飛騨国司 姉小路家(あねがこうじけ)には、四天王といって、四人の重臣がいましたが、姉小路家が滅びた後は、この人たちは百姓となって代々杉崎に住んでいました。
 この人たちの子孫の中に、六平という人がおりました。六平はたいへんな力持ちで、田の草とりに出たとき、水草をにぎりしめて水をしぼり出し、それにたばこの火をうつして、火を燃やしつけたほどの大力
(だいりき)でした。

  ある日のこと、馬小屋のこやしを出しているところへ、隣村の大戸茂助(おおどもすけ)という力持ちが、太い鉄棒を杖にして力くらべにやってきました。茂助が家の中へ入って面会を求めているあいだに、下男のような顔つきで馬小屋にいた六平は、門ロに立てかけてある鉄棒をあめのように曲げておき、そしらぬ顔で肥出しをしておりました。

 「たのもう。力くらべにやってきた大戸茂助だ。六平はいるのか、いないのか」
と、いくら大声で呼んでも六平が出てこないので、帰ろうとして門ロを出た茂助はびっくりしました。あの太い鉄棒が、ものの見事にねじ曲げられているではありませんか。

 「さては下男のやつ、おれのじまんのものをこんなにしおって」「しかし、下男でさえこんな力持ちだから、主人はどんなに強いかもしれないぞ」

と思うと身ぶるいがして、ほうほうのていで逃げ帰ってしまいました。


 六平の妻も大力で、あるとき、六平が外ですえ風呂に入っていると、急に雨が降ってきましたが、妻はあわてず、六平の入っている風呂桶を、そのままかかえて屋根の下まで運んだといわれています。