死の詩の部屋へもどる |
黒 板 病室の窓の 白いカーテンに 午後の日がさして 教室のようだ 中学生の時分 私の好きだった若い英語の教師が 黒板消しでチョークの字を きれいに消して リーダーを小脇に 午後の日を肩さきに受けて じゃ諸君と教室を出て行った ちょうどあのように 私も人生を去りたい すべてをさっと消して じゃ諸君と言って 高見順 『死の淵より』 講談社文芸文庫より 花 カトレアだとか すてきなバラだとか すばらしい見舞いの花がいっぱいです せっかくのご好意に ケチをつけるようで申しわけありませんが 人間で言えば庶民の ごくありきたりの でも けなげな花 甘やかされず媚びられず 自分ひとりで生きている花に僕は会いたい つまり僕は僕の友人に会いたいのです すなわち僕は僕の大事な一部に会いたいのです 高見順 『死の淵より』 講談社文芸文庫より 1965年8月17日。三年の間に四度に及ぶ手術をし、食道ガンと闘い続けた高見順は、58歳の生涯を閉じた。 死の前年、『群像』に発表された詩集「死の淵より」は、野間文芸賞を受賞した。 黒板は、何度目かの手術の直前に書かれた詩である。 ページのはじめに戻る |