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last updated : 2008/3/16
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(ヨーロッパ産ディスコ+キャンディ・ポップのカバー曲へ)

 このセクションでは、70年代後半から80年代に流行ったバブルガム・ディスコのオリジナル・バージョンと、日本語でのカバー・バージョンを紹介しています。

 コンセプトとして、@日本人アーチストが日本語でカバーしている Aオリジナル曲、カバー曲ともにシングルA面(シングルCDの場合はタイトル曲)としてリリースしている Bオリジナル曲と(ほぼ)同時期のリリースであること。この3つの条件をクリアしているものとします。
 しかし、その条件をすべてクリアできなかったものも一部紹介しています。

【オリジナル・アーチスト】 【カバーしたアーチスト】 【BeNのコメント】


「Y.M.C.A.」
/ヴィレッジ・ピープル
1978年12月
最高10位/30.2万枚


「YOUNG MAN (Y.M.C.A.)」
/西城秀樹
1979年2月
最高1位/80.8万枚
♪「Y.M.C.A. 」

 現在でも活躍する西城秀樹さんの何を隠そう最もヒットした曲。当時のテレビのベストテン番組でも、最高得点9999点を獲得したとか、外国曲(カバー曲)だったため、レコード大賞の選曲からはずされたとか、実はホモの歌ということが話題になったりとか、とにかくエピソードがたくさんありました。
 現在でもテレビ・コマーシャルの替え歌として使用されるなど、スタンダードとして定着している感がありますね。
 ヴィレッジ・ピープルは当時アメリカを中心に日本やヨーロッパでも人気がありましたが、この秀樹のヒットにより自らのオリジナルも相乗効果により大ヒット。アーチストとしては売り上げ枚数などからすると、何を隠そう、世界中で日本が最も成功した国であるようです。



「イン・ザ・ネイヴィー」
/ヴィレッジ・ピープル
1979年4月
最高10位/18.6万枚


「ピンク・タイフーン」
/ピンク・レディー
1979年5月
最高6位/29.8万枚
♪「イン・ザ・ネイヴィー (In the Navy)」

 ピンク・レディーの連続メガヒット後、初めて作曲家の都倉俊一氏の手を離れた作品。当時、彼女らは百万枚を越えるヒット曲を連発したのにもかかわらず、人気が急激に下降していました。そのため、西城秀樹が「ヤング・マン」で爆破的ヒットを放ったのを真似て、巻き返しを図ろうとしようです。結果はヴィレッジ・ピープルとの共作で話題となり、そこそこのヒットを記録しましたが、人気の下降を食い止めるまでには至らなかったようです。この一連のカバー・ヒットで一番得をしたのは、ヴィレッジ・ピープルだったと思います。
 楽曲は、歌詞中の「やっちゃいな、やっちゃいな、やりたくなったら、やっちゃいな!」というセリフが、当時、幼心にも放送コードに引っかからないのかなぁと心配していたのですが、彼女らが歌うことで、どことなく健康的な雰囲気をかもしだしていました。「ピンク・レディー」といったグループ名や、「ミー」「ケイ」などの自分たちの名前を連呼し、どことなく元気が出てくる応援歌的ソング風で結構気に入っています。



「ヤング・セーラーマン」
/渋谷哲平
1979年5月
最高38位/4.5万枚
 一方、渋谷哲平クンは「イン・ザ・ネイヴィー」を「ヤング・セーラーマン」と改題してリリース。タイトルから、「セーラー」をとると、西城秀樹のヒット曲の「ヤング・マン」になりますね!
 哲平クンは、前年の2月にデビューしたものの、男性アイドルとしての地位を確立できず、今ひとつ伸び悩んでいたのですが、この曲に勝負を賭けたようです。しかし、「ヤング・マン」のような大ヒットには至らず、しかもピンク・レディーとの競作!これは当人もスタッフもビックリしたかもしれませんが、それでも、相乗効果もあったのか、この曲は彼にとって第二のヒットとなりました。(ちなみに、この渋谷クンのバージョンはオリジナルより少しピッチが早いです。)
 渋谷哲平と言えば、「Deep(ディープ)」のイメージが強いですが、個人的には、都倉俊一作の「Deep(ディープ)」や「スタント・マン」、この「ヤング・セーラーマン」を収録した彼のベスト盤がCDでリリースされるといいなぁと思います。
 しかし、この渋谷哲平クンですが、この写真を見ると、Kinki Kidsの堂本剛クンに似ていると思いません?



「ゴー・ウエスト」
/ヴィレッジ・ピープル
1979年7月
最高43位/2.9万枚


「ゴー・ウエスト」
/サーフ・ライダーズ
1979年?
【チャート・インせず】
♪「ゴー・ウエスト(Go West)」

 当時ヴィレッジ・ピープルの曲としては、それほど知名度はなく、代表曲と言われるようなものではありませんでしたが、1993年にペット・ショップ・ボーイズのカバーが世界的な大ヒットとなったこともあり、ヴィレッジ・ピープルが再び注目されることとなりました。
 このカバー・バージョンのサーフ・ライダーズは、元ワイルド・ワンズの植田芳暁がメンバーの一人でした。楽曲はオリジナルに忠実でジャケットから想像されるパロディやおふざけはまったく見られず、大真面目に歌っています。
 ジャケットはご覧になればお判りのように、文字のロゴはそのまんま。写真は上記「イン・ザ・ネイヴィー」のパロディとなっています。この画像では判りにくいかも知れませんが、左側のブルトーザー?はプラモデルか何かのようなおもちゃとの合成写真です(笑)。



「ダンスに夢中」
/レイフ・ギャレット
1978年11月
最高12位/35.7万枚


「レッツ・ゴー・ダンシング」
/川崎麻世
1979年7月
最高63位/2.3万枚
♪「ダンスに夢中 (I was Made for Dancin')」

 日本で大ヒットとなったレイフ・ギャレットの「ダンスに夢中」を、川崎麻世は「レッツ・ゴー・ダンシング」という安直なタイトルに改題してカバー。サウンドは、コンピューター・ゲームの走りとなったインベーダー・ゲームのピコピコという電子音がふんだんに散りばめられており、時代を感じさせます。
 「レッツ・ゴー ダンシング」は、オリジナル・バージョンの大ヒット効果か?川崎麻世としてはまずまずのヒットになりました。ジャケットはあどけない麻世クンの顔が印象的ですね。最近の70〜80年代アイドルの復刻ブームのおかげで、麻世クンも『ゴールデン☆ベスト』などいくつかのCDがリリースされ、そちらに収録しております。
 ちなみに、カップリングの「ボーイ・スカウト」は、ヴィレッジ・ピープルの「ゴー・ウエスト」のこちらもカバー。



「ニューヨーク・シティ・ナイト」
/レイフ・ギャレット
1980年11月
最高56位/2.8万枚


「哀愁でいと」
/田原俊彦
1980年6月
最高2位/71.9万枚
♪「ニューヨーク・シティ・ナイト (New York City Nights)」

 この曲は元々、レイフ・ギャレットが1979年にリリースしたシングル「フィール・ザ・ニード(Feel the Need)」(オリコン最高72位/0.6万枚)のB面に収められていた曲でした。ファンの間で人気が高く、AB面をひっくりかえしてリリースしましたが、残念ながらヒットには至りませんでした。しかし、翌80年、当時学園ドラマで人気が出始めた田原俊彦が「哀愁でいと」で歌手デビュー。楽曲の良さにアーチスト・パワーがプラスされ、見事大ヒットしました。
 また、その余波でレイフ・ギャレットが、78年に大ヒットした「ダンスに夢中」との豪華カップリングとして再々リリースとなりました。
 しかし、トシちゃんもこうしてみると可愛いかったですね。今では普通のオッサンみたいになってしまいましたけど。てか、テレビで見かけることもほとんどありませんが(泣)。



「愛のコリーダ」
/クインシー・ジョーンズ
1981年4月
最高13位/31.4万枚


「愛のコリーダ」
/BIG BANG (ビッグ・バン)
1980年?月
【チャート・インせず】
♪「愛のコリーダ (Ai no Corrida)」

 最近でもCM曲に使用されるなど名曲の誉れ高い「愛のコリーダ」。全米では最高14位、日本でも30万枚を越える大ヒットを記録しています。
 なお、クインシー・ジョーンズは名プロデューサーやアレンジャーとしてもよく知られており、代表作品にはマイケル・ジャクソンのアルバム『スリラー』などが挙げられます。
 BIG BANGのバージョンは、日本語詩はあまがいりゅうじ、編曲は大谷和夫。このコンビは何を隠そう、西城秀樹の「ヤング・マン」でも日本語詩と編曲を担当した二人でもあるのです。アレンジはほとんどオリジナルと同じと言ってもいいでしょう。そして、歌うのは謎のユニット、BIG BANG。しかしカップリングを含めて、ユニットというよりも、一人の男性ボーカリストではないかと思われます。とてもさわやかなボーカルで、「愛のコリーダ」で聞かれるファルセット・ボイスも無難にこなしています。



「恋のサバイバル」
/グロリア・ゲイナー
1979年3月
最高31位/9.0万枚


「恋のサバイバル」
/布施明
1979年5
最高13位/17.9万枚
♪「恋のサバイバル (I Will Survive)」

 「恋のサバイバル」のオリジナルはグロリア・ゲイナー。元々はB面としてリリースされたのですが、後に「恋のサバイバル」をAB面ひっくりかえしてリリース。見事全米第1位の大ヒットとなりました。AB面をひっくり返すことを決断したプロデューサーはすごいですね。
 布施明は、この一つ前の化粧品のCMに使用された「君は薔薇より美しい」(元ゴダイゴのミッキー吉野の作曲)が久々の大ヒットとなりました。そして続く、この「恋のサバイバル」は日本語詩を自ら手がけるなど、力を入れていたようです。
 ちなみに、その化粧品のCMに出演していた世界的女優のオリビア・ハッセーとはCMをきっかけに当時恋愛関係となり(後に結婚、そして離婚)、英語には自信があったのかな!?



「恋のサバイバル2」
/麻生よう子
1979年5月
最高43位/4.9万枚
 麻生よう子は1974年に「逃避行」でデビュー。15万枚近いヒットとなり各新人賞も獲得しましたが、それ以降は目立ったヒットはありませんでした。数年後、レコード会社を移籍し、巻き返し図るため、それまでのイメージを払拭しディスコ作品のカバーに挑戦となったのが今作です。布施明との共作となってしまいましたが、久々のヒット作品となりました。
 A面が「恋のサバイバル1」、B面が「恋のサバイバル2」となっていますが、作詞者と編曲者はまったく同じ。アレンジもほとんど同じですが、歌詞はまったく異なっています。
 「恋のサバイバル1+2」では、デビュー・ヒットの「逃避行」で聞かれた丁寧な歌い方とは異なり、ぶっきらぼうな感じに歌っていますが、オリジナルのグロリア・ゲイナーを聞いた後だと、(彼女はとても声量のあるシンガーなので、)どこか物足りなさを感じてしまいます。
 結局、彼女はこの曲のスマッシュ・ヒットがあったものの、これ以降は、ヒット作には見放され、チャート・インを果たすことはありませんでした。



「フライ・バイ・ナイト」
/パット・ホッジス
1979年10月
【チャート・インせず】


「フライ・バイ・ナイト」
/川崎麻世
1979年11月
最高97位/0.4万枚
♪「フライ・バイ・ナイト (Fly by Night)」

 「フライ・バイ・ナイト」は米映画『ドラキュラ都へ行く(Love at First Bite)』の主題曲。映画は、ドラキュラが現代ニューヨークに登場し、トップ・モデルに恋をするというお話。曲のほうは、アメリカのディスコ・サウンドでありながら、ヨーロッパ風マイナー・ディスコ。これはBeNのお気に入り。楽曲のクオリティを考えると、もっとヒットしても良かったと思うのですが、オリジナルはチャート・インすら果たせず、麻世クンのバージョンがアーチスト・パワーで97位にギリギリ、チャート・インしたに留まりました。
 オリジナルのカップリングは、シドニー・バートンズというアーチストの「ダンシン・スルー・ザ・ナイト」という曲なのですが、こちらもオススメ。
 余談ですが、「一目ぼれ」を英語で「love at first sight」というのですが、映画のタイトルは「love at first bite」。ドラキュラだけに、いわゆる「一噛みぼれ」という意味。「サイト(sight)」が「バイト(bite)」に入れ替わった、韻を踏んだおっしゃれーなタイトルなんです。



「恋のナイトライフ」
/アリシア・ブリッヂズ
1979年10月
【チャート・インせず】


「恋のナイトライフ」
/麻生よう子
1979年10月
最高97位/0.4万枚
♪「恋のナイトライフ (I Love The Night Life)」

 前作の「恋のサバイバル2」の久々のヒットに気を良くしたのか、今回もカバーに挑戦。オリジナルは上記『ドラキュラ都へ行く』に使用されたアリシア・ブリッヂズ。楽曲は、「フライ・バイ・ナイト」とは打って変わってミディアム・テンポのダンス・チューン。アリシア・ブリッヂズの、サビで急に高音になり裏声になる感じが聴かせどころなのですが、麻生よう子はそのまま力強くシャウトしています。
 麻生よう子のベスト盤CDはこれまでいくつかリリースされていますが、権利関係の問題のためか、移籍後の「恋のサバイバル」やこの作品は収録されていません。しかし、2008年3月には女性ボーカリストの洋楽カバーヒット作ばかりを集めたCD『壊カヴァ〜洋楽カヴァーの邦楽ヒッツ決定版!〜』というCDがリリース。めでた「恋のサバイバル1+2」「恋のナイトライフ」の3曲がもれなく収録されています。



「ワンス・アポン・ア・タイム」
/ドナ・サマー
1978年1月
最高64位/3.3万枚


「ラブ・マシーン」
/ニュー・ホリデー・ガールズ
1978?年?月
【チャート・インせず】
♪「ワンス・アポン・ア・タイム (Once Upon a Time)」

 「ラブ・マシーン」というとミラクルズのヒット曲が有名ですが、こちらはドナ・サマーがオリジナル。
 ニュー・ホリディ・ガールズは、1974年から1981年までTBS系で放送された音楽番組「サウンド・イン“S”」のレギュラーだった女性コーラス&ダンスグループ。その彼女たちのデビュー曲が、「ワンス・アポン・ア・タイム」を「ラヴ・マシーン」と改題したカバー曲です。
 アレンジは、数々の音楽番組やバラエティ番組の編曲やテーマ曲を担当した前田憲男氏によるもので、ホーン・セクションやストリングスなど、オリジナルをよりダイナミックにした感じに仕上がっています。
 ちなみに、彼女たちはメンバー入れ替えのあと、「恋のダディー・オー」のカバーもリリースしています。(カバー・バージョン1のセクションに記載)



「フェーム」
/アイリーン・キャラ
1980年9月
最高17位/18.6万枚


「リメンバー」
/ピンク・レディー
1980年12月
最高86位/1.0万枚
♪「フェーム (Fame)」

 アイリーン・キャラは1980年には映画「フェーム」に主演。映画と共に彼女が歌った主題歌も大ヒットし、一躍スターダムにのし上がりました。いっぽう、70年代の中頃、一世を風靡していたピンク・レディーは、当時人気は既に低迷。世界的なヒット曲のカバーで起死回生を図ろうと、「フェーム」を「リメンバー」と改題してリリースしましたがまったくヒットせず、人気の下降に歯止めはかからなかったようです。
 また、「フェーム」にインスパイアされたと思われる作品に故・沖田浩之の「半熟期」があります。「これってカバー?」と思えるほど似すぎなのですが、筒美京平氏によるオリジナルと思われるサビのメロディはとてもいいですよ。



「フラッシュ・ダンス」
/アイリーン・キャラ
1983年6月
最高1位/69.7万枚


「ホワット ア フィーリング」
/麻倉未稀
1983年7月
最高49位/6.0万枚
♪「フラッシュ・ダンス (Flashdance)」

 上記「フェーム」で人気の出たアイリーン・キャラは、1983年には映画「フラッシュダンス」のジョルジオ・モロダーの手による主題歌「フラッシュダンス」が全米で1位、世界的大ヒットを記録しアカデミー歌曲賞グラミー賞の最優秀女性歌唱賞などを受賞しました。
 麻倉未稀は「フラッシュ・ダンス」を「ホワット ア フィーリング〜フラッシュダンス」としてカバー。アイドル堀ちえみ主演の人気ドラマ『スチュワーデス物語』の主題歌に起用されたこともあり、スマッシュ・ヒットを記録しました。
 ちなみに、この「フラッシュ・ダンス」は「カナダからの手紙」の大ヒットや後のロマン・ポルノ出演でお馴染み?の畑中葉子も「愛はMUSIC」としてカバー、シングル・リリースしています。


 こうして見ると、アメリカ産ディスコ・ミュージックのほうが、オリジナルが世界的なヒットとなったということもあり、カバー・バージョンも大きなヒットにつながった例が多いようですね。





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