あるがままに・そのままに

—鬱陶しい亭主の場合—

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第693話 居酒屋の高いウニ

第693話 居酒屋の高いウニ
 
 まだ若い知人がお店を始めましたのでお祝いに行ってきました。夫婦だけで切り盛りする小さな居酒屋です。自分のお店を持つのが長年の夢だったとか。で。行ってみたら。ウニとアワビが売り物だと聞いていたのですが。その日はあいにく不漁だか何かでえらく高い値段がついていました。ご祝儀を持って行ったのでサービスしてはくれましたけど。他のお客の目にはどう見えますかね。
 商売ってつくづく難しいですよね。いくら頑張っても世間の荒波は高いです。個人の力を振り絞って頑張ってもどうにもならない高波に襲われればアウトですもの。上の例ならいつもより高いウニの仕入れ値を丸ごとそのままではないにせよお客に転嫁せざるを得ないわけで。お客の不興を買うのを承知で。
 高波を吸収できる何らかのバッファ・余裕があればいいですけど。個人でやっているカツカツの商売でそんな余裕を持つのは難しい。こういうのを難しいと言うのもどうなのかなと思うほど難しいことです。
 突き詰めて言えば商売はサイコロを転がすのと同じことなのかもしれません。だからといって商売はギャンブルだぜと言えるほど達観しているわけでもない亭主ではあるのですが。
 私は勤め人から自営へと転身中です。二股かけてみていろいろ思うところがありますよ。組織の中にいるのと自営とではまるで立場が異なります。組織の中にいる身は組織のパーツです。交換可能な歯車です。オレがいなくても組織は回るぜと居直ってしまうこともできます。その気になれば診断書を提出して長期病休だってOKですからね。植木等じゃないですが気楽な稼業ときたもんだと。でも自営だとオレの代わりは誰もいません。病気だろうが何だろうが言い訳になりません。そもそも言い訳する相手がいませんし。
 人に使われる立場でブウブウ言うのはみすぼらしいものです。でも人に使われない立場は厳しい覚悟がいります。期せずして私は両方の立場に身を置くことになりました。上の知人のように自営を目指して頑張ったわけではないのですから不思議なものです。これもサイコロの出目なのでしょう。
 何につけこの世の事象は必然なのか。それとも確率なのか。サイコロの出目は必然なのか。それとも確率なのか。そんなことは知りませんし知れるとも思えません。しかしいずれであるにせよこの身にとっては何もかも思いどおりにならない一切皆苦であるには違いないなと。水槽ではウニウニと動いていて今は中身を食われて空っぽになって動かなくなった居酒屋の高いウニを見ながらそんなことを考えた亭主であります。
 ちなみに知人には一番上が小学生のお子さんが3人。幸せになってほしいものです。
 

2013/06/07

ついでに一言
 
 オレがやらなきゃ誰かやる。オレがやらなきゃ誰がやる。濁点の有無だけで意味が大違いです。
 


おまけにもう一言
 
 ウニは自分がウニだなんて思ってない……だろうと思うのですが。実際はどうなのでしょうか。