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人と魔はいつしか共に歩む事を拒絶した
人は魔を狩り、魔は人を殺める
全ての者がそうだと決めたのが神だと言うのなら、私は神すら此の手に掛けよう
あの日、あの黄昏の中見た光景は、何時までも己を束縛して止まない
其の魔は本当に魔で 其の人は本当に人なのか
languid
The nocturne of the end
終 焉 の 夜 想 曲
屋敷の屋上---ルーフガーデンに一つの人影が佇んでいた
月は既に頂きより傾き始め、蒼白い光は強く差す様に己を見据える
屋敷の下を覗き見れば其処は闇に覆われ木も花も全てが漆黒に包まれていた
何もかもは、新しきマーリアの世界の為と
瞳を伏せれば其処には柔らかな笑みを向けた其の人だけが浮かんだ
「Hey,darling! 時化た面しちゃって…可愛い顔が台無しだぜ?」
背後より掛けられた声にはゆっくりと振り返る、其処には予想した通り双子の半魔が在った
身体には傷どころか埃一つ付けぬ其の姿に内心僅か驚きつつ、
は手にしたアミュレットをすっと空へと翳す
蒼白い月光を浴びた双の其れは一層怪しげに光り輝いた
地は既に魔界と混じり初め、爪先でも触れれば己の意志とは関係無くあちらへと引き摺り込まれるだろう
ふと、己達の前に佇む相手を見れば其処には先程迄の笑みは無く、
氷の様な冷たい眼差しが射る様に見据えて居り
己達の眼の前で、世界が混じり合おうとしている
不完全過ぎる儀式、其れは余りにも危険な賭け
侵食する闇---魔界---は止める事等出来ず、ゴポゴポと音を立て屋敷を魔界へと飲み込んで行く
「こんな事して、人間のアンタが魔界で生きて行けると思ってんのか?」
悪魔で溢れた世界、其処で普通の人間が生きて行くなど到底不可能な話だ
不完全な儀式とは言え此処までやってのけたのだ、まさか此れから何が起こるのか知らない筈は無い
そうダンテが問えばは何処か切なげに顔を歪め空を仰いだ
先程迄蒼白だった月は深紅へと変わり、嘲笑うかの様に見下ろしている
暫しの沈黙の後、はそっと唇を開いた
酷く懐かしむ様な声で、ゆっくりと話し出す
「私が未だデビルハンターを営んでいた頃、小さな半魔の少女と出逢った…」
其れはデビルハンターを職とし半年程経った頃
職種柄としては早咲きに部類される速さで名を上げた女、は其の日もまた仕事をこなしていた
依頼内容は毎夜とある屋敷から聞こえる奇声の正体を暴き出す事
無論其れは表での名目であり、其処に悪魔が絡んで居る事は百も承知だった
何時もの様に難なく仕事をこなし、最後の悪魔を仕留めるべく気配を辿り屋敷の奥深く、地下室へと入る
其処は正しく血の海其の物だった
辺りは腐臭と鉄の匂いが立ち込めており、室内はたった数本の蝋燭によって照らされていた
良く良く眼を凝らせば血溜まりの中に浮かぶ其れは恐らく悪魔の---
コツリ、と
僅かな物音に気付きが勢い良く顔を上げれば、其処には小さな黒い塊が在った
ふらりとふらつく其れは気配で直ぐに解る、悪魔のもので
己の腰に下げたサーベルへと手を掛け一気に振り翳し、直後眼を見開く
悪魔の後ろ、残忍な笑みを浮かべ己と同じく鉈を振り翳す大柄な男の姿
ふと思い出す、最近仲良くなったハンター仲間の言葉
『此処等で悪魔が惨殺されてるらしい、ハンターなんかじゃなく唯単にお遊びの為の殺しとして』
ぞくりと粟立つ、目の前の悪魔では無く、狂気の笑みを浮かべた人間に
そして其の男が殺そうとしている悪魔に無意識に眼が行った
小さな小さな悪魔は、純真無垢な瞳を揺らしまるで神に救いを求める様に手を伸ばした
嗚、何故---
すっと振り下ろしたサーベルが肉を切り、いとも容易く頭と胴体を切り離した
眼前に横たわるは人間だったモノの肉塊
唯冷たく、見下す其れはやがて痙攣が止み程無くして床へと転がった
悪魔の少女は未だ身体を震わせ、少しして我に返った様に立ち上がり慌てて屋敷から飛び出した
小さな後ろ姿を見送りはふと、己の手に握られたサーベルへと視線を落す
初めて人間を斬ったにも関わらず其の感覚は何時もと何の変わりも無かった
それどころか何処か高揚感すら感じ空いた片手で己の身体を抱いた
魔が悪で、人が善と、誰が決めたのか
眼の前が暗くなる、己の歩んで来た道の其の罪深さに全身の力が抜ける様で
はっと顔を上げると先の悪魔が飛び出して行った事を今更に思い出す
幾ら未だ小さいとは言えど悪魔は悪魔
急ぎ彼の小さな背を追って、は其の場を後にした
ようやっと悪魔を見付けだしたのは黄昏色に染まるスラムの一角
夕日を浴びた其の悪魔はまるで聖母の様に美しく、触れただけで壊れてしまいそうで
先の男の姿が重なり目眩がした、どちらが悪魔で、どちらが人間か
唯一つ解るのは、目の前の少女はひたすらに生きようとしている事
紅い瞳を濡らし、必死に涙を堪える其の姿は人間の子供其の物で
他に何も考えられなかった
そっと地面に跪き、小さく華奢な其の身体を出来うる限り優しく抱き締めた
其の日から、と言う名の女デビルハンターは姿を消した
「マーリアは不完全な魔…此の人間界の風は身体に毒だ」
「だから魔界への扉を開くってのか?」
慈しむ様な其の言葉に今まで黙って居たダンテが口を開く
睨む様な相手の視線にも怯む事無くは頷く、其れが当たり前とでも言う様に
「けどよ、さっきも言ったが魔界ではアンタは生きては行けない」
人間では生きて行けない、そんな事はデビルハンターだった相手なら知れた事の筈
其れでも尚扉を開こうとする深意には、たった一つの感情しか無いのだろう
解せないと、バージルは顔色一つ変えぬ儘を見据えて居た
己達の足元では着実に魔界への扉が開きつつある
不完全な悪魔の為の、不完全な儀式の扉が
ぎりと音を立て奥歯を噛み、ダンテは背に在るリベリオンへと手を伸ばした
其れに倣う様にバージルも刀の柄へと手の伸ばす
へと向けられた切っ先は月の光を浴び、血に濡れた様に紅い
時間が無い、其れは己への言い訳なのかも知れない
「今なら許してやる、嫌だなんて言ったら…解るよな?」
口許に浮かべる笑みとは裏腹、其の声は真剣其の物で
焦りと躊躇の滲む其れに応える様にもまた己の獲物に手を掛けた
既に迷い等無いと、言い聞かせる様に一つ静かに瞳を伏せる
瞼の裏には相も変わらず、たった一人の笑顔が在り
ゆっくりと開かれた其処には、天に瞬く宵月と同じ紅が獣の様に二人を捉えていた
あれからどれだけの間干戈を交えていたのだろう
唯解るのは、既に月は半分以上其の姿を沈ませ、辺りが白み始めている事
そして直ぐ其処まで忍び寄る、何処か懐かしい香の魔界の匂い
の動きが鈍りつつあるのを、ダンテとバージルは感じていた
二人相手、況して半魔である此の双子を相手にしているのだ、今迄対等に渡り合って来た事の方が奇跡に近い
僅か息を弾ませながらも次々に迫る切っ先をサーベルで薙ぎ払い躱す
時折ダンテがエボニー&アイボリーで応戦するも、其れも紙一重の処で躱して行く
後少し、夜が明ければ此処は完全に魔界と混じり合う
無意識に緩む口許は不意に聞こえた其の声で一瞬にして消え去る
「…っ」
己の背後に何時の間にか居たマーリアに勢い良く振り返る
其の隙を逃す筈も無く、だがダンテは僅か剣を向ける事に躊躇った
ズッ…、と
鈍い音が冷たい風に乗り己の耳に届く
鼻腔を擽るのはマーリアの甘い香りと、もう慣れてしまった鉄の匂い
まるでもう、離れる事が許されぬかの様に、二人の身体はぴたりと縫い付けられていた
一本の刀---閻魔刀によって
「…マー、り…」
時が止まるとはこう言う事を言うのかと、意識の片隅で他人事の様に呟いた
閻魔刀はの腹部を貫き、目の前に在るマーリアの胸へと埋め込まれている
も、そしてマーリアも、目の前に在る其の人の瞳を見詰めた儘動く事は無い
紅い瞳が互いの紅を見据える、どちらが己の物か、解らなくなる程に
暫しの沈黙の後、バージルは刀を抜き去った
ぐらりと、マーリアの身体が傾きは力の入らない腕で必死に其の身を抱き留める
触れた其の身は余りにも冷たくて
何時も不安げに揺れる瞳は、酷く幸せそうに歪められた
「嗚、お前が悪魔だろうと、私は…」
初めて聞く震えた声にダンテは唯立ち尽くす事しか出来ない
触れてはいけないものの様な其れは湧き出る闇にゆっくりと飲まれつつあり
はっと我に返ればダンテは二人の元へと駈け出す
間に合うか間に合わないか等、関係無かった
「If you love it, with that alone I am happy.」(貴方が愛してくれれば、私は其れだけで幸せだわ)
鈴の音は一層か細く鳴り響き、其の役目を終えたかの様に固く唇を閉ざした
其れは酷く、酷く幸せそうに歪められて
硝子が砕け散るかの様に音も無く崩れ行くマーリアを、は唯静かに見守って居た
やがて其の光も消え辺りは闇に満ち、魔界への扉が音を立て崩れて行く
其れは余りにも不完全過ぎた、チッと短く舌打ちをしバージルもまたダンテの後を追った
其の先には今にも魔界へと引き摺りこまれそうなが惚けた様に天を仰いでいて
「…すまないマーリア、私は其方には行けそうにない…」
困った様に微笑めば、お前はまたあの泣き出しそうな瞳で見詰めてくれるだろうか
ぐらりと身体が傾く、既に身体中の感覚と言う感覚全てが麻痺した様に動かず
また何時もの様に瞳を伏せ、眼の前の全てから逃げ出そうとし、
ふと後ろから掛けられた怒声にも似た其れに降り掛けた瞼が跳ねる
「Foolish girl!」(馬鹿者!)
ダンテとバージルの手がの両腕を強く掴む
既に足元は宙に浮き、辺りに咲き乱れていた花は闇へと吸い込まれている
僅かでも遅ければ此の小さな身体もと、其処まで考えてバージルはそっと首を横に振る
足元では轟音を轟かせながら魔界への扉が重々しく閉ざされていった
辺りは新しい朝陽が照らし、三人は各々の想いを胸に瞳を閉じる
不完全な其れは、不完全な儘終焉を迎えた
街外れに在る豪壮なる屋敷が跡形も無く消えて三週間程経った
『Devil May Cry』には双子の悪魔と一人の少女の姿が在った
少女は眉を顰め、其の手に握るは紛れも無い…フライ返し
「ダンテ、バージル、準備が出来たから早く起きて…!」
少女---基は此処数日、二人の悪魔の為毎朝朝食を作って居た
遡る事三週間前、彼の魔界への扉騒動の後は其の深手により意識を失った
再び眼を覚ました時には既に此の部屋に居りベッドの上に寝かされて居たのだ
話を聞けば此処はダンテとバージルの営む事務所で、
バージルは兎も角(自称)フェミニストであるダンテがをあの儘にする訳も無く
此の事務所へと運んだのだと言う
そしてそんな己が目を覚ましたのは意識を手放して約一週間後
無論初めは生きて居られないだの此処に居られないだのと散々喚き散らしたのだが、
腹部に空いた穴と崩壊した屋敷の事を思い出し大人しく世話になる事にした
双子には申し訳無さを感じたが、其れを伝えればダンテは、
『ladyの腹に風穴開けたのは紛れも無い俺のお兄様だからな』とウィンク付きで言われ、
傍にいたバージルはと言えば何処となく気まずそうに視線を泳がせていた
「Good morning, darling.」
不意に後ろから現れたダンテがの頬に口付け挨拶を交わす、
首にタオルを掛け上半身裸の相手はどうやらシャワーを浴びて来たらしい
初めは驚きらしくなく慌てもしたが、こう毎日されていては流石のも慣れてしまった
そして続いて階段上から現れたバージルが其れを見て僅か眉を顰め、
其れに対抗する様にそっとの前髪を分け額へと唇を落とした
不可思議な事もあるものだと、今朝も今朝では胸中呟く
己が犯した罪を、況してこの双子に振りかかった災厄の全てが無かったかの様な生活に、
は何処か恐怖さえ抱いて居た
幾ら寛大と言えど、あの日の出来事を忘れこうした一般的な幸せな日々を送る事は不可能だろう
何故此の双子は私を赦し、何故此の双子は私を受け入れ、何故此の双子は---
ふと、両手に触れる温もり---片方は暖かく、片方は僅か冷たげな---を感じ思案を止める
顔を上げれば其処には悪戯っ子な笑みと、冷たくも優しげな眼差しが在り
(嗚、お前の言っていた言葉の意味がやっと解った)
零れる笑みは誰にも止める事等出来ない、余りにも温かな幸せに触れてしまったから
離れる事等許さないと言いたげに、強く、強く繋がれた手と手
私は未だ、此処に在って良いのだと
二つの似て非なる笑みが、そう言ってくれている様で
三人は何時もの様に囲んで朝食を取る
最後の団欒だとは、誰も知らずに
が居なくなった東雲
奇しくも其れはあの日と同じ、絵具を零した様な空の色だった
09.3.1
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