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眼が覚めると其処は何時もと変わらぬ風景-----の、筈だった
「…何かが、可笑しい」
数刻前、不意の眩暈に倒れ気を失ったは眼を覚まし、きょろきょろと辺りを見渡していた
倒れる前、己は確かに主の傍に居た筈
考えて居ればズキリと頭が痛み無理矢理に考える事を中断した
ふと遠くから聞き慣れた音が聞こえる
二里も無い位の距離だろうか、重い頭を持ち上げ再び辺りを見渡す
闇夜の為遠く迄は見えないが夜目が利く御蔭か周りの様子はしっかり見て取れた
森の中らしく木々が生い茂り一本道が果て無く続いている
僅かに風に乗って血の匂いを嗅ぎ取りは眉根を寄せた
先まで主と共に城外に在った事を思い出しぎりりと奥歯を噛み締める
若しや、と
傍に散らばった己の愛刀を鞘に納め勢い良く走り出す
向かうは主が待つ姉川
「……見慣れぬ撒菱だな…」
木々の上を直走る途中ある物が眼に入り音も無く地に降り立つ
一つ二つと土に塗れた其れを手に取り凝視した
己が使う物とも半蔵や小太郎、くのいちの使う物とも形が違う其れに再び眉を顰める
新手の勢力か南蛮からの物かと、思案するもはっと顔を上げ素早く木の枝へと飛び乗った
(此の地鳴り…騎馬か?)
己の来た方向へ視線を向けると小さく影が見え、其れは近付くに連れ大きく大地を揺るがした
と、先頭を切って馬を駆る男の姿には思わず身を乗り出した
まるで山賊の様な集団に一つ輝く弦月の前立、そして見間違える事の無い独眼
何故此処にあれだけの伊達軍がと、思うも考えれば可笑しな事は確かに其れだけでは無かった
姉川に向かって居た時は高々と陽が昇っていたしこんな木々も生えては居らず、
何より眼の前の『伊達政宗』の服装に違和感が有る
幾度と独眼竜の姿を見て来たが具足は何時も深緑を基調としていた
地を揺るがす騎馬へ視線をやるも其処には綺麗な蒼が広がるだけで
後を付けて探らせて貰おうと、は一行の後を気付かれぬ様音も無く付いて行く事にした
が、
「真田源二郎幸村!推して参る!!」
「上等ぉ…来な!相手になってやるぜ!!」
眼の前の光景に痛々しく頭を抱える事となる
突然伊達軍に割って入る男、真田幸村と伊達政宗が睨み合う様子をはげんなりと見下ろした
何故男とは頭に血が上り易いものなのかと
先から重かった頭は今、痛みすら訴えている
(しかしはっきりと解った、)
此処は己の知る戦国の世では無い
思う瞬間、背後より己に目掛け何かを投げつけられ素早く其れを躱す
数本の苦無はの髪を何本か切り地へと深く突き刺さる
突然の事に態勢を崩してしまいは仕方なしと男達が囲む二人の猛将の前へと降り立った
鋭い視線に挟まれながらすっと顔を上げる
先程迄己の在った場所にはにっと口端を吊り上げる一つの影が立って居た
「Ah? 何だテメェ?」
己の前に立ちはだかる男が怪訝そうにじろりと此方を睨む
因みに先程の名乗りで目の前の男が『伊達政宗』であると合点した
其の声につられる様に後ろに居た男が移動し、真横から此方の姿を凝視する
そんな相手に対しもまた視線だけ其方へと向ける
真っ赤な具足に身を包み二本の槍を手にし、額には紅蓮の鉢巻を巻いていた
先の言葉からも此の人物が『真田幸村』なのだろう
幸村はの姿を見るなり見る見る内に顔を真っ赤に染めた
「ははは、破廉恥でござるぁあああああ!!!」
距離を取って居るですら頭がガンガンする程の大声に其の場に居た全員が慌てて耳を塞ぐ
何に対して言っているのか解らないは唯呆然と前に居る二人の男を見比べた
と、顔を両手で覆う幸村の隣に先程苦無を投げ付けて来た男がすっと降り立つ
恐らくは幸村の忍だろうか、何と無く一人の女忍者の顔を思い出す
すると其の忍が躊躇いながら口を開く
「あ〜…その、つまり君の服装が、ちょっと破廉恥って言いたいんだ…うん」
うちの旦那初心だから、等と手をひらつかせながらへらりと言う忍に顔を顰める
顰めた理由の一つは、
何故見ず知らずの他人(と言うのも可笑しな話だが)に服装の事を言われねばならないか
もう一つは今口を開いた忍の其のへらりとした態度だ
明らかに軽い、くのいちの軽さとはまた違う其れに嫌悪感を抱いていた
ちろりと己の姿を見る
胸の膨らみを隠すだけの酷く肌を露出した上半身
帯を締めて居るものの其の下には腰布が前後に垂れているだけで、
少し身体を動かしただけで腿まで見えてしまう様な格好
「其方達には関係無い…っ」
そう吐き捨てながら勢い良く顔を背ける
確かに以前、ねねや三成から同じ様な指摘を受けた事があった
其れを思い出しながらも鼻の下を伸ばした(様に見える)忍を一度睨んでやった
おねね様に言われるならまだしも、と
沸々と湧く怒りを必死に押し殺しふと男達に視線を向ける
こんな奴等に聞くのは本当に不服だが、今は我儘を言っては居られない
一度深く溜息を漏らせばは意を決しゆっくりと口を開いた
「…幾つか聞きたい事が有るのだが」
「ん、其の前に一つ聞かせてくれる?」
刹那、へらへらとした表情が消え鋭い視線が己を射抜く
其の張り詰めた空気に無意識に生唾を飲む
何を聞かれるのか、何から聞けば良いのか、何処まで聞いて良いのか
頭の中で必死に考えながらも相手の言葉を促す様に小さく頷いて見せた
「君のなま、」
「What's your name?」(アンタ、名前は?)
忍の声に被せて政宗がそう問う
政宗の数歩後ろに立っている忍が僅かにだが不機嫌そうな顔になる
きょとんと、思わず眼を丸くしは男達を見詰めた
異国語が珍しいからでは無く、相手の其の質問が余りにも的外れだった為だ
ぽかんとした表情が可笑しかったのか眼の前の三人は唯じっと此方を見ている
慌てて首を横に振りゴホンとわざとらしく咳払いすれば今まで刀の柄に触れて居た手をやっと外す
「…我が名は…」
豊臣の忍だと言おうとしてついと口を噤む
此処が己の居た世界で無いのなら此れは口にすべきでは無いと本能が告げる
そんな様子に気付いてか気付かずかにっと口を歪める政宗にはふるりと首を振って見せた
此れ以上言う事は無いと
相手の態度にやれやれと肩を竦めれば政宗は構えた儘だった刀を鞘に納め一歩近付く
「奥州筆頭、伊達政宗」
差し出された手を暫し見詰め、躊躇いながらも同じ様に手を差し出した
眼の前の光景に呆然としていた幸村がはっと我に返り勢い良く此方へ駆け寄って来て、
政宗と同じく「真田源二郎幸村でござる!」と名乗り手を差し出して来た
キラキラとした其の瞳に『幸村』の姿が重なる、またくのいちに悪戯されていなければ良いが
「佐助、お前もだっ」
「あーはいはい…俺様、猿飛佐助っての、宜しくね?」
因みに真田の旦那の忍やってるよー、と
二人と比べ未だ強く警戒してはいるが人懐っこい笑顔でそう言われ、
もまた嗚と頷き返事を返した
忍にしては随分な格好だと、声にしようとしてぎゅうと唇を噛む
己の姿も負けず劣らず派手な格好だったと気付かれぬ様に溜息を吐いた
で、何を聞きたいの?とでも言いたげな視線に少し顔を俯かせる
聞きたい事は山程有るが先も言った通り、何処まで聞いて良いものかと頭を抱える
余り下手に聞き過ぎればまた警戒されるかも知れない
其処まで考え重々しく口を開いた
兎に角此処が何処なのか、何よりも一番に聞くべきだろうと
「此処は武田領、でもって突然独眼竜の旦那が来てさぁ〜」
の問いにあっさりと返事が返って来る、それはもう驚く程あっさり
ぶーぶーと文句を言う佐助を余所に政宗はずいと身体を乗り出して来た
眼の前に迫る整った顔と凛とした独眼には微か瞳を細める
心の奥底に出来た一点の闇すらも見抜く瞳だ
胸中呟きを漏らすと同時警告する、此の男には下手に嘘を言わない方が賢明だろうと
「Say honestly. アンタ何故異国語を理解出来る?」(正直に言いな)
正しく竜と言った鋭い眼光には視線を反らせずに居た
嗚、此れ以上隠すのも騙すのも面倒だと
お手上げだと言う様に両手を上げれば胡坐を組み地に腰を下ろした
嘘偽り無い真実を告げると言えば、皆戦も忘れ其の場に腰を下ろすのだった
「It is unbelievable...」(信じられねぇ…)
己の知る全てを話した後、政宗の第一声が此れだ
佐助は唯呆然と、幸村に至っては何処か興奮を滲ませた眼差しで此方を見ている
因みに異国語については興味本意と主の役に立てるかも知れないと言う其れだけの理由だった
は深く深く溜息を吐き額を抑えた
政宗と幸村の間には途中『片倉小十郎』も輪に加わり黙った儘話を聞いている
「兎に角何もかもが違い過ぎる、其れに政宗はもっと可愛かった」
最後の方はぼそりと呟いたつもりだが先程まで大人しかった小十郎がギロリと睨んで来た
悪いが此れだけは譲れない、何と言っても“彼方”の政宗はまるで姉弟の様な存在だった
恐らくだが“此方”の政宗よりも幼いだろう“彼方”の政宗の顔を思い出し、
僅かに表情を曇らせ視線を落とす
今日の姉川へは政宗も共に行く予定だったのだ
「小十郎、んな顔するな…が怖がってる」
飽きれた様に言えば苦しげにすみませぬと返された、
別に当の本人は小十郎の顔等何とも思っては居ないのだが
口元に手を当て此れからどうするか考えて居ると視線を感じ顔を上げる
と、出逢った時と同じく顔を真っ赤にした幸村がふるふると小刻みに身体を震わせていた
其の場に居た全員が幸村の視線を追う、其の先には…
「テメェ…Go to the hell!!」(地獄に堕ちろ!!)
「…真田幸村、其処に直れ!」
奥州の二人が怒鳴るのを横目に、飽きれた儘叱られる主人を見る佐助へ何事かと声を掛ける
佐助は一瞬目を丸くしていたが何故か迄叱られる事になった
女の子なのにそんな格好してだの、
何でそんな風に股開いて胡坐組んでるのだの
おねね様宛らな佐助のお説教には無意識に正座になりしゅんと頭を下げる
(…嗚、今日はおねね様に耳掃除をして貰う約束だったのに)
暢気にそんな事を考えていたら気が付けば政宗と小十郎にもお説教を食らって居た
隣には子犬の様にしゅんと項垂れ真面目に御叱りを受ける幸村
背に揺れる長い髪を見れば確かに“彼方”の幸村と違う事は一目瞭然で
だが何処か似た処が見え隠れする此の世界に、は僅かながら興味を持ち始めて居た
無論此の儘帰れない等となれば困る、しかし何事も経験だと
一先ずは目の前で怒鳴る男達をどうにかしなければと、
此処へ来てからずっと鈍く痛む頭を必死に捻ろうとした
しかし其れは一つの言葉により制止させられる
(…世は不思議で美しい、か…)
不意に一人の少女の言葉を思い出し口許を緩ませる
今まで闇の中に身を沈めて居た己が光に満ちた世界を見る事等ないだろうと、そう思っていた
許されるのだろうか
影である己が、美しい何かに触れる等
思うも此の動悸を抑える術を、私は知らない
其れでももし、もしも一時でも光の中に身を置けるのなら…
「ちゃん、大丈夫?」
暫く怒鳴り熱が冷めたのか、黙り込んだを佐助が不安げに覗き込んだ
柔く笑む其の姿に全員が息を飲む
金色の髪が揺れ視線が合えば、藤色の瞳に吸い込まれそうになる
「嗚、大丈夫…なんだが…」
ゆっくりと立ち上がれば僅か朝日の覗く山岳に視線を向ける
少し冷えた空気が心地よく、胸一杯に息を吸い静かに息を吐く
微かに白む吐息が空に舞い直ぐ様跡形も無く消えた
中性的な顔で凛と前を見据える其の姿は麗しく在り何処か雄々しく
暫し黙った儘に其れを繰り返していたが不意に視線を三人に戻す
眼が合えばまたどきりと胸が高鳴った
「すまないが、帰る方法が見付かるまで…世話になれないだろうか?」
出来るだけ早く帰るつもりだが流石に見ず知らずの世界で独りは少し不安だ、と
微か困った様な、はにかんだ笑みに佐助は目眩を感じた
周りを見れば同じ様に見惚れた様な、惚けた表情の旦那達の顔
ぷっと笑いを漏らしそうになり慌てて口を押さえるとやっと時が動きだす
「Of course! 、俺の処に来い、丁重に持て成してやるぜ?」(勿論!)
ニッと笑みを向ける竜の旦那に負けじと真田の旦那が何か言っている
そんな男達を見て居たが、と眼が合うと佐助は何時もの様にへらりと笑って見せた
其の笑顔にもまたふっと笑みを向ける
未だ作られた笑顔ではあるが、先の様に不快そうな表情は微塵も無く
あ、可愛いかも…なんてらしくなく照れてしまった
斯くして、此の“戦国乱世”とは違う“戦国乱世”から来た一人の忍は、
獰猛且つ精悍な虎と竜をいとも容易く飼いならしてしまったのだった
(俺様が言うのもなんだけど、ちょっと狐っぽいよね、髪の色とか色々さ)
09.1.6
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