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last updated : 2005/10/12

 キャンディ・ポップ・アーチストはソング・コンテストにエントリーすることも少なくありませんでした。驚くことに、アバを輩出したユーロビジョン・ソング・コンテスト(以下、ESC)には、ノーランズ、バカラ、エミリー・スター・エクスプロージョンなどのキャンディ・ポップ〜ディスコ・アーチストも各国の予選にエントリーしていました。さしずめ、「めざせアバ」って、ところですかね。
 ここでは、1970年〜1985年の間で、主に日本でも知られているキャンディ・ポップ〜ディスコ系アーチストについてを、左の列にESCグランプリ獲得者、真ん中の列にはESC各国予選でのアーチスト情報、右列には日本や韓国で行われた音楽祭情報を記載しました。またBeNのコメントや、所有するレコードやCD(主に輸入盤)の画像を加えておきました。(画像に関してはコンテストで歌われたシングルを優先しましたが、シングル盤を所有していないものに関しては、収録されるCDやLPを掲載してあります。)
 なお、他セクション同様、それぞれ日本でのリリースが確認されていない楽曲やアーチストに関しては、アルファベットで記載しています。
 年 ユーロビジョン・ソング・コンテスト
本選グランプリ曲及びアーチスト
ユーロビジョン・ソング・コンテスト
各国予選曲及びアーチスト
世界歌謡祭・東京音楽祭
その他の音楽祭の
予選曲及びアーチスト
1970 「All kind of everything」Dana
アイルランド代表
  ヘドバ&ダビデ「ナオミの夢」
(世界歌謡祭イスラエル代表)
*グランプリ

時々、日本のものまね番組などでも「ご本人登場」で見かけるお二人です。当時日本で大ヒットしたので、40才以上の方なら知らない人がいないくらいです。
1971 「Un banc Un arbre, Une rue」Severine
モナコ代表
   
1972 「Apres toi」Vicky Leandros 
ルクセンブルグ代表
   カプリコーン「恋のフィーリング」
(世界歌謡祭UK代表)
*グランプリ


ビオルン&ベニー(アバ)「Santa Rosa」
(世界歌謡祭スウェーデン代表)
翌々年にはユーロビジョンでグランプリを獲得するアバもこの年、世界歌謡祭に参加していました。
1973 「Tu te reconnaitras」Anne-Marie David
ルクセンブルグ代表
  シュキ&アビバ「愛情の花咲く樹」
(世界歌謡祭UK代表)
*入賞歌唱賞

CD『BEST OF』収録
全曲フランス語バージョン。この曲も日本で大ヒットしました。


オリビア・ニュートン・ジョン「君ひとすじに
(東京音楽祭UK代表)
日本ではまだブレイク前のオリビア・ニュートン・ジョンです。
1974 「恋のウォータールー」アバ
スウェーデン代表

日本では「チキチータ」「S.O.S.」が、2001年にTBS系ドラマ『ストロベリー・オン・ザ・ショートケーキ』の主題歌〜挿入歌などに使用され、再び大ブレイクしたのも記憶に新しいところです。
オリビア・ニュートン・ジョン「ロング・リブ・ラブ」
(UK国内予選1位)*本選4位
「ハンズ・アクロス・ザ・シー」
(UK国内予選3位)*表下の解説文参照

CD『LONG LIVE LOVE』収録
オリビアは「LONG LIVE LOVE」という曲は本当はあまり好きでなかったそうです。なお、このCDにはESC国内予選で歌った6曲をすべて収録しています。
 
1975 「愛の鐘の音」ティーチ・イン
オランダ代表

CD『ORIGINAL HIT RECORDINGS』収録
この曲もグランプリを獲得するだけあって、とてもキャッチーです。
シュキ&アビバ「Du und ich und zwei Traume」
(ドイツ国内予選6位)

ザ・シャドウズ「スタンド・アップ・ライク・ア・マン」
(UK国内予選2位)
*下記コメント参照
 
1976 「想い出のラスト・キッス」ブラザーフッド・オブ・マン
UK代表

この曲はこれまでのユーロビジョンの中で最高得点を獲得した楽曲でもあります。現在でもオリジナル・メンバーで活動中。
 
1977 「L'oiseau et L'enfant」Marie Myriam
フランス代表
ラッグス「Promises, Promises」
(UK国内予選4位)


シルバー・コンベンション「恋の危険信号」
(ドイツ国内予選1位)*本選8位
ラッグス「燃える想い」
(世界歌謡祭UK代表)*グランプリ

名曲中の名曲!オススメ。
A面:日本語バージョン B面:英語バージョン


バカラ「誘惑のマドリード」
(世界歌謡祭西ドイツ代表)

この曲は日本だけのシングル・カット。CD化もされていない貴重な楽曲です。
1978 「恋はアバニビ」イズハール・コーヘン
イスラエル代表


♪ア・バ・ニ・ビ・オ・ボ・エ・ベー♪
♪ア・バ・ニ・ビ・オ・ボ・エ・ベ・オ・ボ・タ・バーと、
これはサビの歌詞です。本人たちも最初、子どもの数え歌みたいで、こんな曲、歌いたくないと言ったらしいですが、国内予選グランプリ、そして本選でもグランプリと、思いがけないヒットとなったようです。でも、ホント良い曲ですよ!
バカラ「誘惑のフランセ」
(ルクセンブルグ国内予選1位)*本選7位

バカラも国内予選ではグランプリを獲得していました。しかしこの曲は今ひとつ。

ココ「バッド・オールド・ディズ」
(イギリス国内予選1位)*本戦11位






Ireen Sheer「Feuer」
(西ドイツ国内予選1位)*本選6位

あのジーン・フランクファーターの作曲した楽曲で、アラベスク・タイプのノリノリの曲(しかし、ドイツ語)です。オススメ。こちらも参照してください。
ガイズン・ドールズ「バラ色のメロディー」
(世界歌謡祭UK代表)*入賞

ポスト・アバとして紹介されましたが、日本では売れませんでした。玄人っぽいボーカルは秀逸です。オーディションで選ばれたメンバーは、6人→4人→2人となり、最後に残った2人は名前も変え、現在はオランダでカントリーを歌うグループとして活躍中。
1979 「Hallelujah」Gali Atari and Milk & Honey
イスラエル代表
ジンギスカン「ジンギスカン」
(ドイツ国内予選1位)*本選4位

くわしくはこちらを参照してください。

ノーランズ「Harry, My Honolulu Lover」
(UK国内予選4位)

ガイズン・ドールズ「How Do You Mend A Broken Heart」
(UK国内予選10位)

CD『THE SINGLES』収録
コンテストでの成績は奮いませんでしたが、本国よりオランダで大ヒットしました。Ben Findonの作品&プロデュース。
メイウッド「レット・ミー・ノウ」
(世界歌謡祭オランダ代表)
1980 「What's Another Year」Johny Logan
アイルランド代表
  ドゥーリーズ「ボディ・ランゲージ」
(東京音楽祭UK代表)*金賞受賞


パッショナータ「ルナ・ルナ」
(東京音楽祭フィリピン代表)

数ヶ月前に行われたマニラ音楽祭で優勝し、本大会への出場を勝ち取りました。

エミリー・スター・エクスプロージョン「メリー・ブラウン」
(世界歌謡祭ベルギー代表)*入賞

エミリー・スターは良い曲が多いので、CD化が望まれます。
1981 「夢のハッピー・チャンス」バックス・フィズ
UK代表
リキッド・ゴールド「ドント・パニック」
(UK国内予選2位)


エミリー・スター・エクスプロージョン「愛しのサムソン」
(ベルギー国内予選1位)*本選13位

ESEも国内予選ではグランプリを獲得してました。
ノーランズ「セクシー・ミュージック」
(東京音楽祭UK代表)*グランプリ

「セクシー・ミュージック」は日本だけのシングル・カット。後にWINKがカバーしてヒット。

バックス・フィズ「恋はワンダー・ゲーム」
(世界歌謡祭UK代表)*最優秀賞

名曲中の名曲!日本だけのシングル・カット。

アラベスク
(ソウル国際音楽祭)*スペシャル・ゲスト

「ペパーミント・ジャック」やその他の楽曲を披露。詳細についてはこちらを参照してください。
1982 「Ein bisschen frieden」Nicole
ドイツ代表
  ダラー「ふたりのハート」
(世界歌謡祭UK代表)
1983 「Si la vie est cadeau」Corinne Hermes 
ルクセンブルグ代表
  ニュートン・ファミリー「愛のゆくえ」
(世界歌謡祭ハンガリー代表)*グランプリ

グランプリを獲得したのですが、なんとバラードです!ニュートン・ファミリーは「スマイル・アゲイン」「ダンデライオン」などバラードにも定評がありま
した。
1984 「Diggi-Loo Diggi-Ley」The Herreys
スウェーデン代表
  
1985 「La det swinge」Bobbysocks 
ノルウェー代表
IZHAR COHEN「Ole, ole」
(イスラエル国内予選1位)*本選5位

'85年という年代を考えると、この楽曲は古臭い感じがしないでもありません。ちょうどジンギスカンが歌いそうな70年代後半のディスコを思わせます。
 
1986 「あこがれ」サンドラ・キム
ベルギー代表
  サンドラ「ヒート・オブ・ザ・ナイト」
(東京音楽祭西ドイツ代表)*銀賞


サンドラ・キム「リベルテ」
(世界歌謡祭ベルギー代表)*金賞

*A面はESCグランプリ曲(左記参照)

ニュートン・ファミリー
(ソウル国際音楽祭ハンガリー代表)*最優秀歌唱賞(エバ・サン)
1987 「Hold Me Now」Johny Logan
UK代表
ESCでグランプリを二回も獲得したのはジョニー・ローガンだけ!
ルージュ「Einer Von Uns」
(ドイツ国内予選6位)

ルージュもESCに参加していたのです。詳細はこちらを参照してください。
サマンサ・ジルス「ホールド・ミー」
(世界歌謡祭ベルギー代表)*金賞

CD『THE BEST OF』収録

レディー・リリー「ブギ・ウギ・ベイビー」
(世界歌謡祭西ドイツ代表)
1988 Ne Partez Pas Sans Moi」セリーヌ・ディオン
スイス代表
今は押しも押されぬ大スター。
  ルージュ「恋はNO TIME」
(東京音楽祭西ドイツ代表)*銅賞


レスリー・アンド・エヴァ「KOREA」
(ソウル国際音楽祭)*スペシャル・ゲスト
1989 「Rock Me」Riva
クロアチア代表
  ニュートン・ファミリー(アダム&エバ)
「愛のゆくえ」(1983年グランプリ曲)
+「ヨーロピアン・ロック」
*最終回で歴代の優秀成績者がゲスト出演
詳細はこちらを参照してください。

 ESCについては、特に、70年代後半〜80年代前半は、アバが1974年にグランプリを獲得し、世界的な成功を収めたせいか、男女混合のポップ・グループの活躍がめざましかったようです。1973年まで過去10年は、女性ソロボーカリストがグランプリをずっと獲得していたのですが、アバ以降は、グランプリ獲得アーチストだけでも、1975年のTeach-In(女性メイン・ボーカル+男性5人)、1976年のブラザーフッド・オブ・マン(男女2人ずつ)、1978年のIZHAR COHEN & ALPHABETA(メイン男性ボーカル+男性2人・女性3人のコーラス・グループ)、1979年のGali Atari and Milk & Honey(女性1人+男性3人)、1981年のバックス・フィズ(男女2人ずつ)などです。この傾向はグランプリ獲得者だけでなく、各国の代表や、予選出場者などにまで見られました。当時はグランプリ獲得の一つの条件ぐらいに思われていたのかもしれませんね。

 ESCに関しては、これまでのグランプリ曲や代表曲を収録したコンピュレーションCDがいろいろリリースされています。私も左の二枚組みCDを購入しました。これは、ESCが始まった1956年から、1999年までのグランプリ曲のほとんどが収録されているスグレモノです。私的に言うと、この中では、1978年グランプリの「A-ba-ni-bi」が最もキャッチーで好きな曲ですね。この曲を歌ったIZHAR COHENは、1985年にも「Ole Ole」と言う曲でイスラエル代表を勝ち取り、本選出場しましたが、その時は5位という結果に終わりました。この「Ole Ole」の方も良い曲です。
 他にも、左記のCDに収録しているもので言うと、1973年のAnne-Marie Davidの「Tu te reconnaitras」、1975年のTeah-Inの「Ding Dinge Dong」、1976年のブラザーフッド・オブ・マンの「想い出のラスト・キッス」、1981年のバックス・フィズの「夢のハッピー・チャンス」、1984年のThe Herreysの「Diggi-Loo Diggi-Ley」、1999年のCharlotte Nilssonの「Take Me To Your Heaven」などがお気に入りです。特に70年代後半から80年代前半にかけては、キャッチーなポップスの目白押しという感じがしますね。

 ESCの1987年ドイツ国内予選には、アラベスクが解散してサンドラが独立した後に残った二人で結成したルージュも「EINER VON UNS」という曲でエントリーしています。残念ながら、結果は、12アーチスト中6位と言う成績で代表として、本選出場することは出来ませんでした。「EINER VON UNS」はバラード系の曲なので、翌年に日本でリリースした「恋はNO TIME」みたいな派手な曲であれば、もしかしたらドイツ予選で優勝していたかもしれません。
 また、東京音楽祭には1986年にサンドラが、1988年にはルージュがそれぞれ参加しています。サンドラは銀賞、ルージュは銅賞を受賞しました。順位としては、グランプリ>金賞(複数)>銀賞(複数)>銅賞(複数)という形です。
 ESC以外では、1977年の世界歌謡祭でグランプリを受賞したラッグスの「燃える想い」。これは、もう名曲中の名曲ですね。何回聴いても飽きないです。残念ながら世界中どこでもCD化されていないようです。彼らは同年にESCのUK予選にも「Promises, Promises」と言う曲でエントリーしています。この時は4位という成績で本戦には出場できませんでしたが、遠い日本での世界歌謡祭でグランプリを獲得して、雪辱を果たした形となりました。
 他には、バカラの「誘惑のマドリード」、ドゥーリーズの「ボディ・ランゲージ」、ノーランズの「セクシー・ミュージック」、ニュートン・ファミリーの「愛のゆくえ」(日本語バージョン・シングルも存在)、バックス・フィズの「恋はワンダー・ゲーム」など、キャンディ・ポップ・アーチストの参加曲はどれも素晴らしいものです。

 こうして見ると、ESCと日本での音楽祭の両方に参加するアーチストが少なくないです。ESCで好成績を収めたアーチストが再び、日本でのコンテストでの優秀成績を狙ったりしているのでしょう。しかし、長い目で見ると、ESCでグランプリを獲得した後、世界的な成功を収めたアーチストと言うと、アバとセリーヌ・ディオンくらいで、後はヨーロッパで人気があったバックス・フィズとブラザーフッド・オブ・マンくらいかもしれません。必ずしもESCでのグランプリ=世界的成功というわけではなさそうです。

 (キャンディ・ポップやディスコというカテゴリーとは違いますが)1973年世界歌謡祭のシュキ&アビバはUK代表、翌々年のESCではドイツ国内予選参加、と出身国がそのたびに変わっています。日本でのシングル「愛情の花咲く樹」などには、「二人ともイスラエル出身」と書かれていますが、最近リリースされたフランスのCDの解説にはイスラエルの出身と言うことは間違いないのですが、「世界中で音楽的キャリアを持つフランスのバンド」とも書かれています?!曲もフランス語なので、フランスでの人気が一番持続したのでしょうか。
  そして、このシュキ&アビバのESCドイツ予選曲「Du und ich und zwei Traume」ですが、作詞はアラベスクの作曲で御なじみのジーン・フランクファーターです。この当時は、ジーン・フランクファーターは目立った作曲活動はしていなかったのですが、単独で作詞も行っていたようです。
 また、これはその筋の人(歌謡曲通)には有名な話なのですが、このシュキは、翌年の伊藤咲子のデビュー曲「ひまわり娘」の作曲をしています(作詞は阿久悠)。前年の世界歌謡祭で入賞し「愛情の花咲く樹」が日本でもヒットしたことにより、作曲の依頼となったのでしょう。作詞を担当した阿久悠によると、当時、オイル・ショックなどで暗い日本を何とか明るくしようと考え、このような明るい前向きな歌詞をつけたということです。シュキは、約30年が経過しようとしている現在でさえ、私たちが口ずさむような日本の歌謡曲史上に残る名曲を書いたのです。彼は現在でもイスラエルの放送〜音楽界で第一線で活躍しているようです。

 また、同じアーチストなのに、出身国が違っていたりするものが時々見受けられますが、それは、その時点で活動の拠点となる国が違っていたり、日本でプロモートするときの都合によるもののようです。(例えば、バカラは日本では西ドイツのグループとして紹介されましたが、実際にはルクセンブルグ出身です。(ルクセンブルグは西ドイツのとなりの小国です。)また、オリビア・ニュートン・ジョンもUK代表(出身はオーストラリア)、セリーヌ・ディオンはスイス出身(後に活動の拠点をアメリカに移す)ということになっています。)
 

*1974年〜1975年のUK国内予選曲「ハンズ・アクロス・ザ・シー」「スタンド・アップ・ライク・マン」は二曲とも作家(Ben Findon=ドゥーリズやノーランズのたくさんのヒット曲を書いた人)が、UK国内予選会に出品したものです。この当時のUK国内予選は初めから本選出場アーチストが決まっている、ソング・コンテスト(楽曲を競うコンテスト)でした。1974年は、ロンドンのBBC放送のTVスタジオで収録が行われ、オリビア・ニュートン・ジョンは「ハンズ・アクロス・ザ・シー」を含む、それぞれ異なる作家が提供した候補曲6曲を歌いました。投票は一般からのはがきで行われ、一番得票数の多かった「ロング・リブ・ラブ」をESC本選で歌うことになり、後に彼女のオリジナル曲としてリリースしたというわけです。また、「ロング・リブ・ラブ」を含む候補曲6曲すべて、彼女のアルバム『とこしえの愛(Long Live Love)』(1974年)に収録されています。残念ながら、このオリジナル・アルバムはオーストラリアでしかCD化されていません。また、「ハンズ・アクロス・ザ・シー」の収録されているベストCDもいくつかありますが、とても少ないです。日本では未発売です。ちなみに後にオリビアが語ったところによりますと、この「ロング・リブ・ラブ」は本当はお気に召さなかったということです。

 ESCのルールには、それまでに誰にもリリースされたことのない曲というものがあったので、「ハンズ・アクロス・ザ・シー」はドゥーリーズがシングルとしてリリース予定でしたが、ベン・フィンドンにより国内予選への出品が決まり、急遽リリースに「待った」がかかったということです。結局、同曲は後にドゥーリーズのアルバム・トラックとしてリリースされました。日本でも同様です。
 1975年も同様に、ザ・シャドウズが本選出場アーチストと決まっていて、ベン・フィンドンは国内予選のために、「スタンド・アップ・ライク・マン」を出品しました。予選ではおしくも2位と言う結果になり、ザ・シャドウズはESC本選では別の曲を歌いました。ドゥーリーズはこの曲を気に入っていましたが、結局、1978年にアルバム・トラックとして収録するまでは、リリースすることはありませんでした。

 *Ben Findonは時々、ネットにも「Ben Findon」の名前で書き込みをしているのを見かけます。アドレスも非表示にしていないので、思い切って、ファンレター(この場合はファンメール?)を出したらちゃんと返事が来て感動しましました!彼は、現在活動の拠点をオランダに移し、やはり音楽活動をしているということです。

 1987年と言うと、日本でユーロビートがとても流行っていた年ですが、世界歌謡祭参加のサマンサ・ジルズの「ホールド・ミー」は日本のデュオBabeもカバーしヒットさせました。また同じ年に参加のレディ・リリーは早見優のユーロ・ヒット「ハートは戻らない(GET OUT OF MY LIFE)」を歌った人で、日本でも次に出した曲が、この「ブギ・ウギ・ベイビー」というわけです。




 LINK
(ほとんどがユーロビジョン・ソング・コンテストのサイトです)

サ イ ト BeN の コ メ ン ト
ESCfun@JPN
アバを輩出したユーロビジョン・ソング・コンテストの初の日本語ファン・サイト。今のところテキストのみですが、今後更なる発展を期待しています!
eurovision song contest record covers ESCのエントリー曲それぞれが当時のレコード・ジャケットで紹介されていてビジュアル的にとてもいい感じで、英語が苦手でも見ているだけでも楽しいサイトです。オススメ。
Songcontest.nl. ESCのデータベースが、歌詞にいたるまで詳細に記載されています。
WINNER of the EUROVISION SONG CONTEST ESCのエントリー曲それぞれが当時のレコード・ジャケットで紹介されていてビジュアル的にとてもいい感じで、英語が苦手でも見ているだけでも楽しいサイトです。オススメ。
EUROVISION_AKELA ESCデータベース。画像はありませんが、データにシフトをおいたわかりやすいサイトです。オススメ。
*例えば、1979年のドイツでの国内予選アーチスト情報を知りたい場合は、下記のように進めばOKです。
TOP > NATIONAL FINAL > 1979 > GERMANY でOK!
EUROVISION CLUB GERMANY ESCのデータベース。詳細に記載されていますが、ドイツ語です。
EUROVISION SONG CONTEST NATINAL FINALS HOMEPAGE ESCのデータベース。本選そのものよりも国内予選会にスポットを当てているところが風変わりです。しかし、サーチ機能などとても使いやすいサイトです。
EUROVISION_WEB RING ESC関連のたくさんのサイトから自分の好みのものを探すのなら、ウエブ・リングから。
世界歌謡祭 YAMAHAのオフィシアル・サイト中の「世界歌謡祭(World Popular Song Festival)」のサイト。世界歌謡祭は、「YAMAHA SONG FESTIVAL」という別名も持っていました。
なお、これまでの世界歌謡祭のグランプリや金賞受賞曲などを集めたコンピュレーションCDが2001年にリリースされました。ここには現在では手に入らないような貴重な音源も多く含まれているようです。ニュートン・ファミリーの「愛のゆくえ(英語バージョン)」も収録されています。
webpages devoted to
the World Popular Song Festival
「世界歌謡祭(World Popular Song Festival)」のファン・サイト。日本で行われている歌謡祭なのに、ファンはなんとベルギー在住のベルギー人!ユーロビジョン・ソング・コンテスト・ファンでもある彼は、熱烈な世界歌謡祭のファンでもあり、その情報や資料の収集力はものすごいです。言語は部分的に英語ですが、残念ながらそのほとんどがFlemishというベルギーで使用されているオランダ語に似た言語です。
たくさんの情報量ですが、中でも、世界歌謡祭に出場経験のある、ユーロビジョンのグランプリ獲得者の、成績比較セクションなど、とても興味深いです。例えば、1974年に「恋のウォータールー」でグランプリを獲得したアバが、2年前の世界歌謡祭で(ビヨルン&ベニー名義で女性二人も同行したらしいが、)まったく良い成績を収めることが出来なかった・・・などです。





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