羊蹄山山スキー
月稜会画像掲示板

日程:2010年3月23日(火)

メンバー:単独

ルート:真狩村「羊蹄自然の家」(7:10)〜山頂(11:40)〜新陽配水施設(13 :30)〜「羊蹄自然の家」(14:30

 

 今回で「北海道山スキー詣で」は5年目になる。

 2006年2月の大雪山黒岳は、非常に幸運なことに快晴に恵まれ、これに味をしめた私は「北海道山スキー詣で」を毎年の恒例行事にしたのだった。山から下りると札幌に移動し、大学時代の友人とジンギスカンをたらふく食べるのも恒例になった。

 2007年は十勝岳へ。しかし北海道の2月は、2年も続けて晴れてくれるほど甘くはない。十勝岳は途中で撤退し、代わりに三段山の山頂を踏みパウダーを楽しんできた。十勝岳のリベンジは翌2008年の3月に果たした。風は強かったものの視界は良く、素晴らしいスキー登山を楽しんできた。

 「やっぱり3月はいいなあ」と、翌2009年も3月に大雪山の日帰り縦走を企てたが、3月とはいえ北海道の山はそう易々とは登らせてはくれない。ほとんど足元しか見えない吹雪の中、旭岳の山頂を踏むのがやっとだった。

 「次回は羊蹄山」と、前回が終わったときから決めていた。何せ百名山で独立峰。誰が何を言おうと美しい!しかも悪天候で登山をあきらめなくてはならなくなっても、近くにニセコスキー場があるし、ニセコアンヌプリくらいだったら転進できる可能性もある。そんなわけで出発の日をずいぶん前から楽しみにしていたのだ。

 

 3月22日の昼に自宅を出発し、羽田空港から千歳空港に向かう。前日から爆弾低気圧の通過で東日本では強風が吹き荒れた。この低気圧は日本列島に沿って北上しているので、もしかしたら北海道ではまだ強風が吹いているのでは・・・。飛行機は飛んでくれるのかと心配しながらの出発だったが、気が抜けてしまうほど何もなく飛行機は千歳空港に降り立った。

 北海道の山に向かう時に面倒なのは炊事用の燃料だ。これをまず買い出ししなければならない。だから、まだ店が開いている時間につかなければならないし、新品を買ってもどうせ少ししか使わないので、帰りは空港に捨ててくることになる。私は札幌の友人に引き取ってもらっているが・・・。千歳から札幌に電車で移動し、燃料、地図、食糧の買い出しをし、実はこれも毎年恒例になっているのだが「白樺山荘」で味噌ラーメンを食べる。日産レンタカーで相棒「泊るくん」(日産ウィングロード)を借りる。

 カーナビをニセコにセットし出発。高速道路優先の小樽経由を案内してくれるのかと思ったら、中山峠に導かれていく。夜の中山峠は路面がピカピカに凍結し、下り坂の途中でほかの車が横を向いて止まっていたり、そうかと思えば慣れた地元の車に煽られたりと、非常に恐ろしい目にあった。しかし何とかニセコが間近になり、「ニセコの駐車場で車中泊して、どこか近くのバーで一杯やって寝よう」と考えていた。しかし何も下調べもしてなかったので適当な店が見つからない。しばらく車でウロウロしたがあきらめて、登山口の「羊蹄自然の家」に向かうことにした。駐車場には「泊るくん」1台だけだ。私もひとりで前夜祭。ニセコのバーについては下調べが悪かったが、こんなこともあろうかとビール(サッポロクラシック)と寿司はきちんと用意してきてあったのだ。抜かりはない!

 

 バーが見つからなかったおかげで早起きをしてしまった。目覚ましは7時にセットしてあったのに5時半に起きてしまった。曇って外が見えない窓を拭いてみると、雪がジャンジャン降っている。予報では「曇り、時々雪」だったので、油断していた、というか「え〜っ!」ってな感じだ。でも風がない(ここでは)だけいいか。

 早く起きたのでゆっくり準備をする。他にはだれもやってこない。だれかきたら道連れにしよう、などと考えていたものだから、ずるずると出発を遅らせ、やっと7時10分に歩き始めた。単独なのにビーコン、スコップ、ゾンデは身に着けていた。だれかに出合ったら一緒に登ろうと考えていたから。

 キャンプ場の中を登っていくと、すぐに樹林帯に入る。季節風の影響を受けにくい真狩登山口を選んだためか、森の中は静かだ。薄い真綿のような雪がスキーや体に降り積もる。首の後ろに入ってくる雪は冷たいが、乾いていて服をぬらすほどではないのが幸いだ。標高400mのキャンプ場からほぼ夏道に沿ってトレースが続いている。計画では左手の尾根を登ることにしていたのだが、雪が安定しているためか、トレースは沢沿いにつけられている。標高700m辺りから傾斜が強くなり、立木もまばらになってくる。雪も軽く下りが楽しみだ。顔がにやけているのがわかるので、一人なのにちょっと恥ずかしくなる。さらに高度を上げると斜面はさらに広大になってくる。もう「ニヤニヤ」では済まなくなり「ウハウハ」だ。「ウハウハ」くらいになるともう恥ずかしくなんかなくなり、「うォー!すげーッ!」と叫んでしまう。まだ半分も登っていないのに、すでに下りのことで頭がいっぱい。

 1時間当たり標高差450mのペースで登っている。単独としては早くも遅くもないペースだ。次第に視界が悪くなってきて、目標にしてきた「1000mテラス」が見つからないまま標高1000mを超えてしまった。大斜面の中の尾根や樹木をつないで登っていくと、すでにトレースはなくなり、標高1400mあたりで立木のない大斜面になる。傾斜は35度から40度くらいで、もっとも雪崩が発生しやすい斜面だ。休憩がてらにピットを掘る。深いところは安定しているが、表面は氷化した雪の上に5cmほどの雪が積もっている状態だ。表層雪崩が発生する危険性は高い。「たった5cmでも、これだけ斜面がでかいとあぶねーな」。一服しながらしばらく考える。上の斜面をしばらく見つめていると、ガスの中に、危険な中にもややよさそうな登高ラインが見えてきた。視界が悪いため距離感がつかめないが、真上にノール状の地形があるようだ。こういう地形は雪崩の発生地点になりやすいが、もしそこが雪崩の発生地点になれば、自分との距離が短いだけに、雪崩が大きくなる前に流されるだろう。今まで雪崩に遭遇した経験から、小さな雪崩なら抜け出せる自信があるのだ。「『意を決する』とはこういうときのためにある言葉だなあ」なんて考えながら、静かに、しかし素早く直登に近い角度で上を目指す。すると意外とあっけなくノールの上に出てしまい「な〜んだ」って感じで拍子抜け。視界が悪いというのはこういうことなのだ。逆の場合も多いけど。

 標高1500mを越える。いよいよ風が強くなり、這い松が頭を出すアイスバーンになる。シール登高を諦めアイゼンを付ける。ザックに着けたスキーが風にあおられ立っているのさえつらいが、スキーをデポしていくわけにはいかない。同じところに戻ってこられる自信がないからだ。1700m辺りで岩場に突き当たったらしい。「らしい」というのは、エビのしっぽに覆われた白い大きな塊に突き当たったからだ。この白い塊の中身が岩かどうかはわからないが、予定通りに登っているとしたら、このあたりで岩場に突き当たるのは正しい。正しく登っていると信じて左、つまり西側に巻く。稜線らしい地形に出た。高度計は1850mを指している。1800mで稜線に出るはずなので、なぜ50mの誤差が生じたのかを考えながら歩く必要がある。進行方向を右(東)に変え尾根を登る。巨大なエビのしっぽの塊を縫うように高度を上げる。羊蹄山の火口壁にはいくつものピークがある。三角点は東の1893mと西の1843.7mにあるが、最高点は三角点のない東側の1898mだ。ここを目指して登っているのだが、高度計はすでに1930mを示している。しかも目の前の尾根はまだ上昇している。それで先ほどの疑問は解けた。朝より気圧が下がったということだ。案の定1945mを示した時に、何もない、何も見えない、ただ真っ白なピークに出た。念のためぐるぐると歩きまわったが、ここが一番ところらしい。視界が悪いので何もかもが「らしい」になってしまうが、こういう中でもピークに立てたことに満足感を覚える。高度計を修正し、セルフタイマーで写真を一枚撮っただけでさっさと下山開始。登りのトレースが消えてしまわないうちに急いで下らなければ。登るときになるべく深い足跡を残そうと、雪の柔らかいところを選んで登ったのだが、柔らかいところの足跡は風で消されてしまっていた。むしろアイスバーンに残されたアイゼンの跡が目印になった。ところどころに残ったアイゼンの跡を探しながら下るのは、慎重さを要求される作業だった。何箇所かで全く足跡が見つからなくなったが、その時は10mくらいまっすぐに下っては左右にトラバースして足跡を探すということを繰り返した。標高1500mくらいまで下ると、やっと周りの景色に見覚えを感じ、雪質も良くなったのでスキーで滑ることにした。ここから滑っても標高差1100mも滑れる。視界も良くなってきたし、後は登って来たルートを下るだけなので安心。(しかし、最終的には落とし穴に落ちることになる)

 アイゼンを外しスキーに履き替えていると、乳白色の雲の中にぼんやりと太陽が輪郭を見せた。素晴らしいタイミングで天候が回復した。こうなったら「慎重に」などという言葉はどこかに飛んで行ってしまう。全身を躍動させて思い切り楽しく滑り下りるのだ。

 かなり下のほうに安全に立ち止まれる目標地点を定め、そこまで一気に滑り降りる。途中で止まるのはもったいない。ゲレンデで滑るのとは違い、荷を背負っているのですぐに腿が熱くなるが、頑張って目標地点まで滑る。そこで立ち止まってシュプールを愛で、静寂な森と雪の斜面を眺め、そして次の滑走ラインを定める。こうしてゆっくりと時間をかけるのは、1シーズンに1度巡り合えるか会えないかという好条件と、この素晴らしいロケーションを味わいつくすためだ。大好物の寿司ネタの生うにも、長くは口の中にとどまっていてはくれない。だからすぐに次のネタを口に入れずに、しばらくは口に残った余韻を楽しむのだ。

 何度かこんなことを繰り返しながら最高のパウダーを楽しんだ。今日はだれもやってこないのかと思っていたら、標高900m辺りまで下って来たところで外国人のスキーヤー2人が登って来た。上部の様子などを少し話して別れた。彼らのように軽装で板を肩に担ぎ、状態のいい斜面だけを楽しんで帰っていくスタイルが多いようだ。その証拠に、登っているときにはなかったトレースやシュプールがかなり残されている。おかげでどれが自分のトレースかわからなくなってしまった。

 ここからは気持ちのよい疎林の中のパウダーだ。なるべくトレースから離れないように心がけながらもノートラックの斜面を選んで滑りを楽しむ。見覚えのある場所であることを確認して、もう一休みした後は「羊蹄、サイコー!」と叫びながら、立木をスラロームの旗門に見立てて滑り降りる。スキー部だった高校時代に戻った気分。何もかも忘れて滑りだけを楽しむ。

 「えっ!?」。ふと気がつくと、登りでは絶対通らなかった尾根の景色に囲まれている。標高は450m。地図を見てもそれらしきところはあちらこちらにあるようで、現在位置がつかめない。しかしシュプールは何本も付いているので大丈夫だろう。太陽の位置から、方向はそれほどずれていないようではある。もう現在位置がわからないのだから、はっきりするまでシュプールを追いかけることにした。こうなると滑りなどは楽しんでいられない。ただただシュプールを追い、周りの景色に目を凝らし、地図と見比べながら滑る。すでに標高は300m。出発地点の「羊蹄自然の家」は標高が400mだから、現在位置がわかっても100m登り返さないといけない。

 周りが林道っぽくなり、しばらく平坦な道をストックで漕いで進むと墓地の中に出た。目の前に円筒形の大きな建造物が現れ、現在位置がはっきりした。正しい場所から2kmほど東寄りに下っていた。スキーヤーの物らしき車が2台泊っている。こんな登山口があったのか。ハイキングマップにも載っていなかったので、まさかこんな所に導かれてしまうとは思いもよらなかった。油断をしていたということだ。深い山の中ではありえない落とし穴だが、教訓にしなければならない。

 開き直って荷を下ろし、十分に休憩をとりながらスキーにシールを張る。地図を眺めながら車まで戻るルートを計画する。植林された唐松林を抜けると、あまり人の立ち入らなそうな林の中をゆるく登り返していく。これからサッポロに戻ってレンタカーを返したり、友達と待ち合わせをしたりという時間的な制約がなければ、コーヒーをドリップしたくなるようなのどかな白樺林だ。いくらか地形が複雑になってきて、幾筋かの谷や尾根を越えながら30分ほど歩くとのびやかな雪原となり、真新しいスノーシューの足跡が付いている。「羊蹄自然の家」はもう間近だ。「泊るくん」が見えてきた。

 

 定山渓の温泉で冷えた体を温め、札幌に戻り、夜には友人と二人でジンギスカンを腹いっぱい食べ、ビールも鱈腹飲んだ。今年もこの幸せな時間に戻ってくることができたことがこれほどうれしいのは、年をとったせいだろうか。