■カミングアウト

人の嗜好はそれぞれで、思考も然り。ツボも萌えポイントも、皆、それぞれであり、それには時間経過やタイミング、そういったものも大きく影響しているのではないか、私は時々そう思う。
誰かのファンを公言していたとしても、そのあり方は様々だ。私のように、インドアのみで身悶える人もいれば、イベントに行きまくりで身悶える人もいるだろう。極最近ファンになった、もう既に長年ファンである、彼の出演作品のほとんどを網羅している、など、ファン歴や知識も様々であり。
私は石田彰のファンだけれど、アニメやCD、ゲームなど、メディアのほとんどを網羅しているわけではない。むしろ、手を出していない作品の方が多いだろう。その中には、いずれそのうち、と思っているもの、特別関心を抱かないもの、物理的に無理なもの、と、これもいろいろだ。物理的に無理、というのは、私はイベントには一切出かけないため、そういった際にしか入手できないものなどは、概ね無理であり。もちろん、ナマ彰を見たこともなければ触ったこともない。
一日の、如いては一年のほとんどを家の中で過ごす私にとって、暇はそう嬉しいものではない。そして見つけた私のブームが、多分石田彰だったのだと思う。


BLCDと石田彰

私は好んでBLCDを聴くが、別段BLCDの石田彰が好き、というわけではない。絡もうが絡むまいが、喘ごうが喘がなかろうが、それは大して問題ではない。それでもBLCDを聴くのは、好きな声優が女性と絡まずに(←これ、重要)いい声を聴かせてくれる、いい台詞を聴かせてくれる、それだけのことだ。だから、石田彰がBLCDに出演しなくなったり、それを撤回したりを繰り返したとしても、正直、どうでもいい。それがメディアのすべてなわけではないのだから。


パーソナリティー

確かに私は、石田彰を盲愛しているかもしれないが、雑誌記事に書かれていることがすべてだと思っているわけではない。雑誌に記載されている彼のエッセイやコメントで知ることができる情報など、それは石田彰のほんの些細な一部であって、もちろん全部ではないわけで。それにいちいち感銘していたら、私の子宮が持たないし、日にそう何度も倒れるわけにもいかない。それに、私が傾倒するのは、彼の容姿や考え方ではない。もちろん、パーソナリティーな部分に惹かれている私も、皆無ではない。しかし、やはり「まず、声ありき」、役者としての彼が一番であるゆえに、私は今日も両耳にヘッド・フォンで、一日の大半を過ごすのだ。だから、石田彰が例えホモでもオカマでもヲタクでもエロでも、別に私のブームが去るわけではないし、とりたてて興味もない。こんなことを書くと、お前ほんとに石田彰ファンか?と言われそうだが、私は石田彰が好きで好きで好きである。「好き」のカタチも様々、ということだ。っていうか、それでいいのだと思うけれど。
できる限り、どんな小さな記事でも切り抜いて即スクラップな私だが、それは趣味だ。放っておいてもらおう。