裸の命 |
ネズミが通るたびに後を追う猫ではなく ぶら下げられた餌にそっぽ向く猫でいたい 誰彼かまわず尻尾を振る犬ではなく 風に漂う香りを静かに嗅ぐ犬でいたい 鶏舎の地面をつついてまわる鶏ではなく 光ものを集めて遊ぶ鴉でいたい 人真似を褒められる鸚鵡ではなく 山奥に恋交わしあう雉でいたい 自分はどんな鮟鱇だったか思い出せ 自分はどんな山椒魚だったか思い出せ 自分はどんな蜥蜴だったか思い出せ 人であっても人でなし 我を忘れた我になり 裸の命を磨き籠め 2009.11.14 |
もどる |
固有の質量 |
ここは失われた無数の命の先端 絶えることのなかった命の枝先に いま、私が生きている 無数に分枝した命のいま ヘビもゾウもシロフクロウも かけがえのないいじらしさで生きている ここは振り切りようのない引力の片端 太陽に振り回される小さな球の上で いま、あなたも引き合っている 無限に伸びる引力のしがらみ 月も地球も太陽も 銀河の渦に繋がれながら巡っている 地球を逃れれば太陽と引き合い 太陽系を逃れれば銀河と引き合い 振り払うほどに知る新たな引力 どこまでも引き合う私の確たる質量 何も気に病むことはないのだ 私もあなたも宇宙を作るただ一つの命 2009.11.13 |
もどる |
宇宙のフォルム |
T 過去が記憶でしかないなら 過去のすべては私の頭蓋にある 未来が想像でしかないなら 未来のすべては私の頭蓋にある 私の今はここにいる私でしかない 私は今、私のすべてを生きている U 私は「今」の一点 360度の半透明な虚空を 今の一点が自在に飛翔し 波打ちループし突き抜けてゆく 未来は私が動く先端にしかなく 過去はとらわれなく消えてゆく軌跡でしかない V 慰めに「君は、一人じゃない」などとは言わない 「君は、たった一人の存在なんだ」と言わせてほしい 君も私もこの宇宙で唯一無二のフォルム 同じ素材のかけがえのないオリジナル その時々の形が有効期限を迎えた時 一つにすべては混ざり合い新たな一つが生み出される 2009.11.12 |
もどる |
mission |
軍人は戦場に行きたくなくとも行く義務がある 軍の命令は敵と定めた人を殺すことだから 百姓は戦場に行きたくなければ行く義務はない 百姓の天命は泥にまみれて田畑を耕すことだから 工員は戦場に行きたくなければ行く義務はない 工員の天命は機械油にまみれてモノを作ることだから 大工は戦場に行きたくなければ行く義務はない 大工の天命は大鋸屑にまみれて人が憩う家を作ることだから 教師は戦場に行きたくとも行ってはならない 教師の天命は子どもの涙を拭い人に育てることだから 牧師は戦場に行きたくとも行ってはならない 牧師の天命は憎しみに撃ち殺された魂を天に導くことだから 戦場に行きたがる者は戦場で生まれた子どもの瞳を見よ 人の天命は人を愛することだと思い知れ 闘うべきは天から授けられた命を奪う尊大不遜 闘うべきは人から命じられたことに逆らわぬ己の臆病卑怯 2009.09.24 |
もどる |
繋ぐ力 |
河原と雲の間で 強く引き合っている人と凧を 繋いでいるのは自分だと 糸は思い込んでいた 風に煽られ糸を断ち切った凧を 追っていく人の姿を見た時も 繋いでいたのは自分だと 糸は信じ切っていた 風に乗り鉛色の雲に溶け込む凧を 人は風を背に受けながら 河岸に立って見送っていた だらしなく川面に落ちていく糸を 誰も気にも留めなかった 人と凧を繋いでいたのは風だった 2009.09.24 |
もどる |
器の明日 |
古びた器は それで頭をかち割ろうとする人に 渡すことはできません もろくて砕けるのは器だけだからです 古びた器は それに水を張って飛び込もうとする人に 渡すことができません ひびから水が滲み出て溺れられないからです 古びた器に 柔らかな黒い土を詰め 種を蒔きたい人はいませんか 古びた器は 砕けば土に戻ります それを焼いて小さな器を作りませんか 2009.09.20 |
もどる |
器の残り |
年取るごとに大きくなったのは 器 かつてはほんの些細なことで満たされたのに 今ではいくら詰め込んでも隙間ばかりが拡がっていく 年取るごとに大きくなったのは 器 少しばかり余計にものを容れられるのは 内側がこすれ擦り切れ広がったから 年取るごとに小さくなったのは 希望 死への恐れ やがて器は無用の用の無になり切る その時までの残りもの 誰に譲ろう誰に渡そう 2009.09.19 |
もどる |
発煙呼吸 |
いまそれをし、それを口にしている自分に 強い違和感が襲います。 「違うだろそれは」と背筋が言っています。 早くこの殻を脱がないと、取り返しがつかなくなる という焦燥感が襲います。 「黙ることを忘れたか」と脇腹が言っています。 他人への偽りは他人が罰してくれても、 自分への偽りは自分で償う外ありません。 「何をもたついているのだ」と両の踵が言っています。 皮膚を伝う罵声に包まれた私は ようやく息をするために 吸いたくもない煙草の火を不機嫌につけるのです。 2009.09.18 |
もどる |
瞬く間に間 |
行雲流水、雲遊萍寄(うんゆうひょうき) 腕いっぱいに風をうけよう 往くも停まるも在るがまま 生者必滅、会者定離(えしゃじょうり) だからあなたに逢えてうれしい 一期一会のありがとう この世の無常に抱かれて この身の有情を慈しむ あなたに逢えてありがとう 2009.07.26 |
もどる |
土足で失礼 |
なんだか足元がおぼつかないなと思う間もなく 僕の足は床から1mmばかり浮いていた 体はこんなに重いし背中や腰もきしんでいるのに なんでまたと思うそばから また1mmばかり浮き上がり床の継ぎ目に引っかかる 胃はもたれ気味だし便秘がちだし どうしてこんなと思いながらも またまた1mmばかり浮き上がりシュウシュウ微かな音まで立ち始める 空気が漏れているのなら余計と浮かずに沈むはず はたまたどうしてシュウシュウシュウシュウ8mmばかり浮いたところで 「これぞ世に聞く脳の蒸発」 はたと気付いたとたんに僕は 繋いだ綱が解けるように するしゅるするしゅる 開いた窓を潜り抜け ふらゆらふらゆら 歪んだ軒をすり抜けて ぐんぐいぐんぐい 湿った雲を突き抜けて ぎゅうんぎゅんぎゅうんぎゅん 青い地球を下に見て 白い太陽遠ざかり くぃんくぉんくぃぃんくぉぉん 闇に吸われて溶けながら きらめらきらめらきらめらららら 明るく薄らぐ意識の中で 僕が最後に思ったことは 「しまった、くつを脱ぎ忘れてた」 2009.07.10 |
もどる |
下手な生の果て |
食べなくてもよいものを食べ、 飲まなくてもよいものを飲む卑しさに満ち 出さざるをえないものを出し、 吐かざるをえないものを吐く虚しさに暮れる 観たくもないものを見、 聴きたくもないものを聞く悪寒に震え 知らざるを得ないことを知り、 思わざるをえないものを思う憂鬱に浸る 食べかつ飲める幸せを噛みしめ 目と耳を持つことの有り難さに涙する 感謝感激に胸焼け小焼け よく生きることがよく死ぬことならば 下手に生き続けてしまった果ての 下手な死を待とう 2009.06.17 |
もどる |
蛍の恋 |
蛍の光惑うよい 滴り落ちる闇の間に あいひきあいて焦がれ合う ほ ほ 蛍の恋 とまるもゆくもさだめなら 闇の五線を辿りつつ 交わす光のラブソング ほ ほ 蛍の恋 甘く瞬く囁きに 惹かれ誘われ舞いあがり 落ちて交わる闇の底 ほ ほ 蛍の恋 2009.05.31 |
もどる |
生ものにつきお早めに |
昼下がり 生暖かな雨に長い髪を湿らせ 生ぬるい風に頬を打たせる 水玉の傘に潜む艶めかしさ 黄昏て 生臭いスダジイの香を嗅ぎつつ 生っちろい腕を揺らして歩く 薄青い闇に浮かぶ艶めかしさ 生返事 生欠伸 生半の生 夜更けて 生煮えのロールキャベツを頬張る 遠くの踏切の鐘に耳をすませて 2009.05.23 |
もどる |
零れるままに |
打ちつけるフロントガラスの雨粒を ワイパーはしゃにむに 振り払い、弾き飛ばそうと 全身で伸び上っては倒れこむ 掻き消されるフロントガラスの視界を ワイパーはしゃにむに 取り戻し、失うまいと 身を軋ませて振れ続ける ウインカーを出して路肩に寄り 涙ぐむ景色を眺めながら 雨垂れの響きに耳を澄まそう 打ちつけるフロントガラスの雨粒は 流れるままに溢れさせ 零れるままにつたわそう 2009.05.17 |
もどる |
たゆとうとう |
竹林を抜ける夕日が 坂道を黄金色に染めながら 静かに初夏の一日は暮れ 闇が私を掻き消した 明けぬ夜明けを 待つこともなく 冷ややかな空虚の優しさに浸り 闇に溶けてゆく安らかさ 眠るのでもなく まどろむのでもなく 闇の流れに漂う たゆたゆたゆ たゆたゆたゆ たゆたゆたゆとう 2009.05.15 |
もどる |
鳴らぬミット |
独りのピッチャーはまだいい。 どこであれ投げつければ ピッチャーであり続けることができる。 独りのキャッチャーはつらい。 待ち続けても受ける球がなければ キャッチャーにはなれない。 2009.03.05 |
もどる |
苛つき |
子どもの君は、したくてもできないことに満ちて 苛ついている。 しかし、大丈夫。 夢を手放さない限り、 努力次第でできることが増えていくのだから。 大人の私は、できるのにしないことに埋もれて 苛ついている。 しかも、情けない。 できることをする勇気を持たずに、 あきらめる努力ばかりしているのだから。 2009.02.28 |
もどる |
そもかくありぬ |
私の体細胞はおよそ60兆個、 神経細胞は1500億個、 大脳皮質の脳細胞は140億個、 その私の中で30兆個の赤血球が駆け巡り、 100兆個の腸内細菌が暮らしている。らしい。 しかも、私の体細胞は毎日15兆個死んでは生まれ変わっている。という。 「めくるめく宇宙の一部である私自身が宇宙そのものである」と 誇らしげに思うのもつかの間、 思う私の脳細胞は、私の中に閉ざされた記憶とともに、 再生不能のまま日々10万個死滅している。らしい。 やがて、繰り返されるDNAのコピーのかすれやほころびに、 私は私の形を失う。のだ。 失われた二人の人間から受け継いだDNAの片割れを、 私は失われた妻とともに二人の人間に引き渡し、 失われゆく私の脳細胞の片隅で紡がれた意識の断片を、 私はいくばくかの人の意識に残した。はずだ。 もう、生命として、種として、人としてなすべきことは終わった。のだ。 生命としての役目を終えた私は有機物へと分解し、 数知れぬ分子へと拡散し、あるいは融合し、 保存されたエネルギーが新たな生命の誕生の素材となり、 あるいはそれをはぐくむ温床となる。だろう。 そもそも、存在に自由などなく、あるのは自然だけだった。のだ。 2009.02.25 |
もどる |
むちのち |
寒さは、北の山から吹き下りてくるのではなく、 私の背筋から這い上がってくるのです。 温かさは、南の海から吹き寄せてくるのではなく、 あなたの瞳から潤んでくるのです。 闇が地平を覆う時、人は星の瞬きに慰められ、 光が天に満ちる時、人は星への感謝を忘れる。 薄暮に浮かぶ宵の明星、黎明に残る明けの明星、 二つが同じ星であることに、人はいつ気付くのだろう。 2009.02.17 |
もどる |
あくたもくた |
駄菓子屋の店先で売られていた、 サツマイモ色した円筒形の麩菓子になった体から、 鼻水が垂れている。 艶やかだった豆腐が、 いつの間にかもろもろのオカラに入れ替わっていた脳味噌に、 醤油のシミが付いている。 吸った息を吐くのも面倒な夜更けです。 2009.02.10 |
もどる |
既失 |
まだらに記憶が抜け落ち やがてくっきりとおぼろな輪郭だけを残した薄ら青い脳が 空虚に満たされながら 閉ざされた無限の頭蓋を漂っている 朽ち果て形を失った私の肉体があった辺りに 浮遊する記憶の抜け殻 2009.02.02 |
もどる |