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角楼北面
城壁が90度に曲がったところにある角楼ですので、建物自体も角に沿って「L」の字になっています。その北面です。北面とゆーと城壁上じゃないか、なんで箭眼(矢を射る窓)があるんだ、と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、角楼は城壁から張り出した形になってますのでこれでいいのです。城壁を登ろうとする敵を横から攻撃できるわけです。西便門の馬面と同じですね。
すみません、縞模様になってるのは写真をムリヤリ縮小してるからです。拡大見ていただくと普通ですので。 |
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ガラクタ@……。
角楼のすぐ足元で、ガラクタのように打ち捨てられている(としか見えない)石像の山。城壁に関連するものにしては優雅な造形ばかりです。植物紋の刻石やら動物の石像など、およそ城壁にはそぐわない感じです。そんなものがごろごろと雨ざらしになってるのです。
清代は違ったようですが、明代の内城側のこの辺は貴族かお金持ちの別荘だか何だか(「〜家園」とかいう)が軒を連ねていたようですので、その名残でしょうか。いらないなら一つくれって感じでした。 |
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ガラクタA……(T_T)あうー
角楼のすぐ足元で、ガラクタのように打ち捨てられている(としか見えない)石像の山、その2。これなどは故宮にあってもおかしくないほどだと思います。3本爪ですが見事な龍です。右端の方は削れてしまったのか、美しい雲紋がなくなってしまっています。本当に持って帰ってきたかった……。
これ以上ひどい事にならないうちに、どうにかしてほしいです。 |
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旗杆石(旗をさすための石)
清朝の軍(八旗)が旗を固定するために使った石で、八旗のうちの一つである「正藍旗」(崇文門以東から東便門を駐守した)がその旗を立てるために使用したもの、だそうです。
横に穴開いてますので横に挿したんでしょうか? |
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城壁上
角楼を西に伸びた城壁の上から振り返ってみたところです。真中にぽつーんと上の「旗杆石」があるのが見えます。左手の清朝様式の建物は、今は休憩所だか何だかに使われてますが、多分城壁上にもともとあった詰所か倉庫のようなものでしょう。、明らかに色の違う敷居がまぶしいです。
遠くに見える角楼も大扉のあたりの色が違うので、そのへんも修復とかしてるんだと思います。 |
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角楼に続く城壁の端
すぐ上の写真からさらに西へ行ったところです。このあたりまで城壁が残っています。
で、なぜかわからないんですがここに通路があります。もともとあったものなのか、後から開けたのか、ちょっとわかりません。でも最近ぶち抜いたという感じでもないし。9つの門以外にも通れるところがあったんでしょうか。
明らかに色の違う女牆がまぶしいです。 |
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角楼内部の天井
角楼は現在大変美しく修復されて、中にも入れるようになっています。中心は吹き抜けですが回廊が3階建てに組まれていて、北京城の歴史を伝えるパネル写真とかジオラマ模型とかが展示してありました。いきなりよくわからない現代絵画なんかもありましたけど。ただ、午前中でお客が余花さんだけだったためか明かりが点いておらず、窓(箭眼)もほとんど塞がれていたので真っ暗で何も見えないところばっかりでした(てゆーか怖かった)。フラッシュたいてどうにか撮れたのが朱塗りの天井の木組み。これはほんとうにきれいでした。 |
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角楼内部の様子
回廊の3階から撮ったところです。暗いです。誰もいないです。
ちなみに床はぜんぶ絨毯が敷いてあって、足音もしませんでした。 |
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