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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  1枚目 1999/04/08

大切にしたいものは何?……4組スタートにあたって

もし誰かに「あなたにとって何が一番大切?」って聞かれたら、なんて答えますか?友達、親、ペットの犬、彼からの手紙、腹一杯食べる事、睡眠、お金、テストで100点取る事etc.人それぞれだと思います。何を大切だと思うかが、その人の個性=生き方そのものです。

ぼくは家族が大切です。もちろん仕事(みんなと付き合いながら一緒に学ぶ事)も大切です。でも、ぼくにとって一番大切なのは、「夢」を持ち、持ち続ける事。そして、その夢を追う中でしんどさに突き当たった時、なぐさめたり励ましてくれる人、できる事なら一緒にしんどさを乗り越えてくれるパートナーです。少しぐらいお腹がすいていても、夢があれば頑張れます。ちょっとぐらい病気やけがに見舞われても、寄り添ってくれる人がいたら元気がでます。

ぼくの夢は、いっぱいあります。そのいっぱいの夢の一番真ん中に座っているのが、「誰もが生きやすい世の中を作る」ために目の前の一つ一つの「現実を変えていく事」です。ぼくが、みんなよりちょっと余分に生きている分だけ、何かを知っているとしたら、それは、人間も世の中も変わってきたし、これからも変わっていくという事です。そして、変わらないのは誰もが自分を愛してほしいし、誰かを愛したいと願っているという事です。その一人一人の願いが実現するよう世の中を変えていく事がぼくの一番の夢です。

みんなの夢がなんであれ、一人一人の夢が実現できるようなクラスに、一人一人の夢を支え会えるようなクラスにしていきたいと思いませんか?

お願いと連絡

★「ちゅう2のーと」でいろいろ話を聞かせてください。みんなの了解を得ずに、誰かに見せる事はしません。
★「班ノート」で一人一人の違いやつながりを探して行きましょう。この「手紙」にも載せて行きたいと思います。
★「手紙」は週に一度は出します。家の人にも見せてください。


保護者の皆様へ

2年4組担任の成田文広です。生徒係主任を交替し、一年ぶりに担任に返り咲きました。これからの一年間よろしくお願いいたします。心配事やお困り事がございましたらお気軽にご連絡ください。ご希望があれば、明日からでも面談の日程を組みます。

今の子供たちの事、家庭の事、学校のこと、社会のこと、そして未来のこと。何がどうなっているのか、何をどうしていったらいいのか、いっしょに考えていけたら幸いです。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  2枚目 1999/04/09

好き嫌いは良くない?

▼よく、「好き嫌いを言ってはいけません」と言われることがあります。確かに、食べ物が片寄ると病気になったり元気が出なかったりします。

▼でも、食べたくないものを無理に食べて一日楽しく暮らせるか?とも思います。栄養補給のためだけなら、薬を飲んで済ませる事もできます。食事で大切なのは、味わったり楽しんだりする事ではないでしょう。それも一人より誰かと一緒の方がずっとおいしい。

▼誰かと一緒だと、食わず嫌いだったものを好奇心につられて食べてみたり、嫌いだと思っていたものが予想外においしい事に気付かせてもらったりします。

▼人も同じかな。無理して嫌いな人と付き合うのは楽しくありません。嫌いと思う事自体が悪ではないでしょう。むしろ、「嫌い」と思う事をしっかり受け止める事で、これまでの自分がどんな人間なのかに気付く。そして、、自分の世界を広げていくチャンスになる。

▼「これまで」にとらわれす、まだ自分が体験してない「人生のおいしさ」を見つけていけるような友達を作っていけたら楽しいだろうね。


保護者の皆様へ

新学期早々、残念なことに盗難や紛失が学内で頻発しています。春休み中も含め、クラブ活動中など放課後におきています。活動場所ではない教室のカバンの中や制服のポケットに、貴重品を入れたままにしていて被害にあっています。

盗難の一番の罪は、人のものを盗るという行為そのものよりも、いっしょに暮らしている人同士の信頼関係を壊すことです。あくまで「盗った者が悪い」のであって、盗られた者の非=うかつさを第一にすべきではありません。ただ、ちょっとした気の使いようで被害を減らせますし、それが人に盗みをさせない心遣いにもなるのも事実です。

生徒達が、「人を見たら泥棒と思え」ということを学ぶのではなく、誰もが安心して暮らせる社会を作っていける力を育てたいものです。また、盗ってしまった者の「盗らざるを得ない状況」を可能な限りつかみ、罪を重ねなくて済むように援助したいと思っています。保護者の皆様のご協力をお願い致します。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  3枚目 1999/04/10

投げたボールが帰ってくる

▼新学期が始まって、三日目になりました。今日から授業も始まって、ゲームもして、結構大変だよね。まだまだ新しい自分の席の座り心地がしっくりきていない人も多いでしょう。

▼でも、そんな時こそ、自分が投げかけた言葉をしっかりと受け止めてくれて、しかも心を込めて投げ返してくれる人と出会えた時は、とても幸せな気分になれます。実は、昨日もそんな幸せをプレゼントされました。

▼この学級通信の「手紙」を職員室の他の先生にも配ったところ、ぼくと背中合わせに座っている先生が、上に紹介した詩をコピーして渡してくれたのです。

▼心がトゲトゲしていたり、不安でイライラしていると、人がせっかく投げかけてくれた言葉を受けそこないがちです。そればかりか叩きつけるように言葉や視線を投げつけあう事さえしてしまいます。

▼投げかけられた言葉や視線を、そして笑顔をゆったりと受け止める。そしてそっと投げ返す。そんなやりとりが行き交う世の中にして行けたら、いいのになって、思わない?


  手紙
              鈴木敏史


ゆうびんやさんが  こない日でも
あなたに  とどけられる

手紙はあるので
ゆっくり  過ぎる

雲のかげ

庭にまいおり
たんぽぽの  わた
おなかをすかした

のらねこの声も

ごみ集めをしている人の

ひたいの汗も……

みんな  手紙なのです

読もうとさえすれば

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  4枚目 1999/04/12

へーって思う事あれこれ

▼みんなと一緒に4組の暮らしを始めてまだわずかですが、それでも結構面白いなあと思う事がいっぱいありました。そのいくつかを紹介します。

▼保護者会名簿を記入してもらってる時。お父さんの名前を漢字でちゃんと書けない人が何人かいた事。お母さんの名前でも同じなのか?それとも、お父さんの存在が薄いことの証明なのか?

▼「何でもバスケット」をしている時。めざとく空き席を見つけてサッサと座る人もいれば、決まって一周ぐるりと見渡してウロウロしながら座る人。きっと日頃の生活もそうなんだろうな。上靴忘れてきて裸足でゲームしてる人には驚かされました。

▼「お料理レポート」の家族の批評。辛口もあれば甘口もあって、料理以上にその家の雰囲気が伝わってきそう。片付けまでちゃんとできた?毎日のお弁当を自分でつくり始めている人もいるようです。

▼今週も、いろんな発見ができる事を楽しみにしてます。中2ノートもどんどん出して下さい。読むのも書くのも楽しみです。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  5枚目 1999/04/13

クラスの議長・班長さんと委員さんすんなり決定

任期はまちまちですが、精一杯自分の力を引き出して、みんなで気持ちよく暮らせるよう頑張って下さい。承認したみんなも、協力してしっかり支えて行きたいね。あったかい言葉と、気軽な協力が、一番の励ましになります


ツバメがやってきた

▼春の終わりを告げる嵐の風に乗って、ツバメがやってきました。我が家は、ゴルフ場の隣なので、餌台にバードケーキやヒマワリの種を置いておくと秋から春に掛けてはシジュウカラやヤマガラ、ヒヨドリが毎朝やってきます。ついこの前までウグイスが発声練習をしていたのに、もう初夏のツバメです。

▼この季節は小さな庭もにぎやかになります。レンギョウやユキヤナギ、枝垂桜に山吹やウメモドキもいっぱい花をつけていて、ハナミズキの蕾もピンク色に膨らんできました。鉢植えのパンジーやビオラやジュリアンは花ガラ摘み、サフィニアや花手毬は伸びる芽を摘んで枝増やし、と結構大変。

▼でも、僕の園芸の一番の楽しみは、地味な作業ですが秋の球根植えと冬の土作りです。バラの根元を掘り起こして堆肥や牛糞をやる時、チューリップの球根を一つ一つ鉢に並べて土をかける時、次にくる春の花の姿が想い起こされます。

▼今みんなが毎日やってる学校の勉強も友達作りも、これからの人生で花を咲かせるための土作りだと思って夢を育てていけたら良いね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  6枚目 1999/04/14

オハぶーも

▼アイサツは「礼儀」だ、と言う人もいます。でも、ぼくはそれよりも相手との緊張を和らげ、お互いが「受け入れてますよ」というサインの出し合いっこだと思ってます。

▼名前の呼ぶ時も、正式な名前か、愛称かで、お互いの関係=距離を決めているところが有るよね。みんなの家では、お父さんやお母さんはお互いになんと呼びあっているのでしょうか。名前?愛称?役割のどれでしょう。

▼我が家では、その時誰がいるかで呼び方が変わります。愛称の場合は「もーも」「ぶーも〜」に対して「オジジ」「ハゲラッパ」と呼び合ってます。

▼あいさつもオリジナルで、出がけは「いっちきまっちき」帰った時は「ただぶーも」ご飯の時は「いただきまっちき」で始まり「ごっちゃままっちゃま」で終わります。上の記事の「ビーズ」も朝・晩しますが、気が乗らないとしっくりしないので、その日の機嫌がすぐ見破られます。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  7枚目 1999/04/15

春の落葉

▼昨日のあいさつの話を読んで、ゲーッと思った人もいればヘーッと思った人もいるだろうね。そう想像しながらあえて書いたのは、一人の人間を知ったり、理解するのは言葉で言うほど簡単じゃないし、見えてるものが全てじゃないってことを実感してほしかったからです。

▼もうすぐ五月。花が咲き、野山が新緑に包まれ、命あふれる季節になるね。いろんなものが生まれ出てくる季節に見えます。でも、もうちょっと目を凝らして見ると、落葉している木に気付かない?

▼学校のクスノキも冬の寒さに耐えた葉をしきりに落とし、その落とした葉の根元から新しい葉の芽を吹き出してます。生れ出る事と死んで滅びる事とは別々の事ではなく、同時に起こっているんだね。人も産まれ出た瞬間から死に向かって一歩一歩進んでるって考えられるかも。

▼笑顔で暮らしてる人も、ぐっと何かに耐えてるかもしれない。不安やイライラにとらわれてる人も誰かとの出会いを待ってるかもしれない。人間は「平面」じゃなくって「立体」です。内側までは見られなくっても、せめて、いろんな角度から他人も自分も見るようにしてみたらどうかな。人って、すっごく不思議で素敵な生き物だと思わない?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  8枚目 1999/04/16

ハード&ヘビー

▼コンタクトレンズの話でも、ボクシングの話でもありません。世の中に有るものを、二つに別けて考える考え方を「二分法」とか呼びますが、本当はどんな物も単純に分けられなくて、無数のバリエーションが、ずり〜と切れ目なくグラディエーションのように存在してるもんなんだろうね。

▼それでも、頭を整理する上で、「違いの基準」をつくってみるのは結構意味があります。そこで、ハードかソフトかとヘビーかライト。みんなは自分をどっちに近いと思う?

▼困難な問題と出会ったとき。かえってやる気が出てきて、ぶつかっていくハードタイプ。慌てずゆったり受け止めて落ち着き所を探すソフトタイプ。物事の「意味」とか「本質」とか、自分なりの「信念」とかを大事にするヘビーな生き方。「センス」や「肌合い」や「流行」に敏感なライトな生き方。

▼どっちがより良いっていう問題ではなく、それぞれに良さが有るって事。そして、その時その場によって、生かされる良さが違うって事。

▼これから生きていく人生でも、思いもよらない問題にぶつかります。だからこそ、より良い暮らしをするためにはいろんな人がいるって事が大切で、いろんなタイプの仲間をつくるって事が必要なんだと思わない?こんな事書いてるぼくは、きっとハードでヘビーな人間なんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  9枚目 1999/04/17

逆鱗はどこにある

▼昨日から、我が家では口をききあっていません。朝御飯のおかずで兄弟喧嘩が始まり、ぼくがムカッときて、「楽しい家だな」と皮肉をいい、ヨメさんが「いい加減にして」と叫んで……

▼きっかけはアホみたいなことですが、要するにみんなの中にイライラが充満していたのが原因です。長男は高校の生活にまだ慣れず、次男は膝を故障してクラブに出られず、ヨメさんは学校(養護学校に勤めてます)の仕事が進まず、ぼくは前の日に詰まらん行き違いである人と喧嘩になって。

▼みんなから「成績が悪いと言ってお母さんから怒られる」という言葉を聞きます。お母さん達はよく「あなたのための勉強だ」といいます。ならば、悪い成績を見てお母さんが励ましたり慰めたりするのは自然ですが、「怒る」事は変です。なのに、お母さんはなぜ「怒る」のでしょうか?

▼「逆鱗に触れる」という慣用句があります。逆鱗とは、そこに触れられると怒って人を殺してしまう龍のウロコの事です。ひょっとしたら「怒りの元」は、自分の外に有るのではなく、自分の中に有るのかもしれないね。だから、腹が立った時は、腹を立てさせられた相手の事より、自分のどこのどんな「逆鱗」にふれたのかって考えてみるのもいいかもしれません。誰かを怒らせないようにビクビク暮らすのは窮屈です。我が家もこの土日には気分よく暮らせるように、頭を冷やして心をあっためたいものです。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  10枚目 1999/04/19

ダストシュートの向こう側

▼何気なく暮らしていたら気付かないことを、何か「する」事で気付きます。この季節はいろんな花がそこら中に咲いています。家の玄関先やフェンスに掛けられた植木鉢にも花があふれています。見るからに綺麗ですが、一花一花手で触れて花の世話をしてみると、咲いている花の間に花ガラ(咲き終わった花のかす)が混じっているのに気付きます。

▼先週の教室掃除の当番で、面倒な思いに打ち勝って最後のごみ捨てまでちゃんとやってくれた人達は、その分賢くなるチャンスを得ました。ごみ箱の中が、食べ終わったカップめんのカップや割り箸がそのまま捨てられてベタベタなこと、京女のダストシュートがいかに使いにくいかってことに気付いたからです。

▼そんなこと知って、何の得になるの?と思う人もいるでしょう。でもね、少なくともこれから自分はカップめんのカップをそのまま捨てずに、せめて残ったスープを水ですすいで、ビニール袋に入れて捨てよって思うでしょ。そして、ダストシュートの周りや廊下にごみが飛び散っている理由を理解できるよね。

▼そうすると、ダストシュートから落ちていった先のごみを処理してくれてる用務員さんや、朝早くから廊下のモップ掛けをしてくれている清掃員さんに、自然に「ご苦労様」「ありがとう」って言えるようになります。何かを「する」事で、人は賢く、そして優しくなっていくんじゃないかな?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  11枚目 1999/04/20

はし置き

▼みんなの家では、毎日の食事の時に「はし置き」を使ってますか?自分のお気に入りのを持ってる人もいるだろうね。今、ぼくは紫がかった藍色のナスビ形のを愛用してます。ちなみに、ヨメさんは猫で長男はタイ、次男は葉っぱ形です。

▼そのはし置きが、我が家のもめ事のもとになることもあります。その一番は、食器を洗う時、流しのごみ受けに落としてしまい、生ゴミと一緒に捨ててしまうって事。おぜん立ての時になって、「ぼくのがない」「またお母さんがなくしたんやろ」ということになり、みんなちょっぴり不機嫌になったりします。

▼はし置きなんて、無くてもご飯は食べられるし、もめ事の元になるんだったら使わない方がいいって考える人もいるだろうね。でも、有ると何となく落ち着くし、それだけでも食卓が何となく豊かになった気分がするから不思議です。それで、二カ月に一度ぐらいは、はし置きを買い足すというわけ。

▼よく、いろんな場面で「こんなもん(事)何の役に立つのか?」っていう言葉を聞く事があるよね。でも、役に立つか立たないかって事より、それが有る(する)と楽しい、素敵だって事も大切なことだって思わない。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  12枚目 1999/04/21

安全な恐怖と危険な快楽

▼連休明けには民俗学博物館とエキスポランドでのお楽しみ、遠足が待ってます。学期初めの友達作りや授業、初めての後輩、目白押しの行事などなどの緊張を、遊園地でスカッとリフレッシュできると良いね。遊園地といえばジェットコースター。でも僕はあれが嫌いです。

▼みんなはパラグライダーって知ってるかな?カマボコ形したパラシュートみたいなものにつりさがって空を飛ぶやつです。僕は七年ほど前に初めて飛びに行って、マイグライダーも買いB級のライセンスまでは取りました。でもランディング(着地)に失敗して指の骨折ったり、尿管結石や腰痛になって練習できず、体重オーバーで機体が合わなくなったままパイロットになれずじまいです。

▼僕がパラをし始めてから伊吹山だけでも二人墜落死してます。風が悪いのに無理して飛んだり、自分の技術に合わない機体を使ったことが原因です。僕もケガした時は恐怖を感じました。でも、その危険は自分の判断で回避もできるし、もし事故に遭っても自分の責任だと納得できます。自分の判断力や技術で恐怖と闘う事は楽しいことです。

▼でも、ジェットコースターはお仕着せの恐怖が安全なレールに乗っかってるだけ。僕の人生観がジェットコースターに乗ることを拒みます。などと言ってみても、単に恐いから嫌なんやろって言われたら、反論できない所が情けないところ でもあるんだな。これが。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  13枚目 1999/04/22

ピンポンダッシュが終わる時

▼昨日の「謎の鍵事件」で自分の少年時代を思い出しました。小一の頃。友達と「お百姓さんのお手伝い」に、植えたばかりの稲の苗を引っこ抜いて用水路に捨て、翌日の全校集会で校長先生が「みんなの中にはそんな悪い子はいないと思いますが…」と話している間、身をすくめていたこと。小三の頃。「泥棒防止」のため、近所の人が牛乳箱や植木鉢に隠してある玄関の鍵を探しては、別の所に隠し直す。

▼小五の頃。ようやく各家庭に玄関ブザーが付き始めた頃で、ブザーを押して走って逃げるという緊張感あふれる悪戯(今で言うピンポンダッシュ)が流り出しました。でも、それにあきてくるとより大きい刺激を求めて新ゲームを考える。それで、走ってくる自動車の前に、どれだけぎりぎりに石を投げられるかを競い合うゲームの登場。

▼調子に乗ってやっていれば、必ず失敗するもので、僕の投げた石はフロントガラスを粉々にし、止まった車からオッサンが血相変えて飛び出してくる。「危険防止」のため用水路をはさんで石を投げていたのでオッサンはすぐにこちらへ来られない。一目散に僕らは河原まで逃げ、アシの蔭に息を潜めて隠れました。

▼その事があった頃からだと思います。そうした悪ふざけや、外で遊ぶこともだんだん減って、女の子を意識し始め、物語や小説を読むようになり……。一緒に苗を抜き、石を投げた友達は、名古屋の高校の数学の教師になってると風の便りで聞きましたが、彼が私立中学に進学した後一度も会ったことがありません。そうやって、一つ一つの時代が終わっていくんだろうね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度 14枚目 1999/04/23

嫌いな自分が好き

よく、「好き嫌いを言ってはいけません」と言われることがあります。確かに、食べ物が片寄ると病気になったり元気が出なかったりします。

▼でも、食べたくないものを無理に食べて一日楽しく暮らせるか?とも思うよね。栄養補給のためだけなら、薬を飲んで済ませる事もできます。食事で大切なのは、味わったり楽しんだりする事ではないでしょう。それも一人より誰かと一緒の方がずっとおいしい。

▼誰かと一緒だと、食わず嫌いだったものを好奇心につられて食べてみたり、嫌いだと思っていたものが予想外においしい事に気付かせてもらったりします。

▼人も同じかな。無理して嫌いな人と付き合うのは楽しくありません。嫌いと思う事自体が悪ではないでしょう。むしろ、「嫌い」と思う事を自分がしっかり受け止める事で、これまでの自分がどんな人間なのかに気付く。そして、、自分の世界を広げていくチャンスになる。

▼「これまで」にとらわれす、まだ自分が体験してない「人生のおいしさ」を見つけていけるような友達を作っていけたら楽しいだろうね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度 15枚目 1999/04/24

リフレッシュX 

▼僕らは、毎日テレビを見てるけど、たぶん一番繰り返し見ているのはCMだろうね。新聞のテレビCMについての批評に時々取り上げられてるのが「栄養ドリンク」(強壮剤)の宣伝。ユンケルだのファイト一発だのを見るたびに、こっちはかえって疲れてきます。

▼あのバブル時代、「24時間戦えますか」のリゲインの宣伝は、働き中毒・人間性無視と批評されました。その後、疲れた女の登場するチオビタが登場し、ようやく世の中落ち着いてきたかと思っていたら、今またあの背中に付けたVロケットで会社に飛んでくアリナミンの宣伝。あれ見てると腹立ってこない?

▼学校や子供の生活をも傷つけ壊してきた会社中心仕事中心の競争社会をまだ続ける気?男は仕事女は家事(奥さんがお弁当もって旦那を追っ掛けて飛んでるでしょ)の昔ながらの男女の性的役割分担をまだ当たり前だと思っているの?テレビのコマーシャルで腹立てさせてストレス増やして、それでドリンク買わせようという魂胆でしょうか?

▼追い立てられて、くたびれた体に栄養補給して僕らはいったいどこに行くんだろう?高校時代にリポビタンDスーパーをグビッとやって受験勉強し、今、タフマン飲みながら通信書いてるぼくはいったい何なんやろうね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  16枚目 1999/04/26

新しい世界との出会い

▼今日は曇り空で今にも雨が降りそうだったけど、午前中のキックベースとドッヂボールは元気にプレーできてよかったね。ぼくはキックベースの審判やったり、キックの選手を応援していて、ドッヂボールのプレーを応援しに行くことができなくてごめんなさい。準優勝の瞬間を見たかった。

▼キックベースは、ボールが飛んでこないかってドキドキ緊張したり、走っていいのか戻っていいのかよく分からなくってオロオロしたり大変だったね。試合の結果は残念でしたが、それよりも、生れて初めて出会ったゲームの面白さが、最終戦の最終回でみんな感じられたんじゃないかな?体育委員さんもご苦労さまでした。

▼よそのクラスの人も含めて、意外な人が意外なプレーを見せてくれて、いろんな発見があって、とっても楽しい一日でした。机に座って授業してるだけでは分からないいろんなことが、一つ一つの行事の中で見えてくるもんだよね。これからやって来る体育祭や文化祭では、しっかり準備をして、一人一人が自分の力が生かせる場をつっていけるといいね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  17枚目 1999/04/27

賢い悪人・馬鹿な善人 

▼ケンカの内容も、きっかけもよく覚えてないけど、その時の「セリフ」がいつまでも頭の片隅に残っていて、何かの拍子にフッと思い出されるってことない?この前も、ある人と話をしていて、中学時代に、いつもは仲良くしていた友達とケンカした時の売り言葉に買い言葉を思い出しました。

▼嘘だ×本当だ、言っただろ×言わへんわの言い合いのはてに「人から信用されない奴は人間のクズだ」に対して「人を信用できないような奴は、もっとクズだ」の応え。さて、みんなはこのクズ争い、どっちの勝ちだと思う?どっちもっどっちでどっちもクズ?どっちもクズじゃなくってタダの人?

▼人をだますには口や演技も達者で、頭の回転も早くて賢くないとね。それに対して、だまされるには何の能力もいらないから単なる馬鹿?ぼくは違うと思うなあ。誰だって、だまされて損したと腹を立てたりアホやったと自分を責めたりしがちだよね。だからこそ、それも分かった上で相手を信じようってのは、度胸というか勇気というかオオラカサってものが不可欠だよね。

▼損しないように、得をしよって頭をクルクル使うのもいいけど、ほんとはもっと大事なことがあるって、シミジミ思う今日この頃です。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  20枚目 1999/05/07

今日は記念日

▼今日は、この2年4組が誕生して満一カ月の記念日です。みんなにとって、この一カ月は早かった、それとも長かった。僕は、春先から体調が良くないままなので、やっと一カ月か!が実感です。でも、4組の教室に行くのがしんどいなっと思ったことは一度もありません。みんなのおかげです。

▼ただ、残念なのは、一人一人とおしゃべりする時間がなかなか取れないまま今日まで来てしまっていることです。そんな中で、僕にとってせめてもの救いになっているのが、みんなが毎日出してくれている「班ノート」と「ちゅ2のーと」です。

▼平々凡々だろうと、刺激的かつドラマティックだろうと、元気に楽しくだろうと、ケナゲに何とかだろうと、こうやって生きてる一人の娘がいて、いろんなこと考えてることを知り、いっしょにすごせるって事だけでうれしくなります。しんどい自分の励ましになり、何とか明日もやって行こうっていう心の支えになります。

▼来週は遠足、再来週は参観日。クラス懇談会では、みんなのお母さんやお父さんと励まし合いたいなって思ってます。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  21枚目 1999/05/08

ずっと好きなんだな

▼昨日の夜はちょっといいことがありました。昨日のニュースステーション。僕が25年前からず〜っと心を寄せていた山口小夜子さんが出演してたのです。と言っても、みんなの中で知ってる人は少ないでしょうが、みんなのお母さん方で知らない人はほとんどいないはずです。

▼僕が高一の時資生堂がベネフィークという化粧品のシリーズを発売し始めて、その頃から世界のトップモデルになりつつあった小夜子さんがキャンペーンガール(レディ)として登場したのです。で、一目惚れ。学校の近くの化粧品屋のおばちゃんに頼んで、春夏秋冬、新しいポスターが出る度に予約をして、使い終わった時に譲ってもらってました。

▼紙のだけじゃなくって、プラスチック製で、蛍光灯の明かりに透けて見えるやつもです。ベニヤ板を切って彩色して額をつくってはめ込み、部屋の中に飾って眺めてました。大学生になって京都の下宿にに引っ越した時も、小夜子さんを同伴し、結婚するまで僕の部屋にいらっしゃったのです。

▼日頃お喋りしたり食事をする相手は気楽で気さくな人がいい。一緒に暮らすなら、今のヨメさんみたいなモッチャリしたのでも構わない。でも、ブラウン管やスクリーンの世界の人は俗っぽさから超越してる人がいい。「ローマの休日」のオードリーや「キューポラのある街」の小百合さんも、永遠の憧れです。みんなのお父さんが、どんな人を好きなのかみんなは知ってる?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  22枚目 1999/05/10

「ため」にしない

▼テストが近づいてきて「嫌やなあ」という声がちらほら聞こえてくる季節になりました。さて、みんなテストが嫌なんでしょうか、それとも勉強することが嫌なんでしょうか?誰もが一度ぐらいは「何のために勉強すんのやろ」という疑問を持つもんだよね。

▼テスト自体が嫌な人は、自分の力を他人に試されるのが嫌なのかな?自分の力不足を認めることが苦痛?結果を人と見比べられるから?それとも、結果が悪いとお母さんから怒られるし?

▼もしそうだとしたら、試されてるのは教える教師の方で、出てきた結果はありのままの自分としてを受け止められて、他人は他人自分は自分と割り切れて、何よりお母さんもあったかく励ましてくれたら、テストは嫌じゃなくなるよね。

▼勉強が嫌いだっていう人は、ひょっとしたら決められたことを決められた時間にやらねばならないし、できたかどうかをテストされるからかもしれないね。勉強よりももっとしたいことが有るのに、その時間が無くなるから嫌だって思ってる人もいるかもしれない。

▼ここで、もう一度考えてみない?勉強は「テストのため」にやるものじゃないし、「あなたのため」でも「将来のため」でもないかもしれないってことを。嘘やと思うかもしれないけど、勉強って、結局したくてするもんだし、必要だと思うからするもんだと思うよ。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  23枚目 1999/05/11

一人より二人がいい

▼明日から、我が家は(というより僕は)ゲゲッと疲れる四日間を過ごさねばなりません。よめ山河、修学旅行の引率で家を空けるからです。みんなの家ではお母さんが南日か留守する時はどんなふうに家事分担をするのでしょう?

▼うちでは、日頃はよめさんが子供の弁当と食器洗いと洗濯を分担し、僕は朝御飯と自分の弁当と花の世話。晩御飯は、早く帰った方。日頃の買い物は思い付いた方か思い付いたものを買い、休日は夫婦でイズミヤかイトーヨーカ堂へ。子供たちは風呂沸かしと風呂掃除とゴミ出しと洗車を分担しています。休日の食事は、家族の中で一番時間があって元気な人。

▼この四日間は、僕が子供のお弁当と洗濯、子供たちは食器洗いが負担増となるのです。まあ、適当に手を抜いて、一日ぐらいは外食、一回位はお弁当なしでパン代渡して洗濯は二日分まとめて、と考えていますが、やっぱりめんどくさい。

▼一緒に暮らして行くには、それなりの責任分担が必要だけど、結局はお互いに対する思いやりが基本なんだろうね。クラスの班の当番も「自分が一緒に暮らしているメンバーの一人なんだ」ということを、自覚できるチャンスだと思わない?

遠足研究Thema  発見は人間だけの快楽です

leader

Thema

leader

Thema

上田

エキスポランドの総て

瀬尾

叫び方

大八木

配置

山中

花便り

北村

遊園地の入り口

鶴居

アメリカ古代文明

白井

ジェットコースター

鰐洲

音に関すること

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  24枚目 1999/05/12

「て」の向こうにあるもの

▼文法「動詞の連用形」の問題。その一、「歩い」て「いく」。「走っ」て「くる」。助詞の「て」は連用形にくっついて下に用言をつなぎます。では、「買って」「して」「抱いて」の後に続く用言はなんでしょう?すぐ出てくる答えは、形容詞の「ほしい」かな。

▼その二、「歩き」ます。「走り」そうだ。動詞の連用形にくっつく助動詞はいくつもあります。では、「買い」「し」「抱き」の後に接続する助動詞はなんでしょう?すぐに思い付くのは「たい」かな

▼みんなは「〇〇してほしい」って言う時と「〇〇したい」って言う時とどっちが多い?女の人が男の人に「抱いてほしい」というのは自然で、「抱きたい」というのは不自然だと思う?男の人が女の人に「抱いてほしい」って言ったら気色悪い?

▼人にはいろんな生き方があるし、その場その場で願いも変わります。でも、相手に期待する「してほしい」より、自分が主体の「したい」を大切にできたらいいし、それに誰かに「してあげたい」も付け加わると、彩り豊かな人生ができてくると思うんだよね。みんなはどう思う?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  25枚目 1999/05/14

入口のむこうに

▼同じ制服を着て、同じ教科書開いて授業をしていても、理解の程度も興味の持ち方も違っているのはよく分かります。でも、昨日のように、私服を着て自由な行動ができる場になると、一層それぞれの違いが浮きでてくるもんだと感心しながらみんなの笑顔を写真に撮ってました。

▼絶叫マシンに乗りまくってフラフラになってた人がいれば、お化け屋敷やマイナス30℃の世界でヒンヤリ過ごした人もいれば、木陰でのんびりアイスクリームなめてる人もいて、それぞれ楽しめていたようで大変結構。

▼そんな中でシミジミ思ったのが、「恐怖」について。恐怖とは「自分にふりかかる危険が引き起こす感情」だって考えられるかもしれない。でもホントは、その危険が何かってことを分かっていたら案外恐怖は襲ってこなくって、「それが何なのか、その時その場で自分がどうしたらよいか分からない」って事が怖さを生むのかもしれないね。

▼絶叫マシンやお化け屋敷がいくら平気でも、なじみのない人、自分とタイプの違う人とつきあうことへの不安=恐怖に弱い人も結構いるもんです。オロチやお化け屋敷は入口も出口も決まってるけど、人とのかかわりは、入り口も出口も自分で見付けていくもんなんだよね。怖いもの見たさの好奇心って言うもんが、もっとあってもいいかな?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  27枚目 1999/05/17

花が咲くのは咲きたいから

▼ここ数日の陽気と土曜の夜中の雨で我が家の庭先も一気に模様替え。パンジーやスノーポールは精を出し切ったかのように伸び上がり、ハナミズキは葉っぱが茂り、エニシダはサヤエンドウみたいな実を鈴なりに付けています。替わって、タピアンやサフィニアの芽がどんどん枝分かれしてつぼみを付け、クレマチスやバラが次々花を咲かせています。

▼そんな中でちょっとした驚きがありました。枯れてしまった(と思っていた)ブドウの根元から、勢い良く新しい二三本のツルが伸びてきていたのです。去年の夏に実を付けた後、幹に虫が食った小さな穴が幾つもあいて、次々に葉っぱが枯れ落ちてしまいました。もうだめかなと思って、抜いてしまおうと思ったのですが、トレリスの支えになるかと枝を払って放っておいたのです。

▼育てる時は、その植物の性質=個性に合った分量の肥料や水や薬をやったり、日当たりや温度に気を付けてあげる事が大切です。手をかけた分だけ正直に花や実を付けてくれますし、その植物に合わない事をすると枯れてしまいます。でも、それはあくまで人が植物の世話=手伝いをしてるだけ。植物自身の、生きたい、花を咲かせて実をならせたいっていうエネルギーがすべての基本なんだな。軟らかなブドウの葉っぱを見ていると、そんな事をシミジミ思います。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  28枚目 1999/05/18

天と地と風と

▼今日の仏参は何だかとても和やかで爽やかな感じで良かったね。まさに「サラダ〜サラダ〜抹茶に〜」の世界でした。僕は仏教徒ではないので合掌も礼拝もしませんが、仏像の前でチラリラ揺れるろうそくの光を見ていると、何かに祈りを捧げたくなる人間の気持ちはよく理解できます。

▼小4の頃、秘密基地作りに凝ってました。僕らは、アシの生えた河原をスコップで掘って、工事現場からパチッて来たトタン板をかぶせた上に土を盛り、再びアシを植えて秘密基地にしてました。そして基地の守り神様としてリカちゃん人形を安置し灯明をあげてました。小さなろうそくの明かりが揺らめく暗い穴の中で息をひそめていると、そこはもう河原でもなく地球上でさえない。河原を渡る風がたてるアシの葉のざわめきが、僕らをはるかな宇宙にいざなってくれました。

▼みんなも昨日の夕方の月を見た?眉の様に細い三日月の上に金星が明るく輝いてました。ぐっと南の方には赤く燃えてる火星が見えて、立ち止まって空を見上げてると、自然にふーっと息が漏れて肩の力が抜けて来ます。

▼みんなも今日の朝の風を受けた?朝水やりをしていると、東風が爽やかにふき抜けて行きました。そんな時、手をいっぱいに広げて風と向き合うと、体の中のモヤモヤを風が運び去ってくれます。僕らは広大な大地と無限の天空の境目に生きてることを風が教えてくれます。そのことに気付くと、ゴチャゴチャした人間の世界でも、何とか生きていけるかなって思えてくるんだな。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  29枚目 1999/05/19

わめく・ささやく・目で話す

▼山に行って「ヤッホー」って叫んだことあるかな?大きな声を出すとスットするもんだね。口からは、言葉とともに感情も飛び出していくからなんだろうね。音声には「言葉の意味」と「話し手の感情」の二つが乗っかってるんだよ。

▼相手に何か伝えるには大きな声の方が伝わりやすい。でも、大きすぎる怒鳴り声やわめき声は、伝えたい言葉よりも「ハラタッテル」ムカツイテル」「イライラシテル」って言う感情の方が大きく響いて、言葉の意味が伝わらなくなってしまうもんです。大きすぎる声は相手の体をこわばらせて、心の扉は掛け金がかかってしまいます。

▼小さな声は聞き取りにくい。でも、小さくってもハッキリした言葉は意味がちゃんと伝わる。それ以上に何の言葉もなくっても、「目」がものを言う事だってある。瞳のたった一ミリの動きで、自分の感情が伝わってしまいます。しっかりと目が合った時の確かさ、ふっと視線が外された時のあいまいさ。音声以上に瞳はたくさんの感情を乗っけているんだね。

▼大きな声でワッハッハと笑うと、相手の体もゆったりして、心の扉も緩んで開きます。誰かの微かなささやきや小さなつぶやきを聞き取る耳を持っていると、今まで知らなかった世界が伝わってきます。相手をちゃんと見つめると、相手の姿が自分の瞳にちゃんと映ります。自分が相手に何かをちゃんと伝えたいなら、「声と耳と目」を鍛えることが大切だね。わめいて感情をぶつけ合ってストレス解消する夫婦喧嘩もいいんだけど、そっと見つめ合って愛してるってささやくほうがやっぱりいいもんです?チョットテレルケド。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  30枚目 1999/05/20

バースデイ

▼今日までに十四歳になったのは佐治さん、津島さん、林なおさん、丸山さん、室谷さんで、もうすぐ氷室さん(二四日)鈴木さん(二六日)多田さん(二七日)がお誕生日を迎えます。明日は親鸞さんの誕生日。宗教委員の荒井さんと奥田さんは、クラスの代表でパーティーに参加します。楽しんできて下さい。

▼みんなの家では、家族全員の誕生日をお祝いするのでしょうか?子供だけっていう家もあるかな?誕生日なんて、ただ生まれてからまた一年が過ぎただけじゃないかっていう気もします。でもやっぱりそうじゃないんだよね。

▼生きていれば、いろんな災難やうんざりすることもいっぱいあります。小さな日本の国の中だけでも、一年間に交通事故で死ぬ人が二万人以上、自殺で死ぬ人は一万人以上います。そんな中で思いがけない事故にもあわず、この世に絶望することもなく、一年間生き延びてこられたっていうのはひょっとすると、ラッキーなことなのかもしれないよ。

▼僕が中学生の時も、お父さんやお母さんを亡くした人が何人かいました。高校生の時は小学校時代の同級生が自殺しました。高校卒業してすぐにクラスメートが病気で一人が死にました。自分が長く生き続けるほどに、自分のまわで死んでいく人が増えていきます。

▼昨日には昨日の「今」があったように、今日には今日の明日には明日の「今」があります。でも、その今は他には代えようのない今です。生きてる「今」を大切にしたいもんだね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  31枚目 1999/05/22

「大人」の定義

▼みんなやお母さん方との面談をカメの歩みで続けています。予定通り進まなくって大変申し訳ありません。初めは短時間ずつでもとにかく一巡しようと思っていたのですが、ちょっと遅くなってもユッタリやろうと方向転換しました。そうした面談をしていると、自分の昔のいろんな事を思い出します。今回は高校時代の僕の目から鱗が落ちた「大人」についてです。

▼僕は、学生時代に十何種類のバイトをしてきましたが、高2の冬休みは正月用のもちを作るバイトをしました。米屋のおやっさんから請け負って、メンバーをそろえる所から始めるのですが、仲のよかった連中はみんな予備校の冬期講習だの家で勉強だのといって、薄情にも断ってしきました。それで、いつもはあまり付き合いのないクラスメイトに頼んだところ、「よその学校の奴でもよければ紹介してやる。ただしそいつら大人だし、お前と合うかどうか分からんぞ。」ワラをもすがる僕は二つ返事でOK.

▼ところがそいつ等はバイトの当日来なかった。慌てて紹介してくれた友達に連絡すると、「他にいいバイトがあるからそっちに行くと言ってきた」とのこと。何が大人やねん!と腹立を立てても後の祭り。「大人」と言うのは、子供みたいに正直じゃなくって、自分の都合で適当に付き合う遊び人と言う意味だったのです。

▼その日は四人分の仕事を一人でこなして、おやっさんには明日からは何とかするからと頭を下げ、夜電話をかけまくりました。結局小学校の同窓生で工業高校に通っていた一人が、自分の友達も誘って手伝ってくれることになり翌朝バイト先へ。

▼彼は約束より早く来ていて僕を待っててくれました。おやっさんに会うなり彼は「社長よろしく頼んます!」おやっさんはえらく喜んで、「最初からこういう友達誘っとけばよかったのにな。」小さな米屋のオヤジを「社長」と呼ぶことなど思い付きもしなかった僕は、その友達を「大人やなァ」と感心してみていたのでありました。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  32枚目 1999/05/24

「ながら」も、やらないよりまし

▼今日は久しぶりの雨で、車が渋滞して遅刻してしまいました。ごめんなさい。そう言えば「雨がしとしと日曜日、僕は一人で君の帰りを待っている」と言う歌が、三十年ぐらい前ラジオやテレビから流れてたのを知っているお父さんやお母さんも多いと思います。ぼくは、人の名前を覚えるのが苦手なので、歌っていた歌手(グループ)の名前はぜんぜん思い出せません。誰か教えて下さい。

▼最近4組でもラジオを聞きながら勉強している人が増えてるようです。ラジオの深夜放送は昔から受験生の友でした。僕はAM放送のオールナイト日本などより、FM放送のジェットストリーム系のほうが好きでしたが、中島みゆきのひしゃげた声は今でも耳に残ってます。

▼が、「ながら勉強」については、昔から賛否両論あり。気分が乗って勉強がはかどると言う人もいれば、集中できてないから覚えたつもりでも結局だめと言う人もいます。音楽(BGM)はノートを整理したり単語帳を作ったりと言う「作業をする時には有用」だが、「記憶したり考えたりする時は有害」であると言うのが一般的な意見のようです。

▼まあ、勉強する意欲も集中力も持続力もある人にとっては、どっちでも一緒かな。なかなか勉強に取り掛かれず、すぐ気が散って長いこと机に向かっていられない人にとってはどうでしょう。ラジオが励ましになってチョットでもやるならそれもよし。三十分しか座っていられない人が一時間座っていられるならそれもよし。効率も大切だけど、「やってる気分」=自己満足が一番重要なのかもしれないね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  34枚目 1999/05/28

ふつうってなに

▼テストが終わりました。みんなは自分が「でき」をどうやって判断してるんでしょ。満点以外は全部ダメ?八割取れたらOK?何点だろうと人と比べて一番じゃないとだめ?平均点より上だったらいい?それとも、お母さんに怒られなければいい?

▼あるテストであなたは七十点を取りました。平均点は七十点。まあまあふつうかなって思う?実は四十人中一九人が九五点、二十人が四五点だったのです。たった一人のあなたは「ふつう」?もう一つのテストも七十点を取りました。平均点はやっぱり七十点。実は、九十点が八人・八十点が八人・七十点が八人・六十点が八人・五十点が八人だったのです。じゃあ、七十点のあなたは「ふつう」?

▼テストは自分が何をどれぐらい身につけたか(教師の立場で言えばどれだけちゃんと教えられたか)を試すのです。入学試験は点数の順番に合格になる。だから、合格ラインにどれだけ近付いたかを知るために、その時の自分の「でき」を人と比べることも必要かもしれません。

▼でも、小テストや定期考査は人と比べてどうかじゃなくって、生徒も教師も自分を見つめ直すチャンスなんじゃないかな。「何かができる」ようになりたければ、それだけの努力が必要です。自分は何を望んでどれだけのことをしたのか?やり方ややる量はどうだったのか。望みに見合う努力や工夫があったのかどうかを確かめてるだけ。

▼短い人生です。誰のものでもない自分の人生です。だからこそ、自分ができるようになりたい「何か」を大切にしようよ。絶望的っていうのは、もうだめだっていう状態じゃなくって、自分が何の望みも持たなくなった時のことなんじゃないかな。「ふつう」なんてどこにもなくって、あるのは自分が満足できるかどうかだけかもしれないね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  35枚目 1999/05/29

資格は着物かも

▼昨日までに、半数の人との面談ができました。いろんな話を少しずつではあっても聞くことが出来て、とてもいい勉強になってありがたいです。日頃なかなか話が出来ない人と面と向かって話すのはちょっと緊張しますが、その分とても新鮮です。

▼そうした話の中で、「幸せな結婚・平凡な人生」が願いだという人が何人かいました。それを聞いて、僕は思わず「難しい願いやなァ」と言ってしまいました。医者になりたい弁護士になりたいというのであれば、さしあたり学校の勉強を一生懸命しさえすればいい。でも、幸せな結婚は相手が自分を好きになってくれなければかなわないし、平凡な人生は、神様にお祈りして災難(事故や病気や戦争)から逃れる以外に手に入りません。ましてや、その人がどうなったら幸せなのかなんて、親だって決められません。

▼さてその上で、もう一つ問題。世の中にはやぶ医者もいれば悪徳弁護士もいます。「なり方」が分かっている医者や弁護士にしても、「いい」お医者や「いい」弁護士になるにはどうしたらいいか。何がよくって何が悪いのか。

▼「資格」なんてものは洋服みたいなものかもしれません。服によって暮らしやすさも変わるし、出かけて行ける場所も変わります。でも、白い服着てようが黒い服着てようが、結局、最後には裸になった時、その人がどんな人なのかが問われる。そう考えたら、何の職業に就こうが、どこで誰と暮らそうが、本当に勉強しなくちゃならないのは、何が「いい事」なのかが分かって、「いい人」になるための勉強なのかもしれないね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  36枚目 1999/05/31

夏の庭

▼昨日は爽やかに晴れ上がってて気持ちよかったね。僕はほんとだったら、どっかでデイキャンプでもしたかったのですが、クラ発の準備が間に合わない演劇部のお付き合いでフイ。連休前に車に積み込んだキャンプ道具は一度も使われることなくそのまんま。あ〜あ、もうすぐ梅雨がやってくるっていうのに。

▼アジサイの花の芽が日増しに大きくなってます。夕方家に帰ると目に見えて背が伸びているのが萩とコスモス。風にそよぐコスモスの葉を見ると、ふっと『夏の庭』という日本映画を思い出します。病気で死にかけた老人の死を見届ける少年たちの一夏の物語です。

▼これを見た時「『スタンド・バイ・ミー』(米映画)のモノマネやんか。おまけにスケールが小さくって、まるで箱庭やな」って思いました。でも、その箱庭的世界がいかにも邦画らしくって味わいもありました。『スタンド・バイ・ミー』は見たことある?遠い森の中に倒れている死体を発見しに行く、少年たちの夏休みの冒険です。その経験の後、彼らは子供の時代に終わりを告げ、それぞれの人生を歩んで(まさに自立)いきます。

▼みんなは早く大人になりたい?それともずっと子供でいたい?みんなのお父さんやお母さんは少年少女時代に帰りたいでしょうか?(チョットでも若く見せたいって言うのとは違って)僕は、今のままの年でもいいから、3億円当ててパラオでのんびり暮らしたい。せめて、ヨメさんと『ライフ・イズ・ビューティフル』でも見に行くか……

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  38枚目 1999/06/02

大事な物を大切に

▼今日朝礼で話したように、昨日の2年4組での盗難について議長さんや班長さんの知恵を借りることになりました。学年の先生たちでも相談をして、クラブ顧問の先生にも協力をお願いすることと、さしあたりクラブ発表会まで、放課後の教室を分担して見回りすることになりました。

▼ねえ、みんなは自分のこと「健康」だと思う?僕は自分のことをあんまりそう思えません。相変らず腰が痛いことやカゼ気味だって事だけじゃなくって、気持ちや環境の問題です。みんなと面談したり授業したりクラブをするのは新鮮で楽しいけれど、それ以外の所では、正しいって思っていることを実現しようとする気力がなえてきたり、もういいやって投げやりになりがちです。

▼もし、誰もが頭も心も体もすっきりして生きていられたら、盗難なんて起こらないと思わない?一人一人の人間が関わりあって作ってる社会=世の中が健康だったら、自分も他人も他人の物(事)も、もっと大切に出来るんだよね。

▼誰もがどこか欠けていたり、何かが足りないまま生きているのが人間でしょ。盗んだ人は、「お金がない」「悪い人」っていうよりも、きっと「何か」が足りてない人なんじゃないかな?その「誰か」の「何か」が分かれば、僕にも何か出来るんじゃないかって思うんだけどね。出来ない自分が情けないです。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  39枚目 1999/06/03

どうせ……より、どうせなら!

▼梅雨模様の雨がしとしと降ってきました。雨に濡れてプリーツスカートがフレアスカートになっちゃった人や、じっとりした空気で、髪の毛ボワボワになっちゃって、気分が滅入ってる人もいるようだね。「どうせ」梅雨なんやしショーガナイ、とあきらめるのも一つですが、ここは断定の助動詞「だ」の仮定形を引っ付けてみてはどうでしょう。「どうせ+だ」=「どうせなら」梅雨の景色を楽しんでみる。我が家でも、アジサイに続いてクチナシのつぼみも大きくなってきています。ヤマボウシの白い花も雨に濡れてツヤツヤしててノウゼンカズラのツルの先には、小さなつぼみがぎっしりつき始めました。

▼テストが次々帰ってきて、こんなもんかと納得してる人もいれば、心の中で「どうせ」私はアホやしと、ため息混じりにつぶやいてる人もいるやろね。そんな時、やっぱり「どうせ…」より「どうせなら!」の方がいい。自分が望んでここにいて同じ授業を受けるなら、自分が望んで参加して同じクラブをするのなら、せっかく自分を生かすチャンスがあるのなら、やりたいようにやるもよし、やれる限りをやるもよし。

▼ただでさえ湿っぽい梅雨です。なんやかんやでウジウジしてると、心の中にもカビ生えて、ナメクジに変身してしまうかもしれません。どうせなら、スカット行きたいもんだね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  40枚目 1999/06/07

満二ヶ月で梅雨入り

▼昨晩は強い雨の音で、夜中に目が覚めてしまいました。どうやらいよいよ梅雨入りのようだね。今朝は空気が何やら重たくって、人とすれ違った時の風が、とろんと肌をなでるようにさえ感じます。思わず、大雨警報出てくれへんかな、なんて思ってしまいます。そんな天気のせいもあってか、遅刻が四人で欠席が一人。どうもすっきりしない週の始まりです。

▼この二年四組も満二ヶ月になりました。一ヶ月目の時は、あわただしく過ぎたなあって感じでしたが、二ヶ月目は随分落ち着いてきたなあって感じかな。班がえ席替えもして、だいぶたくさんの人となじんでこれたんじゃないかな。でも、まだほとんどしゃべったこともない人がいるんだろうね。みんなとの面談は、何やかや用事が入ったり僕が休んでしまったりで、ペースダウン。何とか、来週中には残りの人と話せたらと思ってます。

▼さて、明日のホームルームでは、いよいよ今年の文化祭をどうするかのクラス討議が始まります。文化祭は四ヶ月後で、まだまだ先のようです。でも、すべては「今日」の積み重ね。明日のホームルームでも、みんなで知恵をひねって心をあわせて、ステキな思い出を作り始めていきたいもんだね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  41枚目 1999/06/08

やるかやらないか、なんだな

▼国Bで習ったように昔と今では暦がずれてます。梅雨は五月雨[さみだれ]、今日のような梅雨の晴れ間を「五月(さつき)晴れ」。言葉を知ると、同じ空を見上げてもチョット気分が変わらない?知るって言うのは楽しいことです。

▼僕はウイングス京都の女性大学の講座に毎週一回参加してますが、昨日の講義のポイントは「ドリーム」と「ビジョン」の違いって言うことでした。「こんな事できたらいいな」とだけ思っているだけ」なのがドリーム。それに対して目標実現のために、「いつまでに、どうやって、何をするかを考え、まず、今よりも20%前進する実現可能な目標を立てる」のがビジョン。これが人生を変える。

▼ただ、自分自身の力は限られてます。だから実現のために、人の力を借りるネットワークを作る。そのポイントはGIVE&TAKE。自分が人の役に立つことを示すと共に、自分が何がほしいかを明らかにすることで、いろんな情報が入ってくる。

▼その講義をもとにしたグループ討議で一緒になった一人の女性の話がまた新鮮。「高校時代に親とケンカばかりしていて早く自立したかった。そんな時たまたま買った宝くじが当たって150万円手に入った。それで、それを元手に高校卒業後、北海道から九州まで一人で放浪して、行く先々で何か仕事を見つけて一〜三ヶ月ずつ暮らした。今は京都で事務職をしているが、一つの所に長くいて人との関わりをうまく持つことの難しさを感じている。将来は一番気に入った鹿児島で生活したい。」

▼宝くじが当たったら、って言うのは誰もが思うけど、実際そういうこともあるんだって改めて思いました。で、家に帰ってインターネットから自動配信されてくるこの先一週間の星占いを見ると6月15日(三億円が当たる日)は、全体運・恋愛運・健康運・金運全て×。やっぱり自分の力で何とかするしかないようです。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  42枚目 1999/06/09

勉強する権利

▼「あれもしなくちゃならないし、これもやらなきゃなんない」と,セカセカバタバタ生きてます。「やらなくっちゃなんない」=動詞「やる」の未然形+助動詞「ない」の連用形+て(接続助詞)+は(副助詞)+動詞「なる」の未然形+助動詞「ない」の終止形。こんな風に分解してみると、打ち消しの「ない」が二回も入ってるのがはっきり分かって、気分が二倍暗くなります。忙しくしていても、何やら空虚な感じがへばりついているような気がします。義務とか責任とか言う言葉はどうも重苦しいもんです。

▼僕の好きな文章の一つが「日本国憲法」です。いろいろ問題はあるけれど、言ってる事はすばらしい。「すべての国民は個人として尊重される」(一三条)「何人も、いかなる奴隷的拘束を受けない」(一八条)「すべての国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」(二六条)「すべての国民は勤労の権利を有し、義務を負ふ」(二七条)。

▼勉強したいのに勉強させてもらえないっていう辛さを背負わされてる子供たちが、地球上に何億人もいます。働きたいのに働けないって言う辛さを味わってる人が日本の国の中にもたくさんいます。みんなが学校に通って勉強するのはみんなの権利で、その権利が保障されるようにするのが国や親の義務というわけ。

▼そんな憲法の条文の中で僕が一番好きなのは「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」(第一二条)ってやつです。自由や権利ってもんは、誰かに守ってもらうもんじゃなくって、自分達で守るもんやと憲法自身が言ってるのです。勉強する権利と働く権利を大切に守っていきたいと思わない?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  43枚目 1999/06/10

星に願いを

▼今朝はなんだか風景が変じゃなかった?空気が何やらスカスカになったようで、そのすきまを埋めるようにやたらと光があふれていて、風でゆれる木々の枝も何か不安げに見えました。この光景の奇妙さは萩原朔太郎と中原中也の詩を足して2で割って3乗したような感じでした。

▼昨日の夜もちょっと変でした。うちの小さな庭のウッドデッキから見上げる空は、ヨウカンのように細長い空なのですが、やたらくっきりと、またたきもせずに星が光ってました。蚊取り線香つけて、ビールを飲みながら夜空を見上げていると、天頂にスーっと一筋、今年始めて流れ星を見つけました。あわてて「三億円!」と心の中でつぶやいたのですが、その時にはもう流れ星は消えてました。

▼昔から、流れ星が消えるまでに願いを三回繰り返すと願いがかなうって言うけど、僕はあれって本当のことだろうなって思います。なぜならば@いつ流れるか分からない流れ星に願いの言葉をかけられるって事は、片時も忘れることなく、ずーっとその事を願いつづけてるから。って事はそれだけその願いが強いって事。A短い時間に三回繰り返えせるのは、その願いが短い言葉で表せるから。って事はそれだけその願いがハッキリしていて素朴だって事。

▼僕らの生活は、いろんな事が絡み合って複雑だけど、自分自身の内側を静かにじっと見詰めてみたら、そこにある「願い」ってのは案外素朴なものかもしれません。そんな願いを「はっきり意識して持ち続ける」って事が大切なのかもしれないね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  44枚目 1999/06/11

プロを目指す

▼4組にも野球ファンが結構いるようですが、昨日はついに中日ドラゴンズが5連敗となり、阪神タイガースがつかの間の首位に立ちました。僕は特別なファンではないのですが、名古屋の出身ということもあってドラゴンズには愛着があります。現役の選手では、ピッチャーの今中が好きですし、立浪は球界一守備のうまい選手だと思います。星野仙一は現役時代は向こうっ気が強くて巨人に敵意むきだしで面白かったけど、監督としてはどうもね。

▼テレビの野球中継を見ていて、時々思います。あの「解説者」って奴のいいかげんさです。何を勝手なことをもっともらしくいっとるんじゃ!と腹が立つこともしばしば。それと、あの審判のうまいへたの差。審判の判定一つで試合の流れが変わってしまうこともよくあります。「おまえもプロやろしっかりせんかい!」と思わず叫びたくなるようなジャッジも。

▼プロ野球の「選手」にあこがれて、少年野球を始めたり甲子園を目指したりするって人の話しは聞きます。でも、プロの審判になりたくって野球を始めたり、小さいころから野球の解説者にあこがれて野球部に入りましたって言うのはあんまり聞かないのはなんででしょ?

▼僕は、オーケストラの指揮者にあこがれるように野球の監督にあこがれたり、裁判官にあこがれるように審判にあこがれる子がいてもいいのではないかって思います。それでこそ野球のレベルが上がるってもんじゃないかな?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  45枚目 1999/06/12

まずい時ほど落ち着いて

▼我が家の二階のトイレには相田みつおの日めくりがかかってます。伊豆に旅行に行った時にヨメさんが買ったのですが、彼女はアバウトな人間なので、日めくりをいつもほったらかしにしてて、気になる僕が毎日めくってます。今日は「アノネ、がんばらなくたっていいさ。大切なのは具体的に動くことだよ」みたいなことが書いてありました。

▼さて、何か問題が起こった時に、たいした事出来ないんだったらやっても意味ないし、何もしないほうがマシだ、と考えちゃうこともある。がんばってやらなくっちゃと声を出しながらも体がついてこないって事もある。だから、そんな時こそ、何が出来るか、出来るようにするにはどうしたらいいか、「落ち着いて考えて、一つ一つやれることをする」って事が大切なんだろうね。

▼テストが終わって一息つくまもなくクラブ発表会。明日の日曜日も学校に来る人も多いようですし、何やら落ち着かない人も目に付きます。一方でクーラーの影響も加わって、何やらだるそうで眠気に負けたりダレッとした生活に首までつかりかけてる人も目に付きます。体と心にたっぷり栄養と休養を与えてあげないと、クラブ発表会でもステキな舞台を作れないもんです。生活にメリハリつけられるよう、ちょっと落ち着いて、どうしていくか考えて、何か工夫できることを一つ始めてみないか?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  46枚目 1999/06/14

ものづくり

▼最近ビールの飲み過ぎで、いよいよ腹がビールバラになってきて、まずいなあと思ってます。そこで、この前の土日は、「エイ!ビールは止め」と決意し、替わりにワインを冷やして飲んでました。僕の決意ってのは、せいぜいその程度のことが多いようで情けないです。

▼飲み終わったワインのコルクをごみ箱にほかそうとしていると、ヨメさんが「この前行ったレストランで、コルクを半分に切ってかまぼこ形にしたのをナイフ置きにしてたよ」というので、さっそくカッターでキコキコ。

▼僕は、料理も結構しますが、昔からあれこれこれ手作りで物を作るのが好きで、中・高校生時代は布を使って小物を作ったり、大学時代は自分で服を作って着てました。今僕がよく着ているえりなしシャツと似た形のチャイニーズなスタイル(ブルースリーが来てたような奴)の服を、布地屋で布を買ってきて、ミシンで縫ってました。

▼最近はトレリスやら何やら庭の作り物を作ってますが、実はもっと大きな、ログハウスのようなものを作って、キャンプ場を経営したいのです。その運命の日が明日。あさって僕が学校に来なかったら、3億円が当たって、パラオに土地を買いに行ったと思って下さい。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  47枚目 1999/06/11

自立のための あれこれ

▼あさってのクラ発が終われば、夏休みまで一ヶ月。夏の計画を立て始めてる家も結構あるんじゃないかな。休みになってから荒れ使用これ使用って思っても、結局思ってるうちに休みが終わってしまったって言うのは寂しいもんです。中2の夏です。何か自分をステップアップさせたり、これまでの自分から脱皮するような企画を、今から立ててはどうでしょう。

▼と、同時に自立のための自己管理。自分の体、持ち物、考え、つまり生活を自分でコントロールしていくってこと。時分の体をしっかりさせるため、何を何時どう食べるのか気をつかう。自分の環境を整えるため使った物や脱いだ服は片付ける。教室の机の上がマンガやら体操服やら何やらかんやら山盛り状態では、まともに授業を受けられるはずもありません。

▼そして、自立のための対人関係作り。人が話している時に平気でよそ事しゃべり出したり、相談事してる時にマンガ読んだり問題集開いたり。それは、その場にいる人を無視することです。それが平気な人は、人からの協力を得られません。僕は、自立の「かなめ」ってのは、自分の願いをかなえるために、どれだけ人の協力を得られるかってことだと思うな。

▼掃除する人のこと考えて、ごみはごみ箱へ、カップ麺のパッケージは洗って捨てる、終礼までに机の上や中を片付けて机を軽くする。シンドクって休んでいる人がやっとの思いで学校に来た時、自分の机が人の物置になってたらがっくりするだろうなってことに気づく。自立のためのトレーニングは、毎日の生活の積み重ねだと思わない?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  48枚目 1999/06/17

たがやす・ならす

▼いよいよ明日は、お楽しみのクラブ発表会。発表するどのクラブも春休みぐらいから、この日を目標に、頭をひねって体を動かし心をくだいて頑張ってきたと思います。発表する人たちは、それぞれ表現方法は違っても、何かをみんなに伝えたいって思いがあるから、ステージに立つんだろうね。そんなステージからのメッセージを、観客になる一人一人がしっかり受け止められたら、ステキな発表会になるよね。

▼毎日の生活は何やら「平板」で、毎日が同じことの繰り返しのように思えて、退屈な気分になることもあります。そうなると、自分の感覚のアンテナも鈍くなり、感情もすすけたようになって、目に映るものがよけいと色あせて見えてしまったりします。

▼そんな時、スポーツでも芸術でも、感動を与えてくれるものに出会うと心は一気にリフレッシュ。特に、自分が知ってる、自分と同じ年頃の人が、スポットライトに照らされて輝いてるのを見れば刺激倍増。明日の発表会が、カチコチに乾いた心をしっかりたがやし、荒れた心をしっとりならす場になったらいいね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  49枚目 1999/06/19

クラブ発表会

▼昨日は例年以上にたくさんの保護者の方がご来場下さって、とても盛況でした。席が足りなくて立ち見された方には申し訳なく思っています。日頃のクラスの中ではよく分からない、もう一つの「顔」がステージの上で輝いてました。どのクラブも、精一杯舞台を勤めてくれたけど、みんなはどのクラブの発表が一番印象に残ってるんだろうね。

▼何かをみんなで作っていくってのは、とても時間もかかるし、もめ事も付き物ですし面倒なことです。それを一つ一つ乗り越えたものには、いくら一人で頑張っても得ることの出来ない力が生まれる。そのエネルギーが見るものにも伝わってきて大きな刺激になる。昨日は「誰かと何かを生み出すことの素晴らしさ」を信じることのできる貴重な一時でした。

▼みんなは音楽の授業でリコーダーの合奏をしてるようですが、一人一人の奏でる音が重なり合い響き合った時、ちょっとゾクっとするような快感を味わうことがあるでしょ?一つ一つの音がきれいであればあるほど重なった響きは美しくなる。でも、いくら一つの音がきれいでも、互いの音を聞き合い、呼吸を合わすことができなければ響きは生まれず、ただやかましい騒音になってしまう。

▼来週からいよいよ文化祭の企画討議が本格的に始まります。体育祭の準備もそろそろ開始です。自分自身を磨くとともに、独りでは生み出すことのできないパワーや感動を、きっと四組のみんなは作り出していけると楽しみにしてます。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  50枚目 1999/06/21

手紙の行方

▼今日で「手紙」も五十通。その中には、じっくり目を通してもらえた手紙もあれば、家まで行き着く事なくお母さん達にその姿さえ知ってもらっていない手紙もあります。それが手紙って言うものの「運命」かも、なんてシミジミ思ってしまったのは、この前の水曜日の夜中に関西テレビでやってた「放送禁止歌」って言う番組を見てた時です。「メッセージを捨てて、もっとはやる歌を歌ったらどうですか?」という質問に対して、在日朝鮮人フォークシンガーの朴保は「そんな事考えられない」って笑いながら答えて『イムジン河』を歌ってました。

▼僕の中学・高校時代(一九七十年代前半)はフォークソング全盛時代でした。女の子にもてたい奴の多くはフォークギターを買って密かに練習してました。僕は、その頃は違う道を歩んでたのでギターは弾きませんでしたが、そんな仲間が弾く曲には井上揚水や小椋圭の曲と共に、なぎらけんいちの『悲惨な戦い』や作者不明の『竹田の子守り歌』、岡林信彦の『手紙』(この歌詞やメロディーを知ってるお母さんやお父さんもいるはず)がありました。

▼高校時代の僕は、放送禁止の意味も部落と言う言葉すらもよくわからないまま、おもろい曲だ、切ない曲だと思って耳を傾けていました。が、高校を卒業して京都に来てから被差別部落の事を知り、差別と闘う人々と知り合い、短い間だったけど一緒に運動もしました。大学卒業後、二十年近くこの歌は僕の頭の片隅に眠っていたのです。

▼テレビから流れる『手紙』を聞きながら思い出しました。高校時代にクラブの合間にこの曲を弾いてたあいつは、中学の教師になりながら不祥事起こして教壇を去ったんだ。大学時代に岡林が好きで拾得(京都のライブハウス。今もあるのかどうか知らない)にいっしょに行ったあの子は高校の教師を辞めて今頃どうしてるんだろ。そして、今も教師を続けてる僕は、一体何を求めて、何と、どう闘ってきたんだろうって。みんなは何と闘ってる?みんなは、誰にどんなメッセージを送りたい?

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  51枚目 1999/06/22

耳が硬くない?

▼このところ毎晩帰るのが九時十時になってて、またまたダウン気味。レンタルビデオも見ないうちに返却日が過ぎてしまいました。今朝ふと気が付くと沙羅(夏ツバキ)の花が地面に転がって、クチナシの花がいくつも咲いてました。それを職員室に持ってきたのですが、結構香りがきつくて気に障る先生もいるかなと思ってます。

▼香りは、ある人にとっては心地よくても、別の人にはストレスになります。昨日の夜の女性大学の講座は、「働く女性のストレス」というテーマで面白かったのですが、そこで聞いたストレス解消法のポイントは次の三つ。@不安や悩みを抱えないで人と話す。話せる人を作る。A自分の限界を知って無理をしない。B人との付き合いで、嫌なことははっきりノーと言えるようにする。

▼と言われてもそれを実行するのは結構むずかしい。そこで、誰にもできるお手軽解消法。ストレスがかかると何と「耳」が硬くなるのだそうです。そこで、耳を指で上下から挟んで二つ折りにしながらゆっくりもんで柔らかくしてやると、緊張がほぐれていくのです。やってみると結構効果あり。

▼もう一つなるほどと思ったのは、女性のストレスチェック機関は月経。人間の体は無理が掛かると機能を落とすそうで、心臓や呼吸を止めると死んでしまうので、とまっても死なない月経から止まったり、おかしくなるんだそうです。また食欲中枢とホルモン中枢とが近い場所にあるので、ストレス掛かると過食にもなり易いそうです。月経不順や食べることが止まらない時は女性にとって危険なサイン。そんな時にこそ、リラックスして話せる仲間やパートナーが必要なんだろうね。ストレス掛かりすぎると男性は過労死、女性はうつ病になり易いそうです。遊びに行って死ぬならいいけど、過労死だけは嫌だな。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  53枚目 1999/06/24

ムシムシ

▼今日は熱が出たり気分が悪かったりで欠席者続出。朝から落ち着かない人や、机と一体化してた人も多かったようです。人間は「生き物」ですから、知らないうちに気温や湿度や空模様に影響されてるのかもしれないね。梅雨空が戻って湿度が上がると、粘っこい空気が体にまとわりついてくるようで、夜も寝苦しくなってきて、朝からすっきりしません。

▼そんな風に一日が始まると、ちょっとしたことでもイライラしたり、カチンときて、人との関わりもまずくなりがちです。しんどいことやストレス掛かることがあると、「生き物」は自動的にその状況から身を守ろうとします。わかりやすいのが、相手にしない関わらない、知らんぷりからわざとムシムシ。

▼我が家でも反抗期まっただ中の次男の感じ悪い態度に長男がカチンと来てわめくと、それを聞いた僕の眉間の筋三本にヨメさんがイラッと来て「しばらく別々にご飯食べようか?」一同無言。そんな気まずい夕食の後、今度は長男が最近できた彼女と長電話。だらだらエヘエヘやってる声に今度は僕がプチっと切れて「いい加減にせいや!」 それで、みんな互いに距離を取り合って、関わらないようにムシムシで、不快指数はうなぎ上り。

▼今朝もオハヨウ・イッテキマス以外はほとんど口をきかないまま一日がスタート。ただでさえムシムシした季節です。せめて人間関係ぐらいはカラッとさわやかにいかないもんかな。みんなの家での「不快指数の下げ方」を教えてもらいたいものです。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  54枚目 1999/06/25

育自と共育

▼今日も欠席者や体調不良の遅刻者がぱらぱら。我が家では、この湿り気を何とかしようと昨晩はお寿司の出前をとって、僕とヨメさんでワインを一本すかっとあけて何とかちょっと気分転換。でもその後に調子に乗ってウイスキーを飲みすぎてムカムカ。ほんと学習能力が低いな。

▼いま「子育てと出会うとき 育児に虚しさを感じる女性達」(大日向雅美 NHKブックス)って言う本を読んでますが、つくづく「親になる」ってことは大変だなっと思ってしまいます。親は、子供が産まれた瞬間から自動的に親になるのではなく、子供が育つのを支えることで「親に育っていく」。子供は誰かのために育てられてるんじゃなくって、いろんな人に支えられながら「自分らしく育っていく」。子どもが大人になる頃にやっと「親が完成する」のかもしれないね。

▼学校の勉強も同じかも。今日、ストレイン先生が「今日のあなたのクラスは素晴らしかった。発表する時に忘れてしまったり間違ってしまった人を笑うのではなく、一生懸命ジェスチャーで助けて支えようとしていました。」とほめてくださいました。教師が一方的に「教えてやってる」って思ってて、生徒は受け身で「教えてもらってる」って思ってるだけでは、教師も生徒も育たないし、学ぶってことの楽しさも見つけられないのかもしれないね。「育児は子供を育てることで自分も育っていく育自」「教育はともに学ぶものが共に育て合う共育」なんだろうね、ほんとは。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  56枚目 1999/06/28

継続は力なり

▼最近アメリカで開発された「増毛剤」の記事が新聞に載っていましたが、どんなもんか一度試してみたいもんです。うちの母方の家系は、ジイさんもオジさんもみんな30代後半から頭の毛が薄くなっているので、僕もシャーナイなとは思っているのですが、それでも、「医薬品はアポジカαだけ」の宣伝につられて、高い金を払ってます。

▼「継続は力なり」と叫んでいるコマーシャルもありますが、確かに何にせよ、意志を持って何かをやり続けるってことは大変なことです。うちの長男は、今月初めから夕食後の皿洗いを毎晩続けています。家族のためにって訳ではなく、PHSを契約してほしいからです。かわへん!と言われた長男は、「誕生日の10月24日まで毎晩皿洗いするし買ってくれ!」と提案し、ヨメさんは、「そんな無理なこと約束するの止めなさい」といさめました。

▼僕は携帯電話は目の前にいる人を時として無視することもあり、人と人とのコミュニケーションを場合によっては阻害する機械だと思っていて、どうも好きになれません。が、僕は、これは面白いと思ってOKを出しました。「自由気ままに彼女と電話がしたくてPHSを手に入れたい」と言う『純』な願いが、どれほど彼に継続のエネルギーを与えるか見てみたかったからです。

▼毎日の生活の繰り返し、「日常」を何とはなしにダラダラ続けていくには退屈と重苦しさに耐える忍耐力がいります。何か新しいことを始めるには勇気がいります。そして何かを手に入れるためにはそれ相応の動機とエネルギーがいるもんだなって、しみじみ思う今日このごろです。

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F

1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  59枚目 1999/07/02

傷だらけの人生

▼この数ヶ月、何やらケガ人が多いようで、校舎のあちこちでギブスをしたり包帯を巻いた人を見掛けます。無理した生活を送ってる人が多いのか、若者の体が弱くなってるのか、いずれにしても気になるね。僕自身ドンクサイと言うかウッカリ者と言うか、小学校に入る前から一年おきにケガや病気を繰り返して縫ったり折ったり。五ヶ所の縫い跡と三ヶ所の骨折の跡が残ってます。

▼小一、ブランコの下に潜り込んで上を友達にこがせる肝試しをしていた時、名前を呼ばれて頭を上げてしまい、ブランコの下のボルトが頭のてっぺんをザクッと切ってジャンパー血まみれ。小三、ジャングルジムで鬼ごっこしていて、パイプの継ぎ目の尖った所で左目の横を切って世界は真っ赤。小五、自転車に乗ってて交差点でワゴン車とぶつかって、車のアンテナが喉に刺さり、左足首骨折。中一、雨の日に教室で騎馬戦してて仲間に天井まで放り上げられ落下し、左足首骨折。大人になってからも、二日酔いでふらついててトイレのパイプのボルトで頭切ったり、パラグライダーのランディングに失敗して指の骨折ったり。多分僕は病気ではなくって、事故で死ぬんだと思ってます。

▼体の傷は人に見せる事もできますが、心の傷はコレコレと見せる事ができませんし、見せたくもないでしょう。でも、きっと心の傷痕は人との接し方や表情にきっと表れているんだろうね。傷の痛みを乗り越えて、臆病にならずたくましく生きて行ける「強さ」と、誰かが人には見えない傷の痛みに耐えてる事を察する「優しさ」の両方を身につけていきたいもんだね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  60枚目 1999/07/03

リベンジ

▼最近テレビや新聞で「リベンジ」って言う言葉がやたらと目立ってますが、Revengeを単純に直訳すれば「復讐」だよね。こんな言葉がはやるって言うのは、恨みつらみを抱えながら生きている人が世の中にたくさんいるからなんでしょうか。もっとも「忠臣蔵」を代表に、親や主人の「あだ討ち」が伝統文化みたいになってるのは、古今東西共通しているのかもしれないね。

▼考え様によれば、「リベンジ」がはやるってのは、人生が一回勝負でも、やられっぱなしでもなく、再挑戦したりやり直しがきくってことの証明を人々が求めているからなのかもしれません。そう考えると暗く陰惨というよりも、明るく積極的な人生のイメージが、この言葉に宿ってきます。

▼失敗を恐れて「無難」に生きようとするのもいいでしょうが、何度失敗しても懲りずに新しい挑戦をしていく力を身につけたほうが、自分の人生がドラマティックになるだろうね。ただ、何の反省も教訓も得ず、同じ過ちや後悔を繰り返すのは情けない人間のサガみたいなもんで、あんまりほめられたもんじゃないだろうね。お互い、何もしないで後悔する事だけはしたくないよね。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  62枚目 1999/07/14

クラスの一人一人にとって  文化祭クラス発表が意味あるものになりますように

今日の2時間と、17日の3時間で、夏休み前の文化祭の準備は終わりになります。中2の文化祭がみんなにとってかけがいのない思い出になるように、みんなの力がアップするように、ここで、もう一度自分たちは何をしようとしてるのか、どうしていくことが必要なのかを考えてみましょ。

(1)  「まじめに」というよりも、「まともに」テーマと向かい合ってみる

「楽しい展示にしたいな」っとか「お客さんに楽しんでもらうには」っとか考えるのも大切。でも、自分たちの発表の「柱」が見えてなければすごいなって思えるものはできません。その柱が「テーマ」。普段の生活では、一つのテーマについて深く考えたり、しつこく調べたり、みんなで話し合って何かをやってみるなんてあんまり事ないもんです。

「いのち  生きること」って自分にとって、自分たちにとってなんなんだろう?って《まとも》に考えてみることから、もう一度始めよ。そこから、すごいアイデアが生まれてくるはず。


(2)  何をするにして間・空間・人間+お金」の条件抜きにはできない

いくら楽しい世界を想像できても、みんなが現実の世界の中で何かを作るって時には「条件」ってものを忘れてはただの夢想・幻想に終わってしまいます。「夢を実現するためにはどうしたらいいのか」って事を体験するってことが、文化祭で学べる大きな事の一つ。

これからの3ヶ月。今、自分たちが座っているこの教室。40人が協力して手にいれられる知識や技術、中学2年生の女の子たちだからこそ発揮できるセンスやアイデア。そして12000円しかないお金。そして、文化祭のルール。

限られた条件を最大限に生かすことのできる企画を考え、どんな準備が可能なのか、夏休みの間にはどんな事ならできるのかを話し合っていけたら、確実に夢は実現します。

(3)  みんなで決めたら、一人一人が「こだわり」を持つこと

ジャマクサイ、メンドクサイって思ってしまったら、何でもそこまで。どうせやるならとことんやろうって思った所から、今まで手に入れられなかった何かを手にすることができるもんです。テーマやコーナーが決まったら、自分たちの分担をどこまで納得のいくものにできるかが勝負。一人一人の時間と労力をかけた《こだわり》が、人をアッといわせるものを生み出します。

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1999年度 中学2年4組―1学期

1999年度  63枚目 1999/07/15

一生一度の中二の文化祭。私はこんな内容にしたい

昨日のHRで、いのち・生きること」からみんなが連想した言葉やイメージの豊かさにはとてもびっくりしました。やっぱり一人一人が発言するってすっごく大切なことだよね。一人一人がそこから考えたクラスで取り組みたい企画(お休みの荒井さん以外)を、整理してならべてみました。かんれんしてそうかなっと、僕が思ったものを固めてありますが、みんなの目で見たら、違うグループ分けもできるかもしれないね。

土曜日のホームルームでは、これをもとに、共通する考えを持った人たちでグループを作って、企画を立て直します。みんなの願いがどうやったら一つになっていくのか楽しみです。クールな頭とホットな心でこれでいこってのを決めましょう!

★この世の始まりと終わり、神様からもらった世界をたくさんの色でダイナミックに表現する。(佐治)
★ある日のある宇宙、命を作る神様の世界。青みがかった透明な世界に響く天使が弾くハープの音色。命のすばらしさを、音と色と,空気と物で表現する。(中野)
★白・雲・風・天使・涙(山口)
★「光と水―過去・現在・未来」星の誕生から人類の進化について展示する。(鈴木)
★海ができ、陸ができ、人が生まれた地球の歴史ー家や服などから今と昔を比較する。心理テストのコーナーもあり。(塚本)

★人間だけでなく地球全ての生命について、私達なりに考えた命・生きることを分かってもらえる発表。(白井)
★「自由と欲望―過去と未来」人間だけでなく他の動物や植物も持っている世界を表現する。(吉田)
★神様がくれたもの、それは考えること。人は考えることで進化してきた。神様がくれた地球、地球は人を誕生させ、人は私達の時代になるまで歴史を作ってきた。その地球と人の進化の歴史を紹介する。(大八木)
★人間はどうやって生きているのか?どんなことで死に、殺されるのか。地球が汚染されていく中で人の命の尊さ大きさを訴える。(林ナオ)
★エイズ・戦争・アフリカの子供たち。教室を広大な世界に見せて、命の大切さを訴える。(鶴井)
★生命・誕生・人生(村田)
★生命・誕生・進化・変化・一生(小川)
★人と人とが助け合い愛情あふれながら夢に向かって自分の道を生きていく。やってきた人を待っているいくつかの道。どの道を選ぶかで運命が変わる。一つの道を選ぶ難しさがまた面白い。(津島)
★ 始まりの誕生に終わりの死。誕生から死までの間に生まれる「感情」、生きていこうと思うようになる「夢や目標」、助け合う共存。どんな将来が待っているか、占いや心理テストで調べてもらう。(奥田)
★「つらい人生の分かれ道」迷路の入り口で問題の答えを選択するが、どこに行ってもつらいことだらけ。でもゴールに来た時「人生とは」の答えを自分なりに導き出せる、人生ゲーム。(池田)

★「生きていくための試練」。生きていく上での悩み事をリアルに再現する。(白山)
★生きていくために何が必要か。なぜそれが必要かが、心理テストなどによって明らかにされる。(永江)
★ ありふれた日常の中で、私達が必要なものとは何か。自分達が感じたことをお客さんにも楽しんで感じてもらえるような空間作り。(津田)
★「生かされている私」。命はもらい物。私達は命をどう思い、どう生きようとしているのかを発表。死の体験を暗闇のコーナーで味わってもらう。(鰐洲)
★「生きるために大切なこと」― 愛・出会い・助け合い・言葉・一生(谷口)
★人間に、自分にも必ずあるものごと。誕生・心・感情・死(瀬尾)
★「生きることってすばらしい!」いじめにあってるような人が、生きてることってすばらしいって思ってもらえる展示。14年間生きてきて、大切だと思った人やものや感情をみんなでとことん調べて考えたい。(氷室)
★ 「友達って、人と人との関わりって何?」いろんな人に支えられているからこそ、私達の命は生きているんだってことをアピールする。壁一面の大きな紙に、一人一人の似顔絵を張ったり。(大島)
★ 「生きてるってカンジ」生きるために必要なことを教室全体を大胆に使って表現し、見に来た人に感動を味わってもらえる発表。(金本)
★「人生の楽しみ」5つのコーナーそれぞれに人生の楽しみにかかわる様々な絵やものや説明が飾られる。(近藤)
★人生と言う時間の道を歩いていく人間の感情の表現。(松本)
★「夢・感情・変化」自分自身やみんなが持っている、形にはできないものを表現する。(山中)
★生きていくうちにはいろんなものを失うと同時に新しい出会いが待っている。欲望と成長、別れと出会い、その時々の感情を表現。(加茂)
★「生きてから死ぬまでにしたいこと」教室いっぱい最大限に一生の間にしたいことを展示する。(北村)
★「夢・未来」昔なりたかったもの、今なりたい将来の夢を比べたいろいろな展示。(小山)
★「人類の欲望」歴代の欲望家は誰か。ないが目的で誰を犠牲にしたのか。争いによって失われたものの大切さ、重さを知る。(丸山)
★笑える部屋・怒れる部屋・泣ける部屋・ほっとする部屋。今まで4組で起こった笑えること、みんなのまわりの腹の立つこと、砂漠の人達の悲しい出来事、初めはドキドキ最後にほっとするお話を展示。(室谷)
★食べる・寝る・愛する・死ぬー私達のからだの世界を作る(中谷)
★愛・体・空気―始まりと終わり。人間の体の内部を作る。(多田)
★口から入ってお尻からでる人間の体の世界。常に鼓動が聞こえる赤っぽい世界の中に心臓や肝臓が見える。私達はあたかも食べ物になったかのよう。(上田)
★「誕生と死」生命にとって欠かすことのできない体や血。命について誰でも分かる納得のいく発表。(石川)
★延々と動きつづけるからくり人形や機械の歯車、ぜんまいやラセン。鼓動のように単調だが、片時も絶えることなく動きつづける永遠の世界を作り上げる。(大石)
★柔らかく、でも迫力があり、最後にどんと印象に残る空想の世界。(中橋)
★「楽園・時間・進化・ハート」教室にあるもの全てを使い、あふれてくるものすべてを形にしてダイナミックな体験をする。(林ヒロ)

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