【離島編:長崎県対馬の巻 1998/04/15〜16】

 昨秋、九州本島を一周して、歩く事に自信をもつようになった。 歩きの楽しさも分かってきた。 
それより、何より、「九州を歩いて一周した」という達成感が、事あるたびに、私の胸の隅々までを、
満たすようになった。 このころからだろう、「歩き」を自分の生涯のライフワークに組入れようと思
うようになったのは・・・。                                 

 桜の季節も過ぎて、若葉の萌えるころ。 身も心も、もう、じっとしておれなくなってしまった。 
単純に決断した。 九州本島の次は、九州の離島と・・・。 しかも、北から順に征服していこうと決
めた。 ためらうことなんか、何もない。 ♪♪「やるときめたら、やるのが男」と、訳のわからない
理由で・・・。                                       

 決まったら、後は速い。 早速、手持ちの仕事を調整して、2日間の休みをとった。 旅行の日程は
4月14日の深夜出発で、15〜16日に歩く予定。 帰りは、壱岐に上陸し、横断する予定。   

 4月14日は、会社を退社し、一旦帰宅して、旅の準備をした。 旅の準備も短時間で、出きる様に
なっていた。 旅慣れして、要領が良くなっていたからと思う。 フェリーは、小倉の砂津港から出航
する。 砂津港には出航前30分に到着した。 季節柄か、何時もなのか分からないが、乗客は少なか
った。 普段は、トラックの貨物便が主体なのだろうと、勝手にそう思って、変に自分自身を納得させ
た。                                            

 22時40分。 定刻に九州郵船のフェリーは、砂津港の岸壁を音もなく離れた。 自分のいる2等
客室には、私だけ。 他に誰もいない。 初めの頃は、エンジン音が若干気になった。 未だ、眠れそ
うにない。 するめと、時刻表を酒の肴に、ちびりちびりとやった。 缶ビールは、350ミリを1缶
酒は、ワンカップ大関を1個。                                

 1時間程経った。 外洋にでたのだろうか、揺れがひどくなってきた。 でも、揺れは気にならない
むしろ、気持のいい位だ。 やっぱり、俺は変人なのかな・・・と、思った。 未だ、眠くはないが、
明日の事を考えて、とにかく寝ることにした。 寝つきは、あまりよくなかった。         

 夜中、身体に衝撃を感じた。 何が起こったのかと、びっくりして、飛び起きた。 すると、私が大
の字になって寝ている二本の脚の間に、どこかのおっさんの頭があったのだ。 私は、本能的に対決体
勢をとった。 だが、そのおっさんは、グーグー眠っている。 なんじゃ、こりゃ。 と、思った。
この、おっさん。 何を考えているのだろうかと、思った。 20畳はあろうかという部屋で、しかも
私の股の中に、頭を突っ込んできて。 世の中には、いろんな方が、おらっしゃる・・・。 腹が立つ
やら、ばからしくなるやらで、目が冴えてきた。 でも、明日の事を考えて、無理やり寝る事にした。

 早朝。 フェリーは、対馬の最北端の比田勝(ひたかつ)港に、着岸した。 4時35分であった。
早朝なので、下船は、着岸時かまたは7時ということだった。 身体は、もうひと寝入りして、7時に
下船すれば楽だろうが、当日は40km以上歩かねばならなかったので、着岸と同時に下船した。   

 5時前。 外は、未だ夜。 暗い。 でも、歩き始めた。 港を離れ、道に出た。国道382号線。
対馬を南北に縦断し、南の厳原まで走る、大動脈だ。 でも、街灯がない。 本当に暗い。 十分に
一回くらいの割合で、軽4輪トラックが通る。                         

 歩き始めて間もない頃、対抗車線の軽4輪が、私の傍をすれ違う時に、スピードを落し、軽くクラン
クションを鳴らした。 私は、それに応えて、右手を軽く上にあげた。 歩いていると、時々、車の運
転手さん達から、激励を受ける事がある。 その時も、私を励ましてくれてるのだと思った。    

 それから、間もなく、後方から車の気配。 当然、追い越されるものと思っていたが、何時まで経っ
ても、追い越しがかからない。 不審に思って、振り返ってみると、車は止まった。 普通車だった。
一人の男性が降りてきた。 「すみません。警察のものですが・・・」 若い、刑事さんだった。  
身分証明書を見せてくれとのことだった。 私は、勤めている会社の身分証明書をみせた。 すると、
刑事さんから、警戒の様子が少なくなった。 何なら、運転免許も見せましょうか、と言うと。 見せ
て下さいと刑事さんは言った。 それで、刑事さんからすっかり警戒心がなくなった。       

 後は、その、若い刑事さんと世間話になった。 刑事さんは、対馬に赴任する前は、沖縄で勤務して
いたとのこと。 沖縄は、良いところだから、是非行ってみてくださいと、刑事さんは言った。 でも
沖縄は、ハブがいるから危険で歩けないと、私が言うと、笑っていた。 意気投合してしまった。 も
う少し、話をしたかったが、先がきになったので、私の方から、話を終わらせた。 刑事。 頑張れ。

 やはり、国境の町。 怪しい者(?)には、すぐ反応する。 何かしら、ちょっぴり安心した。 世
の中には、警察の不祥事のあまたある中、文字通り寝ずの番をしている刑事さんもいる。      

 暫らく歩いた。 明るくなってきたけど、曇り空だった。 国道沿いには何もない山の中。 間もな
く、周りが開けてきた。 でも、建物がある訳ではなかった。 ただ、何故かしら、コンクリートのベ
ンチがあったので、そこに腰をかけ、朝食の準備をした。                    

 朝食のメニューは、カレーライスとスープ。 携帯コンロにアルミ鍋をのせ、ペットボトルから水を
注いだ。 パックに入ったカレーとライスを、暖かくなった鍋に入れ、たぎりだすのを待った。 お腹
が空いているので、とっても待ち遠しい気分だった。 鍋の蓋を皿代わりに、カレーを盛った。 お湯
はスープ用に使った。 好みのカレーには程遠かったけど、美味しかった。 残りのお湯と、ティッシ
ュで、食器を綺麗に拭いた。                                 

 食事を済ませて、体力を回復したところで、本格的に歩き始めた。 1日目は、山の中の歩きが多か
った。 人に会うのは、本当に稀だった。 自転車に乗ったおじいさんが、ゆっくりしたスピードで、
私を追い抜いていった。 暫らく歩くと、道は上り坂になった。 かなり、のぼったところで、先程の
おじいちゃんが腰を降ろしていた。 目が合って、どちらからともなく会釈をしあった。 「あんた足
が速いなぁー」おじいちゃんは言った。 そこで、またまた、煙草を一服吸いながら、世間話になった。
(どうでも良い事だか、私は、その当時はまだ煙草を吸っていた。) 刑事さんの時と同じ様に、時間
が気になったので、10分程話したあと、おじいちゃんに別れの挨拶をした。 とうとう、おじいちゃ
んは、私には追いつけなかった。                               

 当日は、上対馬町、上県町、峯町と歩いた。 峯町の三根というところまで歩いた。 対馬は、何処
にでも宿があるわけじゃない。 三根からバスで厳原まで行って、ホテルに泊まった。       

 翌朝。 厳原発8時15分のバスで、前日の三根まで戻り、歩きつないだ。 2日目は、前日と対象
的に、ずっと海を見ながら歩いた。 あちこちのリアス式海岸がとても印象的だった。 中でも、上島
と下島を結ぶ万関橋は高いところにあり、特に景観の良いところであった。 逆に、海抜0メートルか
と思われる様な道路もあり、バラエティに富んでいた。                     

 2日目は、これといった出来事のない、平凡な1日だった。 とはいえ、離島めぐりの第1回目は、
職務質問から幕が開いた。 これで、いいのだ。 これだから、いいのだ。            

 島には、島なりの何かがある。 通りがかりの人はいない。 島の人が、島の中で生活しているの 
だ。だから、島の人間でない私は、1時間もしないで、正体が暴かれる。 島の道路は、狭い。 でも
何も不自由はない。 スーパーの、品数は少ない。 別に、多ければ良いという事もあるまい。 規模
を求めると、限りがない。 バスもある。 タクシーもある。 飛行機も飛んでいる。 フェリーも航
行している。 TVもラジオもみーんなある。 何より、島の人の暖かい心がある。 何度、「車に乗
らないか」と言われたことか・・・。 対馬の皆さん。 ありがとうございました。        

 次回は、壱岐横断の旅を予定しています。 お楽しみに。