梨木香歩

「一番好きな作家は?」と聞かれたら、僕は「梨木香歩」と答えます。なにしろ、読み終わった後に、強烈な感動が押し寄せてくる作品がたくさん。落ち込んだときに読むと、「ほっ」とすると同時に「明日からまたがんばろっ」という前向きな気持ちにさせてもらえます。

僕が梨木さんの作品に初めて出会ったのは2001年の5月。当時、梨木さんの作品は、『裏庭』しか文庫になっていませんでした。でくのぼうさんに「梨木香歩はいい」とすすめられて読んだ瞬間、完全にはまりました。……そして、その夏、『裏庭』が「新潮文庫の100冊」に入ったのをきっかけに本屋で平積みされはじめます。そして、『西の魔女が死んだ』と『からくりからくさ』が立て続けに文庫化され、この頃には3冊全部が平積みになってる本屋を多くみかけるようになりました。梨木さんの本が売れていく過程をリアルタイムで体験できたのはちょっとうれしい経験です。

当サイトにも梨木さんの影響は強くて、梨木さんの作品を通じて、でくのぼうさん・きみどりさん・カメさんたち常連との結びつきを強めることができました。



<西の魔女が死んだ(新潮文庫)>
学校に行けなくなった中学生の少女と、イギリス人のおばあちゃんとの生活を描いた作品。

なんといっても、ラストの感動が強烈な作品。分量がちょうど手頃だし読書の感動も体験できるので、日頃、あまり本を読まない人にも「読書も楽しいよー。ためしに読んでみて」的なノリで勧められる作品です。もちろん、本好きの人でも十分楽しめます。

「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって、だれがシロクマを責めますか」(p.162)

「まいの言うことが正しいかもしれない。そうでないかもしれない。でも、大事なことは、今更究明しても取り返しようもない事実ではなくて、いま、現在のまいの心が、疑惑とか憎悪とかいったもので支配されつつあるということなのです」
「わたしは……真相が究明できたときに初めて、この疑惑や憎悪から解放されると思うわ」
「そうでしょうか。私にはまた新しい恨みや憎しみに支配されるだけだと思いますけれど」
「そういうエネルギーの動きは、ひどく人を疲れさせると思いませんか?」(p.139)



<エンジェル エンジェル エンジェル(原生林)>
コウコとコウコの祖母さわこの物語。構成がちょっと複雑なので最初読んだときは、ややわかりにくいかもしれません。コウコの話と、さわこの少女時代の話が交互に展開してます。コウコの話に出てくる「ばあちゃん」が「さわこ」というわけ。

この作品も、『西の魔女が死んだ』と同じく、ラストがとても感動的です。分量も手頃で他の人にすすめやすい本だと思います。ただ、まだ文庫にはなってないし、在庫のある書店もあまりないので、すすめても気軽には買ってもらえない、という欠点があります。というわけで、僕の場合、もっぱらプレゼント用の書籍となってます^^;

実はこの作品は、梨木さんの作品の中でもかなりお気に入りの作品です。ラストの詩にも出てきますが、この作品のキーワードは「バランス」です。バランスをとって生きていくのは、なかなかしんどいことですが、それでもそうしなきゃいけない、って感じでしょうか。この「バランスとることの難しさ」が、ここ数年の僕の中でのキーワードにもなってるので、僕はこの作品に惹かれるのかもしれません。

ねえ、さわちゃん
天使の羽、貰えた?
鷲の羽だって、いいよね
どこまでも高みに向かう純白の天使の羽でなくて
闇に巣くう悪魔の蝙蝠の翼手でもない。
大鷲の翼
天と地の間を
つかず離れず飛翔する
ねえ
バランスとって飛ぼうよねえ さわちゃん
力いるけど
(p.164)



<裏庭(新潮文庫)>
ファンタジーの楽しさを存分に味わわせてくれる作品。

とにかく話がおもしろいので、夢中で読み進めてしまう。だけど、ただおもしろいだけじゃなくて、梨木香歩という作家の「深み」を感じさせてくれる作品。細部まで理解しようとするとなかなか難しい。でも! 無理に理解しようとする必要はありません。理解しようとして、自分の中で「無理」が生じるよりも、この作品から感じ取った「何か」を大切に自分の中にしまっててください。←講演会の梨木さんの話から、僕はこんな風に感じました(講演会レポート参照)。

この作品のキーワードは「傷」。傷に対する箇所だけを抜き出して読んでも、十分に堪能できます。

「鎧をまとってまで、あなたが守ろうとしていたのは何かしら。傷つく前の、無垢のあなた? でも、そうやって鎧にエネルギーをとられていたら、鎧の内側のあなたは永久に変わらないわ。確かにあなたの今までの生活や心持ちとは相容れない異質のものが、傷つけるのよね、あなたを。でも、それは、その異質なものを取り入れてなお生きようとするときの、あなた自身の変化への準備ともいえるんじゃないかしら、『傷つき』って」
「まさか、だからおおいに傷つけっていうんじゃないでしょうね」
「違う、違う。傷ついたらしょうがない、傷ついた自分をごまかさずに見つめて素直にまいっていればいいっていうのよ」
「ちょっとはこたえることもあったけどね。でも、そういうことが、私を変化させる唯一のものだとある日気づいたのよ」(p.279)

「真の癒しは鋭い痛みを伴うものだ。さほどに簡便に心地よいはずがない。傷は生きておる。それ自体が自己保存の本能をもっておる。大変な知恵者じゃ。真の癒しなど望んでおらぬ。ただ同じ傷の匂いをかぎわけて、集いあい、その温床を増殖させて、自分に心地よい環境を整えていくのだ」(p.189)

「皆が他を思いやり、皆が一つの考えにまとまるようになり、自他の境などないも同然になった。〜もう、ほとんどみんな溶けおうて、自分というものはなくなってしもうた。結局、最後に残ったのは、それぞれの傷の色じゃった。傷の色だけが微妙に違うた」
「どんな心の傷でも、どんなひどい体験でも、もはやこうなると、それをもっていることは宝になった。なぜなら、それがなければもう自他の区別もつかんようになってしもうたから」(pp.237)

「傷を、大事に育んでいくことじゃ。そこからしか自分というものは生まれはせんぞ」(p.253)



<からくりからくさ(新潮文庫)>
4人と女性と1体の人形の共同生活が紡ぎ出す物語。

梨木さんのこれまでの作品で、僕が一番好きな作品。初めてこの作品を読んだ時の気持ちは何とも言えないものでした。ぶるぶる震えて、頭の中くちゃくちゃになりながら、一気にラストまで、という感じ。梨木さんの作品と長いつきあいになることを確信したのもこの作品を読んだときでした。何度も読み返した今では、この作品の登場人物が古くからの友人のような気にさえなります。

この作品のキーワードは「つながり」(←唐草模様のような)。

 伝えること 伝えること 伝えること
 大きな失敗小さな成功 挑戦や企て
 生きて生活していればそれだけで何かが伝わっていく
 私の故郷の小さな島の、あの小さな石のお墓の主たちの、生きた証も今はなくてもきっと何かの形で私に伝わっているに違いない。きょうのあのおばあさんが、私が教えたと繰り返したように。
 私はいつか、人は何かを探すために生きるんだといいましたね。でも、本当はそうじゃなかった。
 人はきっと、日常を生き抜くために生まれるのです。
 そしてそのことを伝えるために。(p.395)

幼虫の姿ではもう生きていけない。追い詰められて、切羽詰まって、もう後には変容することしか残されていない。(p.393)

「ほら、このパターンはここから明らかに変化している。ねえ、大事なのはこのパターンが変わるときだわ。どんなに複雑なパターンでも連続している間は楽なのよ、なぞればいいんだから。変わる前も、変わったあとも、続いている間は、楽。本当に苦しいのは、変わる瞬間。根っこごと掘り起こすような作業をしないといけない。かといってその根っこを捨ててしまうわけにはいかない。根無し草になってしまう。前からの流れの中で、変わらないといけないから」(p.408)

 自分の与かり知らぬ遠い昔から絡みついてくる蔓のようなものへの嫌悪といとおしさ。蔓は個の限界を超えようと永遠を希求する生命のエネルギーだ。
 呪いであると同時に祈り。憎悪と同じぐらい深い慈愛。怨念と祝福。同じ深さの思い。媒染次第で変わっていく色。経糸。緯糸。リバーシブルの布。
 一枚の布。
 一つの世界。
 私たちの世界。(p.430)



<りかさん(偕成社)>
ようことりかさんの話。『からくりからくさ』の蓉子の子ども時代の話です。ようこと話をするりかさんがもうたまらない。

僕はどうしても、大好きな『からくりからくさ』の番外編として読んでしまいます。内容的にも『からくりからくさ』と関連がありますし。もちろん、この作品だけでも十分に楽しめます。

この作品については、人形遊びの経験のない僕には十分に味わいきれない部分があるような気がしてしかたありません^^; …なので、でくのぼうさんのコメントの方がはるかにいいかと。


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