目の前には墨絵の世界が広がる。手前から旧富田家、旧吉眞家、旧道上家の茅葺き家屋が招く。
注目すべき先人の知恵
カーブした梁はチョウナ梁と呼ばれています。チョウナ梁とは、急斜面に育ったため雪で幹の根本が大きく曲がった樹木をそのまま家屋の梁に利用しています。自然そのままの建材により建物の構造を強固にし部屋を広く使うことができます。チョウナ(手斧)の形をしていることから名付けられました。
歴史的大地震に耐えた旧吉眞(よしざね)家  マグニチュード7を越えた1858年の角川地震で1mもずれたが崩れなかったという強固な建物です。
むしろをひいた囲炉裏周りでは家人のにぎやかな会話がよみがえってくるような錯覚におちいる。柱、壁は長年にわたる煙のすすで黒光りし、時代の風格を感じさせます。
旧富田家は神岡の茂住鉱山の仕送人として荷物や牛馬の中継ぎを営んでいました。
石段を利用して遊んだ子供の頃の記憶が懐かしくよみがえる。この石段を駆け上がると、そこに広がる光景はまぎれもなく・・・・
昔は農村のどこでもみられた風景です。家の横には柿の木、ぐみの木がありました。
富山県境から移築した旧道上(みちかみ)家。屋根のすそが横に丸みを帯びて広がりどっしりした印象を受けます。「兜造り」と呼ばれています。太い柱、梁、桁には江戸幕府によって民家に使用することが禁じられていた「御禁木」ケヤキ材がふんだんに使われています。当地域にはケヤキが豊富にあり、ケヤキを別の材と偽って扱いました。
今では見られなくなった、稲わらを円形に積み上げた昔ながらの保存法です。
いかがでしたか?ほんのつかの間でしたが、こころのふるさとを感じていただけましたか機会があれば、ゆっくりのんびり歩いてみませんか。

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