|
ずらりと並べられた食事をは黙々と口へと運んでいた
向かいには政宗、其の左隣には小十郎が同じ様に座って居る
因みに政宗の頬には真っ赤な手形が付いている、数日前からずっとだ
静かに食事を続けるの顔をちらちらと盗み見ながら政宗は銜えていた箸を置く
其れに倣う様に小十郎もそっと己の箸を置いた
「Ah... 、」
「何だ」
「…まだ怒ってんのか?」
伏せ眼がちに食事を続けて居たは勢い良く顔を上げギロリと政宗を睨み付けた
そんな相手の迫力に負け政宗と何故か隣に居た小十郎まで肩を震わせる
こんなにもが怒るのは珍しい事、なのだが無論“此方”の人間はそんな事等露知らず
そもそもの原因は此処奥州へ来た時の政宗の(恐らく)何気ない一言だった
『テメェら!今日からこいつは俺のモンだ、手ぇ出したらどうなるか解ってんだろうな!?』
おおぉ!と言う男達の歓声を遮る様にの張り手が政宗の左頬に炸裂した
しん、と部屋は静まり返る、普通の人間なら居た堪れない程の張り詰めた空気
だがそんな事お構い無しとは眉間に皺を作り政宗の前に仁王立ちした
『私は主のものでしかない、勝手な事を言うな!』
其れだけ吐き捨てれば音も無く其の場から掻き消える
一方の政宗は殴られた勢いの余り姿勢を崩し横座りになり、赤くなった頬を押さえていた
何とも乙女な図、等と考える間も無くばっと立ち上がり、
備えて置いた刀を掴めば逃げる様に広間から走り去って行った
周りの男達は怒ってを斬りに行ったと騒いでいたが小十郎には解って居た、
唯単に悔しさと恥ずかしさで逃げ出したのだと
其れから数日、は与えられた部屋で一人食事をし政宗の前に姿を見せなかった
そして今日やっとの事で共に朝餉を取る迄に至ったのだ
未だに感じる殺人的な視線に政宗はぐっと唇を噛み締める、と
ふうと大きな溜息が聞こえ政宗と小十郎はそっと顔を上げる
其処には数日前と同じ、苦笑を浮かべたが優しい眼差しで此方を見詰めて居た
「あぁ言うのが一番とは解って居たのだが、つい…すまなかった」
膳を脇に寄せ深く頭を下げるに小十郎が慌てて頭を上げる様に言う
其れでも頭を上げぬ相手に政宗は静かに立ち上がりそっと近付く
の隣へと膝を付けば白い肩に触れ身体を上向かせる、視線が絡めば鼓動が高まった
ゆっくりと、政宗の顔が近付いて行き鼻先が触れそうな距離になった、其の時
「独眼竜!竜の宝玉、頂きに来たぜぇ!!」
甘い雰囲気を打ち壊したのは西海の鬼---長曾我部元親だった
襖が壊れるのでは無いかと言う程の勢いで開けられ仁王立ちする元親に、
政宗はチッと舌打ちを、小十郎は腰の刀へと手を伸ばす
一人取り残されたが眼を丸くしじっと相手を見詰めると其れに気付いた元親が此方に近付いて来た
眼の前にしゃがみ目線を合わせ、数秒視線を合わせた後にっと口許を吊り上げる
変わった奴だと胸中呟きつつ綺麗な銀髪にそろりと手を伸ばす
一見硬そうな髪が白く細い指に絡めばさらりとした感触がし、
ふわふわの銀髪には思わず夢中になる
まるで小動物の柔らかい毛の様な其れを優しく撫でたり柔く梳いたりを繰り返す
元より動物好きで、特に小動物の好きなには堪らないらしく
耐え切れず膝立ちになり眼の前にある元親の頭を抱き締めた
「ななな、何しやがるっ…!?」
「おいこら元親!テメェ調子に乗るな!」
「ちょ、俺は何もしてねぇ!!」
ぎゃんぎゃん騒ぎ立てる相手もお構い無しには柔らかな髪に顔を埋める
僅か潮の香りが鼻を擽りうっとりと瞳を伏せた
がまだ豊臣に仕えたばかりの頃、秀吉達と海へ行った事を思い出す
あの頃はまだ三成とも仲が悪くよくいがみ合って居た、
そんな二人をねねは心配げに見つめ秀吉は楽しげに笑って居た
ふと三成はどうしているかと頭を過る
あんな性格だ、また周りに敵等作っては居ないだろうか、
しっかり者の左近が来てからは大分落ち着いて居たがやはり心配なものは心配だ
「〜〜〜おいっ、離しやがれ!」
に抱き締められた儘元親が怒鳴る
羞恥からでは無く傍に居る政宗の鋭い視線が余りにも痛いからだ
また目の前には殆んど隠しもせず露にされた双の膨らみが在り、意識するなと言う方が無理な話で
動けば動く程触れる肌と肌の面積が増え暖かく柔らかな感触が顔に当たる
何時鼻血が出ても可笑しくない、そんな時元親の首根っこがグイと引かれ身体が離された
名残惜しい様なほっとした様な元親だったが眼に入った男の形相に、
今迄真っ赤だった顔が一瞬で蒼褪めた
「おい元親よぉ、ちょっくら表出ろや」
「待て…落ち着け政宗、あれはどう考えたってっ」
詰め寄る政宗から逃れようと軸を返した元親の肩にポンと筋張った手が乗せられる
小十郎なら或いはと、淡い期待を裏切る様に彼の人、小十郎はにっこりと笑みを向けた
其の瞳は正に獲物を睨む獣のもので
がたいの良い元親だが意図も容易く二人によって庭へと引き摺り出されたのだった
と言えば男達の事等気付きもせず主達と共に行った海での思い出に浸って居た
「で、アンタは“秀吉さん”の忍…って事か」
額に大きな瘤を作った元親は巨躯を小さく縮ませ正座をしながら達の前に座り呟いた
散々思い出に耽って居たがふと我に返り、
男達の姿が無い事に気付き庭を見ると其処には二人に嬲り殺されそうになる元親の姿が在った
慌てて止めに入った処何故か元親に逆切れされ
さらりと其れを流してはそう言えばと自己紹介を交わし今に至る
ガシガシと頭を掻き未だ信じられないとばかりに表情曇らせる元親だが、
どうやらの事に対しては受け入れてくれた様で
話の最中も気になる事があればちょくちょく口を挟み質問して来た
「まぁ、今現在目の前に居るのは確かにお前なんだ…疑う訳にもいかねぇ」
「そう言って貰えると助かる」
ふっと笑みを浮かべるの横顔に元親の不機嫌顔がふと間の抜けたものに変わる
今迄野郎に囲まれて来た事も相俟ってか、
目の前に居る女に対してもどかしい様な愛くるしい様な不思議な感覚が湧き上がる
あの細い指先で己の髪に触れられた時、不快感等無く心地良さで一杯だった
トクンと、心臓の音が聞こえた気がする
「…な、元親は紫色(ししょく)が好きなのか?」
「んぁ?…おう、良い色だからな…変か?」
「否、私も好きな色なんだ」
はにこりと微笑み立ち上がればほらと腰布を摘まんで見せる
元より肌を露出した姿なのに腿の付け根ギリギリまで持ち上げられ元親は盛大に噴出した
無論同じ部屋には政宗と小十郎が居り
ニヤニヤとの腿を眺める政宗に溜息を吐きつつ小十郎はぐいと腰布を元に戻した
あからさまに詰まらなさそうな顔をする政宗を余所に相手の小さな背を押してやる
「、夕餉前に風呂でも行ってこい」
「其れが良い、こいつに触って変なvirusが付いちまったかも知れねぇ」(黴菌)
「…良く解らねぇが無性に腹が立つ…」
小十郎に促される儘が部屋を出れば騒がしかった其処はしんと静まり返る
じろりと、政宗が元親の顔を見ればニッと口許を歪めの出て行った襖を見詰めて居り
嫌な予感がするものの口には出さず、政宗は一つ溜息を漏らした
風呂場にて一人、はぼんやりと湯に浸かって居た
奥州に来てから何度か入った此処は露天風呂になっており、
心地良い風を受けながら湯浴みが出来るのお気に入りの場所でもある
薄い布を身体に巻いただけの為少し肌寒い
本来湯帷子を纏い入るものなのだがどうも好かないと、はいつも此の格好で入っていた
ふと、風呂場への扉が開く音が聞こえ顔を上げる
湯気が立ち込めて居いる為誰が入って来たのか解らない
チャキと、湯船の脇に置いておいた苦無を握りギリギリ迄後ろへと後ずさる
其の間にもずかずかと進む足音は水音を立て湯船へ入り、尚も此方へと向かって来て
と、薄らと見える人影に眼を凝らせば眼の前の人物にはほっと溜息を漏らした
「…元親…?」
「あ?…、お前なんで此処に!?」
相手も予想していなかったのか驚き思わず数歩後ずさり己の胸を押さえる
湯気で視界がはっきりしないが、相手の腰にも布が巻かれており安堵した
ふと慌てて出て行こうとする元親に気付き制止しようと手を伸ばすが僅か届かず、
ざばざばと湯を蹴り湯船から上がる相手を追いも湯から出る
が、濡れた岩場に足を取られ態勢を崩してしまい
其れに気付いた元親が支えようとするも突然の事に二人一緒に其の場へ転んでしまった
「ぃっ、てぇ…」
を庇いながら倒れた元親は思い切り肘を付いてしまい痛みに小さく唸った
きつく閉じていた瞳を開けば眼の前にはの整った顔が在り
相手もまた痛みに眉を顰め、薄らと開いた瞳には涙が浮かんでいた
押し倒す形の儘固まってしまった元親にもまた黙り込んでしまう
布があるとは言え触れ合う肌の熱さは隠す事が出来ず、高鳴る鼓動は広く静かな此の場に響く程で
が落ち着く為一度深呼吸し退けてくれと口を開き掛けた其の時
太腿に当たる其れに気付き珍しくビクと身を揺らし驚いた
「…き、…」
「き?って何言って、」
蒼白の面持ちで口をパクつかせる相手に眉を寄せ元親は顔を覗き込む
だがの焦点は定まっておらず身体が小刻みに震えて居り
何処か打ったかと慌て抱き起そうとした時、右頬に鈍い痛みが襲い其の儘後ろに吹っ飛んだ
「きゃあああぁあぁぁ!!?」
叫ぶのと殴るのが逆ではないか、等今の元親には考える余裕も無く
飛ばされた身体は湯船に落ち豪快な音を立て湯が飛沫を上げた
其れと粗同時、バタバタと言う音と共に政宗と小十郎が何事かと現れ、
顔を真っ赤にし涙を浮かべるを見た二人は湯船で尻餅を付いた元親にすらりと刀を抜いた
「上等…余程死にてぇらしいな!」
「死ぬ覚悟は出来てるんだろうな…」
「ちょ、俺の話を聞けっ!」
問答無用とばかりに勢い良く駈け出す二人と其の刀を躱す元親を、
此の騒動の原因であるは遠くから半ば意識を飛ばし眺めて居た
(当たった…何か得体の知れないモノが太腿に当たった…)
先程押し倒され(た形になった)時触れた其れを思い出し顔が熱くなる
忍たる者何事にも平静で無くてはならない
男を知らなくともが男の身体を見た事が無い訳でも無く、免疫が無い訳でも無い
唯、元親の様な身体を見た事が無かったしまさかアレに触れた事等有りはしない
有ったら有ったで自分自身どうかと思う
故に思考が停止し思わず大声を上げてしまったのだ
暫しぐるぐるとそんな事を考えた後、湯船が深紅に染まる前にと刀を振り回す二人に制止を掛けたのだった
現在、小十郎が居るのはへ与えたられた米沢城の一室
特別広い訳でも狭い訳でも無く大人五、六人が入って丁度と言った広さだ
初めはもっと広い部屋を用意したのだがが落ち着かないと言い此の部屋に落ち着いた
其の部屋で小十郎は姿勢を正し相手の前に座って居る
否、唯座って居る訳では無く時折深々と頭を下げては必死に謝罪を繰り返しているのだが
「本当に申し訳無い…政宗様も反省していらっしゃる」
「…小十郎は悪くない、だから頭を上げてくれ…」
先程の風呂場での騒動の後、元親へと散々天誅を下した政宗は座り込むに手を伸ばした
大丈夫かと声を掛けながら労わる様にそっと、優しく起こされる
其処迄ならば政宗に惚れても可笑しくないのだが何かと余計な事をする彼の人だ、
腰に回した手が厭らしく身体を撫で冷静さを取り戻したの怒りを買うのは必然で
更に此の風呂を己の独断で混浴に変えたと、
すっかり忘れて居たと笑いながら言う政宗の耳にはぶつりと言う音は届かず
痣の無い右の頬も真っ赤にしてやりは其の場から掻き消えた
そして夕餉、先日と同じ様に一人食事を取る相手に小十郎が謝罪に来たのだった
「ああいった事をする事は解っている、一人で食事するのも今日だけだ」
「…なら良かった、また独りで食事だなんてなれば政宗様が哀しむ」
「小十郎も居るし、今は元親だって居るではないか」
ははは、と笑う小十郎にはむぅと頬を膨らませ箸を止める
出逢ってまだまだ日が浅いから気付かないのかも知れない、
政宗が誰彼構わずああいった行動を取る訳ではないのだが
今暫くは此の儘様子を見て居ようと思うと同時、何故だか胸が靄ついて感じ
彼---片倉小十郎が、其れがに対する気持ち故と気付くのも又後の話になる
「しっかし、此処に来て初めて可愛らしい声聞いたなぁ…」
其の頃二人と言えば仲良く中庭に面した縁側に腰を下ろして居た
二人の間には盆に乗せられた酒が置かれており、互い酌をしながら酒を煽る
政宗は両の頬を、元親は右の頬を赤くして
「まじか!?…はぁ、完全に嫌われただろうな…」
「当たり前だろ、諦めな」
「こうなったら無理矢理にでも娶って…」
先程までの穏やかな宵は二人の我鳴り声で儚くも呆気無く壊される事になる
翌朝、額に青筋を立てたが二人の首根っこを掴み未だ冷たい庭池に落としたのは言う迄も無い
そして元親が暫くの間奥州に滞在する事となり、嬉しい反面不安が隠しきれないだった
(一度手にすると決めたモノは何があっても手に入れる、其れが海賊の流儀ってもんよ!)
09.1.27
|