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last updated : 2004/9/1




解散後のボニーM


1987
1988 【新しいボニーM、そして再結成へ】

 リズ・ミッチェルは、新しいラインナップのボニーMを立ち上げました。メンバーはリズとメイジー・ウィリアムスの他に、新しくCurt Dee DaranとCarol Greyの二人が加わりました。しかし、メイジー・ウィリアムスはまもなく脱退し、Celina Duncanが加わりました。Celina Duncanは、ボニーMの中では、マーシャ・バレットのボーカル・パートを担当していました。また、彼女はイギリスの有名なハイエナジー・プロデューサーのイアン・レヴィン率いるナイトメア・レーベルのアーチストだった女性で、「Faster Than The Eye Can See」「Questions And Answers」などのハイエナジー・ヒットを持っています。
 それから、しばらくしてフランク・ファリアンは、オリジナル・メンバーの4人を集め、ボニーMの再結成を図りました。彼らのファースト・シングルの「Megamix」は、イギリス・チャートで52位というまずまずの成果を収めました。その後、リミックス・アルバム『Greatest Hits Of All Times Remix』をリリースしました。これらのアルバムには彼らの主なヒット曲を収録していましたが、楽曲はリミックスされ、かなり異なる現代的なサウンドとなっていました。
 また、PWLのリミックスによる12インチ・シングル「THE SUMMER MEGAMIX」をリリースしました。
1989 【再解散、そしてアンオフィシアルなボニーMが誕生】

 『Greatest Hits Of All Times Remix』に続き、『Greatest Hits Of All Times Remix '89 Volume 2』をリリースしました。このアルバムは、当時、世界的に流行していた「ランバダ」風のリミックスとなっていました。しかし、このオリジナル・メンバーでの活動も長続きはしませんでした。リズは、ボビー・ファレルやメイジー・ウィリアムスと活動することに嫌気がさしていたらしいです。
 
 それから、この年の暮れには、リズ・ミッチェルを抜きにした、アンオフィシアルなボニーMがロンドンで結成されました。メンバーは、メイジー・ウィリアムス(一番右の女性)、マーシャ・バレット(一番左の女性)、ボビー・ファレル(右から二番目の男性)、そしてMadeline Davis(左から二番目の女性)の4人でした。Madeline Davisは、70年代後半から80年代前半にかけて、ボニーMのバック・コーラスのLa Mamaのメンバーの一人だった女性でした。このアンオフィシアルなボニーMは、バリー・ブルーのプロデュースにより、シングル「Everybody Wants to Dance Like Josephine Baker」をリリースしました。このシングルはPWLのデイヴ・フォードのリミックスによるものでした。なお、このシングルは、70年代後半のディスコ・サウンドの雰囲気も併せもつ、BeNの超お気に入りの楽曲で、ボニーMのシングルのベスト5には入る曲です。どんなボニーMの(オフィシアル)CDにも収録されていないのが非常に残念。

*なお、バリー・ブルーとは、自らもイギリスで70年代初めに「Dancin' on a Saturday Night」などのヒットを持つ元アーチスト。80年代になると、ドゥーリーズなど、他アーチストのプロデュース活動をメインに行うようになりました。ドゥーリーズの後期のシングルの「ファンタジック・ダンサー」や、「アンド・アイ・ウィッシュ」の作者でもあります。
1990 【そして、二つのボニーMに】

 そして、1990年の始めには、フランク・ファリアンのプロデュースにより、リズ・ミッチェル(前列右)、レギー・ツィボー(前列左)に、Patty OnyewnjoとSharon Stevens(後列の二人)という女性を加えた、もう一つのボニーMを立ち上げ、「Stories」というシングルをリリースしました。この曲は、ボニーMの古巣でもあるドイツ、ハンサ・レーベルからリリースされたもので、当時流行していたグランド・ビートでした。
 こうして、リズ・ミッチェルとレギー・ツィボーを中心としたボニーMと、マーシャ・バレットやボビー・ファレルを中心とした二つのボニーMが誕生しました。なお、(フランク・ファリアンによる、)リズ・ミッチェルを中心としたボニーMがオフィシアルなものとされていました。しかし、このオフィシアルなボニーMのメンバーではツアーは行わず、リズ・ミッチェルは、(1988年に活動を共にしていた)Carol GreyとCurt Dee Daranの二人、そして新しいメンバーのPatrica Lorna Foster、といったメンバーでツアーを行っていたと言うことです。
1991 【自然消滅?】

 それまで活動していたボニーMは自然消滅したのか、それともグループとしての活動のかたわらなのか判りませんが、この年、リズ・ミッチェルは「MOCKING BIRD」というソロ・シングルをリリースしました。
1992 【久々のヒット・シングルと、グループの明暗】

 この年はボニーMにとって、激動の年でもありました。シングル「Boney M Megamix」は、イギリスで7位、ドイツでも7位の久々の大ヒットとなりました。このシングルは、ロンドンで結成されたマーシャ・バレットらを中心としたアン・オフィシアルなボニーMによるもので、皮肉なことに、ドイツで結成されたリズ・ミッチェルによるオフィシアルなボニーMよりも人気があったということです。
 そして、イギリスでは、このアンオフィシアルなボニーMのメンバーで10日間限定のツアーも行ったということです。しかし、残念ながら、この人気もそれほど長続きはしなかったようです。
 なお、リズ・ミッチェルを中心としたオフィシアルなボニーMでは、Curt Dee Daranがグループを離れ、代わりにTony "Tony Tony" Ashcroftが加入しました。
1993 【ベスト・アルバムが大ヒット!〜新曲をリリース!】
『GOLD』   『GREATEST HITS』

 「Boney M Megamix」のヒットの後、この年、ドイツなど主なヨーロッパの国々で、立て続けに2枚のベスト・アルバム『GOLD』と『MORE GOLD』をリリースしました。『MORE GOLD』には、ボニーM フィーチャリング・リズ・ミッチェルとして、新たにレコーディングされた「Papa Chico」など、新曲を4曲収録していました。これはたぶん先にリリースされた『GOLD』が大ヒットとなったことからの新曲の発表と思われます。「Papa Chico」はシングルにもなりましたがヒットはしませんでした。
 しかし、イギリスではこれらの二つのアルバム『GOLD』はリリースされず、代わりに『THE GREATEST HITS』というアルバムがリリースされました。これは、イギリス独自の編集ものです。1980年以降、ボニーMはイギリスでヒット曲が出なくなっていたため、後期の楽曲が差し替えられています。
 しかしながら、ヨーロッパ諸国では『GOLD』と『MORE GOLD』が、同様にイギリスでは『THE GREATEST HITS』が大ヒットとなりました。
1994  この年、彼らのオリジナル・アルバムのすべてがヨーロッパでCD化されました。しかし、イギリスではサード・アルバムの『ヴィーナスの冒険』のみがCD化されただけでした。
1995
1996
1997 【三つのボニーM!】

 1993年から1996年までの活動の詳細は判っていません。しかし、1997年の時点で3つのボニーMが存在し、各国をツアーしていました。一つはリズ・ミッチェルを中心としたオフィシアルなボニーM(イギリスを中心に活動)、二つ目は、ボビー・ファレルを中心としたボニーM(オランダやアメリカを中心に活動)、そしてもう一つは、メイジー・ウィリアムスと、ボニーM結成当時(1975年)のメンバーだったSheila Bonnickらに、複数の新メンバーを加えたボニーM(西ヨーロッパを中心に活動)でした。
 しかし、これらのボニーMは、人気のあった当時の音楽を演じるだけで、新しい楽曲をレコーディングしたり、リリースすることはありませんでした。

 この年、マーシャ・バレットがソロ・アルバム『SURVIVAL』をフロリダにてレコーディング、この年の夏にリリースしました。
 また、リズ・ミッチェルのソロ・アルバムも同じ年にリリースする予定でしたが、残念ながら延期となりました。これは、ボニーMとしてのツアーなどで多忙だったからということです。
1998
1999 【ボニーM ミレニアム】

 この年、ヨーロッパで高い人気のあるDJでアーチストでもあるSASH!は、フランク・ファリアンに、「マ・ベーカー」のリミックスをやらないかと持ちかけられました。そして、「Ma Baker - Somebody Scream -」というタイトルで、そして、Boney M vs Horny Unitedという名義でシングルとしてリリースされ、ドイツでは36位というスマッシュ・ヒットになりました。また、これは、この年の暮れに、Boney M 2000名義の新しいリミックス・アルバムの『20th Century Hits』にも収められました。
 実はこのCDにおいて公式に、フランク・ファリアンはライナーで、ボニーMが当時、リズ・ミッチェルとマーシャ・バレットの二人がボーカルを、そしてフランク・ファリアン自身が男性ボーカルを努めていた事を明かしました。(これは、事実上、ボビー・ファレルとメイジー・ウィリアムスは実際には歌っていないということを意味しています。)
2000  また、このリミックス・アルバムでは他にもヨーロッパで有名なアーチストによるリミックスが収録されており、その中から、「Daddy Cool」「Hooray! Hooray! It's a Holi-Holiday」「Sunny」などいくつかの楽曲がシングルとしてリリースされましたが、「Ma Baker - Somebody Scream -」を越えるヒットにはなりませんでした。
 また、この年、『モスト・ビューティフル・バラード』というコンピュレーション・アルバムもリリース。こちらはボニーMのバラード系の曲を中心に収録したアルバムでした。(日本では2年後の2002年にリリース)
2001
2002
2003
2004  最近の動向の詳細は不明なのですが、イギリスにおいて、シック、ポインター・シスターズ、スリー・ディグリーズら、他アーチストと共に「THE BEST DISCO IN TOWN LIVE 2004」というタイトルでライブ・ツアーを行うということです。こちらのサイトに記載されていますが、メンバーのフォトも掲載されていないので、どういったフォーメーションのボニーMかが気になるところです。











そして今・・・。

【リズ・ミッチェル】

  ボニーMではリード・ボーカルだったリズ・ミッチェルは、最近の動向として、「A Christmas Rose」というマキシ・シングルと、同じタイトルのアルバムを2000年にリリースしています。アルバムはクリスマス仕様で、「メリーズ・ボーイ・チャイルド」など、ボニーM時代にも歌っていたクリスマス・スタンダードも再レコーディングして収録しています。


【マーシャ・バレット】

 彼女も現在ソロで活動しているようで、2003年には「No War! Peace & Love」という4曲入りマキシ・シングルをリリース、また年内(2004年)には『SEEING IS BELIEVING』というマキシ・シングルのリリースも予定されています。このマキシ・シングルに収録されている3曲は、すべてそれ以前にリリースされた『SURVIVAL』というアルバムに収録されていた曲で、ロシア人プロデューサーがリミックスしたものということです。
 なお、シングルの「No War! Peace & Love」というタイトルを見て察しがつくかもしれませんが、彼女は慈善活動にも熱心なようで、このシングルの売り上げの一部は、戦争被災者の子どものための救済機関へ寄付されることになっているようです。


【その他のメンバー】

 その他のメンバー、メイジー・ウィリアムス、ボビー・ファレル、レギー・ツィボーなどの現在の活動については、よく判っていません。オフィシアル・サイトやファン・サイトも存在していないところを見ると、音楽界にはもう携わっていないか、第一線で活動していないか、どちらかかと思われます。


 *なお、マーシャ・バレット、リズ・ミッチェルとも、オフィシアル・サイトにて最近の動向を知ることが出来ます。リンクのセクションから訪問してください。
 



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