Touring6(9月25日〜27日)


9月25日(土) 晴

カプセルイン札幌→時計台・道庁・サッポロファクトリー・洋ヶ丘展望台・大通公園→札幌駅

宿泊費 野宿 タダ 
食費 (朝)ラーメン 850円 (昼)コンビニ 600円 (夜)ラーメン 800円 
交通費 バス・地下鉄 800円
その他 洋ヶ丘展望台 500円 映画代(エリザベス) 1800円

・・・釈然としない朝だった。これほど、空虚な朝は珍しい。ロビーでテレビを見る。

「台風の影響で、朝の交通機関は遅れております。JRは・・・・」

台風は夜眠っている間に通過してしまったらしい。そして、昨日のことを思い出す。やはり、昨日起こったことは事実らしい。私は、足を失い、札幌に逃げてきた。とりあえず、することはまったくなかったが、チェックアウトは10時までなので、9時にチェックアウトして、札幌駅に向かった。

朝の札幌、大通り公園を通り過ぎる。そして、その近くのローソン。そういえば、むかしここに来たっけ・・・。駅に着いて、荷物をコインロッカーに入れて、これからの予定を立てる。とりあえず、札幌見物をすることにした。二年前来たときにはまだ工事中だった時計台を見て、道庁を見る。しかし、心はここになかったので、何も感じることなく、呆然と札幌を練り歩き、再び札幌駅。11時になったので、今日と明日の宿を確保すべく、とりあえず明日のYH予定地、サホロYHに電話。すんなり、予約はとれた。そして、今日が問題。とりあえず、富良野のYHでJRですぐにいけるところに電話・・・。満室。札幌のYHに電話しようと思ったが、ちょっと思いとどまった。こんな状況に陥ったのは、結局のところ自分のせいなのだから、そのむくいをうけるべきだ・・・。そして、

「野宿しよう。」

・・・なんか、昔もしたような気がするが、とりあえずそういうことにして、また駅の本屋で観光ガイドを見て、大通り公園のテレビ塔に行った。しかし、上るには金がかかるのでやめて、サッポロファクトリーに行った。そして、再び駅に戻り、また観光ガイドを立ち読みを繰り返した。一冊買った方がよかったようなきもするが、とりあえず今は倹約の旅。そして、あの「Boys Be Ambisous(?)!(スペル間違ってるかも)」のクラーク像を見るべく、洋ヶ丘展望台に向かった。そして、札幌の景色を眺めながら、コンビニで買った昼飯を食べた。天気は、まさに台風が過ぎ去った後の例の晴れ晴れとしていて、暖かかった。そんな中で、今の心境をまとめた。

俺は大切な物を失った。胸にポッカリと穴が空いてしまった。この世の中のすべての色が消えてしまった。真っ白だった。すべてがどうでもいい。生きている心地がしなかった。なにをしようとしても、何も感じない。自分の足をつねってみても、なんか痛いかなぁと他人事のようにしか思えない。完全なる空虚感。

「大切なものを失った痛みは、失ってみないと分からない。」

失ってみて、やっとその大切さが分かるというが、まさにその通りだと感じた。苦痛の極限は何も感じない。まさに、俺はめったうちにされ、放り出された気分だった。物を失っただけで、こんなにも、こんなにも苦しいのだから、人を失った場合はどんな状態になってしまうんだろう。こんなに苦しいのだったら、一生大切な人なんていらない・・・。などと、馬鹿なことを考えても、俺の心にはまったく反応がない。完全に無心状態なのだから、何を言っても聞こえない。はぁ。ため息をついてその場所を去った。

再び札幌駅についた時は、午後4時であった。もう、めぼしい観光名所は閉館してしまっていくことができない。ぼ〜としていても、せっかく北海道にきて時間を無駄にしてしまうのは、もっと傷を広めるだけだと思い、”街ブラ”をすることにした。札幌ブラは、なかなか快適であったが、買い物とかができない分、やっぱりいつもの仙台ブラのほうがいいと思った。歩きながら、必要な物がないかと考えていると、

「あっ、寝袋買おう。」

そうだ。9月下旬の北海道は寒い。寝袋なしでの野宿は、自殺行為だ。とっさの思いつきで、東急ハンズに入った。そして、寝袋を探したが、どこにもない。結構、札幌ハンズも肝心なものがねぇなぁと不満を言いながら、他の店を当たってみたが、ひとつ見つかったが、高かったのでやめた。探している間に、あたりは暗くなっていき、完全に夜となっていた。もう、探す気力もなくし、また例のどうでもいい感覚で、あきらめ、夕飯を食べに、すすきのラーメン街へ向かった。札幌ラーメンはおいしい。しかし、俺のこの空虚な心は物では埋まらない。ふたたび、すすきのブラに出かけたが、1人だとさびしく、また自分をいじめてもしょうもないということで、引き返した。さすがに、寝袋もないので、オールナイトの映画でもないかと考え、探していたら、今日が土曜というのが幸いし、夜中でも映画をやっているではないか。しかし、なんかあいまいと思ったが、”エリザベス”と”マトリックス”の映画のはしごでもしようと考え、まず”エリザベス”を見ることにした。

それは、ちょっと歴史を知らないので、分からない部分があったが、内容自体はまさに俺好みであり、久しぶりに映画で涙してしまった。映画でなくのは”タイタニック”以来だ。涙を流すことで、すこし心が洗われた感じがした。とにかく、その一本が感動して、疲れてしまったので、ふたたび札幌駅に戻った。

ロッカーで荷物の整理をして、駅でうとうとしていると、予測通りの駅内放送がかかる。

「○時○分の、○○行きが最終電車でございます。ご乗車のお客様はお急ぎください。午前0時をすぎますと、扉にかぎをしめますので、駅内にいることはできません。・・・・・。」

もちろん、0時で札幌駅から締め出されることは知っていた。これも2年前の経験からだ。ベンチで眠っている人は、駅員に無理やり起こされていた。体裁が悪く感じ、北大側の札幌駅口に出て、コンビニで立ち読みをする。すると、予測通り駅は締め出される。荷物はロッカーの中にいれておいた。もう取り出すことはできない。しかし、防寒用の服は完璧に持ち出している。立ち読みに飽きると、酒とつまみと懐中電灯を買い、駅裏の物陰で一人酒盛りをする。この時期に寝袋なしで野宿しようとする奴なんて、俺くらいしかいないのではないかと感じた。周りには、酔ったおやじやちょっと怖い若者集団ぐらいしかいなかった。とりあえず、かもられないかというような不安に陥った。

「いざとなったらコンビニに逃げれば、人がいる。」

そう考え、再び酒盛りをしながら、懐中電灯で本を読む。防寒は、上が4枚くらい重ね着し、さらにかっぱ。下も靴下を二重にして、ジーパンとかっぱの二重。この日はまだ暖かかったが、それでもかなり寒い。どう考えても、この行動は無謀だ。今からでも、カプセルホテルやオールナイト映画に行くこともできたが、もう面倒くさいのと、これもむくいということでその場に落ち着くことに決めた。時間が経つ。はっきりいって、暇。なんもすることがない。そうこうしていると、駅の扉をたたく女性が見えた。どうも、中のロッカーにある荷物が取り出せなくて困っているらしい。あはは、この札幌駅封鎖をしらないなんて、かわいそうにと思いっていると、駅の掃除している人が親切にも、駅員に言って、荷物をとりだしてもらっていた。はじめは駄目っぽいことを言っていたが、やっぱ女性には甘いのか?そして、さらに夜は暮れていく。

午前2時半・・・寒い。だが、このまま寝てもとりあえず死なないだろうという直感はある。このまま徹夜で起きつづけたほうがいいとも思ったが、やはり動き回った疲労がたまっているのだろう、うとうと眠りはじめた。寒い・・・眠い・・・・大丈夫なのだろうか?不安だが、やってみようというチャレンジ精神は残っている。そして、私は眠った。

9月26日(日) 曇時々雨

札幌駅→(JR)滝川駅→(JR)富良野駅→ワイン工場・チーズ工房→(JR)新得駅→サホロYH

宿泊費 YH 3150円
食費 (昼)コンビニ 300円 (夕)YH 1000円
交通費 一日散歩きっぷ 2040円 貸自転車 1000円
その他 写真展300円 牛乳 100円 アイス 250円

チュン、チュン、チュン、チュン・・・ガチャ。

午前5時・・・札幌駅の扉のかぎを開くのが聞こえた。1,2時間ほど眠ったらしい。体が重い。眠い。朝の寒さがこたえる。誰かが、「野宿は明け方が一番つらい。」と言っていたが、まさにその通り。明け方の一番冷え込む時間がやはりきつい。重い体を持ち上げ、札幌駅に入り、荷物を取り出した。2年前もここで顔を洗ったような気がする場所、駅の御手洗いで顔を洗い、みどりの窓口が開くのをまった。予測通り、野宿で疲労なんかとれないので、鈍行列車で眠ろうと考えていたのだ。ここから、富良野までは鈍行だと3時間かかる。「その間眠れば、少しは体ももつだろう・・・」。しかし、野宿して、朝一の鈍行で富良野に向かうってまさに1度経験があるような気がしたが、まぁ、これも運命かと思い、とにかく、やわらかい地面で眠りたかった。やはり、野宿では地面が硬いのでよく眠れない。

「なんか、昔にまったく同じことしたなぁ・・・。」

妙な歴史は繰り返す。2度あっても3度ないように願いながら、また、学割忘れたのをショックに考えながら、みどりの窓口にはいった。

「普通列車で富良野に行くんですか?なら、良い切符がありますよ。」

北海道JRは、いきなことに”1日散歩きっぷ”という企画切符を発売していた。それは、札幌周辺の路線(小樽〜富良野程度)の普通・快速列車は、\2040で乗り放題というものだ。つまり、札幌付近ONLYの18切符。それを購入し、2年前と同じく旭川行きの始発に乗って、富良野を目指した。少し幸運が戻ってきたようだ。

滝川で乗り換えをして、午前9時7分に富良野駅に着いた。

「・・・することない。」

もう完全秋モードの北海道。もちろん、ラベンダーなど咲いているはずがない。しかたがないので、良い景色のところへ行って、ぼ〜とすることに決めた。そして、2年前とは違う店で自転車を借り、自分の落ち着ける場所を探し、旅立った。

今年のぶどうが収穫されたということで、ワイン工場に来た。しかし、特に何もない。試飲用のワインをがばがば飲み、ワインについてお勉強する。

「ワインの保存方法は、赤ワインは18℃、白ワインは6℃〜12℃。つまり、赤ワインは常温でよいが、白ワインは必ず冷やして飲む。また、ワインは飲む1〜2時間前に開ける。ただし、発泡酒は飲む直前に開ける。」

「ふ〜ん。すこしは、役立つ知識かな?これでまだ富良野に来た意味ができてよかった・・・。」

と心の中で思いながら、再び酔っ払いはチーズ工房に出かけた。

着いてみると、そこはおじさんおばさんだらけだった。まぁ、当たり前だろうな・・・。そこで飲む牛乳(100円)は、とてもおいしい。アイスクリーム(250円)は高かったが、まぁまぁおいしかった。そして、写真展に行こうとしたところで、OFFロードバイクのツーリング者がやってきた。かろやかにバイクを止め、ヘルメットをぬぐと髪は長かった。つまり、女の人だった。しかも、推定20代前半と若かった。たくましい姿で中に入っていき、またたくましく出てきて、いまた勇ましい姿でバイクに乗って去って行った。女の人が、1人でバイクに乗って、OFFロードバイクをブイブイ鳴らすなんて・・・はじめてみたが、とてもかっこよかった。でも、彼女とかがこんなんだとイヤだろうな・・・男より、たくましいよ。などと、あほなことを考えていたが、俺も同じツーリング野郎状態だったら声のひとつでもかけたかったが、自分の今の情けない姿だと、とてもそんなだいそれたことができないので、呆然と立ちつくした。

北海道の真ん中という場所を見て、駅に戻ったが、まだ正午を1時間ほどすぎたぐらいにしかなっていなかった。もう動くのも面倒くさいので、自転車を返し、駅前噴水前でコンビニ弁当を食べながら、日記をつけることにした。心にぽっかり穴があくという経験なんて、この一生でまたとできないものだろうと思い、自分の気持ちを書こうとするのだが、書けない。こんな気持ちはなってみないと分からない。とても、言葉に表せるものではない。

ただ時間がすぎるのを待った。すべては時間が解決してくれる。人生とはそんなものだ。そして、3時間以上呆然として、再びJRに乗り、新得駅へ向かった。

そして、YH2回目となるサホロYHに着いた。まだYHというものが全然分かっていないので、ちょっと緊張しながら中に入った。やはり若いヘルパーさんがいて、受け付けしてくれた。どこのYHにも、若いヘルパーさんているのかなぁ。しかし、客は自分を含めて、2人しかいなかった。もう1人の客の人と、旅の話を聞きながら、夕飯を食べた。夕飯はおいしい。YHの食事はだいたいおいしいものだと直感した。そして、その客人は、会社に勤めていたけど、どういう理由かわからないが辞めて、北海道を車で1ヶ月ほど回っているらしい。しかも、明日は山に登るといってる。「山なんて・・・もう、あきてるからいいや。」それは個人事ではあるが、北海道では山に登る人も多いらしい。そして思ったのは、やはり社会から離れたい人が北海道にくるのかなという疑問をどんどん確信に近づけるものであった。その理由も、少しずつ分かってきていた。

夜はすることがないので、ぼ〜とTVを見ていたら、いきなり、夜10時という時間に女性客2人がやって来た。やはり、北海道は女性にも人気だ。大人数で旅行する人もいるが、私のように1人旅など少数の人も多い。北海道は、いろいろな旅人が来るところなどだと確信した。そして、明日という希望だけを抱きしめ、暗黒に落ちていった。

「明日には、すべてがうまくいく。そう信じるしかない・・・。」

9月27日(月)p.m.3:40〜p.m.9:00 晴

サホロYH→新得駅→(JR)帯広→帯広レッドバロン→38→274→札幌→北大前東横イン
総走行距離 206km
総走行時間 4時間
平均時速 50km

宿泊費 ビジネスホテル 7140円
食費 (昼)豚丼 850円 (夕)コンビニ 1000円
交通費 JR 新得→帯広 800円(?)
その他 パチンコ収入!!! +6000円 バイク修理 17190円

・・・朝食を四人で食べる。しかし、面識もない客人同士なので、無言のまま朝食を食べる。それにしても、YHで食べる朝食は豪華だ。というか、普段朝食を食べないからただそう思うだけだろうが。

今日はバイクが直る予定の日。今日がまた運命の日。今日直らなければ、水曜日となり、仙台に帰ることができなくなってしまう。不安に押しつぶされそうになる自分を奮いただして、YHをでて新得駅へ向かった。最後のJRになると信じて、切符を買う。今日、帯広に行ってバイクが直らなかったら俺は何をすればいいんだ・・・?再び不安に襲われたが、今日直っていることを信じ、帯広へ向かった。

帯広、午前9時47分。・・・バイクが直るとしたら、夕方らしい。直りしだい、PHSに連絡がくるので、PHSが通じる範囲からは抜け出せない。駅周辺は何とか電波が入ったが、しかし1,2本と弱い。行動範囲もせばめられた状態。俺は何をすればいいんだ?本当に、時間の無駄だ。考えれば考えるほど空しい。どうしようもなく、帯広の街を散策する。

そのうち、パチンコ店を見つけたので、なすがままにその雰囲気にのまれていった。たぶん、午前中には連絡はないだろうと思いつつも、PHSのつながりにくそうな中のほうの台はやめて、入り口付近の台を探す。意味不明なプレッシャーにおされながら、一番隅っこの台に座る。これ以上傷口を広げるわけにはいかない。しかし、逆に傷口をせばめられるかもしれない。いまだ放心状態であったが、いままでの災害に対する被害総額はそうとうのものになっているにちがいないということは分かる。

結果、2000円つぎこんだところで、大当たりが2回きたので、その時点でやめた。8000戻ってきたので、6000の収入。もちろん、大赤字旅行の補填にした。それにしても、不幸なときは必ず大当たりがくるのだが、俺にとってパチンコとは自分の不幸さを換金してくれるようなところだ。しかし、いまだ目押しやらリーチ目などわからない初心者でも、運だけでも勝てるから、ギャンブルは怖いなぁ。

勝利祝いで、名物の豚丼を食べた。おいしい。そして、タバコをふかす。それでも、やっと1時をすぎたばかり。・・・暇だ。本当に暇だ。時間とはよく分からないものだ。ほしいときになくて、いらないときにあまる。唯一平等に与えられているもの。この時間を誰かに売れれば、人生もっと豊かにできるだろうに・・・。

午後になると、いつ連絡が来るともかぎらないから、下手に動き回ることもできない。公園のベンチによりかかる。回りでは、小学生4人が野球をしていたり、小さな子供づれの親子が午後のひとときをすごしていた。のどかな日常的な公園の姿の中に私は存在した。ひとりの本を読む男。しかし、その実情はどん底の状態でもがいている。ごろんとしても、不安がいっぱいで、こんな気持ちではとてもリラックスすることはできない。ただ、PHSだけをつかみ、途方にくれる男。いまのところ、PHSだけが生命線である。これほど、PHSが重要になったことはない。旅に携帯・PHSは必須の代物だ。そう確信した。

これほど、時間の経つのがうざったいと思ったことはない。まとわりつき、べたつく、この感覚。妙に遅い流れ。誰かが俺を苦しめようとこんなことをしているのではないか?どうあがいても、どうしようもない。時間が貯時間できたら、ほんとうにいいなと思う。・・・そして午後3時。そろそろ、気分が限界になってきたところで、天からの恵みが届いた。バイブレーションにしていたPHSが震えた。急いで、電話にでると、

「こちら、帯広レッドバロンです。バイク直りましたんで、いつでも取りに来てください。一応お値段の方だけ言っておきますと、17190円です。」

私にとってその電話は、まさに天使からのお言葉に聞こえた。そうだ、今度こそ、今度こそ、俺は買ったんだ。さまざまな逆境にも負けず、やっと勝利を手に入れたのだ。走って、走って、走った。わずか、15分で着いてしまった。興奮の中、3日ぶりのバイクとのご対面。いとしいいとしいJADEちゃん。離れてみて、君の大切さ、大きさが分かったよ。君と出会って、たった2ヶ月だけど、もう君なしでは生きられない。つきあいが長いほどいいってものじゃない。過去なんて意味ない。今、どれだけ君が必要かどうかだけが問題。問題は現在だけだ。そう、過去の失敗なんて忘れて、現在を生きよう。でも、これが人で経験できたら、どれほど良かっただろうに・・・・。

馬鹿なことを考えながら、再びバイクで北海道の道に乗り出した。しかし、俺にとってのバイクの大きさが分かった良い経験であったのは間違いない。今までの経験を心に深く深く刻む。もう、北海道ツーリングも終盤。あさってにはフェリーに乗って帰ってしまう。これで、終わらせないために、もう3時40分と微妙な時間帯に、200kmも離れた札幌を目指した。200kmというと、普通のツーリング1日で走る距離である。もう日が暮れ初めたこの時間に、僕は一足遅れて出発した。

寒い・・・。どんどん日は暮れていく。ひたすら、何もない峠をさまよう。日高峠で、このままではいけないと思い、おもむろに服をとりだし、重ね着、重ね着する。体温が奪われて、体力を消耗するつらさは、あの八ケ岳ツーリングのときに身にしみて分かっている。再び、走り出すと、完全に回りは真っ暗になっている。峠といっても、実際は何もない山の中。ここでいきなりバイクが再び止まったりすると、この極寒の中で夜をあかさないといけない可能性もある。しかし、いままでのロスを取り戻すには、多少のリスクはしょうがない。経験があるだけに、最悪の状況ばかりが思い浮かぶ。楽しいはずのツーリングと思っていた。しかし、それは俺の人生をかけた挑戦になるとは・・・。しかし、今最高の気分であった。あたりは真っ暗、一歩間違えれば、カーブに突っ込む山の上。しかし、心はこの逆境的状況に高ぶるように、どんどんあつくなる。トラブルに直面すれば直面するほど、それを克服する楽しみも大きいものだと分かっている。くくく・・・。奇妙な笑いがこぼれる。寒い寒い・・・背筋の凍る最悪の状況と、立ち向かうもう晩秋の風が、俺の体温と体力を奪っていくのと裏腹に、心は札幌に近付くにしたがって熱くなっていく。

札幌の夜・・・なぜか3日目。本当は今ごろは、知床・稚内と行って札幌に戻ってくる予定だったのに、大きくはずれて、またこの地に降り立つ。パチンコ6000円収入は、所詮あぶく銭なのでさくっと使うために、豪華にも”ビジネスホテル”に泊まることにした。北大前東横インの前にバイクを泊めて、ちょっとみすぼらしい姿でいままで泊まってきたところとは、場違いな感じというか、安ビジネスホテルがとてもとても豪華であることに今気がついた。一泊7000円なんて、そんな金あれば2,3泊できるというのが、普通の貧乏ライダーの常識であることは知っていた。しかし、俺はそこまでけちるのもなんだ、ここまでいろいろがんばってきたご褒美という感じで、さすがに精神的につかれたので自分の中では許していた。しかし、ライダーがビジネスホテルに泊まるなんて普通だと許されないほど豪華なのかもしれない。

ひさしぶりの完全なるプライベートな部屋。YHは相部屋だし、野宿だったり、まぁカプセルもプライベートだが狭いしと、北海道はじめての本当の贅沢だ。いままでがんばってきたご褒美に、再びすすきのに行くか?などと考えたが、本当に疲れていたので、いつのまにかそのまま眠ってしまった。そして、札幌最後の夜は終わった。