■極めて私的なBLCDの法則

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1.独白考

「作品の優劣はモノローグの優劣に比例する」

私の中に法則は数あれど、これはほとんどの作品に対して絶対的であると言える。好み、ツボ、萌えポイントは人それぞれであり、どのようなジャンルにも、個人的に、いろいろな法則があるものだ。敬愛する星井ラミカ嬢の言葉を借りれば、女の欲望の数だけ萌えジャンルはある、ということであろう。ただ、どんなジャンルであれ、ボーイズラブである以上「ラブ」がなければ話にならない。私にとっては、その「ラブ」へ行き着くプロセスこそが、重要であり、私自身、それに付随する心理描写にひどく傾倒するタイプのリスナーだ。BLに限らず、最近ではナレーションが入るドラマCDは少ない。よって、手法としては、主人公またはそれに近いメインキャラの一人称で話しが進んでいく場合がほとんどである。ゆえに、「ラブ」へ行き着く過程の情報は、前述の一人称のモノローグに依存するほか、手立てはない。となれば、モノローグのクオリティは、そのまま作品のクオリティに他ならないし、その重要性を欠いている作品は、どんなに人気があろうとも、私的には駄作である。
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2.選択考

「フライングはいずれ後悔を生む」

CDを聴く前に原作を読んでしまうことを、マドカ用語で「フライング」という。私は、あくまで「BLCDファン」であって、「BLファン」ではない。よって、原作や原作者にこだわってCDをセレクトしないし、原作の評判がどうであれ、キャストに惹かれれば買う。これは、こだわり、というよりは、性的倒錯の問題であり、私個人のフェティシズムによるものである。耳を楽しませることが目的である以上、極力先入観無しにCDを聴きたいと思っているし、ゆえに、できるだけ原作を読まずにCDを鑑賞するよう心がけている。原作を「先入観」と言ってしまうのも、あまりに失礼な話だとは思うが、セレクトに関しては、キャスト至上主義である以上、これは致し方がない。私にとって、原作はCDの補足として存在するし(ごめんなさい)、3Dで読むことが、私の原作の楽しみ方なのである。
ただし、いくらキャスト優先とは言え、当たり外れは必ず存在する。好みのキャストだからといってその作品が好きになれるかといえば、もちろん違うし、むしろ、キャストに思い入れがある分、その作品が愚にもつかぬような駄作であった場合の衝撃は大きい。だいたい、昨今のリリースラッシュには、正直閉口しているのも事実である。これは、クオリティを顧みない一部の製作者側の、客寄せパンダ的に人気声優を起用する傾向に対するものであり、それを見極めることが非常に困難になっていることから、今後、このままのセレクトを続けていってよいものか、内心、葛藤している次第ではあるが。
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3.ツボキャラ考

「キャラの魅力、すなわち作品の魅力である」

欲望の数だけジャンルがあるならば、キャラも然り。欲望の数だけ萌えキャラは存在する。大まかに分類すれば、私はリーマン萌えに属する。もっと言えばメガネ萌えである。ただし、それはあくまで好みの問題であって、作品の良し悪しには一切関係がない。ここで言う「キャラの魅力」とは、そのキャラクターが持つパーソナリティーな部分を指したものであり、萌えキャラでなくては作品が面白くないか、といわれれば、そんなことは決してない。もちろん、メインキャラのビジュアルは美形に越したことはないし、多少天然でもバカではダメだ。あと、個人的には、どこか可愛らしさがないと萎えるし、表に出る出ないにかかわらず、相手を思う健気さは絶対に必要だと思う。そういった、ある意味最低限の要素をクリアしつつ、更に魅力的なキャラ設定こそが作品全体をも魅力的なものにしていく一番のファクターであろう。そして、カップリングについても、どちらかが秀でていればいいというものでもない。攻め受けのバランスは、非常に大切な要素であると言えよう。
そして、付け加えるならば、これは、メインキャラに限ったことではない。周囲のキャラが、どのようにストーリーに係わっているか、それは作品全体を左右する、重要なポイントでもあるだろう。そういった意味で、私にとっては、キャラの魅力こそが、その作品の魅力であり、どんなにストーリー性豊かな面白い作品であっても、キャラが非魅力的な場合、その作品は決して魅力的ではありえない。
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4.萌えポイント考

「私のBLCDレビューにBLファンとしてのレビュアー資質を求めるな」

繰り返すようだが、私は決して「BLファン」ではない。BLファンが、メディアのひとつとしてBLCDを聴いているのだとすれば、それとは違い、声優ファン、延いてはドラマCDファンが、ジャンルのひとつとしてBLCDを聴いている、と思っていただければよい。
ものすごく極端なことを言えば、私の中に男同士のカップルに対する萌え、というものは、ほとんど無い。私の萌えは、あくまで「個(キャラ)」にあり、その「声」にある。ゆえに、私が「魅力的」と賞するカップリングは、個と個の魅力であり、萌えはその「過程」にはあっても「関係」に見出すことはあまり無い。ついでに言うと、例えばアニメやゲームのキャラ同士の妄想、いわゆる二次的な同人萌えは無く、まして声優同士の生萌えなど、まず、ありえない。いわゆる、「やおらー」ではない、ということだ。
敢えてこのようなことを明言しなければならない理由であるが、それは、ともすると私の「萌えポイント」自体が、多少ズレているかもしれない旨の警告である。男性同士の恋愛に萌えが無い以上、私のレビュー、更には、それに付随する評価の対象は、そこには無い、ということだ。
第一にキャラに対する萌え、第二に声に対する萌え、それ以外の萌えは私の中にはほぼ存在しない。いや、言ってみれば、「萌え」という言葉自体、私自身が正しく認知しているかどうかの自信はない。
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5.探求考

「アブノーマルゆえの苦悩」

では、果たして、何を求めてBLCDを聴くのだろうか。
私自身、一見、ストーリー重視に思われがちだが、意外にそうではない。どこかで聴いたことがあるような、あまりに陳腐なストーリーに対しては、確かに辛辣にならざるを得ないが、それでも実際、いかにもチープ且つ陳腐なストーリーでも、面白く、満足度の高い作品は、数多く存在するし、反対に、ストーリーを重視しすぎて、独りよがりでつまらない作品だってある。例え、「ラブ」がないままセックスにたどり着いたとしても、その過程が面白ければそれでよいし、ただの若気の至りであろうが、それが等身大なら共感できる。更には、単純なストーリーほど、その描き方によって良作となり得るケース、また、脚本やキャスティングにより、俄かに輝き出すケースだってあると思う。そして、当然、あらゆる要素のバランスが良いに越したことはないだろうが、しかし、例えエロだけでも、例えキャストだけでも、妙に心に残る作品もある。何故かすごく癒される、何故かすごく泣ける、何故かすごく笑える、など、ピンポイントでツボをつかれ、そして、それがすべて、という作品があっても、それはそれで、全然いいと思うのだ。「好み」と言ってしまえばそれまでだが、リアルな人間ドラマであれ、ファンタジーであれ、もちろん、コメディーであれ、好みは好みとして、要は「満足感」であると思っている。
ただ、唯一拘るとするならば、 最近、殊更に思うのが、「ボーイズラブ」に対する免疫が付きすぎて、同性同士の恋愛が、当たり前のように描かれる作品が多くなっていることへの危惧であり。これも、好みの問題、としか言いようはないが、それでも、ファンタジーでもない限り、多少なりとも、アブノーマルゆえの苦悩をどこかで感じさせてほしい、「ボーイズラブ」に麻痺することなく、「ボーイズラブ」が聴きたい、そう希望してやまない。


以上、BLCDに対して、極個人的な思いを述べてきたが、「きわめて私的なBLCDの法則」などと言いながら、お気付きのとおり、要は「言い訳」である。ただ、私は、決して小難しいことを考えながら作品を聴いてはいないし、むしろ、非常に単純な思考のもと、巷の評判やキャストの豪華さに踊らされることなく、できる限り予備知識無しに、自由に聴き、楽しみたい、と思っているし、聴いたからには、それなりの愛情を持って、感想を書いている。そして、それが伝わるか伝わらないかはともかく、私の稚拙なレビューに、日頃から目を通してくださっている方には、申し訳なくも、感謝している。