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長きに亘る潜伏の後、は主命である大名への天誅を下した
此度の任務は根城から距離がある事もあり、一月を掛けてのものとなっていた
心身共に困憊し、身を引き摺る様に主の元へと帰還する
そんなに報が届く
己が居ない間、徳川が領内に山賊が襲来し今もまだ醜行を繰り返しているらしい
また現在、家康と忠勝を筆頭に徳川が武将は城を空けていると言う
城に残る勢力は半蔵と稲姫、そして数名の武将と少数の軍兵のみ
重い身体を翻し、は足早に救援へと向かったのだった
ギラリと太陽が照りつける中、半蔵は次から次と襲い掛かる賊を切り伏せる
主が不在の今、主勢力である二人が城を離れる訳にはいかないと、
稲姫と残りの武将に城を託し半蔵は単身山賊討伐へと赴いていた
頭目を討とうにも中々姿を現さず、長時間に及ぶ交戦に次第に疲労が見え始める
流石にきつかったかと、半蔵は眉根を寄せた
ふと、眼の前の敵衆が倒れ行き其の先に一つの人影が凛と佇む
相手の姿に驚くも半蔵は僅かに表情を緩ませた
「此の、盟友である家康殿が為凶刃振り翳さん…っ」
双刀で風を一斬りすればキッと睨みを利かせ、風の如く敵を薙ぎ倒して行く
辺りを一掃すればは一息吐く、と
武器は手にした儘互いに近付き視線を合わせる
久方に逢ったは一目で解る程に白く、華奢な身体は更にか細くなっていた
否、ただ白い訳ではなく不健康に、そして身体はやつれたと言う方が相応しい
そんな相手を見つめて居たがふとの表情が曇り半蔵は何事かと問う
だが次の瞬間には普段の其れに戻り、はふるりと首を横に振った
「何でも無い…其れより、送られた豊臣の兵達は…」
は己が任務の間送られた兵の姿を探す
が、其処には半蔵の配下が疎らに在るだけで
辺りを見渡す相手に半蔵は何処か申し訳なさそうに視線を伏せた
やはりかと、は小さく呟き気にするなと言わんばかりに半蔵の肩を叩く
徳川方の兵数が少ない事を聞いていたは、
己が行く頃には自軍の兵も戦える者が居なくなるのを予想していた
聞けば送られた兵の半数は負傷し、
残りの兵と共に拠点とする双の砦の守護をしていると言う
「ならば砦は問題無いか…
頭目は援軍と共に此方へ向かっているらしい」
其れまでに残りを片付けようと、言うや否やは遠くに見える賊達へと走り出した
疲れている暇等無い
思うも、長期の任務に疲労が溜まった身体は中々言う事を利かない
賊を切り伏せながら、援軍が現れるであろう方角を盗み見る
が、不意の一撃を喰らいはたじろいだ
一度後ろへ飛び退き態勢を整えては、再び干戈を交えに掛かる
続け三人の巨漢が同時に迫り来るもひらりとかわし、
毒の仕込まれた千本を取り出せば急所目掛けて投げ付けた
どさりと倒れる男達に一瞬ひるむも、すぐさま賊はへと刃を向け
振り下ろされる刀を双の刀で受け弾き返し、怯んだ隙に一太刀浴びせて行く
大分片付いたか、そう思った瞬間
後ろから大きな腕が己の腕を掴み、は山賊の頭目に拘束された
「痛っ…う、…」
後手に掴まれた儘ギラリと光る刀が首筋に宛がわれる
クイと刀背で顎を持ち上げられ、視線が合えば頭目がにたりと笑う
周囲には賊達しか居らず助けは期待出来ない
と、後ろからの話し声には僅か身を強張らせた
頭目達の口からは遊郭に売るだ遊女にするだと、嫌忌する言葉が次々と吐かれて行く
眩暈を覚えるも其の拘束から逃れる事は出来ず、
は絶望にも似た感覚に意識が遠退きそうになる
そしてふっと、同じ戦地に在る一つの影を思い浮かべた
遠くから鴉が騒ぐ声が聞こえる
半蔵は悪感に眉根を寄せ空を見上げる
既に己の任された副頭目は片付け終え、と落ち合う為相手元へと向かっていた
と、眼に入った光景に半蔵は刹那硬直する
巨漢に後ろから羽交い絞めにされるを見れば、
半蔵は沸々と沸き上がるどす黒い感情に強く拳を握り締めた
そして強く地を蹴り上げれば音も無く頭目の傍へ寄り、に触れる其の手目掛け鎖鎌を振り翳す
既の所で其れをかわす男に尚も刃を向ければ、とうとう相手を捉えた手を放した
ぐい、と
半蔵はを引き寄せ腕の中に閉じ込める
何人であろうとが誰かと居る事が堪らなく不快だと、半蔵は胸の内で小さくぼやく
はたと抱き寄せた相手を見れば、まるで珍しい物でも見るかの様に眼を丸くしていた
(半蔵らしくない…)
口には出さないものの思いも寄らぬ其れには半蔵を凝視した
長く逢っていない事もあってなのか
あまり感情や私欲を表に出さぬ相手が、
こうしてあからさまに嫉妬心を剥き出しにする事が嬉しく、は見えない様に俯き笑んだ
しかし甘い時間は長くは続かず、黙って見ていた賊達が一斉に襲い掛かる
刹那、賊達の合間に見える頭目の口許がにっと歪んだ
「随分と弱い頭目だったな」
はぁ、と
溜息を漏らしつつが呟く
あれから半刻もしない内に達は山賊達を捌き終え、今は徳川の居城に来て居た
豊臣兵の手当てと、此度の援軍への礼をしたいと招かれたのだ
散々やられていたお前が良く言うと、半蔵が小さく呟き漏らす
そんな二人にの手当てをする稲姫がクスリと笑う
「ぁ…すまない、稲殿…」
はっと眼の前の相手を思い出し、は照れた様に頬を掻く
傷自体は先の任務で出来たもので、特別手当が必要な訳ではなかった
が、稲姫が断固として手当てをすると言い張り、半ば無理矢理にして貰っていた
一方半蔵は怪我も無く、
ただ何処か不機嫌そうにそんな二人を少し離れた場所から見つめている
ちょいちょいと、が手招きしてもふいと顔を背けるばかりで
先程の可愛らしさは何だったのだ、と
少し頬を膨らませは再び視線を稲姫へと戻した
(嗚呼、綺麗な御手…)
見惚れる様に、慈しむ様に、稲姫はの腕に包帯を巻いていた
初めて逢ったあの日、勇猛且つ愛らしいその姿に稲姫は一目でを気に入った
それ以来逢う事は無かったものの日を追う毎にその想いを募らせ、
半蔵がと逢ったと聞けば一日中事細かにあった出来事を問い詰めた
ちらりと上目に相手を見つめれば半蔵と言葉を交わしているようで、
視線を半蔵に向けたまま時折クスリと微笑を漏らすに僅か胸が痛んだ
どうかしたか、と
声を掛けられれば慌てふるふると首を横に振る
ほんのりと頬を染めた相手には不思議そうに、
半蔵は不満そうな、複雑な表情をして見つめていた
後、暫しの間三人で(半蔵は相槌を打つ程度だったが)話しをし、
段々と空が黄昏に染まり始めたのを見ればはゆるりと立ち上がる
そろそろ城へ戻ろうとする相手に気付けば、半蔵は手首を掴み静止した
きょととした表情を見せるを余所に半蔵は豊臣方の兵に二、三伝えると、
其の儘自室へとを引き摺り歩き出した
「半蔵…何をするんだ…っ」
黙ったままに部屋へと入れば相手を座らせ、向かいに腰を下ろす
落ち着かない様子のにずいと、小振りの包みを差し出した
訳が解らない儘に其れを受け取り蓋を開ける
中には真っ白な懐紙に小分けされた菓子が一杯に詰められていた
甘い匂いが漂えば僅かにの眼が輝く
ちろりと半蔵を見上げれば小さく頷いた
流石半蔵だ、等と調子よく言いつつ包みを一つ手に取り、カサカサと音を立てて開けて行く
中身は南蛮菓子らしく、カステラ生地にショコラが掛かった菓子があった
歓喜の声を漏らしながら一口其れを頬張る
甘い其れが舌の上でとろりと溶けは溜息を漏らす
そんな相手の様子に半蔵は無理にでも引き止めて良かったと思う
「しかし、何故半蔵がこんな物を?」
残りのカステラを口に放り込みふと首を傾げる
前に一度、小太郎から貰った金平糖を進めた事があった
その時に半蔵が大層怪訝そうに断っていたのを思い出し、は不思議に思う
甘い物は好かんと言っていた相手がこんな物を自ら手に取る筈が無い
貰い物だと、短く返す半蔵の言葉もそこそこに、もう一つ包みに手を伸ばす
幸せそうに菓子を頬張る相手を微笑ましく思うもふと昼間の事を思い出し、
半蔵は無意識に無興の表情を浮かべる
他人に、況してやあんな賊如きにと
其処まで考えて、不意に相手を引っ張り抱きしめる
(甘ったるい…)
胸に閉じ込めた相手からの甘い香りに僅かに眉を顰める
しかし何時もなら怪訝に思う其の匂いも、相手の物と思えば何処か愛しく
腕の中でもがくにふっと笑い、僅か抱擁を緩めてやる
ジタバタと抵抗していたははたと動きを止め、視線が合えばどちらからともなく唇を重ねた
ぽろり、と
涙が溢れ出しは驚き眼を丸くする、自分自身何故涙を流して居るのか解らなかった
大きな手が、幼子をあやす様に優しく頭を撫でて行く
半蔵の存在が此処まで大きなものになっていたのかと
今更になって気が付き、はゆるりと瞳を閉じる
「ただいま、半蔵…」
ポツリと零す言葉の意味が解らず半蔵は不振そうに相手を見下ろす
が、至福そうに笑みを浮かべうつらうつらと転寝を始めるに、
開きかけた口を閉じ再び頭を撫でてやる
先に返した豊臣兵にが遅くなる事は伝えてある
今暫くは、此の甘い時を楽しもうと
愛しげに相手を見つめ、そっと瞼を閉じた
08.9.18
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