人・フィリピン人・オランダ人などの女性を強制的に捕まえてきて、兵隊達の「慰安婦」にさせていた(要するにレイプのし放題)という事実を認めている。

▼なのに、政府のエライさんや、東京都知事になった石原慎太郎氏などは「お金目当てで売春婦になった女が、また金もうけのために裁判を起こしている。日本軍が女性を犯したのなんて言うのはウソだ」などと平気で言っています。

▼戦争が起こると、兵士が死ぬだけでなく、必ず女性の「カラダ」が被害を受けます。ついこの間のユーゴやインドネシアの内戦でもたくさんの女性がレイプされ、戦地だけでなく沖縄・韓国・フィリピンの米軍基地の周辺では、今もレイプの被害は続いています。PKO(平和を維持する部隊)としてカンボジアに行った日本の自衛隊員には、税金で「コンドーム」が支給され、あの東京都知事選挙にも出馬した明石氏は「自衛隊員にも美女と楽しむ権利はある」といってました。

▼生きていくことのできない貧困が戦争を生み、「カラダ」を売る女性を生み、その戦争で活躍する兵士によって女性はレイプされ、生きるあてをなくしてしまった女性がまたカラダを売る。そこに日本人の男性が行ってカラダを買う。みんなは、この事実をどう考える?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  80枚目 1999/10/04

秋は足早に

▼みんなは、時間の移り変わりの「速さ」を何で感じ取りますか?毎週やってるテレビの番組で、「もう一週間たってたの!」何てことあるでしょ。この一週間何してたんやろ?なんてのが続くと、ちょっと切ない気分になるよね。

▼昨日の午後、何気なくテレビをつけると「中学生日記」(観たことある?)をやってました。退職した後ボケ老人になっても、気にかけ続けていた不良生徒の記憶だけが残って学校に来た元教師と、夢を見失って荒れている少年の物語でした。その話も良かったのですが、それ以上に「おおっ!」と思ったのは、あの「伊藤麻衣子」が先生役で出ていたことです。

▼僕が学生の頃、彼女が何者かあまり知らないまま「はまなか手芸糸」のポスターに見とれていた伊藤麻衣子が、「いとうまい子」に名を換えておばさんになって出てた。それでも、かわいい!番組の最後に再登場し「番組へのご意見をお寄せ下さい」の言葉に思わず頷いてしまいました。その後「新体操」の中継を見ていて、ウクライナのビトリチェンコがボールの演技でミスを犯しながらも、リンとして美しく立つ姿勢に思わず胸が熱くなり、静かな感動。かくして秋の一日は暮れていくのでありました。

▼季節はどんどん巡っていって、文化祭までみんなが学校に来る日は7日間!となりました。明日のHRと木曜日の準備日でぎゅんと加速しないと、とても寂しい展示になってしまいます。一人一人の知恵と時間を出し合いましょう。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  81枚目 1999/10/08

半年目のけじめ

▼昨日で2年4組の生活も半年を過ぎました。文化祭の準備は、それぞれのパートで着実に進んでいるようですが、その反面困ったことが続いています。昨日の放課後机の上においてあった財布が消えました。二学期になってから、4組の教室(机の上やかばんの中)から財布が消えたのはこれで四件目です。財布に足が生えて歩いていくわけはありません。誰かが持っているか、どこかに捨てられているはずです。

▼紛失や盗難が起こるたびに、「みんな」に向かって、「財布はポケットに入る財布にして常に身に付ける・体育やクラブの時は預ける・定期代などまとまったお金を持って来たときは朝預ける。」を「みんな」も耳にタコができるほど繰り返してきましたが、また起きました。「うっかりしていて盗られた人より、人のものを勝手に盗った人のほうが悪い。だからこそ、人に罪を犯させないよう貴重品の管理をしっかりするよう協力してほしい」と繰りかえし言ってきましたが、その言葉をまともに聞いてもらえないようです。

▼根っこにあるのは何でしょう。盗った人の事情は分かりません。誰だか分からないからです。分かれば、抱えている問題を一緒に解決していけるようにしたい。でも、盗られるようなクラスの事情は分かります。授業中に注意する先生の言葉も真に受けず聞き流し、掃除にせよ当番にせよ自分の責任(役割)をほっぽりだして気にかけず注意されては文句を言い、下校時間やおやつやマンガ、決まったことを守らずわがまま通す。朝礼でも授業の始まりでも、挨拶する言葉は声にならないない。こうした日常生活(授業中も放課後も、クラスでもクラブでも)のけじめの崩れと、人との関係をないがしろにする心の崩れです。

▼「4組だけ」がだらしないわけではありません。「二年生だけ」がそうとも限りません。だからこそ、せめて一緒に暮らす後6ヶ月の4組の生活を気持ちよく過ごせ、よい思い出を一つでも増やしていけるようにできることからやっていきたいのです。議長さんや班長さんとも、これからどうしていったらいいのか相談させてもらうことにしました。そこで相談した内容は、また報告します。保護者の皆様のご協力もお願いいたします。助言やご意見をお寄せ下さい。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  82枚目 1999/10/09

保護者の皆様へ

▼前号の「手紙」のように、昨日の放課後、議長さんや班長さんと教室での盗難にまつわる問題について話し合いを持ちました。盗った人を見つけることはできないのか、盗られた品物が帰る手だてや一人一人がもっと気を付ける手だてはないのか、などいろいろ話がされました。その結果まず次の三つのことをしようということになり、今日の朝礼で議長さん達から話がされました。

▼@盗った人が4組の中にいるとは限らないが、可能性がゼロではない。そこでまず4組の人たちに向かって、議長であり、盗られた一人としての山中さんが「そっと机の中に返すのでもいいから、盗ってしまった人がいるのならば返してほしい。それだけでも盗った罪は軽くなる」という訴えをする。A班長さんを中心に、教室の移動の時などに財布を身に付けることや、体育の時に貴重品を集めることを呼びかける。B四組だけのことではないので、近いうちに他のクラスの議長さん達にも集まってもらって学年としてどうしたらよいか相談をする。

▼文化祭まで後五日間となり、どのクラスの教室も準備のために雑然としています。盗難にまつわり心無い噂が飛び交い人間関係がギクシャクする心配もあります。また、先日は登校中の電車内で痴漢被害に遭った生徒もいます。そうした中でも、授業を落ち着いて受けられ、様々な活動を思い切ってできるよう、授業担当や生徒係の教員とも連絡し合い、学年として対応を進めています。保護者の皆様からも、家を出る際に貴重品の身に付け方や、登下校の際の注意についても声をかけて下さいますようあらためてお願いいたします。また、最近の様子で気に掛かることがございましたら、ご遠慮なくご相談下さいますようお願いいたします。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  83枚目 1999/10/12

天災・人災

▼今日は朝から京阪の事故で大変でした。連絡がうまくつかなかった人ごめんなさい。学校に着くと、タクシーから人に支えられて吐きながら下りてきた高校生がいました。止まった電車の中で気分が悪くなったのかもしれません。スカートの汚れがかわいそうでした。こうした事故や災害に備えて、日頃から「万が一」の時はどうするか、家でも話しておいてくれるとありがたいです。

▼このところ、原子力施設や新幹線など「絶対安全」のはず、だったものが事故や事件を起こしています。また、今年の夏の台風や台湾での地震でも何人もの人が死にましたが、中には「天災」というより「人災」といったほうがよいような形で人が死んでいます。人(=一部の人の利益)や社会の都合(=特定の組織の利益)を優先し、危険を知りながら、または危険を無視しながら、問題があるとうすうす知っていて、場合によってはおおやけに反対意見があるにもかかわらず強引に何かを進めると、必ず災難が降りかかってくる。そして、いつもそこで一番大きな被害をこうむるのは、社会的な弱者です。

▼人はどうしても「大きなもの」に寄りかかり、それによって身を守ろうとしがちです。でも、大きなものは小さなものを無視することがあります。「世の中のオカシサ」って言うものをちゃんと見つける力を付ける。そして、大きな力に押しつぶされないように自分を守り、自分達のいのちと体を守り会あえる仲間を作る。それこそが、僕らが勉強すべき事の大切な一つなんだと思わない?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  84枚目 1999/10/13

からだからだから 

▼いよいよ明日の午後から授業がなくなり、文化祭の設営に突入します。それぞれのパートでつめの仕事が進んでいるようですが、パートによっては、この一週間ほとんど進展がない所もあるようです。今日も含めて後三日、精一杯何ができるか頭と心と手と足を使ってほしいと思います。

▼一万二千円というお金とかぎられた時間と技術で展示をするのですから、一番のポイントは「発想」や「着眼」そして、「表現の工夫」です。まだまだ、今からでも「こうしてみたらどうかな」「こんな事も付け加えて」「「これはこんなふうに変えてみよう」って言うことができるはずです。

▼今日も新聞の切り抜きを四つこの手紙に載せました。一つは昨日の記事と関連する学校での「からだ」の問題(校内暴力)。一つは、本来体を治すべきはずの場所で、「からだ」が傷つけられている問題(医療セクハラ)と、「からだ」を直すために別の「からだ」を傷つける問題(生体肝移植)。もう一つは、みんなにはまだなじみがないと思うけど、「からだ」と心一致しないで苦しんでいる人の問題(性同一性障害)。「からだ」を考える視点=着眼や発想のもとはきっともっといっぱいあります。

▼性同一性障害とは、からだ(生物学的に)は男(または女)でありながら、こころ(意識や感覚)は女(または男)で、からだとこころが一致しないで悩む障害で、同性愛とは違います。原因はまだはっきり分かっていませんが、胎児期の脳と特定のホルモンの関係が関係するかもしれないという研究もあります。「この世には男と女しかいない」のはあたり前とされてきました。しかし、そうした「あたり前」は、実は多数がそうであるというだけで、本当はたくさんのいろんな少数がこの世には存在しているということを無視して成り立っているに過ぎません。

▼大切なのは、一人一人が違っているからこそ、それを互いに認めあい、互いが尊重されるような社会を作っていくことなんじゃないかな。「みんな」という言葉が一人を抹殺したり一人に責任をかぶせるために使われるのを見過ごしていると、最後にはたくさんの人がいのちとからだを脅かされるって言うことを忘れないようにしたいね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  85枚目 1999/10/25

秋の夜長に何思う 

▼文化祭前に香っていたキンモクセイの花はもう散り終えて、先週から急に秋が深まってきました。朝晩冷え込んで、もうコタツを出して丸まってる人もいるようです。風邪ひきさんも目立ってきました。あさってからの中間試験であせってイライラしたり、落ち着かなかったりしてる人も多いと思います。そんな時は、青く澄んだ空をバックに、朱色のまだらになったハナミズキの葉や真っ赤に色づいた実が風にそよいでいるのをながめて、ゆっくり静かに深呼吸してみるのもいいかもしれないね。

▼前にこの手紙でも話したように、我が家の上のチビ(高一)が初夏の頃「誕生日まで毎晩皿洗いをするから携帯電話を契約させてくれ」と言い出して、何とかかんとか五ヶ月間やりとおし、昨日めでたく誕生日を迎えました。それで、朝から近所のイトーヨーカ堂に行き、彼の名義でDDIと契約し、彼は大満足。基本使用料は僕が払う約束ですが、電話代は彼持ち。来月送られてくる電話代の請求書を見て、彼は今度は「皿洗いを続けるから電話代を出してくれ」というのではないかと思っています。

▼何はともあれ、自分なりの目標を持って生活するというのはいいものだと思います。中学生活残り半分となったこの秋。今までとはちょっと違った思いでこれからの自分を考えてみるのもいいね。「進路」を考えるのは若者の特権ではありません。僕も、日本人の平均寿命の半分を過ぎたこの秋の夜長に、静かに自分の進路を考えていくつもりです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  86枚目 1999/10/29

みんなでよりよい暮らしを実現するために

▼いよいよ来週の火曜日は次の生徒会役員選挙の告示です。みんなには選挙権(選ぶ権利)と被選挙権(選んでもらう=立候補する権利)の両方があります。この権利を最大限使ってほしいものです。権利は「ある」だけでは役に立ちません。「使う」事によって初めて意味が生まれるのです。そして、使わないまま放っておくと「ない」ことにされてしまいます。

▼みんなはまだ、国や町の選挙に参加することはできませんが、二十歳にになれば選挙権が認められ、やがて立候補することもできます。選挙権が認められるというのは、その社会の中で責任ある一人の人間として認められるということです。長い人間の歴史にもかかわらず、こうした「だれもが自分達の国や町のリーダーを自分達で選ぶ」事が多くの国でできるようになったのは、二十世紀になってからです。

▼それでも、立場の弱いものには選挙権はなかなか認められてきませんでした。日本の「女性」の選挙権は五十三年前の一九四六年にやっと認められました。しかし今でも、日本に長いこと住んで税金を払って(義務を果たして)いながら、日本国籍を持たない在日外国人の人たちには選挙権が認められていません。

▼進んだ国と思われているアメリカ合衆国で「黒人」が白人と同じような選挙権を持てるようになったのは、たった三五年前の一九六四年。それは人種差別を許さないという運動を黒人自身が起こした成果です。この十年ばかりの間に女性の上院議員が増えてきたのは、女性自身が自分達の人間としての権利を守ってくれる女性を自分達で応援(選挙費用を寄付したり選挙運動の手伝いをしたり)して当選させようという運動を続けたからです。

▼社会を作っている一人の人間として、自分達の生活をより豊かにしていくために守るべきもの・変えるべきもの・新たにつくり出すべきものは何かを考え、話しあう。いろんな意見がある中で、自分達の意見をまとめ、自分達で決め、決めたことを実行する。そのリーダーを選び、選ばれる。こうした経験を重ねる中で、みんなの中から、やがて京都市長や国会議員や総理大臣が生まれてくるかもしれません。その時は僕も応援します。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  87枚目 1999/11/01

あと半分?

▼今日から十一月。紫式部の小さなビーズのような紫のみがつややかに光るひんやりした朝の空気、抜けるような青空に震えるまっ黄色なイチョウ、カサカサとせわしげに道を横切るケヤキの落ち葉。そんな月の初めを期待してたんだけど、今日の空気はなんとなく生暖かで湿っぽく、鉛色の雲がムクムクと押し寄せ、空をおおっては流れていきます。体調崩したお休みさんが4人もいて、どうも締まらない週と月の始まりです。

▼二年の生活も後半分をとっくに過ぎ、中学生活の半分も過ぎ、砂時計の砂がどんどん落ちていくように時間が流れていきます。「死神」っていう落語を聞いたことある?一人一人「命のろうそく」があって、それが燃えつづけていて、短くなって消えた時が一生の終わり。死神と手を組んで一もうけした男が、最後に消えかけた自分のろうそくに別のろうそくを継ぎ足そうとするのですが……。みんなは自分のロウソクを見てみたい?

▼どう生きるのかってむずかしい問題だよね。ぼくが大学生をやってた頃、同じ大学の教育学科に「ヒロエ」という男がいて、プロになってもいいほどドラムがうまいんだけど、何に付けてもだらしない奴がいました。(彼に貸したヒューバート・ローズのLPレコードは結局返してもらわないまま)でも、なぜか憎めない奴で、仲間数人とそいつを「教祖」に仕立て、「C調教団」というのをつくって楽しんでました。その教団歌を紹介します。(そのころ「C調言葉に御用心」とかいう歌が流行ってましたが、それとはぜんぜん関係なし。楽譜がほしい人は上げます)

▼「我らが教祖の教えしは、一に金借り、二にスケベ。我らが教祖の与えしは、自己嫌悪〜。C調〜C調〜我らがすべて(パパヵパン)教祖の教えは情けない〜。それでもまこと!パパカパン!」戻れない昨日を思うより、まだ見ぬ明日を夢見たいもんだね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  88枚目 1999/11/02

にがい思い出 しょっぱい涙

▼今日の仏参後、生徒会執行部の六役が、これからの生徒会活動を頑張ってほしい、しっかり立候補してほしいって訴えてくれていましたが、その言葉はみんなにちゃんと届いたかな?もう立候補したいって名乗り出ている人もいます。今日の放課後の合同議長班長会で、二年生全体でどうするかが問われています。議長さんや班長さんは大変ですが、落ち着いてしっかり考え、よりよい判断をして下さい。

▼あちこちのクラブで部長の交代も進んでいます。四組には、新しく部長になった人や、上級生がいなくて去年から部長をしている人が結構います。部長をするって、はたから見ている以上に大変だよね。僕も高校の音楽部(ブラスバンド)の部長や大学の管弦楽団(オーケストラ)の団長をやった経験があるのでしみじみそう思います。

▼そうしたリーダーにまつわる思い出の中で、苦い(と言うか後味の悪い)思い出が中学生の時にできてしまいました。中学の時もブラスバンド部に入っていて、二年の終わりに顧問の先生から「部長をやれ」という話しが来たのです。その時僕は瞬間的に拒否感(ムッと来た)を感じて「みんなが僕を求めるならば考えますが、自分からやろうとは思いません」と答えました。

▼この言葉だけを切り取ったら、なんて傲慢で偉そうな奴だ、と思われるでしょう。でも、その時は「クラブはオレラのもんや、顧問がリーダーを決めるもんやないやろ」という気持ちと、「先生に言われてハイやりますなんて言って、みんなが支持してくれへんかったらえらいことや」という気持ちがパンとはじけて、そういう言葉が口に出たのです。

▼結局、部長にはみんなから信頼され、便りにもされていた女の子がなりました。でも、何か割り切れないものが残ったのと、その頃起こった別の「事件」のために、僕は次第にクラブに顔を出さないようになってしまいました。あの時「みんなと相談して決めさせて下さい」と言えなかった僕の未熟さが、今も煮こごりのように心の底にへばりついてます。そして、そのにがさを味わわないよう、高校・大学で部長をひきうけたのですが、それはそれで涙を流した夜もありました……

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  89枚目 1999/11/04

産む・産ませる・産まされる・生まれる・生まれさせられる

▼今日の朝は寒かったね。冬と入れ替わりかえけた秋の休日、昨日の文化の日は、クラブの試合や、友達同士の映画鑑賞と、「文化」の香りをたっぷり吸いこんで元気な人もいるようです。僕は、ヨメさんと二人で入院中の僕の母の見舞いに名古屋までいってました。母が僕を産んだ病院です。

▼母はヨメさん相手に一人で延々としゃべっていました。僕は無言でそれを聞き、ヨメさんは上手に相手をしてくれていました。病院を去った後、一人で家にいる父を訪ねました。腰が痛くて毎日リハビリにいっていることなどを、ぼそりぼそりと話すのに、ヨメさんはぽつりぽつりとていねいに答え、僕はそれを無言で聞いていました。

▼中学二年の頃から親とほとんど話しをしなくなってずいぶんたちます。今も、盆と正月の二回は両親と数日間を過ごしますが、この前、母や父とまともに「話」をしたの(挨拶や「元気か?」と聞く以上のこと)は、名古屋の家が火事で焼けて、これからどうすると言う相談をした十年前。その前は、ヨメさんと結婚することにした十七年前。その前は、大学を受験するために家を出ることにした二十三年前。その前は、高校進学の相談をした二十六年前。三十年間で四回。

▼これからどれだけの間、両親や僕自身が生きているか分かりませんが、親子で「話」をする機会はもうないのではないかと思っています。もしあるとしたら、どこに墓を建てるかって言う話かもしれません。みんなにとって、親子ってどんなものなんでしょう?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  90枚目 1999/11/08

れるられる・せるさせる

▼今年のカレンダーもあと二枚になって、ちょっとの風でゆらゆら揺れるほど軽くなってきました。我が家の庭では、咲き直したハギの横で、もうサザンカが次々花びらを開かせています。ムベの実もずいぶん紫がかってきて、もう少しするとヒヨドリが突つき始めることでしょう。季節は確実に一こま動きました。

▼今日の授業の時にも、少し話しましたが、これまでの中二の半年や京女中の一年半と同じように残りの半分を過ごさないでほしいと思います。自分があきらめない限り「もうだめだ」はありません。そして、「まだだいじょうぶ」と「もうだめだ」の境目は、そんなにハッキリしたもんじゃない。でもね、やり残したことを過去に戻ってやることはできない。過去は取り戻しようがない。「今、何をするか」しかないんだね。

▼二学期になってからも、いろんな授業で授業中に、教科書も持ってきていなくて、授業が始まってからふらふらロッカーに物を取りにいって、後ろを向いてしゃべっていて、マンガを出していて、鏡に見入って髪をいじっていて、口に物を入れていて、etc.で注意されて、テストの結果がサンザンだった人。いくら追試を受けたって、いくら補習に呼ばれたって、いくらノート点検をされたって、そのままで勉強できるようになるはずないやんか。自分ができるようになりたいって願わない限り、何も始まらない。

▼朝、教室に入るとき、靴を履きかえるって言うのは「今から一日学校生活を始めるんだ。」って言うけじめを自分で意識するチャンスなんじゃないかな。授業の始まりに立って、「おはようございます」とあいさつを交わすのは、これから一時間一緒に授業を作ろうって言う意志を確かめ合うって事じゃないかな?靴も履き替えず、あいさつの声も出ない教室で、心地よい緊張感のある授業はできにくいもんです。先生が「させて」生徒が「される」授業ほどつまらないものはありません。授業を少しでも意味のある授業にしたいっていう思いをもっと大切にしませんか?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  91枚目 1999/11/09

ケーキ買い来て

▼来月の今日は期末考査の始まりの日。再来月の今日は三学期の授業の始まりの日。その間にクリスマスがあって(クリスチャンじゃなくってもお楽しみはお楽しみ)お正月があって(日頃の信心がなくっても神社にいって雑煮を食べて)また一つ年を取るんだよね。寒くなってくると人恋しくなってくるからでしょうか、親しい誰かと、しんみり熱燗の酒を酌み交わしたくなってきます。

▼僕の父親はまったく酒が飲めず、そのかわり生まれも育ちも名古屋だけあって「ういろう」をよく買ってきました。僕は、月に何度かケーキを買って帰ります。でも、それは自分が甘いものが好きで、自分が食べたいからというのではなく、「ケーキを買って帰ること」がしたくて買ってしまうのです。

▼国語の授業でやった「友がみな 我よりえらく見ゆる日に 花を買い来て妻と親しむ」と言う啄木の心境に近いものがあるかもしれませんが、世知辛く、苦々しい現実の中で、一時の甘さを味わいたい。舌でケーキの甘さを味わうのでなく、「お父さんがケーキ買ってきてくれたよ」と子供らを呼ぶヨメさんの声に甘さを感じたいのかもしれません。

▼デモ、現実は「僕が食べようと思ってたのを昇平が取りよった!」「お兄ちゃんがすぐきいひんしやんか!」の兄弟喧嘩で、甘さはすぐにほろ苦さに変わり、ウイスキーのオンザロックでケーキを胃に流しこむってことになるんだよね。みんなお家のティータイムは、もっと優雅なんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  92枚目 1999/11/10

らしさはどこにある

▼最近では、「女の子らしくしなさい」とか「そんなのは男らしくないぞ」なんていう言い方は耳にしなくなってきましたが、「中学生らしさ」を求められたり、「自分らしさを大切に」っていう奴は、そこここでよく聞かれます。でも、よく聞かれる割には、それって何?ってあらためて問われると結構答えは難しそうです。似た奴で「ありのままの自分」って言うのも、なんだか分かっていそうで分からないもんです。

▼多分、根っこの所では「自分を思いや願い、自分自身が身に付けてきたものを大切にする」っていうことがあるんだろうけど、それじゃ「自分」っていったい何?ってことになると、またまた難問。そのうえ、今の自分がどうしようもなく嫌だったりしたとき、そんな自分を好きになれっていわれても困るもんね。

▼若い子が、もともとの髪の色を抜いてしまったり、体を傷つけて刺青をしたりするのは、単なるおしゃれをしているのではなく「これまでの自分を作ってきたもの」への反抗・抵抗だっていってる人もいます。何かを乗り越えていくために払わなければならない犠牲は、できれば小さいほうがいいけど、きっとそうもいかないことがあるんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  93枚目 1999/11/11

冬来たりなば

▼鈍い鉛色の雲が垂れ込めて、空は冬支度をすっかり整えたようです。風邪でお休みの人が次から次へと出ています。今年の風邪は、ずいぶんと喉をやられます。髪の毛が絡まった綿ぼこりが床をはっている教室では、病人が増えてしまいます。ちょっとていねいに掃除をしましょう。

▼朝夕の冷え込みが増してくるにつれ、ナンテンの実がツヤツヤと色づいてきました。うちには赤い実のなるのが三本と白い実がなるのが一本あるのですが、去年は実が熟す前からヒヨドリが食べてしまい、殺風景極まりない様子でした。

▼この前の日曜、今シーズン初めてバードケーキ(小麦粉と砂糖を混ぜて、サラダ油で練ったお団子のようなもん)をつくってエサ台に置いたのですが、そろそろやってきてもいいメジロやシジュウカラやヤマガラどころか、スズメまでもが寄ってきません。今年は秋が遅くて、まだ野山にいっぱいエサがあるせいかもしれません。

▼次の日曜日には、パンジーの苗をたっぷり買って鉢植えをつくって、明るい気分に浸りながら鳥達を待とうと思います。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  94枚目 1999/11/12

透ける白さと香る緑と

▼今日は朝から雨。教室の中もなんとなく薄暗くってしゃきっとしませんでした。気温はそんなに低くなくっても、なんとなく薄ら寒くっていけません。こんな日は、あったかい鍋物がいいね。みんなの家の夕食では、今シーズン何回くらいお鍋にした?

▼先日、仕事帰りに桃山南口の近くの酒屋さんまでお酒を買いに寄った時(僕の好きな「ストロワヤ」と言う銘柄のウオッカは、どこのお店にもおいてないのです)、その店先にちょっと曲がってはいるけれど、とっても太くて立派な大根を売ってました。おまけに青々とした緑の葉がたっぷりついている奴。二百円の値段にも惹かれて思わず買ってしまいました。

▼翌日、土鍋で昆布とカツオ(といっても「便利だし」と生協の「カツオだしパック」)のだしをたっぷりとってお酒とみりんと醤油少々、直径十五cm、厚さ二cmほどの輪切り大根をクツクツ煮ました。葉っぱはザクザク切って、アブラゲと一緒に、ごま油をちょっと垂らして強火でいためてごま振り掛けて。透き通る大根の実と、ほんのり苦みが残る大根の葉が、ちょっぴり幸せを運んでくれ、子供たちにも好評でした。今度の土日は、みんなも何か冬らしい料理でも作ってみてはどうでしょう。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  95枚目 1999/11/13

雲の行方

▼昨日と打って変わって今日はすっきり快晴。昨日の雨と風で、学校のスロープにはケヤキや桜の落ち葉が敷き詰めたように散っていて、イチョウの葉もすっかり黄色に色づきました。澄んだ青空に綿菓子をちぎって浮かべたような雲が風に流されながら姿を変えていく様は、見ていて飽きないもんです。もうすぐ木枯らしが吹いて、木々もすっかり冬の装いになるんだろうね。

▼季節がこうして巡っていく中で、みんなの中にもいろんな変化や新たな決意が生まれているんだと思います。クラブの世代交代の中で退部したり新しくクラブを入る人もこの所続いています。生徒会の選挙には、二年生が六人、一年生が七人、計十三人が立候補の届け出をしています。うちのクラスから立候補した鶴井さんもチャンスを手に入れて欲しいと心から願っています。

▼二学期も、一九九九年も後一ヶ月半で終りです。今までのことを振り返りつつ、これからのことを考えるために、何かお手伝いができればいいなと思っています。「ちょっと相談」があれば、いつでも話を聞こうと思いますので、声をかけて下さい。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  96枚目 1999/11/15

ぬくもりもとめて

▼低気圧の通過で、また朝から雨。昼から風も強くなって、明日は木枯らし一号が吹くようです。あったかく過ごせるように、今日の内に着るものを準備しておいたほうがよさそうだね。ところで、寒い季節、みんなが「ぬくもり」を感じる時ってどんな時でしょうか。

▼僕は、昨日は園芸品店に行くつもりをしていたのですが、体調すぐれず、結局一日中蒲団の中。半日は本を読んで過ごし、半日はぐっすり眠っていました。蒲団の中は確かにぬくぬく暖かいのですが、何となく背筋が寒くって、どれだけ寝てもゆっくり・ほっこりしたっていう気分にはなれませんでした。

▼ヨメさんは日曜だけど出勤日で帰りも遅く、くたびれ果てて帰ってくるなり「背中さすって」「腰に足置いて」とかいってきます。人の肌が触れてるだけで、ほっとするんだそうです。僕はへいへいと言いながら御要望にお応えするのですが、同じ肌が触れてても、さすって足を乗せてる僕の背筋は相変らずさぶくって、元気のでないまま新しい週が始まってしまいました。何とかしたいもんです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  97枚目 1999/11/16

風吹いて地耕す

▼昨日の晩の風はすごかったね。我が家の南側には「龍神宮」というよく分からん神社のようなものがあって、松の樹が茂っているのですが、その枝がうなり声をあげているようでした。今日の昼間も雨が降ったりやんだり。気温が下がってきて雨がひとときみぞれのようにも見えました。

▼一時間目の生徒会選挙の立会演説会も、つむじ風やら春一番やら木枯らしぴゅーぴゅーやらが吹きまくってた感じだったね。ステージの上の立候補者や応援弁士だけでなく、会場を埋めているみんなも含めて「若さ」やエネルギーが満ちあふれていました。

▼ただ、風は吹き荒れて、通り過ぎていけばそれで終わりですが、僕らの生活は、もっと地道で泥臭いもんです。風のパワーや爽やかさを忘れないようにしつつも、実りをもたらす雨や、大地を耕す汗をいとわず、誠実に務めを果たしていくことが必要なんだろうね。誰が当選するにしても、元気な生徒活動が育っていくことを楽しみにしています。
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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  98枚目 1999/11/18

学力付けるって何すること?

▼「大学生の学力不足 大学で高校の勉強を補習」なんて記事が、よく新聞に載ってますが、このよく使う「学力」って何なんだろうね。あらためてそれを考えさせられる機会を、この前ある学習会に行って感じました。

▼「学校では、先生は知ってる人で教える人、生徒は無知で無力で知らないことを覚えさせられる人になってしまっている。でも、本当は、先生の知っていることはほんのわずかで、生徒の中には既に知っていることがいっぱいある。すでに自分の中にある『力』を、お互いに話し合うことで引き出していくことが本当の勉強です。」

▼「この百年ほどの間、工場で製品を作る仕組みがそのまま人間の教育に当てはめられてきました。『早くすること・たくさんすること・キチンとすること・他と同じようにすること・ムダ無く(要領よく)すること・失敗しないこと』が大切で、その競争で勝つ事に値打ちがある。それが『学力を付けるための勉強』であるかのように親も子も縛られてしまった。」

▼「本当は、学ぶことの第一歩は、学ぶ体を作ること。それは、自分自身を知ろうとすることです。」ここらで、ちょっと立ち止まって、学ぶって事は何かをもう一度考え直してみてもいいよね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  99枚目 1999/11/20

聴ける・話せる関係は

▼今週の火曜日に生徒会役員選挙があって、書記局長に立候補した鶴井さんは五人の候補者の中で、惜しくも次点になりましたが、そこで得た百二十九票の重みはとても大きいものです。自信を持って次の自分のチャンスにトライしてほしいね。また、生活局長にはうちのクラスの林ヒロさん、文化スポーツ局長に山中さんが、選挙で選ばれた四役から任命されました。信頼してくれたたくさんの人の期待にしっかり応えて元気な活動ができるよう、僕も陰ながら応援したいと思います。

▼何かをみんなで作り上げていくリーダーに、欠けては困るのが「聴く力」です。ある講習会で教えてもらった「よい聞き手になるための五つのポイント」を紹介します。その@あなたとの出会いがあってよかったと言う思い、相手に対する関心を持つこと。そのA相手が安心して話せる暖かいまなざし。そのB相手の話にリズムを合わせ、話を聞いているよと言うことを暗黙に表す適切なうなずき。そのC相手を突き放さずに寄り添い、共感を持ち続ける。そのD信頼関係を育て相手の人権を尊重するために、秘密にして欲しいことは秘密を守る。

▼普段のいろんな人間関係(親子・師弟・友人・先輩後輩etc.)でも、自分の都合や感情で一方的にものを言ったり、黙ったまま聞き流したりし合う関係に、いろんな事を学び合い生み出せる豊かさは生まれません。その一方で、疲れていたり、つらいことで傷ついていたり、自分はダメな存在だと思っている時は、「自分の心を開いて語る」事ができません。相手と自分の両方を大切に思う気持ちがそろって初めて、コミュニケーションが成り立つんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  100枚目 1999/11/25

おしくらまんじゅう押されて笑える?

▼今週の前半休んでしまって、いろいろ迷惑かけて済みませんでした。オンボロ車と一緒で、一度調子が悪くなったバッテリーが上がる(電気が無くなる)と、充電するのに時間はかかるし、充電してもすぐまたへたってしまいます。スカッと新車に乗り換えたくても、お金が無いとそうも行きません。しばらくは、だましだまし遣り繰りつけるしかないようですが、できる限りみんなの役に立てるように元気を出そうと思います。

▼久しぶりの学校に向かう道はイチョウの黄色やトウカエデの朱色が目をなごませてくれます。小学生の小さな男の子が、黄色い傘を差して横断歩道をわたっていく様は、まるでイチョウの落ち葉が風に乗ってクルクル駆けていくようで、心をちょっぴり暖めてくれます。でも、教室にたどり着いて朝のあいつをする時の後ろを向いて座ったままお喋りを続ける背中が、マンガを読みつづけてうつむく頭が、自習課題をしてなかったのはどこか分からなかったからと訴える目が、欠席も遅刻も連絡無いままあいた机に積まれた体操服が、捨てられないままあふれたごみ箱が、何かを削いでいきます。

▼それでも、班ノートに書かれたみんなのささやかな日常のスケッチが、中2ノートに書かれた一人一人のつぶやきが、微かな笑みの香る「先生元気?」の一声が、一緒にここで暮らしているんだって言う実感を掻き立ててくれます。

▼みんなは「おしくらまんじゅう」したことある?もし、ぼくらが石だったら火花を散らして弱いものからくだけるでしょう。もし、ぼくらが豆腐だったら、みんなグチャグチャに崩れて何の形も残らない。ぼくらが人間だった時、ぎゅうぎゅう押し合いこすれ合っても何だか嬉しくって暖かさがぐんぐん生まれて来るんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  101枚目 1999/11/26

もし親だったら

▼グランド横のスロープから見える智積院のイチョウは「冬」のさなぎのよう。真っ黄色の繭を破って、もうすぐ「冬」が孵りそうだ。(この文に使われている表現の技法を答えなさい)期末試験二週間前で、授業の集中度が上がってきた人が増えてきたようにも見えますが、冷めた肉まんのようにひしゃげていて大丈夫かって思う人もいます。

▼内憂外患(ないゆうがいかん)と言う言葉聞いたことあるかな。身内のもめ事と外からやってくる障害が一緒に起こってもう大変というような時に使いますが、みんなはそんな思いにとらわれたことありませんか?昨日の晩、家に帰るとヨメさんがくたびれ果ててました。昨日勤め先の養護学校の遠足があり、その先で、連れていった生徒が突然暴れて、そこにいたお年寄りに怪我をさせてしまったそうです。

▼あれこれ対応した後やっと帰ると、我が家の次男の担任から「今から家庭訪問させて頂きます」との電話。聞けば、この数週間ある教科の授業でしゃべったりり騒いだりする生徒が数名いて授業にならなかった。ちゃんと授業を受けようとHRでも話し合ったが効き目はなく、その授業担当の先生の言うことも無視。で、HR委員長やってるうちの息子が「切れて」、その時騒いでいた奴を思いっきりぶん殴った。

▼なおもぶん殴ろうとする息子を止めに入った奴が息子に蹴りを入れたので、今度はそいつを背負い投げでぶん投げて、それから後の教室はむちゃくちゃ……。僕が帰ってから三十分ばかり、息子と話をしました。息子は「お父さんの言うことは正しいと思うけど、その通りにはできひんかもしれれんしな」といって二階に上がり、その後自分の部屋にこもってました。もしみんなが親だったらどうする?みんなの息子に何を話しますか?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  102枚目 1999/11/27

心象風景 一

▼今朝、蒲団の中でピーピーピーと鳴く鳥の声を聞き、のろのろ起き出してカーテンを開けるとシーズケースに入れておいたひまわりの種をヤマガラがついばみに来ていました。何かやっといつもの季節が戻ってきたようなホッとした気分になりました。

▼悲しいことに、教室の教卓の下においてあるクラス用のカセットデッキのアンテナが曲がっていました。折れそうなアンテナからは、微かな悲鳴と共に嘆きの音楽が聞こえてきそうです。

▼みんなのお気に入りはどんな音楽でしょう?僕が繰り返し聴くのは、ルービンシュタインが弾くラフマニノフのピアコン第2番。ラフマニノフを知ったのは大学時代に象徴主義芸術の勉強をしていて、ベックリンの「死の島」という題の油絵にインスピレーションを得たラフマニノフが、同名の曲を作ったことを本で読んだ時。不安定な五拍子のリズムが、死の島に死人を運ぶ死神の舟の揺らぎを奏でます。

▼もし、みんなが今の心を絵に描いたら、どんな風景画になるんだろうね。先日、ある先生と話をしていて、僕の心象風景が見えてきました。

▼そこは明るい日差しと小川の注ぐ入り江だった。いつのころからか海は汚れ始めて魚も減って、入り江の漁村はさびれかけてきた。そこで村人達は海を再びきれいにして魚を増やし、たくさんの人たちに海の幸を味わってもらおうと考えた。

▼ところが、これからの世の中、もう漁など流行らないという人がやってきて、海をつぶして工場を建てようと言った。見る間にブルドーザーが緑の丘や段々畑を削り取り、入り江はすべて埋め立てられた。

▼埋め立て工事のけたたましい騒音が消えた後、作るはずの工場は、お金の都合がつかなくて結局建たず、『まだらにススキの穂が揺れる荒れ地だけが残った。海も舟も失い、風吹きすさぶ荒れ地に立つ漁師の空には、南を目指す渡り鳥の一群れがあった……』

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  103枚目 1999/11/30

ことばはカガミ

▼昨日のクラス懇談会では、お母さん方(残念ながらお父さんの参加はありませんでした)から、自分の娘や学校に対するそれぞれの思いが率直に語られました。みんなの「講堂でのザワザワガヤガヤにビックリ・がっかりした」「毎日とても楽しく学校に行ってくれていて満足している」「授業に集中できない子供たちも見捨てないで」etc.いろんな思いを持っていらっしゃることが、話の中で今までよりもっと分かってきて有り難かったです。そうした懇談会の中で「キーワード」になってたんじゃないかなと思うのは「ことば」です。

▼話し手が「ことば」話すとき、相手をどう思って言葉を投げ掛けているのか。聞き手が「ことば」を聴くとき、どう思って言葉受け止めているのか。親と子、教師と生徒、大人と大人、そして友達同士の間でも、言葉が宙に浮いてたり、相手を突き抜けたり、床に転がったりしてないか?

▼言うだけ無駄だが言うだけ言って言ったことで済ます人と、聞くだけ聞くが、聞く耳もたず、言うこときく気になれない人との間では、どんなことばも力を持たないでしょう。そればかりか、話せば話すほど心がざらつき、いらだちや憎しみやあきらめが増してしまう事だってあります。

▼ことばはコミュニケーションの道具ですが、それは相手との関係を映す鏡でもあります。ことばを掛ける側の思いやりと、受け止める側のやさしさと、互いが何かを作り上げていきたいと願う信頼と情熱があってこそ、ことばはぼくらの世界を豊かにします。

▼友人・親子・夫婦など簡単なことばだけで話が済んでしまう関係は、気心知れた居心地のよい関係かもしれません。でも、世の中のいろんな問題を乗り越えていくためには、ことばを尽くすこと、つまり、ことばを受け止めあえる関係を作る努力ことが欠かせません。昨日の懇談会を振り替えると、それが「テーマ」だったんじゃないかと思っています。

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K

1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  104枚目 1999/12/01

目標の芽と種

▼昨日ちょっとショックなことがありました。春の訪れや秋の深まりを知らせてくれた、食堂裏のテラスの壁の夏ヅタが「撤去」されてしまったのです。壁の補修をするのでしょうか、もし壁がムラサキの「京女色」に塗りつぶされるようなことにでもなったら、僕は気絶しかねません。ツタのからまるナチュラルな風情はだめだというなら、せめてモザイク壁画でも制作する「みんなの夢の場」になればと願っています。

▼僕らはいろんなものにいろんな期待を掛けたり寄せたりします。自分の暮らす社会、自分の家族、自分のetc.そして何より自分自身に。そして、たいていは、いま無いものを求め、これから先に手に入れようと願いがちです。でも、ちょっと視点をずらすと、別の願い方にも気づきます。「無いものを求めるのではなく、有るものを育てよう」って。

▼今の自分や今の社会をリアルかつシビアに見つめた時にこそ目標はかなえられます。目標はいくら高くてもかまいません。でも、その目標を立てる場所を見定めないと、立てた目標はあっけなく崩れてしまいます。

▼どっかから持ってきたもの、誰かから与えられたものを目標にするのではなく、自分自身の中にある「目標の芽」をしっかり見つけて育てる。それ以前に、自分の中に芽が育つよう、自分を耕し自分の中に種をまく。時間も手間もとってもかかります。でも、その手間こそが自分を大切に育てることなのかもしれないなって思いませんか?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  105枚目 1999/12/02

人として生きるために

▼人が生きて行くうえで、時にはパンや水や空気以上に大切なものがあるって感じる時があります。今日の三時間目の「音楽会」はそんな一時でした。みんながいつもの三倍かわいく見えて、あったかい明かりが僕の胸にもともりました。

▼「星に願いを」は何だかハロウィンのパーティーのようだったし、陽水の「少年時代」は心に染みたし、「Love Love Love」はとってもステキなハーモニーでした。他のグループの歌も河西先生のピアノも、その時一度限りのステキな響きでした。

▼歌と同じように、映画も勇気や慰めを与えてくれて、心を耕してくれます。特別授業の「お楽しみ会」は映画「シックス・センス」の鑑賞に決まりましたが、この手の映画は刺激にはなるけど……って感じだな。

▼音楽室からの帰り、映画「卒業」のサウンドトラックが頭に浮かびました。僕はダスティン・ホフマンが好きです。彼が主演してきた「卒業」「クレイマー・クレイマー」「レインマン」と続く映画は、その時代の社会の問題をにせまっていて、人が生きるってどんな事かいつも考えさせられます。

▼音楽・映画・文学・スポーツetc.動物として生きていくには不必要だけど、人として生きていくには欠かせない文化を大切に育てていきたいもんです。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  106枚目 1999/12/03

歴史に学ぶ

▼明日(本当は明後日)は「心の学園記念日」で授業がありません。テストも近いので多くの人は家で勉強するのでしょうが、勤続表彰される先生方も折られるので、時間が許せば式に出席して下さい。ところで、この日の由来は、みんな理解してる?大正天皇のヨメさんだった皇后さんが、うちの学校にやってきて、「心の学園」とおっしゃったというのがソモソモだということになっています。が、なぜ皇后さんが来たのでしょう?実は同じ日に、皇后さんは京女だけでなく精華女子と同志社女子にも行っているのです。この三つの学校にどんな共通点があるか?

▼当時の日本は軍国主義が大手を振るい始め、「天皇」を中心とした国造りを支える教育の再編成が強力に進められていました。そこで厄介だったのが「宗教系」の学校です。天皇は神さんで、日本の国で一番エライ、絶対者にしたかったのですから、キリストや親鸞さんが一番ではまずいわけですし、神や仏の前で「みな平等」ではややこしいのです。

▼神道系の精華女子の「学園史」には、その日のことがうやうやしく記され、感激のあまり校長は涙を流したと伝えられています。ところが、キリスト教系の同志社の「学園史」には天皇制を受け入れざるを得なかった屈辱の日、反省すべき日として記されています。では、仏教系の京女の学園史はどうでしょう。一度、学園史を読んで確かめてみて下さい。

▼歴史を学ぶことは、自分が寄って立つ今の社会のもとを理解し、これからの社会をどう作っていくべきか、自分で考えていく手立てを得ることです。「心の学年記念日」を、「年号や人物名を暗記することが歴史の勉強ではない」って実感できる場にしてみるのもいいね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  107枚目 1999/12/06

闇に浮かぶキラキラ

▼来週の月曜日の今頃は、もう期末テストも終ってて、再来週の月曜日の今頃は、終業式も終って冬休みスタート。通知票が帰ってきたとき、「この次ぎこそ頑張る」なんて言わないで済むように、この一週間、何とか頑張り抜いてみませんか?

▼この土日、みんなはテスト勉強に明け暮れたんだろうけど、僕は静かに家で本を読んでました。新宿の婦人相談員が書いた売春婦達の記録「閉じられた履歴書」(新潮文庫)と、百姓と農民は別のものだったという事実に基づく「続・日本の歴史をよみなおす」(ちくまプリマーブックス)は結構興味深く読めました。

▼読書の合間に、玄関にはクリスマスリースを飾り、庭のゴールドクレストと道路に面した植え込みにイルミネーションを取り付け、夕暮れと共に点灯。うちの住宅地の一角は、十二月になるとそこここの家の窓や玄関や庭の樹にイルミネーションが点灯し、夕暮れ時から夜中まで、チカチカ光ってにぎやかです。闇の中の明かりって、それがあるだけで、どうしてあんなに嬉しくなるんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  108枚目 1999/12/07

やった・やらない

▼朝出掛けの車から薄っすら雪化粧した比叡山が見えました。琵琶湖の西の方から来ている人たちは、これから結構大変だね。今年の秋は戦後一番暖かかったようで、山には木の実がたっぷりあるからか、我が家の庭にやってくる小鳥の数もまだ少な目です。それでも、昨日はえさ台に刺したミカンをつつきにメジロがつがいでやってきました。

▼寒くなると、狭い二畳のホットカーペットの上に一家四人がゴロゴロする時間が増えます。そのせいか、最近中二の息子がテレビのニュースを見ながらやけにしゃべりかけてきます。昨日はある番組の中で「人間は何かをするために生きているのであって、ただ生きていくために生きているのではない」と言ったセリフが流れてきて、「なあお父さんかっこいいセリフやと思わへん?人間は何かをするために生きてるんやで!何となくとちゃうんや、そう思うやろ?」と言ってきました。僕は、「そう思うんやったらおまえも何かしたらどう?」と答えました。

▼何もしないで生きていくことなど誰にも出来ない。けれど、何をやっていても何かをしている気になれない。やってるかどうかって言うのは、やったという事実だけじゃなく、自分が何のためにそれをやるのかという目的意識、自分自身もそれをやるべきだと思える納得、そしてやれるだけやったという満足感がそろって始めて本当の「やった」になるんだろうね。みんなは今、何をやってる?

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  109枚目 1999/12/08

人が人らしく生きるには

▼今日は十二月八日。日本軍がハワイの真珠湾を攻撃して、太平洋戦争が始まった日です。その戦争に負けてから五十四年。日本は新しい戦争を始めてはいませんが、この一年間のニュースを振り返ると、このまま何事もなく「平和」が続くとは思えない世の中になってきています。

▼世の中の恐ろしさの一つは、「何だか分からない間に知らない所でいろんな事が決まっていって、気づいた時にはもうとり返しがつかなくなってて、自分も巻き込まれて被害を受ける」っていう奴ではないでしょうか?知らせるべき人が知らせることを嫌がり、知るべき人が知ることを面倒がる時こういう悲劇が生まれるのかもしれないね。

▼「人様に迷惑を掛けるな」といわれます。でも、僕らは毎日たくさんの命を犠牲にし、たくさんの人の見えないお世話に支えられて生きてます。だからこそ、自分の見える範囲の人との関わりの中で、自分もかけがいの無い存在になる。見えないものに気づく力、見えないものを想像する力を育てていく。そういうことが大切なんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―2学期

1999年度  110枚目 1999/12/20

みんなのおかげで

▼ほんとにいろいろあった二学期が終わりました。体育祭や文化祭で思う存分力を出した人、新しくクラブの部長になったり大会や発表会で活躍した人、生徒会の選挙に勇気を出して立候補したり思い切って役員になった人、眠気と闘ったり気が散るのをこらえながら少しはマトモに授業を受けた人、友達とのもめごとでイライラしたり親とケンカしてカリカリしながら何とか学校に来続けた人、何やら不安でソワソワしたり一人でそっと溜め息付きながらどうにか毎日やりくりした人etc.

▼掃除サボリ、ゴミや私物のほっちらかし、授業中の居眠り、宿題の出し忘れ、困ったことはまだまだ他にも幾らもあります。できていないことやしてないことを数え上げればキリがありません。でもね、誰にだって一つくらい何とかしようと頑張ってることや、自分では気付かないまま誰かの役に立ってることはあるもんです。

▼この二学期は、僕にとっていろいろ思うところがありました。夏の半ばから調子を崩して、秋には何日か休んでしまい、みんなにも随分迷惑を掛けてしまいました。それでもなんとか二学期の終わりまでたどり着けたのは、それぞれに頑張りながら過ごしているみんなの一人一人の姿が、僕にとってのはげましになったからです。

▼誰かとの関わりで腹が立って、仕返ししてやりたいと思うことがあるよね。でも、そんな仕返しからは憎しみしか生まれてこない。誰かとの関わりで元気や勇気をもらって、お返しをしたいって思うことがあるよね。でも、それをどうやってかなえたらいいか分からない。分からないけど何かをしようって思う気持ちは、きっと自分を育ててくれる。そう思わない?

▼この前、ウチの息子が武田鉄矢が主人公のテレビドラマを見てました。二十年前、その最初のシリーズの最終回で紹介されていた茨木のり子の詩「自分の感受性ぐらい」と、一番新しい詩集の詩「倚りかからず」を、僕自身の自戒と決意、そして、みんなへの感謝の気持ちを込めて紹介します。


    自分の感受性くらい

                            茨木のり子

ぱさぱさに乾いていゆく心を

ひとのせいにはするな

みずから水やりを怠っておいて



気難しくなってきたのを

友人のせいにはするな

しなやかさを失ったのはどちらなのか



苛立つのを

近親のせいにはするな

何もかも下手だったのはわたくし



初心消えかかるのを

暮らしのせいにはするな

そもそもが

ひよわな志にすぎなかった



駄目なことの一切を

時代のせいにはするな

わずかに光る尊厳の放棄



自分の感受性くらい

自分で守れ

ばかものよ


    倚りかからず

                         茨木のり子


もはや

できあいの思想には倚りかかりたくない


もはや

できあいの宗教には倚りかかりたくない

もはや

できあいの学問には倚りかかりたくない

もはや

いかなる権威にも倚りかかりたくはない

ながく生きて

心底学んだのはそれぐらい

じぶんの耳目(じもく)

じぶんの二本の足のみで立っていて

なに不都合のことやある

倚りかかるとすれば

それは

椅子の背もたれだけ


みんな(と保護者の皆様)にとって、新しい年が良い年でありますように。

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