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| 名前 | Sanrda Anne Lauer サンドラ・アン・ラウアー |
Michaela Rose ミシェーラ・ローズ |
Jasmin Elisabeth Vetter ジャスミン・エリザベス・フェッター |
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| 誕生日 | 1962年5月18日 | 1958年12月19日 | 1956年2月22日 | ||||||
| 出身 | フランクフルト | フランクフルト | 西ドイツのザスバッハ | ||||||
| 両親 | 父・フランス人/母・ドイツ人 | 父・アメリカ人/母・ドイツ人 | 父・母ともにドイツ人 | ||||||
幼い頃 |
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| 好きな アーチスト (当時) |
ソフィア・ローレン(女優) マーロン・ブランド(俳優) オリビア・ニュートン・ジョン スーパー・トランプ |
ツアラ・リーンダー(スイスの女優) マーロン・ブランド(俳優) スーパー・トランプ |
アラン・ドロン(俳優) エルトン・ジョン |
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| アラベスク 加入以前 |
14才の頃からステージに立っていました。アラベスク加入前にはソロ歌手として「Andy mein Freund(私の友達、アンディ)の意」をリリースしました。
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モデルとして芸能活動をしていました。1976年にはタレント・コンテストで1位の成績も収めています。
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元々、西ドイツ体操のナショナル・チームの一員でしたが、オリンピックを控えたある日、練習をしていて段違い平行棒から転落し、腰を打ち、競技生活を断念せざるを得なくなりました。その後は、ダンサーやダンス・クリエーターとして活動していました。
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担当 |
ソプラノで、ほとんどの楽曲のリード・ボーカルと担当していました。 | アルトで主にバック・コーラスでしたが、リード・ボーカルを担当する事もありました。 | ソプラノでバック・ボーカルを担当。また、体操選手という経歴を生かし、振りつけを担当していました。 | ||||||
| アラベスク 解散後の活動 |
ソロになって間もなく、マイケル・クレトゥのプロデュースで、シングル「JAPAN IST WEIT」をリリース。セカンド・シングルの「マリア・マグダレーナ」が西ドイツで大ヒット。また、イギリスでスマッシュ・ヒットしました。続く「ヒート・オブ・ザ・ナイト」もまたまた大ヒットで、あっという間に西ドイツでトップ・スターとなりました。この人気はヨーロッパ中に飛び火し、またロシアでもかなりの人気を得ました。サンドラは、アラベスク時代よりもはるかに上回る成功を収めました。日本では、アラベスク時代からの一部のファンに支持されましたが、一般の人にはあまり受け入れられなかったようです。1985年には東京音楽祭参加のため来日しました。後にマイケル・クレトゥと結婚しました。 |
サンドラが抜けた後のミシェーラとジャスミンの二人は、「ROUGE(ルージュ)」という二人組ユニットとして、西ドイツを拠点に活動を始めました。1987年頃まで、「Hold
On」「Love Line Operator」など、何枚かのシングルを西ドイツJUPITER RECORDS(あのジンギスカンが所属していたレコード会社)よりリリースしましたが、それほど大きな話題にはなりませんでした。 |
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| 現在 | 1995年にアルバム『FADING SHADE』をリリースした後は、あまり目立ったソロ活動はしていませんでしたが、2001年には、久々のマキシ・シングル「FOREVER」をリリース。2002年4月にはアルバム『THE WHEEL OF TIME』をリリースし、ドイツのアルバム・チャートで最高位初登場8位と大ヒットを記録しました!![]() |
現在の状況はわかりません。 ドイツで主婦として生活しているという未確認情報もあります。 |
現在は、SY & Partnersという、アーチストのイベントを企画するエージェントを起こした、Sherin
Yousriという方と結婚したようです。そのエージェントのサイトには、現在のジャスミンのフォトも掲載されています。(ジャスミンの隣の小太りのおじさんがご主人のようです。)なお、このエージェントでは過去にエルトン・ジョンやリッキー・マーティンなど有名アーチストのイベントも企画したことがあるようですね。 SY & Partners *上記リンクですが、2004年6月現在、リンク切れをおこしておりますので、画像については下記参照してください。 ![]() |
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| サンドラのより詳細な情報についてはこちらのセクションをご覧ください。 | ルージュのより詳細な情報についてはこちらをご覧ください。 | ||||||||
*エニグマとサンドラについて
日本を初めとする世界各国で、ヒーリング・ミュージックとして人気の高いエニグマは、当初、その詳細が判らなかったのですが、後になって、マイケル・クレトゥということが判りました。また、サンドラもエニグマの曲のいくつかには、バック・コーラスとして参加しているのです。代表的なヒット曲「リターン・トゥ・イノセンス」でも曲間の台詞を言っているのはサンドラなんですよ。
こうして、サンドラはそれぞれの年代において、アジア、ヨーロッパやロシア、アメリカ・・・と制覇していったと思うと、もう感無量です。
*ROUGEについて
ROUGEの夢は二人とも「NO.1ヒットを持つこと」(当時)でしたが、叶わぬまま、現在はいったいどうしているのでしょう。もしかしたら、NO.1ヒットの夢を捨てずに、今でもどこかで音楽活動をしているのでしょうか。それとも普通に結婚して家族と暮らし、「お母さんは昔歌手だったの。いろんな国でコンサートをしたり、遠い日本では、とっても人気があったのよ・・・」なんて、子どもに話しているのでしょうか・・・。私は、彼女たちが私のHPにアクセスしてくれて、メールをくれたり、メッセージ・ボードに何か書き込んでくれたらいいなーなんて思っています。
旧メンバーについて
(EX-MEMBERS)
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![]() (現在のフォト) |
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| 名前 | カレン・アン Karen Ann |
メリー・アン Mary Ann |
ハイク・リンボウ Heike Rimbeau |
エルケ・ブルクヘイマー Elke Bruckheimer |
| プロフィール | 結成時のメンバーの一人。1953年9月11日、ロンドン生まれのイギリス人です。オッフェンバッハという年で開催されたソング・コンテストで優勝したところをウォルフガング・メーベスらに見出されてアラベスク加入となった。4thシングル「今夜もロック・ミー」までは在籍していました。ファースト・アルバムには、アラベスクの活動と平行して学校の先生をしていると書かれていましたが実際のところはわかりません。 現在、彼女はSHAKIRAというバンドの女性リード・ボーカルとしてドイツで活動しています。このSHAKIRAは、3人組バンドで、結婚式、誕生日、他いろいろなイベントなどに、ある時はソロ、またある時はデュオやトリオとしてそれぞれのフォーメイションで歌を歌ったり、音楽を演奏したりするようです。最近のインタビューによると、出産を予定していたことが脱退の理由だったと語っています。(しかし、既に25年以上前の出来事であるので、記憶違いと思われる記述もいくつか見受けられます) SHAKIRAのHP(すべてドイツ語)はこちらをご覧ください。彼女がアラベスク在籍時にリリースしたシングルのジャケットも公開されています。なお、現在はステファン、ダニエルという2人の息子のお母さんでもあります。 |
結成時のメンバーの一人。ドイツ人で、ソロ・ボーカリストの経験を持っているとのこと。ファースト・アルバムリリースの時点で脱退しました。 左記のカレンのインタビューによると、メリーの脱退の理由は、(彼女が暮らしていた)カールスルーエ(ドイツの都市)から(活動の拠点と思われる)フランクフルトまで車での距離があったことや、彼女には小さな男の子がいたからということです。 アラベスク加入以前のソロ・シングルはこちらをご覧ください。 |
1959年4月17日生まれのドイツ人。ファースト・アルバムのリリースの時点で、メリー・アンに代わり加入したメンバー。4thシングル「今夜もロック・ミー」までは在籍していましたが、5thシングル「ペパーミント・ジャック」リリース前に脱退しました。とてもチャーミングな女性です。アラベスクとしては、テレビでもサンドラのように真ん中で歌っていました。 また、アラベスクに加入する前には、Anyone Expectというバンドで活躍していたとのことです。 |
何と!アラベスクにもう一人のメンバーがいた!!! 日本でリリースされたレコードなどのライナーには彼女についてまったく触れていません。彼女は西ドイツでいくつかのバンドのボーカリストとして活動しているところをアラベスクのプロデューサーのヴォルフガング・メーヴェスに見出され、'79年までの約半年間、在籍しました。しかし、「自分はカントリーを歌いたいんだ」と気づき脱退。その後、カントリー・アンド・ウエスタンのグループを結成。現在もカントリー&ウエスタンのグループのボーカリストとして活動しています。そのグループ「LOUISIANA(ルイジアナ)」のオフィシアル・サイト内のメンバーのプロフィールには、彼女がアラベスクとして活動した経緯などが記載されていてます。トップページから「英語(イギリス国旗)」を選び、「BAND」→「ELKE BIOGRAPHY」と進んでください。なお、英語がよく判らないという方のために、BeNがそのページを丸ごと訳しました。こちらをどうぞ。 |
メンバーがミシェーラ、ジャスミン、サンドラの3人に定着するまでは、メンバーの入れ替えが頻繁に行われたことや、エルケなるメンバーの存在も明らかになるなど、判らないことも多いです。旧メンバーによる楽曲は、サンドラの声質と似ているので、本来なら旧メンバーでレコーディングした楽曲なのに、サンドラが「ハロー・ミスター・モンキー」を歌ってもほとんど違和感がありません。
last updated : 2004/6/1