回想録−コンピュターとのお付き合い−
コンピュータとの出会い
1976年某学校でコンピュータなるものの授業をうける.紙テープ穿孔機にコピー機能があることを発見!
いきなりプログラムがとおることは怪しまれるので、穿孔穴をわざと塞ぐ.その後次々と課題のプログラムをクリヤーする
1978年3月優秀な成績で卒業
その後コンピュータなるものとはとんと無縁となる.
あれから10年 復活国民機時代
1988年なにを考えたのか、EPSON286Vを購入.国民機PC9801VX21はとても買える価格じゃなかったなあ
MS-DOSでしたね、あのころは.DIRって打ってふむふむしている指導者(知人)を「スゲー」っと思えたことがなつかしい
そういえば、当時は、NECはN88BASIC・EPSONは「システムディスクをセットしてください」でした
ソフトウエアーは非常に高価でとても購入できるものではありませんでした
当時、OS、TurboC、HDDを購入して環境設定やmenu作って動かしてあげるしかなかったです
1992年NiftyServeに入会、マシンは通信機と化しおもいっきり大はまり
その後バブル期を迎え、C言語と戯れたご褒美もあって、お金まわりもよくなり、 晴れて国民機に買い換え
PC9801DS/PC9801NAをDOS開発機として購入. PC9821XpをWindows3.1評価機として次々とNECの戦略にはまり購入
1994年Jリーグ開幕!チケット取得が困難極めるなか
Wtermが威力を発揮!意外な利用方法にパソコンを持っててよかったと初めて思う!
AT互換機時代−1−
DOSの生き残りの道を模索するも時代はWindowsになると判断(あたりまえですが)
Windows95マシンへの更新を計画するも、マシンの買い換えによる「マシンの増殖と投資」が家庭内で緊急課題となる
FMVの爆発的人気でDOS/V機なるものを知る.種々検討の末DOS/V機に路線変更を決断
pentium166/Win95マシン購入.国民機との価格差に驚く、時は1996年11月
AT互換機時代−2−
Windowsのつまらなさに手をこまねく.そうだ「こんどは自分でマシンを造ろう!」
ちょうどCeleron266SL2QGのoverClockの話題沸騰時期.10万円以内を目標に部品調達開始
1998年11月Celeron266/400MHzWin98マシン完成
その後CPUを、Celeron300A/450MHzに更新
Linux にはまる
1998年12月やることがなくなってしまた.友人の薦めで「Linux」を知る
ちょうどいい機会なので「TurboLinux3.0」購入
MS-DOSの時代を思わせる「くせ者」ちょっとこいつと遊んでやりましょう
奉職20年の区切りもあって、ちょっとHPでもつくってみました
Kouji Maejima 1960.1.1 当時の可美村に生まれ、いまも在住(合併のため現在は浜松市)
国民の奉仕者として奉職中.時にはレース場で浜松市政に貢献.また毎夜浜名湖に漂う、ねっからの地元民族です