高山陣屋より「高山陣屋前の朝市」が有名で、観光客は陣屋門の前で記念写真を撮ると帰ってしまう方が多い。門の前でうろうろしていると、「シャッター押してもらえませんか?」数回声をかけられました。近くに住んでいながら、中に入ったことが無いので初めて門をくぐりました。

高山陣屋は江戸幕府の郡代所(検地により石高が増え当初の代官所から格上げされた)で、明治維新までの177年間幕府直轄領(天領)の行政・財政・警察などの政務を行いました。何が珍しいかと言えば、この建物は1816年に建てられ、イラストの部分がほぼ完全な形で残されているからです。(国の史跡指定 高山陣屋)
1692年飛騨が天領になり、加賀藩に高山城の維持管理を命ぜられたが莫大な維持費がかかったため、1695年取り壊された(御蔵の中に展示されている高山城の模型。)
記念写真には絶好のスポット。御門の提灯には徳川家の葵の御紋。
玄関の間を飾る10万石格を示す2間半の大床。
拡大図 大名も使用をはばかった青海波(せいかいは)模様が目をひきます。
巨大な御蔵の、くれ葺き屋根
<陣屋のくれへぎ職人の、前畑さん>
 ネズコの「くれへぎ」は万力を当て木槌でたたき、左手を万力の上に置いて裂け目をテコの応用で拡げてゆくと下まできれいに板がはがれていく。栗材の場合は、木が堅いためこんなに簡単にはいかない。
御役所と御用場前の縁縁建物の中は用意されたスリッパを履いて見て回ります。
<御蔵のくれ葺き屋根の模型>
高山陣屋の屋根で注目すべき事は、建物によって「くれ」の長さが3種類あることです。御蔵の屋根は「長くれ」(約75センチ×7.5ミリ)、役宅は「半くれ」(約45センチ×5.4ミリ)、正面玄関のオチ屋根は「コケラ葺き」(約36センチ×4.5ミリ)となっています。
御蔵は、簡単に差し替えができるように5年ごとに「くれ」を表替え、上下替えをして20年もたせます。その他の屋根は、釘で固定して20年もつように材料を吟味しています。
<御蔵の屋根裏>「くれ」を差し替えているため色はまちまち。
高山陣屋についての問題に、あなたもチャレンジしませんか?

問題1

 江戸時代当時のまま残る代官所は、全国にいくつあるでしょうか?
  
答え   a 1カ所    b 3カ所    c 10カ所   

問題2

 巨大な御蔵は高山城三の丸から移築したものです。いつ頃造られたものでしょうか?
  
答え  a 1600年頃  b 1700年頃 c 1800年頃 

問題3
 陣屋はどこが管理しているのでしょうか?
  答え   a 高山市   b 岐阜県   c 国

問題4
 かや葺きの屋根は30年ごとにふき替えますが、くれ葺き屋根は何年でしょうか?
 
 答え  a 15年   b 20年   c 30年

問題5
 政治にワイロはつきもの。史上に残る大原騒動の舞台となった陣屋の悪代官は?
  答え a 大原為五郎 b 大原彦四郎 c 大原亀五郎

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