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※夢を読むにあたっての注意※
政宗の弟設定(男主人公)です
二話目迄は史実通り竺丸、小次郎の名前で話が進みます
CPでは無く兄弟愛な内容になっておりますのでご注意下さい
勿論ですが史実と掛け離れた内容になっております
其れでも大丈夫な方は下へどうぞ!
凛と咲き誇る華の様な、そんな兄を心より尊敬し、敬愛していた
例え兄からの愛を受けれずとも、兄の傍に在れるだけで幸せだった
何時か兄上の天下の為御役に立てればと
今は小さく頼りない掌を力一杯握り締めた
てん…てん…と
小さな手が鞠を拍子良く突いているとついと手が滑り
部屋の中から一本の長い渡り廊下の真ん中へ淡い色合いの手鞠がころころと転がり、
小さな足にぶつかると漸く転がるのを止める
其れを追う様にパタパタと足音が響き襖の影から一人の少年が廊に出て来る
はたと眼が合う
片方は澄み切った、僅かに色素の薄い双眼
もう片方は同じく色素の薄い、何処か憂いを滲ませた隻眼
じっと見詰め合う其の時は余りにも長く感じ、
手鞠を拾い上げた少年---梵天丸は眼の前の少年にグイと其れを差し出した
「あにうえ、ありがとうございますっ」
にっこりと、春風の様な暖かな笑顔を向けられ梵天丸は息を飲む
自分には向けられる事の無い其の微笑みが余りにも美しくて
だがふと、相手は全ての人間に愛されている事を思い出す
屋敷の者も殆んどが此の愛らしい弟を愛でている
どす黒い感情が小さな胸を覆い、梵天丸はきつく唇を噛み締めた
愛する実弟に嫉妬する自身が憎く思い大きな瞳をそっと伏せた
悪いのは母だと言うのに
思うも幼い梵天丸には其の感情をどうする事も出来ず
兎にも角にも、傍に在っては母に叱られると、
手鞠を受け取った相手を確認しわざと突き放す様に声を掛ける
「…竺丸、早く彼方に…」
「竺丸、何をしているのです」
柔らかな声が、まるで梵天丸の存在を否定する様に其の声を遮った
意と反しびくりと身体が震えるのに気付き、ぎゅうと己の服を握る
背後より歩み寄る母、義姫がゆったりとした足取りで竺丸の元に近付く
膝を折り、そっと其の髪を撫でる其の姿は優しい母親其の物で
二人の様子を見て居た梵天丸は慌てて其の場を去ろうとする
が、擦れ違い様義姫の手が梵天丸の小さな腕を掴み、にっこりと此方に微笑みを向ける
そして其の儘耳元に唇を寄せ、竺丸に聞こえぬ程小さな声で囁いた
『竺丸に近付くなと、あれ程申したであろう…?』
低い声が脳に直接響く
地を這う様な、奥底から湧き上がる殺意に満ちた其れは幼い己には余りにも大き過ぎて
逃げる様に其の場を後にすれば途中誰かに声を掛けられるも返事もせず部屋に戻る
未だに寒気が襲い敷かれた儘の布団へ潜り込む
何時しか誰にも心を塞ぎ、暗い部屋の中独り一日を過ごす事が増えて行った
ある日を境に梵天丸は今まで以上に自室へ籠る様になり、
其れに伴い梵天丸の他人への横暴な態度は日を増すに連れ惨憺さを増して行った
だが己の弟、竺丸だけは何時でも心からの笑顔を向けてくれていた
共に在れる時間は限りなく短くとも、梵天丸にとって其の優しさが堪らなく嬉しかった
こっそりと庭に有る岩陰に隠れながら二人で菓子を食べたり、
竺丸の手鞠を突いて遊んだり、難しい本を竺丸へ必死に読んでやったりと
兄弟らしい事をすればする程に胸の傷が痛み悲鳴を上げる
其れでも梵天丸は竺丸と過ごす時を何より愛しく思っていた
(そろそろ…)
毎日決まった時間に梵天丸の部屋へ来る為、梵天丸も其の時を楽しみに待つようになっていた
今日は南蛮から取り寄せた本を一緒に読む約束をしている
襖の向こうを誰かが通る度小次郎ではと顔を上げ、過ぎて行く足音にしゅんと俯いた
唯待って居ては時間が勿体無いと本をぺらぺら捲っていく
分厚い本だ、半分も行かない内に来るだろうとじっと其れを見て居た
だが、どれだけ待っても竺丸が来る気配は無い
屋敷からは簡単に出られない為外へ出たとは考えられない
それに二人で考え決めた時間だ、忘れて居る筈も無い
若しかすると此処に訪れて居る事を悟られ母に何か言われたのかも知れない
どくりと胸が高鳴る
思い浮かべた弟の柔らかな笑顔は霞み行き、冷たく己を見据える母の顔が浮かび上がり
右眼がじくじくと疼き喉が枯れる
瞬間、襖の向こうより声が掛かり梵天丸は弾かれた様に其方を見る
「梵天丸様、義姫様より文を預かって参りました」
失礼します、と言う言葉と共に小十郎が部屋の中へと入って来る
手に握られるのは真っ白な文で、そっと其れを差し出す
梵天丸は無言の儘文を受け取り中を見る、其処には確かに母---義姫の字が在り
連なる文字に、まるで果て無い闇に堕ちる様な感覚に陥った
義姫からの文を受け取って以来、梵天丸と竺丸は顔を合わせる事無く歳月が流れた
あの日受け取った文には唯一言政宗に対する拒絶の言葉が書かれており、
何も言い返す事が出来ぬ儘無情にも時だけが過ぎ
既に二人は元服を終え、『政宗』と『小次郎』の名を掲げていた
だが偶然か必然か、互い其の姿を遠くから見掛ける事は有れど、
声を掛ける事は疎か近くで顔を見る事すら叶わず
互いに其の名で呼び合う事は一度足りとも無い儘で居た
「…雪、か」
ちらほらと雪が降る中庭に下りた政宗は何をするでも無く鉛色の空を見上げた
零れる吐息は白く濁り、僅か空を漂えば跡形も無く消え
ふと、視界に映る人影に政宗の虚ろな隻眼が大きく見開かれる
考えるよりも先に身体が動き荒々しく彼の人の傍へと駆け寄った
「竺、丸…?」
今は『小次郎』と言う事も忘れ必死に震える声を絞り出す
眼の前に居る青年は一度肩を揺らし、一呼吸置きゆっくりと振り返る
其の動作に母が重なり政宗は微かに表情を顰めた
ズキリと痛みを訴える右眼を一撫でし、何年ぶりかに見る弟の顔をじっと見詰める
其処に立つ男は己と瓜二つの姿だった
少し褐色掛かった髪は傍より少し長く、鋭い瞳は僅かに吊り上がり、
其の右眼には政宗と同じ眼帯が付けられていた
(そんな…まさか…っ)
心臓が跳ね上がると同時、勢いに任せ小次郎の眼帯を引く
ぷつりと言うか細い音と共に眼帯の紐が千切れ、覆われていた右の眼が露になる
しかし其処には、政宗の畏怖に反し右と同じ鳶色の瞳がじっと此方を見詰めていた
政宗は暫し呆然として居たが途端身体から力が抜けぺたりと地面にへたり込む
そんな政宗に今度は小次郎が慌て、膝を折れば相手の身を起してやる
僅かとは言え雪が積もり始めた庭に座り込んで居ては身体を冷やすと、
有無を言わさずズルズルと其の身を引き摺って縁側に座らせた
未だ唖然とした様子の政宗の前に膝を付ければ、懐から手拭いを取り出し服に付いた雪を払う
「兄上、御風邪を召されます」
困った様に破顔しつつ雪を払えば突然政宗に手首を掴まれ、小次郎は微かに身を揺らす
見上げる様に視線を向ければ其処には涙で滲む隻眼がじっと此方を見詰めて居た
己と同じ病に掛かったのかと勘違いした政宗は人目も気にせず強く小次郎の身体を抱き締めた
触れ合う温もりと心地良い鼓動に、堪えて居た涙が頬に一筋の線を描く
「竺丸…良かった、良かった…!」
いい年をした男が何を泣いて居るのかと、笑われるだろうと考えるも涙は一向に止まらず
半刻近く抱き合った儘居たがやっと落ち着いたらしい、
政宗が怖ず怖ずと身体を離せば小さく笑みを零す小次郎と眼が合う
どうやら可笑しくて笑って居るのでは無いらしく、其の笑みからは喜悦すら窺える
ばつが悪そうに視線を泳がせる政宗の手を柔く握れば小次郎は両眼を細めた
「兄上…久方振りに御座います」
あれから数刻、政宗と小次郎は互い他愛ない話に花を咲かせていた
にこりと、幼き頃と露程も変わらぬ優しげな笑みを見れば政宗は今度こそ安堵した
ふと、政宗の視線が小次郎の右眼に行き思い出したかの様に口を開く
「そう言えば、何で眼帯なんてしてたんだ?」
何時でもにこにこしている小次郎の顔にふっと影が差す
ほんの、本当にほんの刹那の其れも政宗は見落とさず
緩めて居た表情を微かに強張らせ真っ直ぐな眼差しで相手を見詰める
既に笑顔に戻っては居るが、明らかに先程迄とは違う雰囲気に政宗はわざとらしく溜息を吐いた
ぴくと肩が震え作られた笑顔が段々と歪んで行く
一方政宗は初めて見るやも知れない弟の表情に酷く胸を締め付けられていた
何処で擦れ違おうと、誰と話して居ようと、小次郎がこんな顔をしていた事は一度も無かった
確かに己はずっと小次郎の傍に居た訳では無い
其れでも確信出来た、相手はこんなにも追い詰められて居るのだと
何も言わず唇を一文字に噤む小次郎に政宗は耐え兼ね肩を掴む
「っ……」
己よりも遥かに華奢な身体に焦り、慌て掴む力を緩めてやる
一つしか年の変わらない弟の身体をまじまじと見ながらふと小十郎の話を思い出す
母、義姫は小次郎を寵愛し、取り巻く家臣や女中共々蝶よ花よと大層愛でて育てて来たと言う
故に刀は疎か懐刀すらまともに握った事が無いらしい
そして思う、義姫は己が一心に武芸を身に付けるのが酷く気に食わないのだろうと
せめて愛する小次郎だけは己の様に醜くなるな、と
皮肉を込め、義姫の思うが儘に育てられて来たであろう相手に心苦しくなった
「…あの眼帯は、母上に頂きました」
躊躇いがちにそう漏らす小次郎の表情は先程より大分落ち着いて居り、
視線が合えば微か口許を緩め微笑んだ
続く言葉に眉を顰めつつも政宗は大人しく相手の話を聞く
顔を合わせ無くなったあの日より、小次郎が離れようとすると涙を流す様になった母の事
周りに居た家臣はまるで己を監視するかの様に常に傍に在り、
以前にも増して敬虔な態度で接せられる様になった事
そして何より、母により政宗と瓜二つの姿にされ育てられた事
「何で、わざわざそんな事を…俺を嫌ってたんじゃ無かったのかよ?」
政宗の言葉に小次郎は静かに首を横に振った
誰よりも傍に在った小次郎には解っていた、母が何よりも兄を愛していた事を
しかし病の事も有り、また其の優しい性格が母の不安を一層掻き立てた
いっその事此の儘大人しく生涯を送れば良い
そうすれば傷付く事も無く悲しむ事も無いと、そう考えて居た
だが政宗は、そんな義姫の意に反し黙々と武芸を研鑽した
いずれ伊達家の統領となる為に
「母上は兄上が大好きなのです、
唯少し…愛し方が解らなくなってしまっただけなのです」
何処か困ったように微笑みながら、まるで己自身に言い聞かせる様にそう呟く
前を見据える其の横顔を目の前に政宗は何と声を掛けて良いか解らず、
唯同じ様に真っ直ぐ前を見詰めた
空は何時の間にか茜色に染まり始め、城の中が段々と騒がしくなって来た
恐らくは小次郎を探し回っているのだろう
政宗はゆっくりと立ち上がり小次郎へ声を掛けずに其の場を去ろうとする、が
裾を掴まれついと軽く引き戻され、何事かと身体を相手に向ける
其処には何時もの笑顔をした小次郎が在った
「兄上、小次郎は何時だって兄上の味方です」
「…嗚」
「兄上の目指す天下の為、此の小次郎にも何か御手伝いさせて下さい」
縁側にて深く深く頭を下げる弟の姿に政宗は暫し黙りこみ、
ふっと口元を緩ませれば己と同じ色をした頭にぽんと手を乗せた
己はこんなにも慕われる様な事をしてやっただろうか、と
考え掛けてはふるりと首を振り再び相手に視線を戻す
「勿論だ、其の時はしっかり此の竜の背中を守ってくれよ?」
ニッ、と余裕のある笑みで其れだけ言い、政宗は今度こそ振り返らず其の場を去った
兄の背を見送れば背後から音も無く歩み寄る人物に気付きそっと振り返る
其処には己の母、義姫が満面の笑みで兄の後ろ姿を見詰めて居た
くつくつと咽の奥で笑う母に気付き首を傾げる
「母上、如何なされましたか?」
にっこりと笑顔で問えば義姫は機嫌良くころころと笑いを漏らした
着物の裾で口許を隠しながら尚も見据える先には遠ざかり小さくなった政宗の姿
「流石は私の小次郎…良く“あの男”に取り入りましたね?」
「“あの男”だなんてあんまりですよ母上、
政宗様は小次郎の“兄上”なのですから…」
柔らかな笑顔で言えば再び義姫は満足そうに笑った
後ろに控えて居た家臣達も姿を現し不敵に笑みを漏らし、政宗の去った庭先に視線をやる
まさか、こんな屈託の無い笑顔を向ける実弟が己を恨んでるとは
いくらあの政宗と言えど気付きはしないだろうと、
優しげな笑顔の儘深く義姫に頭を下げ小次郎は部屋の奥へと入って行く
手に握られた眼帯をキッと睨めば千切れた紐を無理矢理縛り己の右目に宛がった
そして弧を描く唇を真一文字に結び凍てつく様な眼差しになる、母の望む『政宗』になる為に
「信じた者に裏切られる絶望…たっぷりと味わいなさい、政宗」
未だ雪の降る庭先を見詰めながら小さく義姫が呟いた
小次郎と同じ優しげな瞳の奥に、どす黒い炎を宿し
09.1.10
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