あるがままに・そのままに

—鬱陶しい亭主の場合—

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第770話 人生はまるでドミノ倒し

第770話 人生はまるでドミノ倒し

 フォルクスワーゲンのディーゼル乗用車がアメリカの排ガス試験で不正をやらかしていたのだとか。それが露見して販売済みの車両の回収・修繕やら損害賠償やら制裁金やら。大騒ぎになっているようです。天下の巨大企業ですからまさか倒産ということはないでしょうけど。それでも経営に大変な痛手でしょうな。なぜこんなことになってしまったのか――そんな思いが脳裏を駆け巡って一睡もできぬ夜を過ごす関係者はさぞや多いことかと。
 痛手で眠れぬといえば私もそうです。いや。私は自動車業界の者ではありませんけど。このところ書いているように多額の借金を返すために資産を売り払ってションボリしているのです。
 全部綺麗に返済しましたから今後は金策に死ぬ思いなんてことがなくなってそれはそれで良いことなのですが。そのために資産を売却して家業も精算してしまいましたから。それが良かったのやら悪かったのやら。もう済んでしまったことですから今更のことなのですが。それでもなぜこんなことになってしまったのかと。頭の中にドブの汚水を溜め込んだような気分で毎朝ベッドから起きるのであります。
 フォルクスワーゲンの事情は知りませんけど。自分の来し方を振り返りますと何もかもが今日のこの出来事に向かって準備されてきたのだなと感じます。後悔しようにも後悔しようがありません。いつの時点の出来事を後悔すればよろしいのかサッパリわかりませんから。これがダメならそれに先立つあれもダメ。あれもダメならそれに先立つこれもダメ。そんなことばかりです。ならばそもそも生まれてきたのがダメじゃんかと。親がいたから悪いのかと。そんなことさえ思います。
 そしてツラツラと思うのです。億万長者になる人は億万長者になる。ホームレスになる人はホームレスになる。自分で作ったわけでもない親の借金を背負う人は背負うことになるのです。事が始まったら逃げ場がないのです。人生はまるでドミノ倒しです。ドミノの最初の一枚が倒されたらもはやそれまで。あらかじめ決められていたパターンが次々に展開されていくばかり。すべてはあらかじめ仕組まれていて最初から最後まで何も変わりはしないのです。ドミノが展開するパターンに何の介入もできません。
 「思い煩うな。なるようにしかならんから。今を切に生きよ」「起こることが起こる。それ以外のことは起こらない」――釈尊のお言葉だそうです。そうだろうなと私も感じます。いや。それでも思い煩っていますけどね。四六時中ウジャラウジャラといつまでも。私はしつこいタチでして。これもまたそうなるようになっているからなのに違いないのですが。

2015/10/06

ついでに一言
 
 最近は某出版社の社長さんの言動に感心しておりまして。「圧倒的努力」「これだけの努力を人は運という」といったもの。おそろしく筋肉質な精神です。
 


おまけにもう一言
 
 私も四六時中頑張っているんですけど。まだ満足のいく覚者になれないわけでして。それはなぜかと言えば……それは努力じゃ無理だからです。相手は言ってみればドーナツの穴なのですから。