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—鬱陶しい亭主の場合—

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第681話 感想 小説『火車』

第681話 感想 小説『火車』
 
 今回は宮部みゆき『火車(かしゃ)』です。「火車の、今日はわが門を、遣り過ぎて、哀れ何処へ、巡りゆくらむ」。業火の炎に燃え盛る車を呼び寄せてしまう女性の物語です。
 久々にスゲーもんを読んだ気分です。最後の数十ページは「ああ……終わってしまう……もう読み終わってしまう」と感じながらページをめくっていました。現実にしっかりと足場を持った物語が持つ説得力とでも言いましょうか。同じ創作物でもファンタジーではあり得ない充実感を持つ作品です。
 怪我をして休職中の刑事さん。親類からのたっての頼みで一人の女性の行方を追います。調べてゆくうちにその女性は他人になりすまそうとしているらしいことがわかります。それはれっきとした犯罪なのですが。彼女はなぜ他人になろうとしているのか。何が彼女をそうさせているのか。刑事さんはその謎を追います。そして明らかになる肥大化した消費者金融と多重債務の死屍累々。そういう物語です。
 ではまずは私の中に住む中学生君の感想から。
 中学生君はこの物語を虐げられた女性の物語として読みました。暴力金融に追い詰められた一人の女性。彼女が逃亡のために赤の他人を巻き込む犯罪者にならざるを得なかった事情。目の前に巡ってきた火の車に乗り込まざるを得なかった悲劇。つくづくやるせない話だよなぁと。こういう人は現実にたくさんいるんだろうなぁと。
 このやるせない物語の中に救いを見るとすれば……この女性が最後の最後に刑事さんに見つけられたことかな。見つけられてようやく救われたと言うべきなんだろうなと。中学生君はそのような感想でした。
 続いてオッサンの感想です。
 オッサンはこの物語を一般の人が無防備にお金を借りることに対する警鐘として読みました。お金を貸すのは金融のプロです。それはすなわち取り立てのプロであるという意味です。貸すのが商売なのではなくて。あの手この手で債権を回収する実力を振るうから商売になるのです。借金で怖いのはそこなのです。
 借金を借金で返済する多重債務などもってのほかです。しかしやむを得ずそんなことになったらどうすればよいのか。借り手は債務の整理についてある程度のことは知っていなければなりません。そうでないならお金を借りてはいけないよと。相手がプロなんだからこちらもド素人では勝負にならないよと。この作品はそういうことを書いているんだよなと。オッサンはそのようにこの物語を読みました。
 まあ中学生君と言いますかオッサンと言いますか私と言いますか。かつて吹けば飛ぶような小さな町工場を父が経営していたときに。一家をあげて気も狂わんばかりの貧窮にあえいだ時期があります。ですから借金の危険性はかなりの程度知っているつもりではいるのですが。それでもまだまだ自分は借金のプロとは言えないよなぁと。そんなヘンなふうに我が身を省みさせてくれる作品でありました。
 

2013/04/01

ついでに一言
 
 私が住んでいる所ではこの数日はまた寒くなっています。
 


おまけにもう一言
 
 「か」の次は「き」。西加奈子『きいろいゾウ』を読みます。