幸福でも不幸でもない、自堕落な生活をおくる三十すぎの推理作家の「私」。 家族が留守の間に手に取った新聞の広告欄の片隅――「よろず相談いたします」 の広告。なぜかムキになる気持ちをおさえられず、広告の住所へ足を運んでみて …………(「萬相談百善和尚」) 本社から希望退職を告げられたその日、近所の寺の裏の崖から人間の骨が見つ かったことを知る山浦哲夫。三十年以上も前の、半月足らずの出来事が、彼の中 で鮮やかに蘇る…………(「崖の記憶」) 二十億の遺産を残し親父は逝った。兄と姉と「私」に、寄付金と相続金の分配 を暗号で記した遺言状を残して。弁護士立ち会いのもと、三人が順番に暗号解読 に挑むが…………(「試しの遺言」) これ、実はまだ最後の短編(「象の手紙」)を読んでないから、「読みかけ」 なんですけどね…………(^^; かなり前から目に留めていましたが、買い損ねていた本。 「萬相談百善和尚」を書かれた遠田緩さんの作品を、先にコバルトで読んでい まして。その後この本を見つけて、わぁこんなところでも作品を応募して残って らしたんだぁ(あ、これに収録されている6編は、平成7年「創元推理短編賞」 最終候補作10編のうちの6つです)、とびっくりしたのがきっかけ。 さすが最終候補作、というか、どれもよく組み立てられています。私みたいに 文章の下手な者が見るとどれもすごいっ、て思うんですが、選考委員さんはさす がに厳しい目をお持ちです(当たり前ですが)。たとえば2編目の「崖の記憶」、 私は脱帽ものだったんですが、ある部分で「話としての艶がなく」なってたり、 「理に落ちちゃって」たりするんだそうです。うーん厳しい。 4編目の「瑠璃光寺」は、なんか淡々としていて、でも実はかなりきつい話。 5編目の「憧れの少年探偵団」は子供(小学5年生)の視点。選考委員の宮部 さんもよく子供の視点で作品を書かれていて、私も好きなんですが、書くのは難 しいでしょうね。大人の考え方が入っちゃまずいし。 (98.5.14) *その後、「象の手紙」読みました。なかなかユーモアのある文体。 結構ほっとできるストーリーでした。 (98.6.20)
職務中に膝を撃たれ休職中の刑事・本間は、亡き妻の親戚筋に当たる青年・栗坂 和也から、突然姿を消してしまった彼の婚約者・関根彰子を探してほしいと頼まれ る。和也の勧めに従いクレジットカードを作ろうとしていた彰子。その過程で、彼 女の自己破産の過去が明らかになる。その事実を和也から問い詰められた翌日、彰 子は姿を消したのだった。あまり気は進まなかったが、本間は捜索を承知する。だ が、彰子が自己破産の折に世話になった弁護士を訪ねた時、予想もしなかった事実 が判明し………… 今月(1998.2)出たばかりの宮部さんの新刊。と言っても、ハードカバーの文庫化 ですが。1992年に双葉社から刊行された作品です。 タイトルは「かしゃ」と読みま す。 私がこれを初めて呼んだのは2年前。市内の図書館で借りました。 宮部さんの他の作品の「解説」などにちょこちょこ出てきていた作品名だったので、 その分他より気になる作品でもありました。 ストーリーは、消えた女性を探す刑事が、彼女を追っていく過程のみ。別の人間の 視点では全く語られません。 消えた女性の過去をただひたすら調べ続け、現在の彼女になんとか繋げようとする。 その道のりは遠く果てしなく、行き着く先に目的が見つかるかどうかも定かではな い。探す刑事も、自分が何故「彼女」を探すのか、分からなくなってくる。 実際、「彼女」が本当に姿を現すのは、ラストの数ページだけです。そこまでに出 てくる「彼女」は過去のものであり、「彼女」に接した他の誰かから語られるものに 過ぎません。 しかし、「彼女」の過去…………………600ページもあるストーリーの大半を担う、 「彼女」の過去の姿は、その描写は、長い長いストーリーに読者を引きずり込むだけ の力が、十分すぎるほどにある。そんな「ストーリーテラー」ぶりは、さすがだと思 わされます。 最初に読んだ時から、文庫化された時には絶対買おうと思っていました。 宮部さんファンならば、必ず読んでほしい作品の一つです。 (98.2.5)
慣れてはいるが疲れる仕事の毎日、飽き飽きするような見合い話。彼女の生活に 忍び込んだ答えのない、だが心を癒してくれる電話の正体は………(「恋愛小説」) 同僚に不思議な水割りを教えてもらった新人OL。「水」に秘密があるらしいの だが………(「水に眠る」) 二夫一婦が自然な世の中。有紀子の母も「二番目の夫」を持つことになり、二人 の「父親」との生活が始まるが………(「矢が三つ」) ……など10編の短編が収録。以前ハードカバーで出版されたものですが、「矢が 三つ」は文庫化に際しての書き下ろしです。 前に図書館で借りてざっと読んだ時には、「くらげ」という作品の怖さが強烈で、 この本全体のイメージまで怖いものになってしまっていました。 3年近くを経てあらためて読んでみて。 怖い作品はやっぱり怖いですが。 しんみり、内に響いてくる作品に気付くことができました。最初に読んだ時には 見落としていたものが。見落としたままでいなくてよかったです。
二人揃って「朝帰り」をした糸子と進也。二人が見つけた「トランクの中の少女」 を探すうちに、とんでもない事件が明るみに…………(「心とろかすような」) いつもの公園で朝の散歩をしていた加代子とマサは、通称「てのひらの森」で倒 れている男を見つけて…………(「てのひらの森の下で」) 久し振りにハードカバー(と言っても新書サイズに近いです)を新刊で買いました。 内容は、宮部さん長編第一作『パーフェクト・ブルー』の続編。「マサ」という もと警察犬の一人称で、飼い主の蓮見一家が経営する探偵事務所が出会う「事件」 の話が語られます。短編・中編が計5編収録。上記は最初の2作品。 (蓮見一家と進也のつながりについて知りたい方は、『パーフェクト・ブルー』を ご一読ください。先に読んだ方が、「心とろかすような」がさらに楽しめます) 私は『パーフェクト・ブルー』がとても好きなので、早く読みたくなってしまっ て。相変わらず、ユーモアを忘れないシニカルな文体です(『スナーク狩り』とか はちょっと違いましたが)。ユーモアもシニカルもさらっとした書き方であるのが、 すごいなぁといつも思わされる点です。わざとらしい書き方では全くない。こんな 風に「自然」に、どうしたら書けるのだろう? 読んでいる分には「難しい」文章 では決してない、でも書くのはとても難しい、真似のできない文章。やはり今まで の人生&文章経験の蓄積が出るんでしょうね。 「この人のような文章が書きたい!」と思える作家さんの作品に出会うのは、妙 にくやしくてたのしい。宮部さんの作品もそんなもののひとつです。