HOME > HISTORY AND APPEARANCES


THE HISTORY APPEARANCES IN JAPAN TV APPEARANCES IN FOREIGN COUNTRIES


*年表中、アラベスクについて、特に記載のない場合は日本でのリリースを、
YEAR MONTH
or
SEASON
HISTORY
1977 summer アラベスクが西ドイツにおいて結成される。結成当時のメンバーは、ミシェーラ、カレン、メリーの3人。
autumun? 「ハロー・ミスター・モンキー」が西ドイツにて日本より一足先にリリース。
1978 1 プロデューサー、ウォルフガング・メーヴェスが「ハロー・ミスター・モンキー」をミデム(音楽の見本市)に売りこむ。日本ではビクターが買い付ける。
4 「ハロー・ミスター・モンキー」が日本でもリリース。オリコン洋楽チャートで最高1位獲得、年間洋楽チャートでも4位というビッグ・ヒットを記録。
autumn? メリーが脱退し、ハイクが加入。(1stアルバムのリリース前)
10 フランクフルトのオッフェンバッハにあるヨーロッパ・サウンド・スタジオにてファースト・アルバムの収録が行われる。
*ヨーロッパ・サウンド・スタジオは当時、人気のボニーMも使用していたスタジオです。
12 1stアルバム『アラベスク・ファースト』が日本先行発売。オリコン洋楽チャート最高9位。
12? 1stアルバムの発表後、カレンが脱退し、ジャスミンが加入。(ジャスミンがサンドラより一歩先に加入)
1979 1? ハイクが脱退し、エルケが加入。
summer エルケが脱退し、サンドラが加入。
10 2ndアルバム『ペパーミント・ジャック』リリース。オリコン洋楽チャート最高3位。
11 テレビ番組「11PM」の10周年記念番組の特別ゲストとして初来日。
1980 3 ヨーロッパ・サウンド・スタジオにて、3rdアルバム『ハイ・ライフ』のレコーディング。
5 アルバム『ハイ・ライフ』リリース。オリコン洋楽チャート最高1位。
9 ヨーロッパ・サウンド・スタジオにて、4thアルバム『さわやかメイク・ラブ』のレコーディング。
12 アルバム『さわやかメイク・ラブ』リリース。オリコン洋楽チャート最高4位。
1981 3 西ドイツでリリースした6thシングル「哀愁のマリゴット」が最高8位をマーク。アラベスク、初めて(そして最後の)の西ドイツでのヒット。
5 韓国にて、'81ソウル国際歌謡祭にスペシャル・ゲストとして招待。同時に一般会場でのコンサートも行う。
5 日本で、10thシングル「恋にメリーゴーランド」リリース。テレビでの露出もありオリコン洋楽チャートで久々の1位獲得。
5 アルバム『グレイテスト・ヒット』リリース。オリコン洋楽チャート1位。洋邦あわせた総合チャートでも2位という好成績となる。
5-6 アラベスク、初めてのジャパン・ツアー。東京、大阪など主要都市において6公演をおこなう。
8 5thアルバム『ビリーズ・バーベキュー』リリース。オリコン洋楽チャート1位、総合チャートでも2位という好成績。
autumn VHDやビデオの『グレイテイスト・ヒッツ』の映像を収録するために来日。滞在はわずか3日間くらいだったとのこと。
11 ヨーロッパ・サウンド・スタジオにて、6thアルバム『キャバレーロに夢中』のレコーディング。
後のサンドラの夫のマイケル・クレトゥもキーボードで参加!
12 シングルやアルバムの売り上げが好調で、この年、日本で最も売れた洋楽アーチストとなる。
1982 4 アルバム『キャバレーロに夢中』リリース。
5 二回目のジャパン・ツアー。全国主要都市において全17公演をおこなう。
マイケル・クレトゥもこの時、キーボーダーとしてコンサートのスタッフとして参加。
10 上記のコンサートの模様を収めたアルバム『ファンシー・コンサート』をリリース。
12 7thアルバム『愛のリプライ』リリース。
1983 6 ドイツ国営放送「ZDF」の番組のレポーター役として、5度目の来日。同時にテレビでのプロモーションも行う。
summer? 西ドイツにてアラベスク活動期としては最後のシングル「サンライズ・イン・ユア・アイズ」をリリース。
 ? 8thアルバム『恋のルーザー』のレコーディングがヨーロッパ・サウンド・スタジオの他、ロスバッハにあるFAR TONスタジオで行われる。
12 アルバム『恋のルーザー』リリース。
1984 ? アラベスク解散?
4 サンドラがドイツ・バージンと契約して初めてのシングル「JAPAN IST WEIT」(アルファビルの「BIG IN JAPAN」のカバー)をマイケル・クレトゥのプロデュースで西ドイツにてリリースする(日本未発売)。
12 ラスト・アルバム『恋はナイト・アンド・デイ』リリース。
1985 1 アラベスク最後のシングル「恋はナイト・アンド・デイ」が日本でリリース。
アラベスク解散?(サンドラのシングル「JAPAN IST WEIT」が1984年4月ということなので、アラベスクは実際には1984年の初めには解散していたのかと思われる)
以下、SANDRAとしての活動 以下、ROUGEとしての活動
5 「マリア・マグダレーナ」をリリース。夏には、本国西ドイツを初めヨーロッパ各国でビッグ・ヒットとなる。この曲はイギリスでもヒット。サンドラ〜アラベスクとしても、英語圏での初ヒット。  アラベスク解散後、ミシェーラとジャスミンが西ドイツにてROUGEとして活動を始める。ラジオ・ステーションにシングル「I WANNA TAKE YOUR BODY」が配布されるが、このシングルは公式にはリリースされず、何かの手違いだったとのこと。1986年の「HOLD ON」が公式なシングルとなったらしい。
11 1stアルバム『THE LONG PLAY』をリリース。




 

来日時のテレビ・ラジオ出演や雑誌の取材・撮影など
APPEARANCES IN JAPAN

YEAR TV APPEARANCES RADIO APPEARANCES MAGAZINE AND PAPER
1979 ・NTV「11PM 」
*10周年記念特別ゲストとして来日
・週刊明星
1980 ・「ゆうせん」表紙
(有線放送による非売品)

1981 ・フジ「夜のヒットスタジオ」(生放送)
「ハロー・ミスター・モンキー」「ミッドナイト・ダンサー」「恋にメリー・ゴーランド」をバンド演奏で歌う!

・NHK「レッツ・ゴー・ヤング」 (6月14日放送)
・MBS系「ヤング・オー!オー!」 (7月5日放送)
・「週刊FM」取材
・「平凡パンチ」撮影
1982 ・フジ「夜のヒットスタジオ」(5月3日生放送)
・NHK「ラブリー・コンサート」(7月30日放送)
TV/FM公開録画/新宿厚生年金会館(5月5日収録)
↓「ヤング・ファースト・ラブ」を歌っているところ

・NTV「11PM」(5月5日収録・放送日不明)
・NHK「レッツ・ゴー・ヤング」(5月10日収録・放送日不明)
「キャバレーロに夢中」をレコード演奏に併せ生で歌う!

・テレ朝「クイズマガジン'82」(5月22日収録)
・フジテレビ「ミュージックフェア’81」(収録日不明・放送日6月16日)
*「ハロー・ミスター・モンキー」他
・ニッポン放送
 「オールナイトニッポン」取材(5月20日放送)
・NHK「アラベスク・コンサート」
 TV/FM公開録音
 /新宿厚生年金会館(5月5日収録)
・FM取材
・「サウンドボーイ」取材
・スポーツ紙「?」取材
・「週刊プレイボーイ」撮影
・「GORO」取材
・「夕刊フジ」
・「月刊平凡」取材
・「週刊FM」取材

・「ホリデーオート」取材

*上記雑誌の表紙の大きいものを見る

・「ロックショー」取材
・「FMステーション」取材
・「フォーカス」写真と記事
1983 ・NTV「シャワーギャング」(6月6日収録)
・TBS「ヒットステージ」(6月9日収録)
*「あの愛をもう一度」を披露(口パク)

・フジ「芸能グラフィティ」(6月11日収録)
・テレビ神奈川「ファンキートマト」(6月13日収録)
*「あの愛をもう一度」「気分もエアロビック」を披露
・ラジオ日本・インタビュー
・東海ラジオ・インタビュー
・FM東京・大阪
 「ポップス・イン・デイリー」DJとして出演
・「FOCUS」撮影
・「オリコン」インタビュー
・「バラエティ」取材
・「JUNON」取材
1984
1985


*1983年の来日は、西ドイツ国営放送(ZDF)のテレビ番組の取材が主な目的でした。アラベスクは、日本の芸能界や若者の風俗を紹介するレポーター役でした。彼女たちがレポーターに選ばれたのは、日本で特別に人気が高いアーチストということからのようです。
 新宿のディスコ「ニューヨーク・ニューヨーク」では、ZDFのビデオ撮りが行われました。披露した曲は「あの愛をもう一度」と「サンライズ・イン・ユア・アイズ」の2曲でした。また、アラベスクのメンバーが帰る時には、みんなに握手やサインを求められていたそうです。わずか9日間という滞在でしたが、ZDFの取材の他にも、同時にテレビ出演やラジオや雑誌のインタビューなど精力的に活動したようですね。
*1982〜83年については、当時のアラベスク・ファン・クラブ・ジャパン(通称AFJ)の資料を参考にさせていただきました。また、同資料に関しては、AFJの副会長も経験されたEuroboyさんに提供していただきました。どうもありがとうございました。


♪ ミュージック・クリップ ♪
(MUSIC CLIPS)

PICTURES TITLE COMMENTS
さやわかメイク・ラブ
(MAKE LOVE WHENEVER YOU CAN)
どのような経緯で制作されたかはわかりませんが、シングル・クリップが存在するようです。,当時日本のテレビでも紹介されたのでしょうか。2002年にリリースしたDVD『グレイテスト・ヒット』の案内には、当初「さやわかメイク・ラブ」を含むボーナス・トック3曲追加収録」と告示されていたので、このクリップなどが最初は収録される予定だったのかもしれません。
ある情報によると、「ビリーズ・バーベキュー」など、他にもアラベスクのミュージック・クリップは存在するようです。何か情報をお持ちの方はご一報ください。

 



アラベスクの海外でのテレビ出演
TV APPEARANCES OF ARABESQUE IN FOREIGN COUNTRIES

ドイツでは人気がないと言われていましたが、
ちゃんと歌番組にも出演していたんですよ(^^)。

YEAR 番組で歌った曲
TITLE
出演番組/(  )内は放送局名
TITLE OF THE PROGRAM
BeN's COMMENTS
1977 「ハロー・ミスター・モンキー」
"Hello, Mr. Monkey"
POP
アラベスクの最も初期のメンバー(左からミシェーラ、メリー、カレンの3人)で出演。これがステージ衣装?と思えるような簡単なワンピースを着て歌っています。また振りもとても単純で、サビの♪ハロー・ハロー・ミスター・モンキー・・・の時は、片手をバイバイする時みたいに左右に振るだけです。一応、メリーが一番可愛いということでセンターのポジションみたいですね。
1978 「フライデイ・ナイト」
"Friday night"
DISCO
2人メンバーが変わり、左から、ミシェーラ、ハイク、ジャスミンの3人での出演。この映像ではジャスミンがサンドラより一足先に加入しているのがわかります。番組名はディスコ・アーチストばかりを取り扱ったその名も「DISCO」。メリーの代わりにこれまたキュートなハイクがセンターのポジションにいます。
1979 「シティ・キャッツ」
"City cats"
POP
この曲から解散まで、日本でよく知られているアラベスクのメンバー(ミシェーラ、サンドラ、ジャスミンの3人)となります。
曲のイメージに合わせたようで、3人は豹(ネコ?)柄で深くスリットが入ったお色気たっぷりの衣装に身を包んでいます。衣装良し、振り良し、曲良し、サンドラも17才と超可愛くて、文句なしの映像!
1980
1981 「ハロー・ミスター・モンキー」

"Hello, Mr. Monkey"
and others
KOREAN CONCERT
(タイトル不明)
韓国でのコンサートのテレビ放送。コンサートの様子がテレビで放送されるなんてアラベスクは結構人気があったのですね。驚くべきことに、NHKで放送された『ラブリー・コンサート』は1982年ですので、その一年前に、既に韓国のテレビでコンサートが放送されていたということです。左記の画像では判りにくいですが、本当に大きなステージで歌っています。
なお、韓国や日本でのコンサートの詳細はCONCERTのセクションを参照してください。
「ハロー・ミスター・モンキー」

"Hello, Mr. Monkey"
and others
'81 SEOUL SONG FESTIVAL
韓国のソウルで行われた「'81 SEOUL SONG FESTIVAL('81年ソウル国際歌謡祭)」にスペシャル・ゲストとして招待され、ミニ・ライブを披露しました。その時のテレビ放送です。アラベスクの3人はステージに座って韓国の子守唄も歌いました。
「傷つけないで」
"Take me, don't break me"
DISCO?
このステージ衣装はアルバム『さわやかメイク・ラブ』の裏ジャケでも紹介されていましたね。この白と黒のモノトーンの柄は当時、流行していたんですよ。照明以外には何もない質素なステージでの映像です。
「傷つけないで」
"Take me, don't break me"
Musikladen
ドイツの愛川欽也みたいな男性が司会をする『Musikladen』。この『Musikladen』はお客さんの前のステージ上で歌うというものです。この後もこの歌番組に何度か出演しているようです。
また、この曲で隣国オーストリアのテレビ番組に出演したという情報もあります。
「愛はゆれて」
"Once in a blue moon"
Drehscheibe (ZDF)
ドイツでも(日本でも)シングルカットもされていないのですが、テレビで歌う機会もあったようです。アルバムのハイライト・トラック的な扱いだったようです。ステージはゴールドに輝くカーテンやきらびやかな電飾のとても美しいものです。衣装は3人が身体にぴったりとくっついたタイツ姿。「シティ・キャッツ」の時のようにもっとちゃんとした衣装で出演すればいいのにね。
「哀愁のマリゴット」
"Marigot Bay"
DISCO
歌番組『DISCO』特有のカメラ・アングルで、三方向からの画像の合成です。この番組はジンギスカンなど他のアーチストの画像でもこのような三方向の合成画像が多いです。
「哀愁のマリゴット」
"Marigot Bay"
Musikladen
こちらはシャボン玉が舞う楽しい映像。振り付けも実在する南国のマリゴット海岸を意識してか、ハワイのフラダンスと少し似ているような気がします。
「恋にメリーゴーランド」
"In for a penny"
DISCO
上の「哀愁のマリゴット」の時の衣装と似ていますが、これはベルトの部分や胸には金色に光る帯(状のもの)が施されてます。『カラフル・アラベスク』やシングル「キャバレーロに夢中」のジャケットの衣装と同じで、DVD『グレイテスト・ヒット』のジャケットにもなったおなじみの衣装です。
「恋にメリーゴーランド」
"In for a penny"
Musikladen
上記と同じ衣装。
「インディオ・ボーイ」
"Indio boy"
DISCO
東南アジア(タイ?)の踊りのような首の動き(判ります?)や、3人がひとつに重なり手の動きだけが違う振り付けはまるで千手(せんじゅ)観音のよう。また、衣装には南米インディアンの間でお守りとされている動物の毛のおまもり(名前ど忘れ!)を身に着けるなど、全体的な印象はとてもエキゾティック。
ステージも赤やグリーン、ブルーの照明でとてもきれいです。
1982 「気になる心変わり」
"Tall story teller"
Musikladen
3人はホットパンツ(私語?)姿でハツラツと歌っています。ここでも当時流行した白と黒のモノトーンの衣装を身に着けています。
こんな良い曲が日本ではB面だなんて・・・。
「気になる心変わり」
"Tall story teller"
Tele-Illustrierte
上と同じホット・パンツ姿。しかし、この曲の振りはしゃがんだり立ったり、後ろへ行ったり前へ行ったりの繰り返しで、ホント息切れしそうなくらい激しいです。見ている分には楽しいんですけどね。
「気になる心変わり」
"Tall story teller"
Sylvester
スポットライト、ミラーボール、シャボン玉、風船、紙テープ、お客さんのハンドクラップ・・・と、とてもにぎやかなステージです。ミシェーラのベルトにはアラベスクのロゴも刻まれています。
「気になる心変わり」
"Tall story teller"
WWF Club (WDR)
なんとなくこれは見ていて不愉快なクリップ。正面のソファに座った男性にアラベスクの3人も歌いながらからむというものなのですが、男性の手がジャスミンの腰や脇に行っていたり、ミシェーラが男性の膝の上に頭を乗せたりなど必要以上に接近しています。楽しそうに演じていますが、本当はこんなことしたくないんだろうなぁ・・・と心の中で思ってしまいます。
1983 「恋に御用心」
"Don't fall away from me"
NEW YEARS EVE?
時代を反映してか、フリフリの衣装。振り付けはまるで松田聖子の「チェリー・ブロッサム」の冒頭の♪何もかも〜目覚めてく〜新しい私〜という部分のよう。特にジャスミンはおばさん入っててフリフリはちょっと無理があるかなーと思いますけど・・・(^^;)。
アラベスクのメンバーも当時は松田聖子(!)の曲が好きだったそうで、もしかしたら意識していたのかも?ちなみに、松田聖子もコンサートでアラベスクの「ハイ・ライフ」なんかを歌ったそうです。BeNも聖子ちゃんの曲は大好きですよ。
「恋に御用心」
"Don't fall away from me"

「あの愛をもう一度」
"Pack it up"
1 (RUSSIAN PROGRAM)
なんとロシアのテレビ番組にも出演していた!この画像では判りにくいですが、階段状になったステージで後ろにたくさんの人のいる前で歌っています。とてもゴージャスなステージです。「恋は御用心」はドイツでは「愛のリプライ」のB面でした。別のテレビ番組(上記)でもこの曲を歌っていたので、もしかしたら両A面的な扱いだったのでしょうか。
このテレビ番組では他にも「あの愛をもう一度」を歌ったらしいのですが、奇しくも二曲とも日本ではCD化すらされていない不遇な曲です。
「哀愁のマリゴット」
"Marigot Bay"


NO PICTURE


Badertournee
「愛のリプライ」
"Why no reply"
Drehscheibe
曲のイメージに合わせたのか、あまり動きのない大人っぽい振りつけです。しかし、この曲のジャケットは電話を持った3人が微笑むという当時のアイドルでもやらないようなくさい(!)フォトでしたよね。
衣装は上の「気になる心変わり」のものと同じです。
「サンライズ・イン・ユア・アイズ」
"Sunrise in your eyes"
「あの愛をもう一度」
"Pack it up"
+
Interview
title unknown (ZDF)
日本で取材したドイツ国営放送(ZDF)の番組。インタビューの他、番組内で紹介された「サンライズ・イン・ユア・アイズ」は日本のディスコで収録したもの。同じく「あの愛をもう一度」は日本のテレビ番組「ヒットステージ」出演時の映像(上記参照)。
左記のインタビューは東京の街頭で行われたもので、オッペン化粧品、コカコーラ、UCなどの電飾看板も背景に見える。(インタビュアーはFrank Elsner氏)
「サンライズ・イン・ユア・アイズ」
"Sunrise in your eyes"
Tele-Illustrierte
アラベスク活動期としては、ドイツでの最後のシングル。このステージ衣装はシングル「恋のルーザー」やアルバム『恋のルーザー』と同じものです。当時のドイツなどではステージ衣装がそのままシングル盤のジャケットを飾ることが少なくありませんでした。同じドイツ出身のジンギスカンの場合もステージ衣装はほとんどシングル盤でも紹介されていました。
「サンライズ・イン・ユア・アイズ」
"Sunrise in your eyes"
WWF Club (WDR)
「サンライズ・イン・ユア・アイズ」ということで、朝日や雲を模したセットの前で歌っています。どこか仏教的な印象を受けてしまう「画(え)」ですね。この画像では判りにくいですが、ミシェーラが髪をグリスでピタッと固めています。上記のクリップではストレート・ヘア。

*この他、放送年はいつかわかりませんが、ドイツにて「Special BADER TOURNEE」という番組に出演したという情報もあります。「Special BADER TOURNEE」がどのような番組かなど、詳細は今のところ不明です。

*特に記載のないものはドイツの番組です。
なお、このサイトに掲載してある映像に関して、ダビングの依頼には応じることが出来ませんのでよろしくお願いします。

HOME
last updated : 2005/10/12