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「海が時化てきやがった…おい、野郎共!さっさと目的の場所迄行っちまうぞ!」
おおぉ!と言う男達の野太い声を聞きながら其の人、長曾我部元親は空を見上げる
雲行きの怪しい其れに眉を顰めつつ手に握る文を豪快に広げた
其処には手短に礼の言葉と是非城へとだけ在り、
あいつらしいと胸中呟けば荒れ出す海をキッと睨み付ける
向かうは奥州、米沢城---
だだっ広い部屋の中、政宗は山積みになった文書に向かい頭痛に堪えて居た
無論堪えて居るだけでは何も解決しないのでのらりくらりと筆を走らせる
朝餉後から続く其れは未だ終りを見せず時間が経つに連れ頭痛は激しさを増す
時折唸り声を上げる主に初め小十郎は何時もの仮病だと無理矢理仕事を押し付けた
だが昼を過ぎても唸り声を上げる政宗に段々と良心が痛み、
机上にあった文書が半分になった頃一刻の休憩を許可したのだった
「おいおい、あれだけ頑張ったのにたったの一刻かよ?」
「一刻でも多い位です…大体、こうなった原因は政宗様に、」
「Stop. 小十郎、は何処だ」
話を逸らされ僅かに眉根を寄せるが相手の問いに小十郎は開け放たれた襖の外を見る
確か朝畑で話している時、午後からは庭先で鍛練すると言って居たなと思い出す
其れを言うや否や政宗は勢い良く立ち上がり廊へと飛び出した
突然の事に暫し硬直していたがはと我に返り慌てて後を追う、
先まで痛がっていたのが嘘の様な俊敏な動きの相手に騙されたと小十郎は額を抑えた
一方のは独り庭の一角で刀を振るって居た
半刻前迄はと打ち合って居たのだが、何時もの様に仕事を理由に置いて行かれたのだ
仕方無しと一人で続けるもどうも先程から城門付近が騒がしい
初めは気にせずに居たのだが騒ぎは一向に止まず、刀を鞘に納めれば城門前へと向かった
其処には人だかりが出来ており何が起こっているのか解らず、近くに居た足軽に何事かと問うた
聞けば大勢の海賊が押し寄せ門を開けろと騒いでいるのだと言う
「海賊ですか?」
「さっさと開けねぇか!独眼竜!!」
が口を開くと同時、門の外から物凄い怒声が飛んで来る
其の声に必死に門を押さえる門兵達がビクビクと肩を震わせた
そんな周りの様子に苦笑しつつふと、先程足軽から聞いた言葉が頭を過る
こんな場所に海賊が出るなんて可笑しい事此の上無い
若しかするととは門を押さえる兵に海賊達を通す様にと言う
の言葉に足軽達はどよめき暫し顔を見合わせて居たが相手は筆頭の弟君
首を横に振る事等出来ず恐る恐る固く閉じていた門を開いた
ゆっくりと開いて行く門の隙間から雪崩れ込む男達、と
先頭に居た銀髪隻眼の大柄な男が激しい剣幕で詰め寄って来た
「おいこら、テメェから呼んでおいて此れはねぇんじゃねーか!あぁ!?」
鼻先が触れ合う距離で怒鳴られれば耳がきんと鳴り思わずたじろぐ
其の様子に周りに居た足軽達が慌て刀や槍を構え相手方と対峙した
啀み合い刀の切っ先を向け合う皆は殺気を隠そうともせず
正に一触即発、だがそんな男達を余所には何時ものおっとりとした様子で声を掛ける
「其れは申し訳無い事を…兄から何も聞いて居りませんでした故」
「あ?兄だぁ?」
「皆、武器を降ろして下さい」
客人ですよと言うに皆大人しく獲物を下ろす
そんな己の言葉と様子に首を捻る元親には柔く笑みを向けた
と、其の笑顔を見た男は己が纏う兄と揃いの羽織よりも顔を真っ青にし数歩後ずさった
まるで見てはいけないものを見た様な反応には疑問符を飛ばす
良く良く見ると目の前の男だけでは無い、周りの者達も皆一様に顔を蒼くしている
体調が悪いのかと手を伸ばした其の時、男に触れる直前で己の手はぐいと引き戻された
「おいテメェ、気安くに話し掛けてんじゃねぇ!」
己を後ろから抱き締めながら低く唸る様な声が投げ掛けられ顔だけ其方を向ける、
案の定青筋を立て怒りを露にした兄の姿が其処に在った
を挟み睨みを利かせる二人に思わず溜息を漏らす、全く以てそっくりだと
ふと再び眼の前の男へ視線を向ける
銀の髪は風に靡き上半身は逞しい筋肉が惜しげも無く露にされ
藤色が好みなのだろうか、纏う物は殆どが同じ色合いで統一されている
そんな相手を見て居る内口論が終わったらしい、
抱きついて居た政宗がやっと離れると再び手首を掴まれ城の中へと進んで行く
無論後ろからは先の海賊達がぞろぞろと付いて来て居り、
奥州(ここ)の兵と彼方の海賊の似たような雰囲気にはくすりと笑みを漏らした
「では、元親様が此の義眼を譲って下さったのですね?」
「おぅ!政宗が寄越せって煩くてよぉ…」
大広間にて、政宗、小十郎、元親、、そしての五人は円を描き座っていた
元親の話によると義眼の件で礼をしたいと政宗に呼ばれ来たと言う
そんな話は聞いて居ないと言えば政宗は悪びれもせず「Sorry.」とだけ言った
客人を招くのに周りの者に言って居ない等あって良いのだろうか、
己だけならまだしも小十郎すら聞いて居ないと聞きは呆れて深く溜息を漏らす
と、じっと此方を見詰める視線に気付き元親へと顔を向ける
政宗とはまた違う鋭い眼差しと視線が絡む、
すると其の厳ついがたいに似合わずほんのりと頬を赤らめ顔を背けられた
再び頭上に疑問符を浮かべると顔を赤らめる二人以外の人間は何処か機嫌が悪そうになっていた
「しかし、頂いた此の義眼…兄上が御使いになられれば良かったのでは?」
「Ah? お前の為だから此の阿呆に頭下げて迄譲って貰ったんだぜ?」
「テメェ、今なんつった!?」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ元親をちらりと見る、青筋を立てては居るが本気で怒ってはいないようだ
政宗はああ言ったがやはり気になるものは気になる
否、気にしない方が難しいのではないだろうか
幼少より其の右眼の事で悩み苦しんで来た兄、其れを近くで見て来たのは紛れも無い自分であり
己の左眼は致し方無かった事だと理解しているし納得している
何より少しでも兄の役に立てたのなら其れだけでにとって本望なのだ
「Don't worry. お前に褒められた大切なモンだかなら」(気にすんな)
にっと笑う政宗に心が救われる
やはり兄には、皆には笑顔が一番似合っている
返事の代わりにともまた同じく微笑みを向けた
其の後暫し和やかな雰囲気で談笑を交えて居たのだが元親の一言で一瞬にして空気が凍る
勿論本人には悪気は一切無い、一切無いから余計に性質が悪いと小十郎は眉間に皺を寄せるた
「な、左眼見せてくれよ…ちゃんと合ってるか見ておきてぇんだ」
「…おいテメェ、自分が何言ってるか解ってんのか?」
どすの利いた声で政宗が唸るも元親は至って気にした様子も無く首を捻る
ブツリと何かが切れる音が聞こえた
同時、政宗は立ち上がり腰に差した刀を抜き元親へと切っ先を向ける
慌てて止めようとする小十郎とを振り払い元親の襟元をグイと掴み上げた
「テメェ、の気持ちも考えてっ…」
「兄上」
静かな、其れでいて圧する様な声で一言制止する
其の声に政宗は相手を掴む手をぱっと離しきまりが悪そうに頭を掻いた
未だ不服そうな顔をしているも再び腰を下ろす政宗を確認しがすっと立ち上がる
何処か張り詰めた空気の中元親の前へと行けばそろりと其の場に座り、
一度眼を瞑り左の眼を覆う眼帯を外せばゆっくりと瞼を上げる
虚空だった其処には右と同じ眼球が填め込まれていた
ごく自然な其れを見れば安堵した様に元親はニカッと微笑んだ
「色も大きさも問題ねぇな」
「はい、まるで元から此の眼だったかの様です」
「そう言って貰えるとこっちも嬉しいぜっ」
大口を開け笑う元親につられる様にも笑う、其の笑顔が何故か久々に思えて
政宗は周りに気付かれぬ様ぎりりと奥歯を噛み顔を背けた
誰よりも傍に在ったのは己なのに、笑顔一つ作る事が出来ないのかと
胸の奥が重く沈む様な感覚に深く息を吸い込んだ
と、そんな己を知ってか知らずか、元親がぐいと肩を抱き引き寄せて来た
暗い気持ちの時にこんな事をされれば政宗で無くとも癇に障るだろう
一発殴ってやろうかと腕を上げれば爽やかな笑顔と眼が合った
「けどよぉ、其れ取りに来た時の政宗ときたら傑作だったんだぜ?」
酷く慌てた様子で護衛は小十郎しか居らず、丁度港に在った元親の船へ乗り込んで来た政宗
慌て抑えに掛かる男達を蹴散らし己の元へ辿り着いた相手は脂汗を浮かべ、
今にも死にそうな顔をして義眼をくれとせがんで来た
突拍子も無い相手の言葉に唖然とする元親に控えていた小十郎がざっと説明してくれた
正直此の男の事は苦手だったが今回程居てくれて良かったと思う事は無いだろう
息を切らし方で息をする政宗を見る、其の顔に何時もの余裕は無い
こんなにも必死な政宗を見た事が無い、元親は勿論小十郎もだ
だが己は仮にも海賊であり、タダではやれないと言えば政宗は惜しむ事無く何でもやろうと言ってのけた
「余程愛されてんだな、は」
優しい笑みでそう言われればは僅か恥ずかしさに頬を赤らめ頷く
己の為に其処までしてくれていたとは知らなかったと、胸が温かくなる
そしてふと、兄の方に視線を向ける
眼が合えばカッと顔を赤に染め慌てた様にそっぽを向かれた
先迄の暗い気持はなんだったのか、
元親の言葉との其の反応だけでこんなにも浮かれる自分が嬉しい反面憎くさえ感じた
(嗚、やっと元の兄上に戻られた)
そう胸中呟くのは
己が義眼になってからと言うものの政宗はまるで腫れものに触るかの様に余所余所しかった
向けられる笑顔も言葉も全てが嘘偽りで、本当はずっと泣いて居るのではないだろうかとさえ思えた
だからきっかけは何であれ、兄が以前と同じに戻った事はにとって何よりも嬉しい事なのだ
互い想い合うが故擦れ違っていた等知る由もなく、
長く失って居た心地良い雰囲気がそっと辺りを包み込む
皆と言葉を交わしくすくすと笑うの前ですっくと立ち上がる元親に、
政宗以外の者が皆何事かと其方を見やる
相変わらず眩しい程の笑顔の儘己を見下ろす元親と眼が合った
「ま、何も問題ねぇなら良かったぜ…そろそろ御暇すっか」
「もう帰られるのですか?」
「おうっ、他行く予定もあるからな」
しゅんと肩を落とすを見れば僅か胸が痛むもふるりと首を横に振り、
触り心地の良い髪をくしゃりと撫でてやった
政宗が可愛がる理由も良く解ると、胸中呟けば思わず口許が緩む
此方を睨む視線も無視し其の場にしゃがめばと視線を合わせる
眼帯を外した儘の左眼は近くから見ても違和感は無く、がりがりと頭を掻き口を開く
「まだ其の義眼の御代を貰ってねぇんだがよぉ」
「何が御望みで?」
「ん…、」
ガタッと音を立て政宗が立ち上がる、眉間には小十郎にも負けぬ程深い皺がくっきりと刻まれており
一方言葉の意味を理解していないは首を傾げ必死に思案していた
そんな二人を交互に見ては元親がくっと喉奥で笑う
「が俺を呼び捨てで呼んでくれりゃ其れで充分だ」
「其れだけ、ですか?」
こくこくと頷く相手はまるで子供の様で、思わず笑みが零れてしまう
元親、と名を呼べばぐっと親指を立て此方に手を突き出した
其の後ろでは再び政宗が刀を抜き小十郎とが必死に抑えて居るのだがは気付きもせず、
眼の前の男と共に楽しげに微笑んでいた
ドタバタと慌ただしく此処へやって来た元親は帰りもまた同じ様に嵐の様に去って行った
無論言葉通り何も受け取らず、に名を呼ばせ満足した様子で
元親の船を見送りつつ政宗はふと先の言葉を思い出す
厄介な奴に逢わせてしまったと、頭痛を訴える頭を押さえを見る
「しかしまぁ…眼帯が逆なのに気付かねぇなんて間抜けな野郎だ」
「確かに、面白い御方です」
馬鹿にしたつもりで言った政宗はの言葉にぎょっとする
あれだけ短い時間だったにも関わらず元親を嘆美する相手にズキリと胸が痛む
そして同時、何時か宣言通りを攫いに来るであろう西海の鬼を思い浮かべ、
政宗は己の城の強化を固く胸に誓うのだった
後日-----
「政宗様、此の経費は何ですか」
「Ah? 何って城の改装費だろ」
莫大な額の書き綴られた帳簿を持ち詰め寄る小十郎の手は小刻みに震えている
一方の政宗はお構い無しとばかりに再びとの読書に戻ろうとする、が
小十郎の大きな手が政宗の着流しの首元を掴みずるずると引っ張り、
ぎゃんぎゃんと吠える相手も余所にへ頭を下げれば部屋を後にする
そんな二人を見送りは不思議そうに、だが微笑ましく笑みを漏らした
無論、本人は政宗が己の身を案じている等露も知らないのだが
09.1.24
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