あじめ峡
高山市に隣接する国府町上広瀬地区の追分付近は岩石がとつこつとして自然の眺めがよい上に、鉄橋が高くかかっているのもまた壮観である。岩に砕ける水は一の滝・二の滝・あじめ滝・三の滝・オサガ渕など、四キロにわたって奇勝をつくり、奇岩は数ある中にも、手毬岩・飛石・立壁岩.落し岩・七巻岩・亀岩などまた著名である。このような景色は数キロに及ぶ。別名 飛騨の東尋坊とも呼ぶ。(ちょっと誇大過ぎるかなぁ)橋の上からの景色も充分良いが、河原に下りて散策されることをお奨めします。車数台が駐車できるスペースと公衆トイレがあるが進入路は狭いので見落とさないように。かつては、あじめどじょうが生息していたが絶えてしまった。
三 ツ 岩
 
三ツ岩は、もとこれより東南一キロメートルばかりの宮川に頭をあらわし、昔から神秘な岩として称えられていた。天正十三年(1585)、金森長近が飛騨一円を平定するとその翌年、高山城の修築に意をそそいだ。
さっそくこの岩に目をつけ、再三掘り揚げにつとめたが、作業は難儀を極め、ついにその目的を達することはできなかった。
  明治二十七年(1894)になって、上広瀬区の人びとの間で、「これをこのまま川中に置くのは惜しい。道の傍まで引き揚げまいか。」
  と、いう声が高くなった。そこでさっそく農閑期を利用して仕事を進めることになり、同年二月一日、寒中ではあったが掘り揚げ作業を開始した。そうして延べ1,322人と15日間の日数を費して、ようやく県道まで引き揚げた。 この報が、一度伝わると、高山・名田・上技さらに遠くは丹生川・古川などの各町村から、続々とこの壮挙に協力し、丈余の深雪の中に22日間もかかって、ようやく現在の加茂神社前に引きつけることができた。
  これに要した人数は延べ9,746人、湯茶用の薪十二間、接待用の酒五石五斗、また各町村からの応援旗百三十数本という莫大な数字にのぼった。さてこの石を三つ岩とか三峰石などというのは、東に乗鞍・御嶽西には白山といったぐあいに、三つの霊峰を型取っているためで、その間の低く水をたたえたところが、太平洋と日本海とを表わし、またこの海にたまる霊水は、昔からイボを取り除くのに霊験があるといわれている。
  このように広く国内に知られた三つ岩は、古来詩歌人の間に称揚せられ、国学者田中大秀翁も次のように詠んでいる。


  
  よりよろふ岩はこの山三つの山
            二つの海を備へたりけり


              <国府町の文化財より>
交差点の追分バス停横に鎮座する三ツ岩