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JAPANESE RELEASES


1st
ジンギスカン
(GENGHIS KHAN)

C/W
砂漠の国
(DESERT LAND)

1979.6.1
ビクター音楽産業
VIP-2747
 ジンギスカンの存在をヨーロッパ中に知らしめたデビュー曲。1979年のユーロビジョン・ソング・コンテストのドイツ予選にて見事グランプリを獲得し、本選出場を果たしました。本選では残念ながら4位とグランプリは逃しましたが、ドイツを中心にヨーロッパ各国で、もちろん遠く離れた日本でも大ヒットを記録しました。
 タイトルの「GENGHIS KHAN」は「ジンギスカン」の英語バージョンのつづりで、レコードのレーベルにも英語詩の作者(C. Dornaus)もクレジットされていますが、このシングルはれっきとしたドイツ語バージョンですのでこれは記載の誤りです。
 B面の「砂漠の国」は、後にアルバムに収録された時点で「砂漠の国サハラ」と改題されました。このシングルB面では、英語バージョン(「DESERT LAND」)となっています。

2nd
めざせモスクワ
(MOSKAU)

C/W
ロッキング・サン
(ROCKING SON OF DSCHINGHIS KHAN)

1979.9.25
ビクター音楽産業
VIP-2766
 翌年に控えたモスクワ・オリンピックを意識しての曲。これもノリの良いディスコ・ミュージックです。また、この曲にも英語バージョンが存在します。シングル・バージョンは、アルバムで聞かれる6分にも及ぶものとは異なり、4分半くらいの長さで、間奏の台詞も入っていません。ですので、アルバムから先に聞いた人にとっては、少し愛想ない感じがすると思います。
 また、この大ヒットによりジンギスカンはモスクワ・オリンピックに招待されたということです。
 「ジンギスカン」と併せ、当時、幼稚園〜高校などスクール・ダンスの定番となっていたと同時に彼らの代表曲の一つに挙げられます。

3rd
サムライ
(SAMURAI)

C/W
チャイナ・ボーイ
(CHINA BOY)

1980.1.21
ビクター音楽産業
VIP-2806
 これは日本だけのシングル。楽曲の出来と言うよりも単にタイトルが「サムライ」だったからでしょう(笑)。「フッ!ディヤ〜!」というサムライによる掛け声や、(日本というよりも)中国風メロディなど、一部のマニアには支持されたかもしれませんが、チャート的には振るいませんでした。ジャケットの浮世絵はいいですねぇ。
 しかし、洋楽に出て来る日本のイメージって、どうしてこうチャイナなんでしょう。ドゥーリーズのシングル「TOKYO FEELING」やマイケル・フォーチュナティの「TOKYO GIRL」にしてもまったく中国のメロディそのものです。

4th
ハッチ大作戦
(HADSCHI HALEF OMAR)

C/W
家に帰って
(KOMM DOCH HEIM)

1980.3.5
ビクター音楽産業
VIP-2815
 ジンギスカンの本領発揮とばかりに、再びノリノリのディスコ・ソング。当時、私は洋楽少年だったのに、実はこの曲をオンタイムでは知らなくて、ずっと後になってリリースされたCD『グレイテスト・ヒッツ』で初めて知りました。とても良い曲なの知名度としては今ひとつかも。以前、この曲は幼児番組の「ひらけポンキッキ」で使用されていました。 
 また、当時、マルコ・ポーロにより「勇者オマール」というタイトルのカバー・バージョンもリリースされていました。
 なお、これは、ドイツの児童文学作家のKarl May (1842-1912)が書き下ろした、アラブの国々での冒険物語に登場する主人公、ハッチ・ハレフ・オマールのことを歌っているようです。(きっとドイツでは有名なんでしょう。日本で言うところの桃太郎や金太郎か?)

5th
インカ帝国(マッチュ・ピッチュ)
(MACHU PICCHU)

C/W
栄光のローマ
(ROM)


1980.11.21
ビクター音楽産業
VIPX-1544
 これも日本だけのシングルです。
 インカ帝国は現在のペルーで、15世紀に忽然と出現し、コロンビア南部からチリ中部に至る広大な領土を支配したということです。インカ帝国の空中都市「マチュピチュ」は、アニメ『天空の城ラピュタ』のモデルになったそうです。
 この曲には7分にも上るアルバム・バージョンが存在します。しかし、このバージョンはドイツ盤LPのみの収録で、日本盤LPではシングル・バージョンとなっています。シングル・バージョンには出てこないメロディの牧歌的なメロディで始まり、間奏にまたそのメロディに戻って、またテンポが速くなるという構成になっています。
 なお、このシングルを最後にスティーブ・ベンダー(髪の毛のない人)が脱退してメンバーは5人になってしまいました。

6th
哀愁のピストレーロ
(PISTOLERO)

C/W
シェラネバダ
(SIERRA NEVADA)

1981.4.
ビクター音楽産業
VIPX-1568
 西部劇風イントロで始まる、これも彼ららしいディスコ・サウンド。今回のテーマはピストル(西部劇)です。当時の映画界は西部劇がヒットしていて、ヨーロッパでも本場アメリカ西部劇を真似た映画(イタリアなどで制作されたためにマカロニ・ウエスタンと呼ばれた)がたくさん作られていました。それらのヒットを受けてのものでしょう。
 日本ではシングル化したにもかかわらず、『ジンギスカン・ノンストップ・ベスト・ヒッツ』でしかCD化されていません。
 

7th
ローレライ
(LORELEY)

C/W
ウインドジャマー
(WINDJAMMER)

1981.
ビクター音楽産業
VIPX-1584
 ジンギスカンの日本での最後シングルです。これまでのディスコ・ミュージックから脱却した純粋なポップスですが、歴史上の人物を扱うスタンスは変えていません。これは、ドイツのライン川に住み、岩の上で美しい歌声で船乗りを惑わし、船を沈ませてしまうという美しい精、ローレライについて歌った歌です。
 とてもきれいなメロディとコーラスで情景が目に浮かぶようです。本国において彼らが単なるディスコ・グループではなかったことを証明しています。
 ジャケットでは、はじめて現代的な(?)格好をしていますね。
 


ソロ・シングル

KOREA (KOREA)
*シングル・バージョン

C/W
KOREA
*ダブ・バージョン

/レスリー・アンド・エヴァ

1988.5.21
テイチク
YE-40-V
 ソロと言っても、これはメンバーのレスリー・マンドキとニュートン・ファミリーのエヴァによるデュエット。この曲は、「めざせモスクワ」のように、1988年に行われるソウル・オリンピックをテーマにして制作されたものでした。
 楽曲は、エヴァによる韓国の最も代表的な民謡「アリラン」のハミングに始まり、一変してディスコ・サウンドへと突入します。ディスコで受けそうなタイプの曲で、BeNのお気に入りでもあります。また、この「アリラン」は最初、オリジナル・メロディと思っていましたが、ひょんなことから韓国の民謡ということが判りました。大変美しいメロディです。
 この「KOREA」には、いくつかの競作があります。オリジナルはもちろんレスリー&エヴァですが、日本でも少女隊がカバーしています。
 この曲のリリースに至る背景はジンギスカンのCDセクション内に記載しています。

 なお、このシングルには12インチ(テイチク UDL-1007-V)も制作されました。


 その他、日本では、「めざせモスクワ」のプロモ12インチ・バージョン(5:56)が存在します。

マキシCD
(MAXI CD)
ジンギスカン
(オリジナル・ヴァージョン)

ザ・ストーリー・オブ・ジンギスカン
(ラジオ・エディット)

ザ・ストーリー・オブ・ジンギスカン
(ラップレス・ヴァージョン)

ザ・ストーリー・オブ・ジンギスカン
(ロング・ヴァージョン)

ジンギスカン
(DJ FUKUI'S B.F.P MIX



200.5.24
ビクターエンタテインメント VICP-35047
 CDの帯にも「♪U ! ♪HA ! "あの曲"の元ネタはこれだ」のコピーもありますが、もちろんモーニング娘。のヒット曲、「恋のダンス・サイト」のヒットにあやかってのリリースでしょう。巷では「似ている、似ている」とよく言われていますが、個人的にはあまりそうは思いませんねー。確かに「フッハ、フッハ」のフレーズはパクっているかもしれませんが、それ以外に共通点はないからです。まあ、とにかく、モーニング娘。のおかげとしても彼らが再び注目されるようになったのは喜ばしいことですので、ぜひ、また、ジンギスカンがブレイク〜ひいては70年代のディスコ・サウンドにまたスポット・ライトが当たらんことを切に願うのであります。(モー娘。もっとパクって!)

 1曲目は、1979年にリリースされたオリジナル・バージョン。
 2〜4曲目は、「ジンギスカン」「哀愁のピストレーロ」「めざせモスクワ」のメガ・ミックス。これは、E-ROTICのプロデューサーであり、現在、ドイツのヒット・メーカーとして活躍するジョン・オフライン、デヴィッド・ブランデス、ドメニコ・ラバリールが1999年にリ・プロデュースし、ヨーロッパにてリリースしたものです。(ヨーロッパでのリリースは下記セクション参照してください。)E-ROTICなどで聴かれるハイパーな仕上がりになっています。2、4曲目にはラップも収録されています。
 5曲目は日本のDJである、DJ FUKUIが編集ミックスした作品です。
 
 なお、これは、下記マキシCD「THE STORY OF DSCHINGHIS KHAN」に、日本独自に「ジンギスカン」のオリジナル・バージョン(1曲目)と、日本のDJがミックスしたもの(5曲目)を加えたもので、あとの3曲(2〜4曲目)の内容はまったく同じです。(バージョン名が違っていますが、内容は同じです。バージョン名が違うのは日本人に判りやすいようにしたのでしょう。)


*このジャケットは最初からこんなボケたような感じなのです。念のため。


 


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last updated : 2004/2/7