三浦綾子

1922年−1999年。代表作は「氷点」「塩狩峠」「道ありき」など。

ここでは、遠藤周作と並んで僕が大好きな作家である三浦綾子の著作を紹介します。その話の展開のうまさは、他作家の追従を許さないほど。ぐいぐいと話の中に引き込まれていきます。どんな長編であっても、一気に読み終えてしまいます。

遠藤周作のテーマが弱い人間を包み込むやさしさだとすると、三浦綾子のテーマは弱い人間がどうやったら強くなれるかという点だと思います。そのため、三浦綾子の作品を読んだ後は、自分の弱さを改めよう、という深い感動をおぼえます。また、人間の「生の意味」を深く考えさせられる著作も多い。みずみずしい清らかな感動を味わいたくなったときには、是非三浦綾子さんの作品を読んでみてください(あえて人間の暗い部分に焦点を当て、考えこまされる作品も多いですが)。

ちなみに僕の一番のお気に入りは、「泥流地帯(正・続)」です。


泥流地帯・続泥流地帯(新潮文庫)
三浦綾子作品の中で僕が一番好きな作品で、読んでて僕が初めて涙を流しちゃった作品です。
僕が元気がなくなったときに読む大切な本の一つ。「これくらいでへこたれてちゃだめだ、明日からまたがんばろうっと」という気にさせてもらえるので。

この本のテーマは明確で、「人生における苦難の意味」です。次々に苦難が襲いかかる主人公一家を通して「どうして誠実に真摯に生きてきた者に苦難が襲いかかるのか、どうして正しく生きてきた者が苦しまねばならないのか」が問いかけられます。そして、三浦さんの答えは……

「苦難に会った時に、それを災難と思ってなげくか、試練だと思って奮い立つか、その受けとめ方が大事なのではないでしょうか」
「しかし、正しい者に災いがあるのは、どうしてもわかんねえなあ」
「叔父さん、わかってもわかんなくてもさ、母さんの言うように、試練だと受け止めて立ち上がった時にね、苦難の意味がわかるんじゃないだろうか。俺はそんな気がするよ」
 明るい声だった。耕作も深くうなずいた。(『続泥流地帯』下巻p.423)


これだけ読むと、「なんだそんな結論か」と思う人も多いだろうけど、三浦さんのすごさはこの結論に至るまでの過程を実に生き生きと描ききって、読み手を完全に感情移入させ共感させるという点にあります。最後の「明るい声だった。耕作も深くうなずいた」という描写は、それまでの拓一の苦労と耕作の悩みを知っている読者に圧倒的な感動をもたらします。それまでの三浦さんのリアリティに満ちた生き生きとした描写によって拓一の苦労と耕作の悩みを共有してきた読者は、拓一と耕作が最後に「明るい声」と「深いうなずき」に行き着いたという事実によって、三浦さんの語る「苦難の意味」を完全に信じる気持ちになれるから。

この本では、必ずしも正しい者がこの世で報われるわけではないということが語られています。最後は絵に描いたようなハッピーエンドで終わってます。この本のテーマを考えると、ハッピーエンドは必要なかったような気がするし、むしろハッピーエンドでない終わり方のほうがテーマとしては一貫しているような気もします。それなのに、最後にハッピーエンドが用意されているのは、正しい者が報われるとは限らないということを十分承知している筈の三浦さんでさえ、拓一のように正しい者が報われてほしいという気持ちを捨てられなかったことを示しているように思えます。この願望が三浦さん(だけじゃなくて人間全て)の甘さであり弱さなのは確かでしょうけど、この本の場合は、ハッピーエンドで終わっていてよかったと僕は思います。だって、ハッピーエンドであることによって、この小説を読んだ後、すごく前向きに生きる気持ちが湧いてくるのは間違いないんだもん。