この話は、宇津江四十八滝にまつわる伝説です。
「行者は不動明王の化身。よそ八は四十八、つまり仏法四十八願である」とし、このことから宇津江四十八滝と呼ばれるようになったといわれています。


大蛇とよそ八

 むかーし、宇津江(うつえ)村によそ八という男が住んどった。ある日よそ八は、魚好きのかか様に食わせたいと思って、宇津江川へ岩魚をとりにいったんやと。よう釣れるもんで、よそ八は知らんうちに、ずっと奥の方まで行ってしまったんやと。

 宇津江の山奥には、でかい沼があってな、底は深いし大蛇も住んどるっていわれとったんや。そんで、村の者は、おそががって(恐ろしがって)だれも近づかなんだんやと。よそ八は、そんなこと、ころっと忘れてまって、大沼まで来てしまったんや。黒々とした沼のふちに、でかいブナの木がぎょうさん(たくさん)生えとるし、昼間やっていうに薄暗うてそりゃあ気味が悪いとこやった。

 ふと気がつくと、今まで見たこともない大蛇が栗の木に巻きついて見下ろしとるんや。ジロリとにらまれたよそ八は、
「わあーっ」と叫びながら、一目散に逃げたんやが、家に帰り着いたとたんに高い熱が出てな、どっと寝込んでしまったんやと。

 
その晩のことや。このへんで見たこともないような、そりゃあ美しい女が来て「わたしで役に立つことでしたら、かか様の手伝いをさせてください。」と言ったんやって。
 女はそれから七日七晩寝ずに、よそ八の看病をしてくれたんやと。何でか知らんが、その女の作る薬はよう効いたんやって。よそ八は、だんだん元気になってきたが、女はだんだんやつれていったんやと。そしていつの間にか、とうとうおらんようになってしまった。

よそ八が起きられるようになったある夜、女が夢にあらわれて、泣きながらいったんやと。
 「私は、大沼の大蛇です。山で千年もの間、修行をしてまいりましたが、もうすぐ海の修行に出なければなりません。でも大きくなりすぎて海へ出られなくなりました。嵐を呼んで洪水を起こしたら望みもかなうかもしれませんが、そうすると人やけものを殺してしまい、せっかくの修行も水の泡となってしまいます。
 どうしようかと迷っている時、よそ八さんに見られてしまいました。私を見た人は毒気にあてられ、死ななければなりません。でも、よそ八さんは親孝行。なんとか助けてあげようと、私の血を飲ませてあげました。もう血も残り少なくなって、海へ行きたくても、嵐を呼ぶ力もなくなりました。」
この話を聞いた偉い行者が、「よし。わしがその大蛇を救ってしんぜよう。」険しい谷の中ほどの岩にすわって、祈とうをはじめた。「ノーマクサァマンダー・・・・」ってじゅじゅをもみながら、繰り返し繰り返し呪文をとなえらしゃった。
 行者は、たくましい人やったが、そのうちに、がいこつみたいにやせてしまって、口から血を吐いても、続けりゃしゃったと。

やがて、満願の日が来てな、その日の夕方、急に真っ黒な雲が広がって稲光はするし、雷は鳴るし、村人は「おそがい(怖い)、おそがい(怖い)。」と高台(たかだい)に逃げたんやって。夜になると、どえらい嵐になって、宇津江川はあふれ、そりゃあ、でっかい石がごろごろと流れていくし、ふた抱えもあるようなブナの大木が根こそぎ流れたんやって。
 ちょうど、天地を裂くような稲妻が光って、真っ暗な川を一瞬照らしたときにな、洪水の中になんやら鏡のように光る物が二つ並んで川を下っていったんやと。
その次の日は、いい天気でな、雲ひとつなく、よんべ(夕べ)の嵐はウソみたいやった。
村人は行者を捜して谷間を登っていったらな、谷の土砂や木はすっかりなくなって、ゴツゴツの岩がでて、大小四十八の滝ができとったんや。滝からは、きれいな水が落ち、そのしぶきに朝日があたって、キラキラとしていたそうな。
大沼に行ってみたらな、あんだけぎょうさん(たくさん)あった水はなくなって、行者の姿は見えんようになってしまったんやと。嵐の来る前になると、梵音滝のあたりで、行者の祈る声が聞こえることもあるんやそうな。


「国府むかし話」より
よそ八伝説には、3つの系統があります。
大蛇がおよしとなって、よそ八と結婚し、子どもを残して去っていく話
大蛇がおよしとなって、よそ八と結婚し、子どもに玉を残して去る話
大蛇がよそ八を看病し、その縁で大沼から出る話