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  アラベスクをカバーしたアーチストと言っても、あまり思い浮かびませんが、あのピンク・レディーもシングルのB面でカバーしていました。このセクションでは私の知っている範囲のカバー・バージョンを紹介していきたいと思います。


カバー曲/アーチスト

収録アイテム

コ メ ン ト
「ハロー・ミスター・モンキー」
/ピンク・レディー



シングル「ピンク・タイフーン」B面
1979年/ビクター
(日本)

 1970年代中〜後半、ミリオン・セラーを連発し、一大ブームを引き起こした、あのピンク・レディーのヒット曲「ピンク・タイフーン」のB面に収録されていました。70年代中〜後半、爆発的な人気を誇ったピンク・レデイーでしたが、人気にやや翳りが見えてきた頃のリリース。このリリースの少し前、1979年2月に西城秀樹がVILLAGE PEOPLEのヒット曲「Y.M.C.A」をカバーし、「YOUNG MAN」と改題してリリースしました。なんと同曲は、それまでの(そして現在においても)彼にとって最大のヒットとなりました。西城秀樹は、それまでセールス的に20万枚前後と少々、デビュー時から比べて停滞していましたが、一挙に80万枚を越す大ヒットとなりました。ピンク・レディーは、人気の下降に歯止めをかけようと、同じVILLAGE PEOPLEのヒット曲「イン・ザ・ネイビー」に目をつけ、「ピンク・タイフーン」と邦題をつけリリース(1979年5月)しました。言わば、柳の下のどじょう狙いだったようですが、思ったほどのヒットには結びつきませんでした。そんな背景にあったシングルB面に収録されていたのがコレ。オリジナル・アルバムはあまりはリリースせず、ライブ・アルバムを乱発していたピンク・レディーですが、そんなライブ・レコーディング(『'78 ジャンピング・サマー・カーニバル』から)の1曲です。出来るなら、ちゃんとしたスタジオ録音で聴きたかったです。このライブ録音では、とても低い歌声で、普段のミーちゃん、ケイちゃんの声じゃないみたいなんです。
 「ハロー・ミスター・モンキー」のアラベスク盤のリリースは、1978年4月なので、既に大ヒットとなったずいぶん後になってからの収録でした。なお、このピンク・レディーの「ハロー・ミスター・モンキー」は、CDでは、シングルをA面・B面を順に収めた『CD FILE VOL.3』にのみ収録されています。ピンク・レディーは、アラベスクと同じビクターから、CD『TWIN BEST』で初期のシングルB面のほとんどが収録されているのですが、この曲はやはりライブ録音ということや、オリジナル楽曲でないことなどから、収録が見送られています。

「フライデイ・ナイト」
/ユーロチーム・フィーチャリング・アナリーズ



CD『'70s DANCE MEETS '90s BEAT』
1994年/エイベックス
(日本)
 このアルバムはタイトル通り、70年代のディスコ・ミュージックを90年代のユーロ・スタイルでというものです。カバーしたアーチストは、エイベックスの看板アーチストである、The Big Brother(=元アレフのDave Rodgersで、V6などの初期のユーロヒットを手がけたことでも有名)、Mega ERG Man、DOMINO(MAXの「TORA TORA TORA」の原曲の人、)、Annaliseなどです。収録曲は、「ホット・スタッフ」「ジンギスカン」「めざせモスクワ」「怪僧ラスプーチン」「ダンシング・クイーン」など懐かしいものばかりです。原曲をオン・タイムで過ごした私にとっては、いくらユーロビートが好きでも、やはりオリジナルの方が良いと思います。ちょうどこのCDがリリースされた90年代中頃は、日本の歌謡界において、安室奈美恵やMAXなどがユーロビートのカバー・ヒットを出していた時期で、まだパラパラが今ほどメジャーでなかったように思いますが、楽曲は、現在のパラパラの原型と言った感じです。
 また、この「フライデイ・ナイト」はこのCDにおいて「フライデー・ナイト」と記されています。なお、シングルのセクションで触れた幻の歌詞は、ブックレットにはちゃんと記載されていますが歌われていません。オリジナルからそのまま歌詞を転載しただけのようですね。

「ミッドナイト・ダンサー」
/YHECEHHbIE BETPOM



アルバム『Tom 2』
1999年/
(ロシア)

 「YHECEHHbIE BETPOM (ロシア語のアーチスト名はそのまま表示できないので、なるべく近い形でのラテン・フォントで表示してあります。)」はロシアで人気の女性1人、男性2人のディスコ・グループ。彼らは、現在(2002年7月)までに3枚のアルバムと1枚のベスト・アルバムをリリースしています。「ミッドナイト・ダンサー」はシングルとしてリリースされ、セカンド・アルバム『Tom 2』(1999年)やベスト・アルバムにも収録されています。約20年の時を経て「ミッドナイト・ダンサー」がユーロビートになり、ロシアでヒットしたのです!ユーロビートと言っても、男性コーラスの掛け合いとか、イントロ、ストリングスの使い方など、アレンジは比較的オリジナルに忠実となっています。
 このセカンド・アルバム中、「ミッドナイト・ダンサー」以外はすべて彼らのオリジナル。 ボーカルの女性はとても色っぽいですね。男性メンバーの片方(Dima Chizhov)は、プロデューサーでもあり、ライターです。なお、彼は80年代後半に「COLLEGE」というグループのメンバーとして活動していたそうです。
 グループ名のYHECEHHbIE BETPOM とは、GONE WITH THE WIND(風と共に去りぬ)という意味とのことです。

 下記がYHECEHHbIE BETPOMのオフィシアル・サイトです。とてもおしゃれで、凝った作りになっていますが、すべてロシア語なので、日本人にとっては判りにくい部分も多いです。アイコンを手がかりにすると良いでしょう。(音楽を聴きたいときはレコードのアイコンをクリックするなど)
 興味のある方はぜひ訪問してみてください。
www.pupsi.ru
 下記URLからは「ミッドナイト・ダンサー」の視聴やmp3でのダウンロードができます。
http://www.pupsi.ru/disks/2.html

「ハロー・ミスター・モンキー」
(「MONEY」)
/WAX



アルバム『WAX02』
2001年/DAEYOUNG AV
(韓国)
 名前はWAXですが、グループ名ではなく女性アーチスト。このアルバムは彼女のセカンド・アルバムなのですが、アルバム中、「ハロー・ミスター・モンキー」を「MONEY」と改題して歌っています。ちなみに韓国ではシングルという概念はなく、アルバムしかリリースされないということ。そして、アルバムから受けそうなもの二曲ぐらいがシングルのような扱いで、テレビで歌ったりなどのプロモーションに使用されるとのことです。このアルバムのジャケットには、「MONEY」と共に、もう一曲のタイトルがクレジットされています。(日本のCDの帯のような感じですね。)その二曲がこのアルバムのハイライト・トラックということなのでしょう。
 「MONEY」の曲調は90年代のユーロビート。そして歌詞は全編、韓国語!間奏には男性ボーカルによるラップ(もちろん韓国語)が入ります。サビはアラベスクの「ハロー・ミスター・モンキー」とまったく同じなのですが、ベースの部分はオリジナルとはかなりメロディが違っています。このCDを実際に手に入れるまでは、カバーでなくてパクリなのでは?と思ったくらいです。しかし、同曲のクレジットには「ハロー・ミスター・モンキー」の作者のJuris Ben の名前があったので、これは間違いなくカバーであるようです。アルバム中、ユーロビートっぽいのは、この曲だけで、その他は現在の韓国のロックやポップスです。アルバムの幕開けは、しっとりとしたバラードで、このアルバム中、私はもっとも気に入った曲でもありました。

「哀愁のマリゴット」
/GABY BAGINSKY



1981年/EMI ELECTRA
(西ドイツ)
 オリジナルのアラベスクと同じ1981年にリリースされました。アラベスクのヒットを受けてのものでしょう。レコードには、「オリジナル・ドイツ語バージョン」と記載されていますが、もちろん本国西ドイツではアラベスクでヒットしました。サウンド的にはオリジナルとほとんど変わりません。このGABYバージョンもアラベスク・バージョン同様、JEAN FRANKFURTERがアレンジを、作詞をJOHN MORINGが担当しています。バラード調のB面も彼らの手によるものです。
 また、彼女は、あのアバを輩出したことでも有名なユーロビジョン・ソング・コンテストの1982年西ドイツ国内予選大会に、「So wie du bist」という曲をひっさげて出場ていました。しかし、結果は12アーチスト中、9位と振るわず、残念ながら本選への出場は叶いませんでした。
 ところで、GABY BAGINSKYは、アイドルにしてはちょっと太め?と言う感じがしないでもないですが、彼女は現在もドイツで活動するアーチストのようです。そして、現在の彼女は・・・、やっぱり太めです。(^^;)
 下記参照してください。


アルバム『MARIGOT BAY』
(2002年)
/KOCH Präsent(Austria/EC)収録
 と言うことで、20年後の彼女です。すっかりおばさんになってしまいました(笑)。
タイトルが「MARIGOT BAY」なので、1981年のアルバムの復刻ものか何かと思い、迷わず購入したのですが、これはどうもニュー・レコーディングらしいです。「哀愁のマリゴット」も特に記載はないのですが、ニュー・レコーディングものになっています。
 他にはジーン・フランクファーターものは収録されていません。ジンギスカンでおなじみの作詞家ベルント・マイヌンガーものが3曲収録されています。全体的に退屈なドイツ・ポップスという印象が強いのですが、比較的ノリの良いものとしては、「AUS LIEBE」「VIEL ZU HEIß」などです。

「哀愁のマリゴット」
/FERNANDO EXPRESS
1992年



アルバム『ERFOLGE』(2000年)
/INTERCORD(EU)収録
 FERNANDO EXPRESSによる「哀愁のマリゴット」。これは1992年に発表されましたが、シングルとしてリリースされたかは、現在のところ不明です。アレンジもジーン・フランクファーターが手がけていますが、比較的オリジナルに忠実となっています。この楽曲は左記のベストCDなどに収録されています。彼らは、この曲の他にもJEAN FRANKFURTERによる楽曲を多くシングルとしてリリースしています。

 FERNANDO EXPRESSは、ドイツで活動するラテン系アーチスト。既に活動を始めて20年になるベテランです。ラテン系アーチストなので、アルバムには、あの「ランバダ」みたいな楽曲がメインに収録されています。なお、ジーン・フランクファーターがプロデュースを行うようになった頃と前後して、リード・ボーカルが変わりました。

「恋にメリーゴーランド」
/Space Fairy
2002年

 Space Firyによる「恋にメリーゴーランド」は、NHK教育の人気番組『天才てれびくんワイド』(月〜木午後6:00〜6:45)の中で、出演する子どもたちがオリジナル楽曲や過去の洋楽などをカバーするコーナー「MTK(Music TeleviKun)」で、2002年10月21日〜31日の計7回にわたって放送されました。
 歌と踊りはSpace Fairyと呼ばれる小学生の女の子3人組(俵有希子、白木杏奈、中村有沙)が担当しています。また、「恋にメリーゴーランド」の訳詩はタケカワユキヒデ、アレンジはタケカワユキヒデとThat's on Noiseが担当しています。
 この「恋にメリーゴーランド」では、Space Fairyがクレオパトラを思わせる衣装を身に着け、T-ASADAという人の振り付けにより、モーニング娘。の「恋のダンス・サイト」を彷彿とさせる中近東風のダンスを見せてくれます。タケカワユキヒデによるアレンジは、原曲よりもロック色が濃くなっていますが、間奏には原曲にないメロディが挿入されていたりして良いアレンジです。また、3人の振りもバッチシ決まっていて、これが結構面白い仕上がりなんですよ〜。ビデオに撮って何回も見ましたが、楽しいクリップでした。
 著作者の合意が得られれば、来年春ごろにはオムニバスCDの1曲としてリリースされるかもしれないということで、とても楽しみです。でも、CDだけでなくDVDでリリースされればいいのにね。
 また、今回の画像はMTKのビデオ・クリップからのものです。NHKさん、ごめんなさい。



 こうやって見ると、カバー・バージョンがリリースされる国って、やはりアラベスクが人気が高かった国なのですね。
 また、「こんなカバー・バージョンを見つけたよ」というようなものがあれば、ぜひメールかボードなどで教えてください!
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last updated : 2003/1/10