【11日目:1997/07/19:鹿児島県鹿児島市】   

 この九州一周旅行は、これまでにも述べてきた様
に、何日か続けて歩いては戻って仕事をし、またそ
うしては戻って仕事を、というようなやり方をして
きた。これまでの、夫々の歩行日程を敢えて称する
ならば、大宰府シリーズ、熊本シリーズと言う事に
なろう。                   

 その要領で言わせて頂くとすれば、当日、つまり
11日目からは、鹿児島シリーズである。当シリーズ
は3日間と短い。勤務先の休暇は金曜日1日だけ。
土日と合せて3日間である。          

 鹿児島シリーズは、串木野市からスタートである
。串木野駅までは、前日博多駅発の西鹿児島行きの
夜行特急電車を利用した。この特急電車は、博多か
ら当たり前の速度で運転すれば、西鹿児島駅には早
朝4時前に到着してしまう。それじゃ余りにも早す
ぎて困ると言うことで、途中の八代駅で2時間ほど
時間調整のための停車があった。そんな訳で、串木
野駅には朝5時過ぎには到着した。       

 串木野駅から歩き始めたのは、確か5時半ごろだ
ったと思う。串木野から市来までの約4Kmは、東シ
ナ海に平行して歩くが、市来からはその東シナ海に
別れを告げねばならぬ。そこからは、一路太平洋を
目指して歩くことになる。           

 「今日は40Km歩行の予定だ。午前中に出来るだけ
距離を出しておこう」と考え、黙々と歩いた。  

 その辺りは、あまり店がない地帯だった。ちゃん
とした昼食にありつけるかどうか心配しながら歩い
た。運良く正午を40分ほど過ぎた頃、道路の右側に
うどん屋を発見した。神のお導きかと思った。本当
に。                     

 うどんの味は、美味しくも無く、不味くも無いと
いったものであった。味に不満は無いのだが、食事
中の蝿の多さには閉口した。まともに食事が出来な
かった。こんなのって生まれて初めての経験だった
。他の客や店員は、ごく普通の表情をしていた。殊
更印象的だった。               

 伊集院町を抜け、とうとう鹿児島市に足を踏み入
れた。暫らくすると、甲突川沿いに河頭と言う地区
があった。道路幅の狭い割に、車の通行量が多い。

 冷たいものが欲しくてたまらなかったところで、
やっと一軒の菓子店を見つけた。店に入り氷菓をも
とめ、のどを潤した。私をじーと観察していた、店
のご主人が口を開き「何処から来たの」と言った意
味の問いかけをしてきた。私は「九州の一番北の玄
海灘から来ました」と言った。         

 そして、いろいろ世間話に花が咲き、「冷えた温
泉水」を振舞って頂いた。ご主人によると、「近く
の温泉から湧き出た水で、身体に良い」との事だっ
た。ありがたく頂いた。冷たくて美味しかった。 

 そろそろ時間が気になってきたので、お礼を言っ
て店を出た。しばらくして、鹿児島市内の方向から
やって来た車のドライバーが、私とすれ違う時に、
警笛を鳴らし激励してくれた。私も手を振って応え
た。大変嬉しかった。             

 陽がいくらか傾きかけた頃、市街地に入った。そ
して、憧れだった国道3号線の終点標のところへ足
を運び、それを手で触った。「とうとう一番遠い所
へ来たぞ」と思った。             

 3号線の終点標。これは当然ながら、国道10号線
の終点標でもある。国道3号線は関門トンネルの門
司側出口から、国道10号線は小倉から、この終点標
を目指して走ってくる。多くの人々の生活を守るた
めに。                    

 宿は、天文館の近くにとった。夕食を摂るために
街に出た。その街で、信じられない「店の看板」を
見つけた。                  

 その看板には、私の大好物の「ゆどうふ」の文字
が書かれていた。びっくりした理由は2つあった。
ひとつは、その店が湯豆腐の専門店であるというこ
と。もう一つは、この夏の真っ盛りに、湯豆腐の営
業を行っていることであった。         

 私は、躊躇する必要も無く、まっすぐ店のまえま
で進み、引き戸を開けた。店内は、すでに先客で一
杯の状態だった。               

 「旅先で、しかも真夏に、好物の湯豆腐にありつ
けるなんて、なんて俺は幸せ者だろう」と思った。
女将さんの鹿児島弁には、何ともいえない旅の香り
がした。                   

 女将さんは、よく私の話相手をしてくれ、お陰で
楽しい一時を過ごす事ができた。感謝。感謝。ちな
みに、この店は全国的に有名らしく、著名人の色紙
等が所狭しと、品書きと一緒に貼られていた。  

 11日目のトピックスとして、天文館通りを通行し
ている人に、私が「天文館はどこですか?」と尋ね
た事を紹介しておく。あー恥ずかしや・・・。  

 つづく。