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last updated : 2008/12/1

 

JAPANESE RELEASES


1st
ダディ・クール
(Daddy Cool)

C/W
ラヴィン・オア・リーヴィン
(Lovin' or Leavin')

1975.11
ワーナー・パイオニア
P-73A
 これぞ、ミュンヘン・サウンド!とても良い曲なのですが、日本ではまだボニーMはブレイク前で、チャート・インしませんでした。
 日本ではリリースされなかったデビュー・シングル「ベイビー・ドゥ・ユー・ワナ・バンプ」は、歌詞がほとんどなく、アメリカン・タッチのファンキーな楽曲でした。同曲が、(ドイツではなく)オランダでヒットしたことを受け、急遽グループを立ち上げリリースしたのが、この「ダディ・クール」でした。「ベイビー・ドゥ・ユー・ワナ・バンプ」とは、まったく異なるヨーロピアン・タイプの楽曲でしたが、逆に時代にマッチしたのか、ヨーロッパ各国で大ヒットとなりました。そして、ボニーMはこの曲をステップに、ヨーロッパ、イギリス、ロシア、日本、そしてアメリカ・・・へと世界へ羽ばたいていくことになるのです。カバー曲が多いボニーMですが、これはプロデューサーでもあり、ライターでもあるフランク・ファリアンによるオリジナルです。

2nd
サニー
(Sunny)

C/W
ニューヨーク・シティ
(New York City)

1977.6.25
ワーナー・パイオニア
P-187A
 元曲は黒人シンガー、ボビー・ヘブの1966年に全米第2位となった大ヒット曲「サニー」です。既にジャズのスタンダード化していて、ボニーMのほかにも、フランク・シナトラ、スティーヴィー・ワンダー、シェール、マービン・ゲイなど500を越える!ミュージシャンがカバーしているそうです。
 ボニーMはこの曲を、深いエコーがかかったボーカル、そしてミュンヘン・サウンドによるアレンジで歌っています。前作では、メンバーのコーラス・ワークによる楽曲でしたが、今作では、リズのソロ・ボーカルが目立っています。彼女はボニーM参加前は、歌手になることを夢見ながら、秘書をしてたそうですが、歌がうまいなぁとつくづく思います。
 なお、アメリカでは、B面の「ニューヨーク・シティ」がA面としてリリースされました。この曲はアルバム未収録のレア曲。シンセサイザーを多用したインストに近い曲です。

3rd
マ・ベーカー
(Ma Baker)

C/W
浮気はしないで
(A Woman can Change a Man)

1977.10.25
ワーナー・パイオニア
P-224A
 「動くな!マ・ベーカーだ。手を上に挙げて、あり金を全部よこしな!」こんなセリフで曲は始まります。楽曲は、当時のディスコものの定番(この曲がはしり?)の悪党もので、マ・ベーカーというシカゴのギャング(母と息子たち)のお話です。ボビーとリズのボーカルのかけあいが面白いです。
 似たようなコンセプト(恋人が悪党など)の楽曲としては、アラベスクの「ザ・マン・ウイズ・ザ・ガン」、エミリー・スター・エクスプロージョンの「ノー・ノー・シェリフ」、80年代に入ってからはC.C.キャッチの「Don't Shoot my Sheriff Tonight」などがあります。これ、ディスコでは定説。

3rd
(different cover)
マ・ベーカー
(Ma Baker)

C/W
浮気はしないで
(A Woman can Change a Man)

1977.10.25
ワーナー・パイオニア
P-224A
 上記のジャケ違い。ボビーの左向きバージョン(と勝手に名づけました)。想像以上に売れたことによる、セカンド・プレスか?
 しかし、このジャケットはすごいなぁー。今なら、女性権利団体からクレームがつけられそうです。後に本人たちもこんなにヨーロッパ中で人気が出ると思わなかっただろうし、こんなジャケット撮影も安請け合いしたんだろうかな。あとにも先にもこんなにインパクトのあるジャケットってあるでしょうか?身体に巻きつけられてたチェーンは、捕らえられたという意味なのでしょうか。でも、何もそこまでしなくてもという感じは否めません。
 なお、カップリングの「浮気はしないで」も、テンポの良いディスコ・サウンド。こちらもディスコで受けが良かったのか?タイトルが大きく記載されています。

4th
ベルファスト
(Belfast)

C/W
プランテーション・ボーイ
(Plantation Boy)

1978.2.25
ワーナー・パイオニア
P-257A
 ボニーMの曲ではほとんどがリズがリード・ボーカルをとっていますが、この曲は、珍しくリードはマーシャがとり、歌詞の内容に併せてとても力強く歌っています。よく聞くと、ほかのボニーMが楽曲とは、リード・ボーカルが違うのが判りますね。
 ちなみに、この楽曲は、1970年から1974年にかけて、北アイルランドの首都、ベルファストで起きた、カトリック教徒と英国国教会(聖公会)との闘争事件を取り上げたものです。
 BeN的にはカップリングの「プランテーション・ボーイ」もお気に入り。この曲のビデオ・クリップでは、ボビーが曲に併せ、カマを持ち草を刈ったり、女性メンバーがスコップで土を掘ったりするしぐさの振り付けを見せてくれ、とても楽しいです。「プランテーション」とは、熱帯や亜熱帯地方の(大規模な)農園という意味。タイトルは、そんな農場で働く男の子のことを歌っているみたいですね。

5th
バビロンの河
(Rivers of Babylon)

C/W
粟色の髪の少女
(Brown Girl in the Ring)

1978.5.25
ワーナー・パイオニア
P-276A
 ボニーMが全米や全英で最も成功した曲。ビルボードでは最高位30位を記録。イギリスでも大ヒットし、5週間連続第1位という記録を持ち、1978年のベスト・セラー・シングルにもなりました。
 オリジナルはジャマイカのメロディアンズというアーチスト。詩の内容は、旧約聖書の詩篇第137からの引用で、イスラエルの民がバビロニアに進攻されバビロンに連れていかれ(バビロン捕囚と言う)、その地で故郷を懐かしみ、シオン(イスラエル)が見えるバビロンの河で嘆き悲しみ、かつ故郷に帰る執念を込めて唄った歌からということです。こちらで歌詞と対訳がご覧になれます。
 この曲は、波の音のSE使用など、とてもトロピカル。日本でも下記「怪僧ラスプーチン」同様、ボニーMの代表曲となりました。
 カップリングの「粟色の髪の少女」は、スティール・ドラム(ドラム缶を改造した西インド諸島発祥の楽器)を使用したエキゾティックな楽曲で、B面にもかかわらずヨーロッパではヒットしました。

6th
怪僧ラスプーチン
(Rasputin)

C/W
よそ見をしないで
(Never Change Lovers in the Middle of the Night)

1978.10.25
ワーナー・パイオニア
P-331A
 問答無用の大ヒットシングル。(ドタバタした)あの独特のイントロや、ストリングスがいかにもミュンヘン・サウンドといった感じのボニーMの最も代表的で、また最も愛された楽曲であると思います。楽曲全編で聴かれる弦楽器はロシアの代表的弦楽器のバラライカ。
 ちなみに、ラスプーチンは実在したロシアの人物。彼は、奇跡を起こす祈祷師として、ロマノフ王朝の皇帝ニコライ二世の皇后アレクサンドラの顧問として内政にまで影響を与え、また豪壮な邸宅における醜態の限りを尽くしたということから、彼を排斥しようとした貴族によって暗殺されたそうです。
 なお、この曲の歌詞と対訳をこちらで公開しています。
 また、この曲からインスパイアを受けた(またはそのままパクった)と思われるものには、小泉今日子の「私の16才」(インスパイア)、マックス・コベリの「ラン・トゥ・ザ・サン」(パクリ)などが存在します。

7th
ヴードゥーナイト
(Voodoonight)

C/W
/孤独の旅路
(Heart of Gold)

1979.2.25
ワーナー・パイオニア
P-378A
 これはジャケットにも記載のあるように、日本だけの特別カップリングで、シングルとしては、どこの国でもリリースしていません。
 「ヴードゥー」は、ハイチ(を含む西インド諸島など)で一般的に行われているヴードゥー教のこと。現在でもどの程度そうなのかはわかりませんが、まじない、妖術、黒魔術、人身供養なども行われていたそうです。歌詞の中にも、「妖術」とか「ゾンビが花嫁を探してる」など、物騒な言葉が並んでいます。
 B面の「孤独の旅路」のオリジナルは、ニール・ヤングによる1972年の全米No.1ヒット。ボニーMバージョンも、リズのボーカルが心に染み入りる名バラードです。これは、ボニーMの曲の中でもマイ・ベストBに入りますね。「金色に輝く心を探して続けて、そして僕はこんなに年老いてしまったんだ・・・」という歌詞が泣かせます(TT)。どうせなら、こっちの方をA面にして欲しかったなぁ。もしかしたらボニーMの代表曲になったかもしれないのに。

8th
ダンシン・イン・ザ・ストリート
(Dancing in the Streets)

C/W
メリーズ・ボーイズ・チャイルド
(Mary's Boy Child / Oh my Lord)

1979.4.10
ワーナー・パイオニア
P-405A
 「ダンシン・イン・ザ・ストリート」は、海外でも日本でも長い間、未CD化でしたが、2007年にオリジナル・アルバム『ヴィーナスの冒険』のリ・リリースの際、ボーナス・トラックとして初めてCD化されました。
 楽曲は単調で、非常にマイナーなファンクっぽいサウンドで、今になって思えば「なるほどB面」と思うような出来かもしれません。
 B面の「メリーズ・ボーイ・チャイルド」はクリスマス・ソングだったので、日本ではより一般受けする「ダンシン・・・」の方をA面としたのだと思います。ヨーロッパでは、この「メリーズ・ボーイ・チャイルド」は大ヒットになりました。(下記「メリーズ・ボーイズ・チャイルド」参照)

9th
フレー!フレー!
(Hooray ! Hooray ! It's a Holi-Holiday)

C/W
蒼いリボン
(Ribbons of Blue)

1979.5.25
ワーナー・パイオニア
P-416A
 「フレー!」というのは、日本語に訳すと、「ばんざい!」という意味になります。で、英タイトルの意味は、「ばんざーい!ばんざーい!お休みだぁ!」、といった感じです。曲間でもスティール・ドラムのソロも聴かれ、こちらも南国風なとても陽気なディスコ・サウンドです。しかし、このスティール・ドラムって、心が癒されるようなとても優しい音ですね。
 なお、このシングルがリリースされた5月には、ボニーMはプロモーションのため初来日したそうです。このプロモーションがこの曲のヒットに結びついたのか、「怪僧ラスプーチン」「サニー」に次ぐヒットとなっています。
 ちなみに、日本ではスタ誕出身の双子デュオのポップコーンが、また、2003年にはデビュー曲が全英チャート2位を記録したルーマニア出身の女性(これまた!)双子デュオ、ザ・チーキー・ガールズがカバーしていました。

10th
ガッタ・ゴー・ホーム
(Gotta Go Home)

C/W
エル・ルーテの物語
(El Lute)

1979.10.10
ワーナー・パイオニア
P-481A
 南国風サウンドを基調にするようになってからは、ストリングスをフィーチャーしたミュンヘン・サウンドは聴かれなくなってしまいました。「ガッタ・ゴー・ホーム」では、スティール・ドラムの他、シンセサイザーも多用していて、電子楽器と民族楽器の融合した新しいディスコ・サウンドといった感じです。実は、Nighttrainというアーチストの1973年にリリースされた「Hallo Bimmelbahn」という楽曲のカバーだそうです。
エル・ルーテと
 ヨーロッパ各国では、「エル・ルーテの物語」をA面とした国が多く、大ヒットを記録しました。このエル・ルーテは、かつてスペインで民衆から人気を集めた反骨の犯罪者で、後に英雄として尊敬された60年代の人物です。エル・ルーテは貧しい出身で、狩猟をして暮らしていましたが、他の人間が犯した罪を着せられ死刑を宣告されました。しかし、彼はスペイン中を逃げ回り、権力に抵抗し戦いスペインの英雄となりました。やがてスペインに変革が訪れた時、やっと彼にも自由が訪れたということです。

11th
メリーズ・ボーイズ・チャイルド
(Mary's Boy Child / Oh my Lord)

C/W
ダンシン・イン・ザ・ストリート
(Dancing in the Street)

1979.11
ワーナー・パイオニア
P-405A
 日本では元々「ダンシン・イン・ザ・ストリート」のB面に収められていた曲。しかし、ヨーロッパやイギリスではA面で、クリスマス・ソングでもある「メリーズ・ボーイズ・チャイルド」は大ヒットを記録しました。やはりクリスチャンが多いという背景があるのでしょうか。日本でもクリスマス・シーズンへ向けて、AB面をひっくり返して、新しいジャケットでリリース(レコード番号は同じ)の運びとなりましたが、臨発のクリスマス・ソングということからか、日本では「サニー」のヒット以来、初めてチャート・インしませんでした。
 この曲は「Mary's Boy Child」と「Oh my Lord」のメドレーとなっています。「Mary's Boy Child」は、1956年に全米12位を記録したハリー・ベラフォンテのクリスマス・ソングのカバー。ハリー・ベラフォンテは、あの「バナナ・ボート」の大ヒットで有名なシンガー。個人的には、「Oh my Lord」の方がノリが良く、好きな曲です。

12th
バハマ・ママ
(Bahama Mama)

C/W
生まれ変わった私
(I'm Born Again)

1980.3.10
ワーナー・パイオニア
P-513A
 楽曲は「バハマ」というタイトルやジャケットから想像される南国風なものではなく、どちらかと言うとミュンヘン・サウンドっぽいです。ちょっと単調なリズムで盛り上がりに欠ける感じも否めません。日本では90年代から関東などの各地の盆踊りで、この曲に合わせて「炭坑節」を踊る地区があるそうです。誰かがシャレで始めたことが各地に飛び火したみたいです。そんな地域の盆踊りならぜひ浴衣を着て参加してみたいものです(^^)。
 ちなみに、ヨーロッパなどでは、牧歌的でゆったりとしたB面の「生まれ変わった私」をA面として国が多かったようです。ドイツを含むヨーロッパでは、スローな曲やバラードもシングルとしてリリースしていましたが、日本では徹底してボニーMをディスコ・アーチストとして売るというコンセプトがあったようで、かなりのシングルで、ヨーロッパとはAB面を差し替えたものがありました。そんな中の1曲です。 

13th
マイ・フレンド・ジャック
(My Friend Jack)

C/W
魅惑のボート
(I See a Boat on the River)

1980.6.10
ワーナー・パイオニア
P-579A
 この曲は、The Smokeという60年代から70年代にかけて活動した、イギリスのポップ・バンドの1967年のヒット曲のカバー。イントロなどのバタバタした感じは「怪僧ラスプーチン」にも通ずるところがあります。しかし、全体的なインパクトは弱く、この曲がよく日本で2万枚も売れたモンだと思います。この曲の出来が悪かったからか?このシングルを境にボニーMは日本でチャートインすることはありませんでした。
 ヨーロッパのほとんどの国々では「魅惑のボート」をA面とした国が多かったようです。こちらはハンドクラップや民族楽器?を使用した、ほのぼのとしたディスコ・サウンドです。
 なお、きれいな夕焼けが見える野外コンサート会場のようなジャケ写真は、結構お気に入りです。ボニーMは、日本ではライブをしたことがなかったのですが、このような野外コンサートがあったら、ぜひぜひ見てみたかったですね。

14th
ガダ・ダ・ヴィダ
(Gadda-Da-Vida)

C/W
パラダイスの子供達
(Children of Paradise)

1980.12
ワーナー・パイオニア
P-649A
 「ガダ・ダ・ヴィダ」は元々、ロック・グループのアイアン・バタフライが1968年にリリースしたセカンド・アルバムの曲です。なんとB面すべて使った17分にも上る長い曲だったそうです。
 ボニーMの「ガダ・ダ・ヴィダ」は、ヨーロッパなどではB面としてリリースされました。多くの国では、「パラダイスの子供達」の方がA面でした。「パラダイス・・・・」の方は電子楽器を多用したテクノ系ポップス。きれいなアレンジのイントロを始め、不思議な魅力のある曲で結構気に入っています。 

15th
あぁフェリシダード
(Felicidad (Margherita) )

C/W
ストレンジ
(Strange)

1981.4
ワーナー・パイオニア
P-1522A
 この楽曲は、Massaraという女性アーチストの「Margherita」という楽曲のカバー。オリジナルは1979年リリースで、ボニーMのバージョンとほとんど変わりありません。アーチストの詳細は不明ですが、メキシコで大ヒットしたということです。
 マルガリータという女の子に恋した男性のことを歌った曲。「フェリシダード」はスペイン語で「幸せ」を意味するということで、「マルガリータのことを想うだけで超ハッピー」といったところでしょうか。
 電子楽器を使用したソフト・ディスコで、出だしは暗いのですが、サビでは急に転調して明るめのサウンドに変わります。また、間奏では、ファンファーレやカスタネットも聞かれ、どこかフラメンコ調。

16th
世界はルンルン
(We Kill the World (Don't Kill the World) )

C/W
ボノノノス
(Boonoonoonoos)

1981.12
ワーナー・パイオニア
P-1597A
 誰がこんな脳天気なタイトルをつけたのかは知りませんが、元々この曲は、地球環境の保護や、平和について歌ったボニーMのメッセージ・ソング。歌詞の内容はとても「ルンルン」といったものではありません。
 なお、この曲は「ベルファスト」以来の、マーシャのリード・ボーカルによるシングルです。
 楽曲は「We Kill the World」と「Don't Kill the World」の組曲で、5分以上にも上る長いものです。二部目の出だしは子どもがリードボーカルをとり、地球をダメにしないで・・・」と切なく訴えています。この曲のクリップをDVDで初めて見た時は、以前から歌詞の内容は知っていたので、さすがに泣きましたね(T T)。この曲の歌詞と訳詩をこちらで紹介しています。歌詞の意味を知った上で、正しい「世界はルンルン」を聞いてみてください。

17th
ショッキング・ボニーM
(6 Years Boney M. Hits)

C/W
サッド・ムーヴィーズ
(Sad Movies)

1982.3
ワーナー・パイオニア
P-1627
 このシングルは、タイトルにもあるように当時、世界的大ヒットとなった「ショッキング・ビートルズ」を受けてリリース。
 これまでリリースされた初期のヒット曲(「ダディ・クール」「マ・ベーカー」「ベルファスト」「ガッタ・ゴー・ホーム」「怪僧ラスプーチン」「栗色の髪の少女」「フレー!フレー!」「バビロンの河」「サニー」など)のメガ・ミックス。どの曲もBPM(1分間あたりのビート数)がほとんど同じなので、無理のないミックスとなっています。ヨーロッパでは、この曲のロング・バージョンが12インチでリリースしていますが、そっちも聞きいてみたいものです。
 ところで、このジャケットですが、よく見ると、上のほうにある「ダディ・クール」だけドイツ盤シングルのジャケットが使用されています。ちょっと見ただけでは判りませんが、日本盤のジャケットが見つからなかったのかな?

18th
ゴーイング・バック・ウエスト
(Going Back West)

C/W
涙のカーニヴァル
(The Carnival is Over (Good-bye True Lover) )

1982.10
ワーナー・パイオニア
P-1963
 ボビー・ファレルがソロ活動を始めるため脱退して、初めてのシングル。今作より、ボビーの代わりに、ガーナ出身のレギー・ツィボーが加入しました。
 楽曲は、ジャケットからも想像できるように、これまでのボニーMのテーマの一つでもあるカリブ海の雰囲気を持ったものです。また、ボニーMの曲の中では、女性がメインボーカルを努めることがほとんどなのですが、これは、新加入のレギーがリード・ボーカルを努めています。
 また、この曲はジャマイカ出身のレゲエ・シンガー、ジミー・クリフのカバーです。
 例によって、このシングルは、本国ドイツを含むヨーロッパ各国では、AB面が逆で、「涙のカーニヴァル」がA面としてリリースされていました。「涙のカーニヴァル」は、1966年にシーカーズというグループがヒットさせた曲で、元々はロシア民謡の「ステンカラージン」ということです。

19th
ファンタジー・ワールド
(Somewhere in the World)

C/W
エクソダス
(Exodus (Noah's Ark 2001) )

1984.8.25
ワーナー・パイオニア
P-1879
 これまで、歴史上の出来事や、海洋もの(西インド諸島)をテーマにした楽曲を多くリリースしてきましたが、今回のテーマでは、ボニーMは遂に「宇宙」へ飛び立ちました。この曲を含むアルバム『ファンタジー・ワールド』でも、宇宙をイメージし、シンセサイザーなど電子楽器を多用したものとなっています。そんなアルバムからのシングルです。
 楽曲は、バラードにも定評のあるボニーMならではの、コンピューター・サウンドを下敷きにしたゆったりとしたもので、リズがリード・ボーカルをとっています。タイトルの意味している「世界のどこかで」は、楽曲を考えると、「宇宙のどこかで」を意味しているのだと思います。
 カップリングの「エクソダス」のタイトルは、直訳すると、「(たくさんの人の)出国や移住」を意味しますが、サブ・タイトルは「ノアの方舟 2001」ということなので、21世紀の宇宙への移住を意味しているのでしょう。

20th
ハッピー・ソング
(Happy Song)

C/W
スクールズ・アウト
(School's out)

1985.5.25
ワーナー・パイオニア
P-1968
 実は、イタリアのBABY'S GANGというグループのカバー。80年代中期という年代もあって、楽曲はノリノリのユーロディスコです。ドイツでは久しぶりの大ヒットとなりました。日本ではディスコ・フリークにはよく知られていたようですが、一般の知名度はほとんどなかったようです。
 この「ハッピー・ソング」、1988年にディスコで大ヒットしたクー・クーの「アップサイド・ダウン」の元ネタにもなっています。「アップサイド・ダウン」も「ハッピー・ソング」も、BeNの超お気に入り(^^)です。
 なお、この「ハッピー・ソング」より、脱退していたボビー・ファレルがカンバックし、ボニーM初の5人でのリリースとなっています。ドイツ盤ジャケでは、BONEY M. and BOBBY FARELL with school-rebels (ボニーMとボビー・ファレル そして学校嫌いの子どもたち)名義となっています。
 カップリングの「スクールズ・アウト」はインスト・バージョンとボーカル・バージョンがあるのですが、日本でリリースされたのはインスト・バージョン。

21th
ヤング、フリー・アンド・シングル
(Young, Free and Single)

C/W
ブルー・ビーチ
(Blue Beach)

1986.1.25
ワーナー・パイオニア
P-2060
 ボニーMとして活動中に日本でリリースされた最後のシングルです。上記の「ハッピー・ソング」に勝るとも劣らない人気曲です。ジャケットでは、メンバーが5名となったことで、改めてメンバー紹介をしています。しかし、「ハッピー・ソング」同様、あくまでもボビー・ファレルは正規メンバーと言うよりもゲスト的ニュアンスが強く、ジャケットでも正式名称は「BONEY M. featuring BOBBY FARRELL」となっています。
 楽曲は、こちらもノリノリのユーロディスコ。この楽曲も非常にクオリティは高く、ボニーMの復活を期待していましたが、本国ドイツでも、まったくヒットせず次第にシーンから遠ざかっていってしまいました。
 ヨーロッパでは、この後、分裂して複数のボニーMが誕生。そして、それぞれのユニットにより「Everybody Wants to Dance Like Josephine Baker」「Stories」「Papa Chico」などのシングルがリリースされました。
 



日本でのチャート・アクション (Japanese Sales Chart)
なお、ドイツ、イギリスなど主要国のチャートは、こちらでもご覧いただけます。


* Total sold number "1.0" means that the particular single was sold 10.000 copies.
title released
date
highest
position
weeks
in 100
(単位:万)
total sold
number
ダディ・クール
(Daddy Cool)
1975.11 - - -
サニー
(Sunny)
1977.6 41 40 15.9
マ・ベーカー
(Ma Baker)
1977.10 72 14 3.7
ベルファスト
(Belfast)
1978.2 85 7 1.7
バビロンの河
(Rivers of Babylon)
1978.5 60 21 6.1
怪僧ラスプーチン
(Rasputin)
1978.10 26 29 16.0
ヴードゥーナイト
(Voodoonight)
1979.2 63 8 2.4
ダンシン・イン・ザ・ストリート
(Dancin' in the Street)
1979.4 56 8 3.0
フレー!フレー!
(Hooray! Hooray! It's a Holi-Holiday)
1979.5 31 16 7.5
ガッタ・ゴー・ホーム
(Gotta Go Home)
1979.10 56 11 4.4
メリーズ・ボーイズ・チャイルド
(Mary's Boy Child)
1979.11 - - -
バハマ・ママ
(Bahama Mama)
1980.3 63 8 2.7
マイ・フレンド・ジャック
(My Friend Jack)
1980.6 70 8 2.1
ガダ・ダ・ヴィダ
(Gadda-Da-Vida)
1980.12 - - -
あぁフェリシダード
(Felicidad (Margherita) )
1981.4 - - -
世界はルンルン
(We Kill the World
(Don't Kill the World) )
1981.12 - - -
ショッキング・ボニーM
(6 Years Boney M. Hits)
1982.3 - - -
ゴーイング・バック・ウエスト
(Going Back West)
1982.10 - - -
ファンタジー・ワールド
(Somewhere in the World)
1984.8 - - -
ハッピー・ソング
(Happy Song)
1985.5 - - -
ヤング、フリー・アンド・シングル
(Young, Free and Single)
1986.1 - - -
*参考資料:オリコン・チャートブック(1968-1987)



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