夕闇が辺りを包む中、銀色の悪魔達は聳え立つ豪壮な屋敷の前に立っていた
越して来たばかりにも関わらず、門前から見える庭には季節を無視して花が咲き乱れ、
粉砂糖の様な雪がキラキラと慈しむ様に花弁に触れる
まるで壊れ物を扱う様に、そっと、そっと
ふっと、プラチナブロンドを思い出しダンテは奥歯を噛んだ
エンツォとの電話の後、二人は少女達の事を探るべく彼方此方に脚を運んだ
3日に渡り集めた情報全てを照らし合わせ導き出された一つの真

「テメンニグル再び、ってか?」

ポツリと呟く
顔を上げれば其処はまるで絵画の様に美しい風景
蒼白い月が、唯静かに見下ろしていた















languid
  The serenade of the raising of the curtain
             開  演  の  小  夜  曲
















「……」

鈴の音の様な声で名を呼ばれ、は本に向けていた視線を上げた
広いリビングの奥、暖炉の前で一人本を読み耽って居るを見詰め、
マーリアは白いナイトガウンを纏い遠慮がちに声を掛けた
が唇を噤んだ儘暫し沈黙が続き、相手が居た堪れなさそうに瞳を伏せた頃やっと口を開く

「どうした」

至極短く、突き放すような其の声だけが部屋に響く
ドキドキと落ち着かない心臓をきゅうと押さえ、マーリアはきつく唇を噛み締めた
未だ向けられた菫色の瞳は射抜く様に己の瞳を見据えている
マーリアは声を掛けた事に、ほんの少し後悔する
は外を歩く時其の表情を凍らせる
そして其れは時折、まるで本当に凍ってしまったかの様に屋敷に帰っても戻らない時がある
今目の前に在る相手は正に其れで、先程から何度か声を掛けるのを躊躇って居たのだが
普段は酷く優しく笑みを向けてくれる、故に其のギャップが何処か恐ろしくすらあった

「…おいで、マーリア」

小さく音を立て本を閉じればソファ横のテーブルに置き、ふっと表情を緩めが手招きをする
幾分柔らかくなった辺りの空気にマーリアがこくりと頷き、
ゆったりとした一人掛けのソファに腰かけるの前にぺたりと座る
パチパチと、暖炉の薪が爆ぜる音を遠くに聞きつつマーリアは眼の前の相手の膝にそっと身を寄せた
両腕を枕代わりにし吐息を漏らし身体から力を抜く
大きな窓から見える外は雪が降り頻り、己を包む温もりがまるで夢の中の様で
心地良い鼓動だけが肌を伝い感じられた

「……」
「案ずるな、お前は唯私の傍に在れば良い」

制する様に、論する様に、柔らかな声ではあるものの圧する様に其れだけ言い切る
の視線は此方に向けぬ儘真っ直ぐ前にある暖炉へと向けられており、
普段蒼掛かった瞳は炎を映し、今は赤紫に鈍く輝いていた
---ズキリ、と
後頭部が痛むのを感じマーリアは僅か顔を顰める
何時か見た、涙に濡れた其の瞳も、紅を含ませ悲痛に己を見下ろしていた
断片的な記憶が脳裏を掠める
冷たく、痛く、苦しく、何よりも哀しくて
『マーリア』
あの日の瞳も、今眼の前に在る瞳と、同じ色で

「っ……」

胸元から喉を這い上がる吐き気に慌てて口許を抑える
そんな己に気付いたのか、がそっと背を撫でてくれた
瞳を伏せ、唯静かに、何度も何度も繰り返し
閉ざされた瞳
長い睫
其の奥で見据える、紫色(ししょく)
あの日から、其の瞳に紅が差す時、は私を見ない

、…」

私を見て、其の手で触れて、優しく微笑んで
声にならない想いだけが溢れ出しそうになり必死に堪える
冷たくて、其れでいて温かな白い指先がマーリアの頬に触れようとした
刹那、
音も無く開かれた扉に気付きは静かに振り返る
其処には色を無くした眼で此方を見詰めるメイドが一人、精気無い表情で立っていた
何も言わぬ相手に何かを悟り、がゆったりと立ち上がる
其れに伴いマーリアも立ち上がれば少し前を歩く相手に部屋へ戻れと言われた
ふるりと、首を横に振って見せるが気付かぬ振りをされ
先程部屋に来たメイドが近寄って来てマーリアの細い腕をそっと取り、貼り付けた様な笑顔を向ける

「客が来た、今夜は一人で寝め」

たった其れだけ残し、はメイドから受け取ったコートをふわりと羽織り出て行った
暖炉の薪が爆ぜる
ゆらゆらと、あの瞳と同じ紅が静かに揺れた








ゴツゴツと重々しい音を鳴らし、バージルとダンテは屋敷の中を歩いて居た
当初、強行突破を考えて居た二人だが屋敷のドアノブに手を掛けたところで扉が開き、
執事の様な装いの老者と鉢合わせになってしまった
瞬時に其れが人間では無いと悟った二人は各々の獲物に手を伸ばすが、
眼の前の老者が屈託なくにこりと笑むのを見て其の手を止める
何事かと二人が思案する間も無く、執事がどうぞどうぞと屋敷へと招き入れたのだった

「罠かも知れん」

極小さく、隣を歩くダンテにしか聞こえぬ様な声量でバージルが言う
一方のダンテは屋敷の中を興味深そうに見回していた
屋敷は既に電気を消し切っており、今頼りになるのは執事の手に握られたキャンドルスタンドの明りだけ
幾ら半魔で視覚が良いと言っても、見ず知らずの此の場では不利な事に変わりは無い
相変わらず暢気にきょろきょろと顔を動かすダンテにバージルは僅か眉間に皺を寄せた、と

「此方でお待ち下さい」

不意に立ち止まった執事は一つの扉を開き手を添え中へと促す
ダンテがそっと覗き込めば其処は広いリビング
もし万が一、剣を抜く事になっても充分に動き回れるだろう
二人は大人しく部屋へ入り、ソファが眼に付くとダンテは直ぐに腰を下ろした
程良く沈むソファは居心地が良くダンテはバージルもと手招きするが、
バージルは未だ警戒を解く事無く鋭い眼つきで辺りを窺っている
微かに香るのはあの日と同じ甘い香り
初めバージルは何か媚薬の類かと思ったがそうでは無く、庭に咲き乱れる幾輪ものバラの香だった

(気のせいだったのか?)

己が案ずる様な事は一切無く、本当に純粋に生を全うしているだけだったのでは
あの日、あんな夕闇の中で一瞬見ただけなのだ
若しかしたらマーリアとは普通の人間で、普通の生活を営んでいただけでは…
其処まで考えて、バージルははっと顔を上げる
ゆっくりと、音も無く先程自身が入って来た扉が開かれて行く
ドク、ドク、ドク、と
何故か高鳴る心臓にバージルは手に持つ閻魔刀をカチリと握り直した


「Welcome... Mr.Dante,Mr.Vergil.」


低い声が静かな部屋に響く
黒を基調とした服と足首迄あるコートが、暗い室内にぽっかりと穴を開ける
さらりとしたプラチナブロンドだけが月明かりを浴び澱み無く輝いていた
バージルのiceblueとのvioletが絡み合う
長い沈黙を破ったのはソファで寛いでいたダンテの場違いな迄の明るい声だった

「俺の名前を知ってるなんて、そんなに有名かい? Kitty?」
(仔猫ちゃん?)

何時もの様に冗談めかして言うダンテにバージルは僅か顔を顰めた
と、対面して立ち尽くすが僅かに身動きしたのに気付き刀の柄に手をやる
しかし予想に反し眼の前に在る顔は先迄とは違い何処か優しげなもので、
はコツリと音を鳴らしながらダンテの前まで行くと机を挟み対に置かれたソファへと腰を下ろした
ちらと、バージルへと送られる視線に気付きダンテが再び手招きする
そんな二人を見ていたバージルは、溜息を必死に抑えダンテの横へと腰掛けた

「噂に聞いている、双子の凄腕デビルハンターとな」
「お、周りはそんな風に言ってんのか?」

嬉しいねぇ、等と喜ぶダンテの前に背後から手が伸び何かが置かれる
一切の気配を感じなかった
二人が勢い良く振り返れば其処には控えめな笑みを浮かべたメイドが在り、
手にはトレイに乗せられた小ぶりの皿と湯気の立つ紅茶が二つ残っていた
口を開く事無くカップと皿を置き深く頭を下げればメイドは部屋を出て行く
再び室内には三人だけになり、誰のものか解らない至極小さな吐息だけが聞こえる
すっと、白い手がカップを掴み唇へと運ばれる
は紅茶を一口飲み、そしてゆっくりとカップを机へと戻した

「…其れと、スパーダの息子と言う事も」

辺り前の事の様に呟かれた言葉にダンテとバージルは僅か身を揺らす
其の言葉と、相手が何を考えているのか解らない得体の知れぬ恐怖に、無意識の内身体が強張る
そんな二人を余所には皿に乗せられた不格好なクッキーに手を伸ばした
見るからに手作りな其れを一口含み、ふとダンテ達へと視線を向ける
ふと、表情が柔らかくなった様に見えた

「今朝マーリアが作った物だ、見た目はあれだが味は保証する」

勧められダンテがクッキーを手に取る
作ってから時間が経っている筈の其れは少し暖かい、恐らくは一度温め直したのだろう
警戒しつつもしっかりと安全そうなの前のクッキーを選んだダンテは一口で其れを食べた
確かに味は良い
もぐもぐと口を動かしながらもう一つ、と手を伸ばし不意に其の手を叩かれた
横に座るバージルの咎める様な眼差しと視線が合う

「案ずる事は無い、何も盛ってはいない」

くすりと声を出して笑う相手に視線をやる、一見すれば其の言葉すら信じ難いものなのだが
仮に毒が盛られていたとして、
一つの皿に盛られたクッキーからが毒入りを引き当てない様に取るのは不可能に近い
そして現に今、目の前の相手は一つ二つとクッキーを口にしているのだ
選ぶでも無く、食べる振りをするでも無い其れを見れば先程の言葉は信じても良いものなのだろう
暫しクッキーを睨んでいたバージルだったがとうとう折れ一つ手に取り口へと運ぶ
甘い、が確かに其れ以外の違和感は無かった

「で…悪魔に身の回りのお世話させてこんな処で何してるんだ?」

にっと、ダンテが口許を歪め問う
先程茶を運んだメイドも、此処へ招いた執事も皆人間の気配を感じなかった
紅茶を口にすると眼が合う、カップで口許が隠れて居るのに其処には己と同じ様に笑う口許が見える様で
再び静寂が三人を包む
伏せられたの瞳が微かに震えるのをダンテとバージルは見逃さなかった

「二人が考える通りだ」

魔界への扉を開く
言葉にせずとも、開かれた其の鈍く霞んだ瞳が全てを語っていた

「協賛を得るつもりはない、無理矢理にでも実行するのみだ」

手に持っていた不格好な其れを口へと含めばはゆるりと立ち上がる
其の視線は既に二人には向けられず、唯じっと闇に沈む外を見つめ
少しの間黙りこみはっと笑いを漏らしダンテが立ち上がる
カチャカチャと音を立てリベリオンで軽く肩を叩く

「テメンニグルはもう崩れちまったってのにか?」

巨大な塔、テメンニグル
彼の事件の後、其の塔は跡形も無く崩れ落ちた
其れは終わりを意味するものとダンテもバージルも思っていた、無論今も
相手の言葉にもは口元の笑みを崩さず、中庭へと続く大きなガラスの扉の前へと立った
月光を浴びた華奢な身体は逆光でぼんやりと輪郭だけを浮かべている
ゆっくりと振り向く其の面持ちは至福に満ちており

「塔など必要無い、此の屋敷の底が魔界への扉だ」

其の言葉が投げ掛けられると同時、の背後のガラスが勢い良く割れる
二人は部屋へと悪魔が数体飛び込んで来たと理解するや否や獲物を手にする
暗い部屋に不気味に光る紅い眼光がゆらゆらと己等を捉え離さない
ガッと、床を蹴り上げ双子と悪魔が月明かりに蹂躙する
danceの様な其れを見詰めていたは同じく強く地を蹴り付け、
悪魔と相手をしているダンテに素早く接近しすっと首に掛けられたアミュレットへ触れる
ダンテが気付いた時には既に遅く、胸元に寄せられた手は思い切り後ろへ引かれ、
鎖を引き千切りアミュレットはの手中に納められていた

「ちっ…てめ!」

伸ばされたダンテの手を容易く躱せば今度はバージルへと駆け寄り同じ様にアミュレットを奪う
とんと軽やかにソファの背凭れへ飛び乗り僅か下に在る二つの蒼を見据える
沸々と湧きあがる悪魔を灰へと帰しながら、バージルはキッとを睨み返す
上から見下ろすの瞳は、紫色を通り過ぎ血色の様で
ちろりと其の眼球が動く
上で待つと、そう言いたげに天を仰いだ

「OK. I go to it to meet you as requested.」
(望み通り迎えに行ってやろう)

が片手を上げれば己と同じ程の大きさの鴉の姿を模した悪魔が降り立ち其の腕を掴み外へと飛び出す
襲い来る悪魔を斬り伏せながら二人もまた庭へと飛び出し上を見上げる
地面にはどす黒い何かが蠢き、其れとは対照的に空は驚く程澄んでいた


















黄昏色に染まるスラムの一角で、一人のデビルハンターは小さな悪魔に心を奪われた
黒くて白い、儚げで憂いの帯びた其の悪魔は、誰よりも人間らしく見えた
そして同時、人間の愚かさや傲慢さに気が付いてしまう
汚い、キタナイ、きたない
穢れ無き其の悪魔を護り抜くと、血色に染まった己の手を力強く握り締める

其の時から、歯車は狂い始めていたのかも知れない





開演の鐘が 鳴り響く










09.2.26