寄り添うその温もりが心地良く、
また任務続きで気付かぬ内に疲労が溜まっていたのだろう
仮にも戦の最中だと言うのに
重い瞼はゆるゆると意思に反し閉じて行く
嗚呼、その微笑は誰のものなのだろう
霞む視界に映るそれに、ぼんやりとそんな事を考え、静かに意識を手放した





(……寝た、か)

半蔵は自身の胸に寄り添い寝息を立てる相手に胸中で呟く
幸村を倒してから一刻も経たぬ間には眠ってしまったのだ
此れが始まる前、任務続きだったとぼやいていたのを思い出す
と、前髪が瞼に掛かり眉を顰める相手に気付き、そっと払ってやる
今暫くこのままで居たい
そんな事を思うも、時がそれを許してくれない
もう少しすれば空は黄昏に染まり行くだろう、半蔵は僅かに焦っていた
を抱いたままあちこちを見て回るも目途の人物は見付からなかったのだ
ふと思う
自分には全く無関係な、ましてや敗北せども死人が出る訳でも無いこの戦
こんなになってまで臨む意味があるのだろうか
しかし影としての意地からか、負ける事に抵抗があるのも事実
無意識に緩んでいたであろう表情をキリツと戻し、前を見据える
己が誉れの為、そして腕に抱く忍の為にもと、半蔵は強く地を蹴った










「何故こんな下らん事をしているのだ」

誰に言う訳でも無くぽつりと漏らす
半蔵に抱かれたを遠くから見つめ、三成は忌々しげに溜息を吐いた
面白くない
この戦もそうだが、何よりが他の男に身を許している事に苛立つ
と三成は特別仲が良い訳では無い
互いに名で呼び合う位で、共に居る時間は刹那なものだった
だが同じ主に仕え同じ戦場に幾度と立って来たのだ
それをあんな狸の飼い犬に無闇矢鱈と懐きおって、と
今にも叫び散らし引き剥がしてやりたい気持ちに駆られる

「……!」

そんな事を思う内、不意に視界に影が落ちる
慌てて後退り己が武器である扇子を構え、目の前の人物をきつく睨む
其処にはつい先まで憎悪を向けていた相手、半蔵の姿が在った
見れば腕に抱かれたは未だ夢の中の様だ
三成のむっとした表情に気付き、半蔵はふんと鼻で笑う

「貴様…っ」

まるで勝ち誇るが如く己を嘲笑う相手に、手にした扇子をギリリと握り締める
勢い良く地を蹴り、三成と半蔵の武器が交える
を抱いているにも関わらず半蔵の腕は僅かも鈍りはしない
幾度が打ち合う内にが眼を覚ましたらしい、
寝ぼけ眼に辺りを見渡していたが、三成を見るなり大きく身を揺らす

「三成!やっと見つけた!」

その前から見つけ出し刃を交えていたのだが
口にしようか迷ったが、半蔵はその言葉を飲み込みを見やる
はたと視線が合い、思わずはほんのりと頬を赤らめた
そんな二人の姿に更に怒りが込み上げ、三成は扇子の先を向ける
扇子が風を切り、辺りには僅か緊張が漂う
それを知ってか知らずかが口を開く

「三成、もうこんな事止めないか…?
本当は三成だって、下らないと思っているんだろう?」

確かにその通りだ
あの時は頭に血が上り快諾したが、今思えば何とも馬鹿げた事をしている
だが事が始まった今、自尊心の人一倍強い三成が無しにしよう等と言える訳もなく
からの申し出に驚くも三成は躊躇う事無く頷いた
それを見てはにこと微笑み、ちょいちょいと手招きをする
不思議に思いつつも近付いていく、と
腹部に強い衝撃を受け三成は目の前がぐにゃりと歪む
苦しげに腹を抱え地に膝を付き、前に在るを見上げる
申し訳なさそうな顔をすると、しれっと見下ろす半蔵の姿が遠退いて行く
震える手を伸ばすも相手に触れる事無く、三成は力無く地に伏した

「すまないな三成、忍とはどんな手を使ってでも主命を全うするものなのだ」

おねね様からの命だしな、と
崩れ落ちる三成を見下ろしは呟いた
半蔵は三成の前に膝を付き、手首に巻かれた紐を取る
此れで二つ目
残るは小太郎が追う兼続だけ、取り合えずは小太郎を探さねばならないだろう
半蔵は立ち上がり空を見上げた
既に日の入りが始まり辺りが黄昏に染まり始める
横目でを見れば、半蔵は三成を担ぎ小太郎を探すべく拠点へと向かった










拠点にはねねに介抱される男達の姿が在った
先程半蔵が倒した幸村と、それより少し前に来ていたであろう兼続だ
無論兼続の腕に紐は無い
半蔵はねねに奪った紐を渡し、その傍に三成を降ろす
そして少し離れた場所に座り込むと、
未だ絡まったそれを解く為己の膝にを座らせ、複雑に絡むそれを丁寧に解き始める
そんな二人の様子をねねは何処か微笑ましく見つめた

「紐を切ってしまった方が早いのではないか…?」

迷惑を掛けっぱなしの為か、はそう提案する
が、半蔵は黙ったまま首を横に振った
此れはねねから貰った大切な帯留めなのだ、と
が嬉しそうに自慢していた事を稲姫から聞いていたからだ
暫し沈黙が続く
そっと手が伸ばされ視線だけそちらにやれば、の指先が己の胸当てに触れる
躊躇う様に口籠もっていたが、漸く言葉にする

「今日は本当にすまなかった…」

思えば出逢ってから幾度か顔を合わせたが、
その度にの本来の姿を見る事が多くなって来た気がする
初めて出逢った時、目の前の忍がこんな表情をする等思いもしなかった
それは自身にも言えた事で、
鬼の半蔵と呼ばれた己がこうして他人と接する等考えられ無かった

「…けど楽しかった、こんな戦なら毎日あっても良いかもなっ」

ふと顔を上げると申し訳なさそうにしていた顔がゆるりと破顔する
その笑顔を見れば、誰しも心穏やかになれるだろう
そんな事を思いふっと表情を緩める、覆面をしている為解らないだろうが
半蔵は口を開きかけ不意に眉根を寄せた
そんな相手をきょとと見つめていたが、ふとの前に紐が垂らされる

「うぬが欲していた物だ」

ひらりと紐を落とし小太郎は二人に背を向ける
そんな小太郎には慌てて手を伸ばす
と、顔だけ振り返り小さな巾着を投げて寄越した
は受け取り中を見る
それには星屑の様な、きらきらと輝く金平糖が入っていた
堺の土産だと残し止める間も無く小太郎は掻き消えた
先の任務で小太郎に逢って以来、たまにこうして土産と言って珍しい物をくれるのだ
何故そんな物を、と不振そうに見つめる半蔵には説明した
何処か不満そうな半蔵を余所には貰った金平糖を口にし、嬉しそうに微笑んだ





戦は勝利を収め、その後無事に帯留めも解けた
色々と不満に思う事もあったが以前よりと深く繋がれた気がする
それだけでも得た物は多いと、半蔵は一人頷く
そんな半蔵をはじっと見つめていた
朧げな視界に映った、暖かな微笑みを思い出す
それは誰へ向けられるのか
今までと、そしてこれから
チクリ、と
痛む胸に気付かぬ様に、此方を見返す半蔵にへらりと笑って見せた










08.9.2