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「…んで、あいつは何処行ったんだよ、小十郎」
「此の小十郎に聞かれましても…」
「チッ、まさか迷子だなんて言わねぇだろうなぁ、…!」
政宗と小十郎、そしての三人は会話も程々に馬を走らせて居た
移り行く景色を見ながら先程迄の遣り取りを思い出す
政宗と幸村が散々言い争った結果は政宗と共に奥州へ向かう事となったのだ
其の時の二人と言えばまるでおもちゃを取り合う子供の様で
幸村は顔を赤くし悔しがっていたが致し方あるまい、
なんせ幸村の主は信玄で其の人の許可が無ければを置く事が出来ないのだ
無論あの信玄が断る等思えなかったが好機とばかりに政宗は其処を責め抜いた
幸村のしょんぼりとした様子は今思い返しても笑いが込み上げ、
くっと喉奥で笑いを漏らすだったがふと顔を上げる
微々たるものだが辺りが騒がしく、鳥の羽音が聞こえた
「まさか、あんな幼子迄もが…」
雪の降り頻る其処に一つの影は在った
否、正確には誘われて来たと言うべきだろうか
馬を駆っていたは飛び立つ鳥達を追い此処、北の国境までやって来た
捨て置く事も出来たが何故か無性に胸がざわめくのを感じたのだ
しかし政宗達と離れて既に三日経つ、流石ににも罪悪感が芽生え始めていた
そんな事を考えながら眼の前に居る男達を木の上から見下ろす
視線の先には大きな木槌を握る小さな少女の姿が在った
周りの農民達の話を聞くに一揆を起こすらしい、
まともな武器も殆んど見当たらず手に持つのは鍬や鋤等の農具ばかりで
「本当に勝つ気があるのか…?」
「っ…お、おめぇ何処から来ただか!?」
突然目の前に降り立ったに驚いた少女と周りの男達が一斉に武器を構える
が、そんな周りには目もくれずはゆっくりと中心に立つ少女へ近付いた
警戒はしているが切り掛からない処を見るとどうやら其処までの敵意はないらしい、
若しくは干戈を交える事を知らぬ故どうすべきか悩んでいるだけかも知れないが
少女の眼の前まで行けば雪の積もった地面へ膝を付く
無論何時もの服装の儘故腿までの足袋はじんわりと濡れ、触れた個所から体温が奪われて行く
しかし相手の眼から視線は外さない
「其方、名は何と言う」
己の問いに少女はきょとんとする、視線を外さないので見えないが周りも同じ反応をしているだろう
暫しもごもごと口を動かした後短く「いつき」とだけ答えた
そんな相手の様子にふと笑みを零しつつ視線を上げる
普通の人では気付かないだろうがは腐っても忍、
遠くから近付いて来る騎馬に気付き眉根を顰めた
「百…否、三百か……?」
「…何が、」
「来るぞ」
いつきの言葉を遮る様に言えば腰に差した愛刀を抜く、きらりと澄んだ空気に鋭い音が響く
久方振りの感覚に粟立つのを感じくっと自嘲じみた笑いを漏らす
幾ら陽の元に在ろうと所詮は闇に生きる者
戦慄を感じれば意とせずとも刀を握り、目の前に現れた全ての人を敵と見做す
そんな己を恨みつつはいつきを見やる
微か怯えを滲ませる瞳と視線が合えば再びにこりと微笑んでやった
「詳しい理由は解らぬ、だがいつき達を捨て置く訳にはいかない」
本当は解って居た、いつき達が何故一揆を起こしたのか
そして此のいつき率いる一揆衆と、其れに対する者達どちらが正しいものか
正しい、と言うのは語弊が有るかも知れない、此れはの憶断でしか無いのだ
しかし其れでも貫こうとするのは意地だけでは無く、絶対の確信が有ったからで
(私は此の眼を知っている)
真っ直ぐに前を見据える眼差しは“彼方”で見た瞳と酷似して居り、
其の眼差しの持ち主を思い浮かべれば無意識に口許が緩む
彼の人、直江兼続は人に対しての愛だったがいつきは田畑に対しての愛と言った処か
未だ不安げな顔をしたいつきの頭をぽんぽん撫でてやれば優しくなり過ぎた表情をきっと引き締める
やっと普通の人間の肉眼でも確認出来る程の距離迄迫った敵を見据え、はひゅうと息を漏らす
少し乾燥した唇から零れた吐息は白く濁り刹那に消えた
数刻の後、押し寄せる敵は粗殲滅し戦況はいつき率いる一揆軍の圧倒的優勢
敵将は既に尻尾を巻いて逃げており、今は残った残兵を片付けて居る最中だ
不意に辺りが騒がしくなりいつきは木槌を握る手に力を込める、と
前方の小高い丘から騎馬軍が姿を現す、其れは先の数とは比べ物にならない程の兵数で
勢い付いた農民達が各々の武器を掲げ勇猛果敢に駈け出した
が、走り出す一揆衆と丘の上に佇む騎馬---基伊達軍の間に風と共にが割って入る
「あれは私の知り合いだ、武器を降ろしてくれ」
「けど…おっかないお侍達沢山だ、きっとおら達をやっつけに来ただ!」
確かにいつきの言う事も解る、今此の状況で政宗達が此処へ来たのは宜しくない選択だ
何とか一揆衆を鎮めていれば背後から馬の嘶きが聞こえ、
同時にまるで雪崩の様に伊達軍が此方に向かい馬を駆る
其の迫力に腰を抜かしたり武器を構え直す農民達には僅か慌てた
と、の隙を突きいつきが走り出すのに気付き素早く後を追う
ぐいと小さな腕を掴めばキッと睨まれる、無論迫力等さして無いのだが
「離してけろ!おらだけでもあいつさやっつけるんだ!」
控え目にだが暴れ抵抗するいつきをは必死に抑える
どんどん近付いて来る騎馬は速度を緩める事無く、
其れに気付いたは肩越しに顔だけ振り返り眼の前に迫った政宗の姿に目を見開く
其処に在る男は手綱から手を離し刀を此方に向け鬼気迫る形相だった
「テメェ!から離れやがれ!!」
叫びながら近付いて来る相手に狭まる距離は既に避けられるものでは無く、
政宗はいつき目掛け握っていた刀を投げ付けた
刹那、いつきの視界は遮られ真っ白な雪に鮮やかな赤が花を散らす
時が止まったかの様に辺りはしんと静まる
投げ付けた刀はいつきを庇うの肩口に深々と刺さり絶え間無く鮮血が溢れ出ていた
「なっ…、…?」
「!?テメェ何やってんだ!」
ぐらりと傾く身体を馬から飛び降りた政宗が慌てて支えた
露出した肌は氷の様に冷たくなっており、此の儘傷を晒して居れば悪化するのは明らかで
肩に刺さる刀をゆっくりと抜きを横抱きにすれば政宗は勢い良く立ち上がり己の馬へと向かう、が
ぐいと裾を引かれ顔だけ振り返ると其処には涙を浮かべ小刻みに震えるいつきが居た
「を何処へ連れてくだか…は、の傷は…っ!」
泣き出しそうになるのを必死に堪え問ういつきに政宗は僅かに眉を寄せる、
そして少女とが敵対していると勘違いしていた事に気付きばつが悪そうに視線を泳がせた
周りを見渡せば不安げに己の腕に抱かれたを見詰める農民の姿が在り
馬から降りた小十郎が近付いて来ると政宗は一言二言小声で話す
再びいつきと向き合えば二人はすまなそうな顔をし頭を下げた
「Sorry... 俺が勘違いしてたみてぇだ」
「本当に申し訳無い…其れと、悪いが場所を借りれるか?」
こいつの治療をしたいと言う小十郎にいつきはこくこくと頷く
近くに居た男に急ぎ手当の用意をする様に告げるといつきはひとつの家へと駈け出した
パチパチと薪の音が耳に付きがゆっくりと瞳を開くと眼の前には見慣れぬ天井が在った
虚ろげな意識の中起き上がろうと身体を動かすと左肩が痛むのを感じ僅か眉を顰める
そろりと、掛けられた布団を退け横になった儘痛みの走る肩に触れる
捲かれた包帯にはじっとりと血が滲み、肌が擦れるとじりじりと熱く感じた
「眼が覚めたか」
不意に声を掛けられ視線を泳がせれば其れに気付いた小十郎がひょいと己を覗き込んで来た
相変わらずな表情だったが相手の問いに小さく頷き、彼の人と共に在るであろう男の姿を探す
が、どうやら此の場には姿が無くは痛む身体に鞭打ち上体を起こそうとした、と
そっと背に手を添えられどきりと心臓が高鳴る、僅かにだが顔も熱い
突然優しくされたからだと無理矢理自身を納得させつつはちらと小十郎を見る
視線の意味を理解したのか小十郎は傍にある襖を顎で指した
「政宗様はあちらに居られる」
「What? 呼んだか小十郎?」
二人が見詰めていた襖が不意に開けられ中から政宗が出て来た
そして其の奥には嗚咽し涙で顔がぐちゃぐちゃになったいつきの姿が在り
痛みも忘れ起き上がればいつきに駆け寄りきゅう、と其の身を抱き締めた
暖かな肌が触れ合い戦明けの高ぶりが落ち着いて行く
未だ身体を震わせるいつきの頭をくしゃりと撫でればいつきは耐え切れず声を上げて泣き出した
「…おら、をっ…!」
「落ち着いてゆっくり話せ、私は何処にも行かない…」
必死に言葉を絞り出すも嗚咽が邪魔をし声にならず、
そんな相手を宥める様に優しく小さな其の背を撫でてやる
いつきの涙は頬を伝い、の白い肩へと零れ落ちた
僅か身体を離し向かい合えばいつきの顔は先程より更に涙で汚れて居り、
はふっと苦笑漏らし傍に置かれた手拭いでそっと拭ってやった
大分落ち着いて来た頃、いつきに涙の訳を聞けばどうやら政宗に説教を食らったらしい
じと、と視線を向ければ政宗はばつが悪そうに顔を背けた、本当に子供っぽい
だが政宗の言った事は強ち間違いでは無い
本来米を作る農民が農具を武器とし戦をする、そんな事あってはならないのだ
「、何でお前が居ながらこんな事になってんだ」
「…こんな事とは?」
「お前なら戦の苦しみを知ってんだろ…何でわざわざ武器持たせたんだっ」
語尾が強まる、怒りを露にする政宗にいつきを抱き締めた儘くっと笑う
其れは目の前に居る政宗と小十郎に向けたもの
憐れむ様な、蔑む様な眼差しと笑みに政宗はいつきを退けの両肩を掴んだ
じくりとした痛みが襲う、政宗の手はねっとりとした血で濡れていた
そんな事は気にも留めず膝を付いて居た相手を無理に立ち上がらせ目線を合わせる
眼の前に在る藤色の瞳は凛と己を捉えていた
「私は何もしていない、武器を取らせたのは其方ら“侍”ではないか」
冷たく突き放す様な其の言葉に政宗達は動きを止める
何も言い返せなくなった相手を余所には再びいつきへと歩み寄った
眼の前に膝を付き目線を合わせ、怯えた様子の相手に柔く微笑み向ける
先まで大きな木槌を握っていた手が今は余りにか弱く見え、
は其の手を取り己の胸元に引き寄せた
「いつき、世には悪い侍が沢山居る、解るな?」
「う、ん…」
「だがな、其処に居る政宗は信用して大丈夫だ」
私が保証すると言うの言葉に俯いて居た政宗が顔を上げる
思っても見なかった其れに小十郎もまた眼を丸くしへと視線を向けた
いつきと向き合うの表情は至極優しいものであり、ドキリと胸が高鳴る
動悸を誤魔化す様に政宗は相手の言葉の意味を考える、其れは己を信頼し認めたと言う事でもあり
口を開き掛けるがいつきの言葉に呆気無く遮られた
「な、は何でこんなにおら達に優しくしてくれるだか?」
そう問ういつきの瞳は困惑に揺れており、は再び其の身体を抱き締めた
小刻みに震える少女を宥めつつがゆっくりと話を聞かせ始める
一方の政宗達は唯大人しく其の様子を見守って居た
否、初め政宗は背を向けるに後から抱き付こうとしていたのだが、
其処は小十郎が自身の刀を鞘ごと主の頭にめり込ませ鎮めたのだった
痛がる相手を余所に小十郎はちろりとを盗み見る
彼女には何か不思議な力が在るのかも知れない
場所は違えど、同じ戦国乱世に生きる者として何処か他とは違う雰囲気が相見えると
薄い黄金色の髪を掻き上げると眼が合えばらしくもなく胸が高鳴った
「本当に奥州さ行っちまうだか…?」
しょんぼりと肩を落とし名残惜しそうに問ういつきの声には困った様に微笑み頷く
あの後が此処へ来た経緯も含めあれやこれやと話をし、
先の一揆により領主の居なくなった此の土地を政宗が納める事となった
今まで高い年貢を納めて居たいつき達だが政宗の御蔭で生活はずっと楽になるだろうと言う、
からの提案により決定されたのだ
話も終え包帯も代え終わり、初めの目的である奥州への帰還へと戻ろうとし今に至る
因みに途中で逸れた以外は既に一度奥州へ戻って居るのだが
「嗚、私から政宗に頼んだ事だからな…今更お前の傍に居たくないとは言えまい」
「本人の前で言うか普通?」
政宗の言葉も受け流し己の乗って来た馬に跨るは陽の光に照らされキラキラと輝いて見えて、
寂しげな表情をしていたいつきは一瞬にして顔を真っ赤に染めた
出逢ってから今まで、時間は短くともあれだけ近くに居たのに今更になって恥ずかしくなる、
相手が同じ女だと解って居ても意識せずにはいられなかった
戦の最中見せる艶麗で在りながら雄々しい其の様に見惚れぬ女は居ないだろう
此の場に“彼方”のお市が居れば、
「様、雄々しい…」等と夫の長政もほったらかしで満悦の様相で溜息を漏らしただろう
初めての感情に躊躇いながらも熱くなる頬を押さえ、いつきはちらちらと相手を覗き見る
澄み切った空気がふわりとの髪を撫で靡かせれば目眩すら感じた
隣に立ちいつきの様子を見て居た政宗は不機嫌そうに眉根を寄せ、
小さく「マセ餓鬼が…」と呟くと思い切り足を蹴られる
あの細い脚の何処にこんな力があるのかと痛みを堪える様に蹲った
「ではいつき、身体には気を付けるんだぞ?」
それともう武器は持たない様に、と
が声を掛ければ先までの凶暴さは何処へやら、
恋する乙女さながら頬を染め悄らしく頷くいつきに政宗は聞こえぬ様に深く溜息を漏らした
女と言うのはどうしてこう皆同様に解り易いものかと、
思うもふと馬に跨りいつきと話す女---に視線を移す
出逢った時から思って居たが此の女は何を考えて居るのか解らない
堅物かと思えばおちゃらけて見せたり、そうかと思えば突然真剣な顔に戻ったり
真田の忍とはまた違った其れに正直戸惑いすら感じて居る
何処迄が本気で何処からが冗談なのか
そしての言う“彼方”の世界もまた多くの謎が残っていた
「政宗、まだ此処に用でもあるのか?」
中々出発しようとしない政宗にとうとうが声を掛ける、すっかり忘れて居た
ひらりと宙を舞いながら馬へと跨れば周りに居た男達も各々の馬へと駆け寄る
小十郎へ視線をやればこくりと頷き手綱を握った
「Are you ready guys!?」
「Yeah!!!」
「Hey! 、また迷子になるなよ!」
何時もの意地の悪い笑みを浮かべれば嘶く馬の脇腹を強く蹴り走り出した
は今一度いつきへ視線を向け柔く微笑み向ける、
声には出さず唇だけを動かし「またな」と告げ己もまた馬の腹を蹴り走らせた
背後から一揆衆の低い声と其れに混じり一つ幼い声が投げかけられる
其の声にふっと口許が緩むのを感じながらは振り返らず、代わりに左手を小さく上げて返事をした
駆る馬は俊足を飛ばし先頭に居た政宗達の隣へと付く
手綱を離し腕組をした相手は僅かながらつまらなそうな表情で此方を見る
「おい、あの餓鬼なんだって?」
「…喜べ、此れからは逸品の米が食せるぞ」
「あぁ?何だそりゃあ?」
言葉の意味が解らず問い返す相手を余所にくすくすと楽しげに笑うにふと、
反対側に居た小十郎も口許を緩めた
相変わらず一人むっとした政宗だったが、大きく溜息を吐き前へと視線を戻すのだった
-----後日
「政宗様、先日鎮静した一揆衆の少女から年貢の米が届きました」
「Ah? 幾らなんでも早くはねぇか?」
無事米沢城へ着いた政宗達の元へ、いつきから米が届いたと知らせが入る
と言っても其れを伝えに来た小十郎自身惑いを含む表情なのだが
百聞は一見に如かず、兎に角其の米を見ようと含む三人は厨へ向かった
其処には米俵が数個置かれ、俵の一番上に紙が張り付けられており
「…いつき米、“恋心”…」
「なんつー名前だよ、that fellow is stupid...」(あいつ馬鹿だな…)
「そうか?可愛らしいではないか」
飽きれる男二人を余所にはにこにこと嬉しげに笑みを零していたのだった
09.1.20
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