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last updated : 2006/5/3

 

日本でリリースされなかったドイツ盤シングルを紹介します

1986年に一度、解散するまでにリリースしたシングルのうち、日本でリリースされなかったものは下記の8曲です。

ベイビー・ドゥ・ユー・ワナ・バンプ
(Baby Do You Wanna Bump)

C/W
ベイビー・ドゥ・ユー・ワナ・バンプ
(Baby Do You Wanna Bump)

1975
 「ベイビー・ドゥ・ユー・ワナ・バンプ」は、歌詞がほとんどなく、アメリカン・タッチのファンキーな楽曲。ボニーM名義でのリリースでしたが、当時は実体がなく、フランク・ファリアン一人の変名ユニットでした。
 なお、バンプとは当時流行していた、男女ペアになり腰をぶつけ合う、あのダンスのことです。DVDでもそのしぐさを見ることが出来ますよ。
 また、この曲は日本では2006年リリースの『ザ・マジック・オブ・ボニーM』において、初CD化となりました。海外でのベスト盤のCDやアナログ・アルバムにはだいたい収録しています。
マライカ
(Malaika)

C/W
コンスエラ・ビアス
(Consuela Biaz)

1981
 既にスタンダードと化したトーケンズによるヒット、「ライオンは起きている」のフレーズも聴かれる、非常に南国的な楽曲。日本では(レコード会社の方針で)ボニーMはできるだけノリの良いものを選んで、シングル・カットしていたので、あまりにもゆったりとしたレゲエ・タッチのこの曲のシングル・カットは見送られたようです。(もし、されてもヒットはしなかったでしょう)
 カップリングの「コンスエラ・ビアス」は、こちらも南国的な雰囲気を持った楽曲なのですが、リズム、シンセサイザーやパン・フルートのアレンジが、かつてヨーロッパで大ヒットした「エル・ルーテの物語」を彷彿とさせます。
リトル・ドラマー・ボーイ
(Little Drummer Boy)

C/W
ショッキング・ボニーM
(6 Years Boney M. Hits)

1981
 元々は、ハリー・サイムワン・コーラルという女性が1958年にヒットさせた曲。クリスマス・ソングの定番となっているようで、翌59年から、62年まで、毎年クリスマス・シーズンには全米チャートに顔を出しヒットしました。オリジナルはとても美しい声の女性ボーカリストがリードを努めていますが、ボニーMもオリジナルにとても忠実に歌い上げています。
 日本では、カップリングのメガミックス、「ショッキング・ボニーM」をA面としてリリースしています。
ザイアンの娘
(Zion's Daughter)

C/W
ホワイト・クリスマス
(White Christmas)

1982
 日本では表彰式に必ずかかるあの曲です。実は、ヘンデル作曲のオラトリオ「マカベウスのユダ」の中の「見よ勇者は帰る」という曲で、原語は英語です。「ザイアンの娘」はそのかえ歌で、イエスの生誕を祝うものということです。何気なく聞いている曲にもちゃんとした歴史があるのですねぇ。
 最初は(表彰式らしく?)荘厳に、あとはスピードを早くしてポップな感じになっています。
 なお、このジャケットはよく見れば判ると思いますが、上記「リトル・ドラマー・ボーイ」のボビーのフォトを、新メンバーのレギーにすげ替えたものです。ほとんど違和感がない合成写真ですのでちょっと見ただけでは気がつきませんね。 
ジャンボ
(Jambo-Hakuna Matata
(No Problem))

C/W
アフリカン・ムーン
(African Moon)

1983
 南国的雰囲気を持ちながらも、ところどころにシンセサイザーも織り交ぜています。サブ・タイトルには、「No Problem」(=問題ないよ)と記載されているのですが、歌詞中にも、「Take it easy(気楽にやれよ)」の言葉もあり、文字通り、ゆ〜ったりとした雰囲気を持った楽曲。
カリンバ・デ・ルナ
(Kalimba De Luna)

C/W
10000光年
(10,000 Lightyears)

1984
 ボニーMのアルバムのタイトル曲にもなった楽曲。しかし、実はこれもカバー曲で、オリジナルはTony Espositoというイタリアのパーカショニストの楽曲。
 ミュンヘン・サウンドでも、南太平洋的な陽気なサウンドでもなく、どちらかと言うと、時代背景をとらえてか、電子楽器を多用したテクノ系ディスコといった感じです。メイン・ボーカルは男性メンバーのレギーがとっています。
 なお、ボニーMは、実は1990年の再結成時にも、「Papa Chico」という楽曲で、同アーチストの曲を再びカバーしています。
マイ・シェリー・アモール
(My Cherie Amour)

C/W
サンプル・シティ
(Sample City)

1985
 なんとスティービー・ワンダーによる楽曲のカバー!
 今回の曲は、フランス語タイトルですが、上記など、近年の楽曲を見ていても、イタリア語やアフリカの言葉など、多岐にわたっており、これも、時おりボニーMがワールド・ミュージックの先駆けと呼ばれたゆえんかもしれません。
 肝心の曲の方は、いくつかのシングルの中でも最もボニーMらしくありません。70年代後半のディスコ・ブームが終わり、(すぐ後に控えている)ハイエナジー・ブームのはざまで、自分たちの進むべき方向を模索しているような状況下でリリースされた1曲です。
バン・バン・ルル
(Bang Bang Lulu)

C/W
チカ・ダ・シルヴァ
(Chica Da Silva)

1986
 ボニーM解散前の最後のシングルは、AB面共に最後のアルバム『アイ・ダンス』からの2曲。「バン・バン・ルル」は、「栗色の髪の少女」や「バハマ・ママ」あたりの南太平洋的楽曲の雰囲気を持つもので、BeNも大好きな曲。このゆったり、のんびり感がなんとも言えません。
 この曲は、フランク・ファリアンによるものですが、当時ボニーMと同様のコンセプトを持つ楽曲で、ヨーロッパにおいて人気を博したグームベイ・ダンス・バンドも後にカバーしています。
 




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