第3回 

始めるきっかけー田邊、田淵両先生との出会い
   
(^_^)このスポーツチャンバラというのは、私なんかにはとっても新しく聞こえる言葉、スポーツなんですが、山河さん が、これを始めたきっかけは、どんなことなんですか?    
    ハイ。私は出版関係、雑誌とかの仕事をしていて、たまたまその時「武道空手」という雑誌の営業をしていました。それで、私は何も知らずに、全日本護身道連盟とか小太刀護身道とか何とかの団体があったので、とにかく行ってみようということで、横浜の田邊哲人先生の所に行って、「小太刀護身道って何ですか?」とか、雑誌社というのは、厚かましいのだけが取り柄ですから、いきなり何も分からないのに聞いたわけですよね。そうすると先生がこういうもんだよとか教えてくれて、それで知ったわけですけどね。

 それで、「どんなものでやるんですか?」とお聞きしたときに、このソフト棒を渡されたわけです。 

(^_^)最初からこれがあったわけですね。    
     そうです。そのエアソフト剣でなくて、ソフト棒だったですが。それを持って、これでやるんですかと、構えたときに猛然たる闘争心というか、先生に立ち向かう野性的なものが、「バアー」っと自分の中に生まれたんですね。
(^_^)この棒を持ったら1?    
     結局これでいきなり叩いても、さっきあなたが経験したように、冗談みたいに別に痛くないわけですから。これで戦い会えるんだということが、凄く私の心の奥底から、「ワー」っと感情が高まって、もうそこでこれをやりたいと、いうふうに思ったわけですね。

 それですぐにね、まあ、自分がやりたいといっても、そういう雑誌社の人間ですから、それで私は、これの広報をやりますと。自分でかってに次の日、全日本護身道連盟 広報担当という名刺を作って、それでメディアの露出とか、紹介とかをやろうと始めて…。それと、自分もこれをやらせて下さいということで、それで今も所属している渋谷に田淵道場というのがあるのですが、そこへ田邊先生が「修行してこい」と言われて、そこでずっと…。それが1980年代の終わり頃なんですけどね。

(^_^)80年代の終わり頃?    
     そうです。この先生の著書「小太刀護身道」を発行される前で、校正をされているときだったのですね。
(^_^)今から10数年前?    
     そんなには経っていないような気がしますが、とにかくその頃に田邊先生と知り合って…。そして、その田淵道場の、田淵先生という人は、これまた凄い人で、その先生と90年代の初め、修行させてもらって、地方で大会があるといえば一緒に出かけたり…。やはりこういうスポーツは汗を流しますから、終わると必ず、じゃ一杯行くかと…。
(^_^)ああ、そういう楽しみが…。    
     そうなんです。 それで、まあたまたまその田淵先生という人が非常にいい人で、私などと気持ちが通じるところもあって、のめり込むようにやったのです。
(^_^)そうなんですか。で、そういう先生たちとのいろいろ出会いがあって、どんどんこのスポーツチャンバラの世界に入って行かれたわけですね。    
     そうです。
(^_^)じゃ、このスポーツチャンバラの一番の魅力ってなんでしょう?    
    以下は次号に  (つづく)
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