【離島編:鹿児島県種子島の巻 1999/04/23〜26】

 【1日目】 博多駅バスセンター〜天文舘 (夜行バス泊)                  

  種子島旅行は、当初種子島・屋久島旅行として、1998年09月18日〜22日の5日間の日程で計画し
 ていたが、台風6号のため、やむなく中止となっていた。 今回は、新たに計画を立て直して、種子
 島のみの旅行とした。                                   

  出発は、深夜、博多駅バスセンター23時45分発 鹿児島天文館バスセンター行き高速バスだった。
 バスに乗車する前、博多駅筑紫口の「養老の滝」で、少々お酒を頂いた。 当時、「養老の滝」は、
 23時が看板であり、30分間くらい飲んだ。 また、バスは夜行なので、トイレ付きだった。 そのため
 水分を補給してても、 大丈夫だった。                            

 【2日目】 天文舘〜中種子町野間 約27Km(ビジネスホテル・サンポスト泊)         

  天文館には、定刻の05時57分に到着した。 朝の天文舘は、殺風景だった。 日頃の夜の賑わいが
 嘘の様に思われた。 バスを降りたその足で、渡船場へ向かった。 渡船場まで15分位だったろうか。
 さすがにこの時刻は、乗客は未だ誰もいなかった。 そのため、私は、当日一番乗りの乗客となった。

  予定では、08時30分発12時20分着のフェリーに乗船することにしていたが、その前に、07時30分発
 09時05分着の高速船トッピーの運行してることがわかったので、それに乗ることにし、急遽、計画を
 前倒し変更した。 運賃は倍だが、所要時間は半分であり、少しでも歩行時間を多くとりたかった私
 の願いにマッチしたので、少しの躊躇もなく、決断した。 そのため、待合の時間も1時間短くなった。

  高速船トッピーは、定刻に鹿児島港発桟橋を離れた。 トッピーの船内は、座席が小さく、とても
 窮屈で、息がつまりそうだった。 だが、乗船時間が90分と短時間でもあり、どうにか我慢できた。
 私は大相撲の桝席の狭さを思い出した。 行き着くところは、コストの問題になるのだと思うが、も
 う少し、快適さを求めても良いと思う。 快適であれば、多少利用料が高くなっても、納得できる。

  09時、西之表市西之表港に着岸。 初めての種子島。 九州より南に足を伸ばしたのは、豪州ケア
   ンズに旅行して以来であった。 桟橋近くには、漁船が停泊していた。 食堂や、土産品を売ってる
 店があった。 さあ、歩くぞ! 気合を入れた。 しばらく商店街が続いたが、それも途切れ、上り
 坂となり、海は一旦、見えなくなった。                           

  それもつかの間、再び目の前に大海原が広がった。 種子島の西海岸である。 国道58号線を一路
 南へ。 何の変哲もない海岸が続いた。 西之表港から14km位のところで、西之表市に別れを告げ、
 中種子町へと歩き進んだ。 さらに、海岸が続いた。 くもり空だった。 いま、こうして回想しな
 がら書いているが、あまりインパクトのなかった区間でもあり、これと言って、特筆するような事は
 ない。                                          

  約20km歩いた後、長く続いた海岸を背に、内陸部へと向かった。 道路は、いたるところにサトウ
 キビのチップが落ちていた。 種子島は、黒砂糖の生産で有名である。 これは、後日談であるが、
 種子島旅行の土産を差し上げた知人曰く「土産の黒砂糖は、とても柔らかく、口の中でとろりと溶け
 て、とても美味しかった」と言ってくれた。 私も食べてみたが、知人と全く同感だった。    

  種子島は、高い山はない。 山といっても、差し詰め、「丘」といったところだろうか。 島内で
 は、最高地点でも 250m 前後らしい。 そういうことで、息を切らして山越えをする様なところは 
 なかった。 いたって平坦な道を、黙々と歩いた。                      

  高速船トッピーを使ったおかげで、未だ、陽の高いうちに、今日の宿泊予定地、中種子町野間に 
 到着した。 野間は、西海岸と東海岸のほぼ中央に位置し、国道と県道が交差する、種子島交通の
 要衝だ。 その野間にあるビジネス・ホテル「サンポスト」にチェックインした。 そして、早速近
 くの、商店に出向き、夕食の食材を仕入れた。                        

 【3日目】 中種子町野間〜中種子町中之上 約30Km(ビジネスホテル泊)      

  朝、土地の人が動き出す頃に合わせて、ホテルを発った。 県道75号線を南へ。 1km 程歩いたら
 結構大きな下り坂にさしかかった。 木々の緑が、とてもきれいな所だった。          

  出発して10km、東海岸が視界に入ってきた。 しかし、間もなく海は見えなくなり、周りは、田植
 えの終わったばかりの水田群へと姿を変えた。 そこを過ぎると、川か池か、または海につながって
 いるのか、よく分からない所にでた。 そこには、狭い範囲ではあったが、マングローブが密生して
 いた。 さすがに南の島だなと思った。 もう南種子町だろうとおもった。           

  県道は、次第に上り坂になっていった。 そして、山の中だが、幅の広い立派な道路へと入った。
 初めの内は、何でこんなに辺鄙な山の中に、立派な道路があるんだろうと思った。 でも、すぐに 
 種子島宇宙センターのための道路なんだろうなと、自分自身を納得させた。           

  建物の名前は、忘れてしまったが、道路に面したところに、宇宙センターの資料館のような建物が
 あった。 お腹が空いたので、持参の弁当を、建物の玄関近くの日陰で食べた。 その後、少し休ん
 だ。 そして、建物のなかにはいった。 中には、宇宙ロケットの資料などが、一覧できるようにな
 っていた。 また、管制センターの内部を模したようなコーナーもあった。 日本の科学技術も結構
 進歩しているなと、直に喜んだ。 私の外に、入場者はいなかった。              

  視野が広がった。 高い位置から、大海原を見渡すことができた。 海に向かって、左斜め下に、
 宇宙ロケットのランチャーが見えた。 わたしは、ランチャーなるものを、自分の目で初めて見た。
 テレビのニュースでは何度も見ているのだが、実際に見ると、結構大きな構造物だということが、印
 象に残った。                                       

  暫く歩くと、下り坂になった。 海岸近くのところに、宇宙センター関係の施設があった。 そこ
 には、日本の宇宙開発にかんする啓蒙資料の展示などに加え、関連グッズなどの販売も行っていた。
 そこでは、小学校の児童や、幼い子連れの若いお母さん達を、多く目にした。 子供の遊び場的機能
 も兼ね備えた施設だと思った。                               

  その後、進路を西に変更し宿舎に向かった。 南種子町上之中のビジネスホテルに到着した。 敢
 えてホテル名は伏せておく。 ホテルは、大衆食堂部と宿泊施設部に分かれていた。 部屋に案内さ
 れた。 和室で、バス・トイレ抜き。 これで、素泊まり宿泊料6000円。 料金は一流水準だった。
 部屋には鍵がなかった。 そこで、フロント(とても、フロントとは言えないが)に赴き、部屋の鍵
 を要求した。 すると、係りのおっさんは、木製の机の抽斗を開け、全く整理のされていない抽斗の
 中をごそごそ探し始めた。 数分後、やっと部屋の鍵が見つかった。 色んなホテルがあるものだ。

 【4日目】 中種子町中之上〜西之表港〜天文舘〜博多駅バスセンター             

  最終日。 全て、交通機関による移動。                          
  10:00 中之上発  路線バス                               
  12:00 西之表港着 路線バス                               
  ??:?? 西之表港発 高速船                                
  ??:?? 鹿児島港着 高速船                                
  ??:?? 鹿児島港発 高速バス                               
  ??:?? 博多駅BC着 高速バス