日本列島のほぼ中央に位置する北アルプス。槍ヶ岳や穂高連峰の峰々に囲まれた標高1500mの盆地を、古くは「神降地」「神河内」と呼んでいた。かつては、アルピニストが訪れるだけの秘境であったが、今では日本を代表する山岳リゾートとして多くの観光客が訪れている、中部山岳国立公園「上高地」。この美しさは次世代から次の世代へと引き継がなければなりません。

 芥川龍之介の小説「河童」(朝霧かかる日、上高地から穂高をめざす男が川縁で河童と出会い、気づくと河童の国を訪れていた話し)に登場する上高地のシンボル河童橋。
この吊り橋は、カラ松材をつかった全長36.6m 幅3.6mの97年竣工の5代目です。
大正4年(1915)の焼岳の大爆発によって土石流が梓川をせき止めて誕生した池、大正池。(左の写真)このとき沿岸の森林が水没し、水面に枯れ木が顔をのぞかせています。当時は今の大正池の数倍の大きさでした。その後、上流からの土砂の堆積や沢すじからの土石の押し出しで年々その面積は小さくなっています。将来、大正池はもとの川の姿に戻る運命にあります。
 
河童橋から梓川沿いに歩くこと1時間。穂高岳に祭られた海の神様が鎮座する穂高神社奥宮。元は穂高岳の山頂に祭られていたもので、本宮は穂高町にある穂高神社。祭神の一人穂高見命が安曇野に移り住んできた海の民「安曇族」のために、それまで湖水だった安曇野を干して土地を造ったという言い伝えがある。
穂高神社奥宮がある明神池。かつては、神地、かがみ池と云われ、針葉樹林に囲まれた静寂な池畔は、まさに聖域と呼ぶにふさわしい。伏流水や湧水を集めた明神池は氷結しないことで知られ、四季折々の風景が水面に映し出される。3つに分れた池があり、二の池、三の池があります。拝観料250円(上の写真は二の池)
日本近代登山の父「W・ウェストン」
英国人宣教師ウォルター・ウェストンは明治24年(1891)、上高地の猟師であった上條嘉門次の案内で、徳本峠越えのルートで上高地に入り、槍ヶ岳、穂高岳に登頂した。その後著した「日本アルプス 登山と探検」は北アルプスの存在を一躍世界に知らしめるとともに、近代登山日本に初めての山岳会を誕生するきっかけを作りました。
 毎年10月8日上高地にある穂高神社奥宮のお船神事があり、平安朝の船が古式ゆかしく明神池を巡る。御幣を持った神職らが乗った竜頭の船に楽人らが乗った想像上の鳥ゲキの船が続き、雅楽の調べに乗って池を一周。竜は水の神、ゲキは風の神とされ、水と風を鎮めて天下太平を祈る。池の縁で陣取って待つこと1時間30分。それだけの値打ちのある光景でした。標高1500mを越える山の中で、こんな行事が続いているとは不思議です。それもそのはず、海から安曇野へ移り住んできた安曇族の神社なのです。
江戸末期信州・松本藩は上高地で大々的に森林伐採を行い14の杣小屋があり、年によっては200人を越える人が山仕事に従事しました。梓川下流域では水害が発生し、大正5年には伐採が全面禁止になりました。梓川には、もともと棲んでいた岩魚はニッコウイワナだけでしたが放流により他の地域のイワナやアマゴ、カワマスが見られます。かつて上高地では、漁が行われていました。1975年からは、大正池より上流は全面禁漁となりました。
交通情報
上高地はマイカー規制のため、岐阜県側は平湯温泉アカンダナ駐車場に駐車する。(1日500円)ここから、平湯バスターミナルまで無料シャトルバスが往復している。(所要時間5分)
平湯バスターミナル2番乗り場で「上高地行き」バスに乗車。
帰りは上高地バスターミナル5番乗り場で「平湯行き」に乗車。
 バス料金  往復1,800円 20〜30分間隔で運行。6:30〜17:00、
 タクシー で20分/3,000円(別途トンネル通行料750円)