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外は紅に染まり何処か物悲しげに時が過ぎ行く
時折吹く風は冷たく、人肌が恋しいとさえ思う
ふっと己の考えに笑いを漏らす
影で在りながら色恋に現を抜かす等、と
暫しひらひらと舞い落ちる紅葉を見つめ、そっと瞳を伏せた
季節は秋
外の木々は皆紅や黄等の暖色に染まりつつある
その紅葉とは裏腹、吹き付ける風はふるりと震える程冷たかった
そんな中、は半蔵の屋敷へ向かっていた
今朝方の事である
廊下で擦れ違ったねねに腕を引かれ耳打ちされた話、
開口一言目に出た男の名には僅かに反応する
ねねの話に因ると半蔵が風邪を引き寝込んでいるらしい
先日の礼も兼ねて、は見舞いに行って欲しいと頼まれたのだ
任務でも無ければ無理強いをした訳でもない
だがの思いを汲んでか、ねねはこの“御遣い”を言い渡した
無論その申し出を断る筈も無く、それ所か欣快の様子で出掛けたのだった
陽が昇り暖かな陽気が辺りを包む頃、漸く目途の屋敷へ辿り着く
屋敷には侍女等は居らず、家主である半蔵一人が下城した際其処で生活していた
カラリと表口より屋敷へ入る
恐らくは眠っているだろうと、声を掛けず寝間を探す
綺麗に整斉された屋敷内を歩く内人の気配を感じ、一室の前に膝を着く
「失礼する…」
静かに襖を開ける、と
褥に横たわる半蔵の姿が目に入り、は僅か表情を緩める
半蔵はゆるりと眼を開きに視線を向けた
上体を起こし何用かと言いたげな相手に、
はふっと笑みを作ると傍に座り、手に持っていた土産を差し出す
籠一杯に梨や葡萄等の果物、その横には懐紙に包まれた薬があった
城一番の薬師が調合したのだと言いながら半蔵の傍にそれを置く
そこでは改めて半蔵に視線をやる
いつもの忍装束では無い、合服姿の相手が何処か新鮮に感じた
「昼餉は…?」
ふと気になり問えば案の如く、首を横に振る半蔵に小さく溜息を吐く
すくりと立ち上がれば厨を借りると残し部屋を後にした
そんなの背を見送り半蔵は、傍に置かれた籠に視線をやる
何故豊臣の影であるが己の見舞いに来たのか等、
思うことが多くあるもぼんやりとした頭では思考が働かず
再び褥に身体を沈め、そっと瞼を下ろした
半刻程経った頃、相手の気配を感じ再び眼を開ける
音も無く開けられた襖の向こう、盆を手にが部屋へと入って来た
良い香りが鼻を掠める
手に持った盆には粥と水が乗せられていた
は褥の横に座り、粥を椀に取り分け匙で掬う
二、三息を掛け冷ましては、そっと半蔵の口許に近付ける
「…自分で、食す…」
そう言う半蔵をちらりと見る
表情はいつもと変わら無いが、見れば耳まで赤くなっていた
その様子には笑顔を零し再び匙を上げる
何を言っても聞かないだろう
暫し黙り込んでいたが、ついに半蔵が折れ口を開く
素直に従う相手にうんうんと頷き粥を口に入れてやる
熱くはないか、味が濃くはないかと聞いてくるに半蔵は思わず笑いを漏らした
「な、何だ、そんなに不味いのか…!?」
慌て粥を一口食べるも味は普通で、きょとと首を傾げ椀を見つめる
と、半蔵の手がの頭に乗せられ、柔らかな髪を撫でて行く
擽ったいような、心地良いそれには瞳を伏せる
半蔵なりの拝謝の表現法なのだろう
それに返す様に微笑み向け、は再び半蔵に粥を食べさせ始めた
食事を終え薬を飲んだ半蔵は再び眠りについた
半蔵が眠る間、は持参した銘酒で玉子酒をと厨に居た
前に一度、風邪を引いた時にねねが作ってくれたのを思い出したのだ
無論作り方等解らない
口にした時のそれを思い出しながら、試行錯誤に作っていく
辺りに甘い香が立ち籠め鼻を擽る
ふと、自身が寝込んだ日の事を思い出す
豊臣が城へ来て程無くの頃だった
まだ右も左も解らず、慣れぬ環境に疲れが祟ったのだろう
高熱に魘されるをねねは親身になって看病してくれた
その時に作って貰った玉子酒は、甘く暖かな物だったのを憶えている
(ちゃんと作り方、聞いて置けば良かったな)
困ったように苦笑し出来上がったであろうそれを一口味見する
少し甘味が強い気もするが作った当人は甘党
まだ足りないかも等と呟きながらそれを湯呑み茶碗に注ぎ、
床に伏せる半蔵の元へと足を進める
すらり、と
襖を開ければ上体を起こし、ぼんやりとした表情で庭先を見つめる半蔵の姿があった
庭に面した襖が開けられ冷たい風が身を刺す
「何をしてるんだ、風邪を引いてると言うのに…!」
慌てて駆け寄り襖を閉め、子供を叱責するように言う
目の前の相手は相変わらず朦朧とした様子で此方を見返している
溜息を漏らすも珍しい姿が見れた、等と思いは出来立ての玉子酒を半蔵に手渡す
それを受け取り半蔵は玉子酒を口にし、小さく吐息を漏らした
暖かなそれに身体が火照る
ふと顔を上げれば土産に持って来た果物を剥いているが眼に入った
器用に皮を剥いて行く指先を見つめる
細く白いそれには傷一つ無く、梨の果汁に濡れ艶やかに光る
つい、と
気が付けばその手首を掴み、濡れる指先を口に含んでいた
突然のそれには暫し呆然とし、見る見る内に顔を赤く染めて行く
ぬるりと舌を這わせばひんやりとした肌が瞬く間に熱くなり、
僅か開いた唇からは震えた吐息が漏れている
(熱い…)
己の身体がか、相手の指先がか
最早理性等無く、の華奢な身体を強く引き褥へと縫い付けるように押し倒す
抗う術も無く組み敷かれ半蔵を見上げれば虚ろげな眼差しと視線が合う
何か言わねばと思う程言葉が浮かばず、黙りこくる
ふと半蔵が首元に顔を埋める
熱い吐息が掛かりふると身体が揺れる
嫌ならば抗え、と
低く艶の含む声で言われれば言葉の意とは裏腹、抗う事を許さぬ様で
はどうする事も出来ず唇をきつく噛み締めた
「……」
名を呼ばれ、瞬間首筋に痺れが走り眉を顰める
強く吸われた其処は紅く鬱血し、まるで所有の印が如く咲き誇る
上を向く半蔵と見詰め合う形になり、その顔がゆっくりと近付く
そっと、恐る恐る触れる様な口付けを落とされる
熱で熱くなった唇がの冷たい唇に重なる
鼓動が高鳴り、酷く耳に付く
微かな唇の隙間からするりと舌が差し込まれ、大きく身体が震えた
貪る様なそれに流石も身を捩り抵抗し、半蔵の胸元を思い切り押しやる
と、意図も容易く押し返し、そのまま半蔵は褥の横に転がり伏せてしまった
「ぁ……は、はんぞ…?」
ぐったりと横たわる相手に驚きそっと背を揺する
僅かな寝息が聞こえ顔を覗き込む、と
ぐっすりと眠る半蔵にきょとんとし、はっと我に返る
恐らくは酔っていたのだろう、そう無理矢理思い込みは大きく溜息を漏らす
未だ鼓動が速く落ち着く気配が無い
「あんなの、卑怯だ…」
ぽつりと眼前に横たわる相手にぼやくように呟く
床に転がる相手を引き摺るように褥へ移動させ、
剥きかけの果物を手に取れば不意に先程のそれを思い出す
熱くなった己の指を咥えようとし、慌てて首を横に振る
愚かな、と
刃物を手に持ち直し黙々と林檎の皮を剥き皿に乗せて行く
此れを終えたら城に戻ろう、長居は無用
そう思案し、ちらと半蔵を見やるも起きる様子も無く
そっと頬に一度触れ惜しむ様に離れると、は半蔵屋敷を後にした
首に出来た赤いそれに触れ何と遁辞するべきか頭を抱える
事の発端であるおねね様は兎も角、秀吉様は何と言うか解らない
上枝に立ち止まり葉の隙間から空を仰ぐ
吹き付ける風が火照る身体を芯から冷まして行く
其れで良い、今日の事は全て夢境の沙汰
眼を覚ませばまた変わらぬ日々が来るのだと
言い聞かせるように胸中囁き、西風と共には掻き消えた
08.9.6
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