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      剣


濡れた葉の青臭さと湿った土のにおいのなか、

メイが母親と妹を連れて逃げ込んだ森。木々のあいだ
下草の合間から遠目に村の様子が覗えた。

火の粉が吹きあがる。燃えているのはリンの家だ。炎
が夜空へ駆け昇る。

幾つもの叫び声が風にのってここへ届く。それを聞き
ながら、メイは母と妹と湿った森の下でふるえていた。
父親の命令で逃げてきた。村が燃えている。父は今あ
そこにいるのだ。メイたちはただ祈るばかり。親友の
家が焼け落ちる。

リンの部屋、彼の母親がいれてくれるお茶、暖かな家。
もうあそこには戻れない。

駆けだしていた。森の底を走り抜け――

「メイ!」
「お兄ちゃん!」

声に足が止まる。右手に、一振りの剣。それを見て、
村を眺めた。妹の泣き声が聞こえてきた。

二人を頼む。自警団長である父はメイに剣を持たせ、
家族が森に入るのを見届けてから村の男たちに混ざっ
ていった。

村が敵軍の通り道にあたってしまった。この小さな村
までが戦火にまきこまれたのだ。

軍による蹂躙、略奪。村を家族を守るために、男たち
は武器を手に取り、戦に挑んだ。

烟る森の木蔭、母とちいさな妹のそばで、メイは我が
村を遠くに見、掌に剣を感じながら、独り夜を過ごし
た。

明くる朝。戦禍は村を過ぎ去った。メイは疲れた母と
妹を連れて村に戻った。

メイの家は多少の損壊はあれど無事であった。住みな
れた家は血のにおいがした。敵兵が倒れていて、隣の
家の親父さんが亡くなっていた。そこに父の姿は無か
った。

メイは村を歩いた。まぶしい朝の光のなかで、村は変
わり果てていた。リンの家の方へ向かう。

男がうつ伏せに倒れている。満身創痍、背中に短剣が
刺さっている。父であった。既に息は無かった。父親
の大きな剣が、血に濡れて、そこに転がっていた。

父に斬られたらしい兵士が幾人か、あたりに横たわっ
ていた。父に被さるように倒れている者もいる。父を
刺した短剣の持ち主であろう。斬られている。それは
年端のゆかぬ少年であった。ちょうどメイやリンとお
なじくらいの――

その少年から延びた血痕はリンの持つ剣に続いていた。
リンはそこにいた。背後に、焼け落ちた彼の家。

メイの手がぎゅっと剣を握りしめる。
父に託された剣。きれいな、りっぱな剣だ。
右手に握られた抜き身の剣がぶるぶると震え、
朝の日射しに凄絶な光を放つ。

「……何なんだよ」

母も妹も家も無事だった。メイも無事だった。

血を吸った剣が、父の手元で砂にまみれていた。
血に汚れた剣が、リンの手の中でふるえていた。

                      (了)

     

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