存在価値

世界には、数多くの国があり、それ以上に多くの都市があり、さらに多くの暗闇が存在する。

このような暗闇に生きる者のほとんどは、弱者を踏みにじり強者に踏みにじられる日々を送って、死んでいく。

殺されるのではなく単純に運悪く、飢えや病気あるいは事故等、何かの拍子に死ぬのである。

何者かに殺されるなどというレアな最期を迎えられるのはせいぜい2つのパターンに限られるだろう。

1つはヤク中や気狂い辺りに、全く偶然に殺される者。結局は運が悪いパターンだ。

もう1つは、運良く金なり権力なり何らかの力を持ったが故に、殺し屋を差し向けられるパターンだ。

逆に、そんなものが無ければこうして他の連中に目を付けられずに済んだと考えるならば、ある意味こちらも運が悪かったと言えるのかも知れない。

「ま、所詮生きるも死ぬも運次第ってことだな」

そんな、ある意味運が悪かった人間を見下ろし、誰にともなく呟く男が1人。

今しがた始末した人間をさほど力を入れる風でもなく爪先で仰向けに転がす。

彼は、いわゆるところの殺し屋であった。この世界では、一応それなりに名前が売れている中堅である。

がらくた(ジャンク)ギブソン、などという多少ありがちな通り名が示すように、彼の手足や内臓のいくつかは機械化されていた。

標的の手痛い反撃により欠損した箇所を機械に置き換えてきたのである。

「標的の死亡を確認しました。クライアントへのデータ転送と証拠取得を行います」

不意に、抑揚の無い声と共に暗闇から女性が現れた。

ギブソンは別に驚く様子も無く「ああ」と答える。

「面倒臭ぇがやる事はやらんとな。金のためだ」

肩をすくめるギブソンの横を素通りし、女性は死体の目を見開かせた状態で見つめ、次いで心臓の辺りに手を押し付けた。

「瞳孔反応、心電図取得完了」

プロセスを外部出力しつつ、手首を外す。

彼女はロボットであった。

腕の先から3本爪のピンセット状の器具が伸び、死体の眼窩に差し込まれると、そのまま眼球を引き抜き腕に収納する。

依頼遂行の証拠としては脳と心臓が死んでいることを確認すれば充分だが、依頼主の、要はギャングの世界では標的の眼球を持ち帰ることで契約完了となるしきたりがあった。

彼女は死亡確認のためにギブソンが購入した人型ロボットである。

ギブソンは自分の機械部品に余計な機能を付けることを嫌ったため、自身のオプション扱いとしてロボットを使用しているのだ。

 

仕事を終えた翌日、ギブソンが1人―ロボット連れを1人というべきかはさて置き―バーで酒を飲んでいるところに、陽気な男が話しかけてきた。

「よ〜ぅジャンクの!相変わらずいい酒飲んでるねぇ。俺にも一杯奢ってくんない?」

「ふん、そいつは話によりけりだな」

ギブソンが無愛想に答える。この男は依頼の仲介屋だ。『一杯奢れ』はこの業界の符丁である。

「まー冷たいこと。そんな態度じゃお宅のキャリーちゃんにも嫌われちゃうぜ。ってか、もうちょいきちんとメンテしてやったらどうなのよ?な〜キャリーちゃん。こんなマスターに仕えてちゃ苦労も絶えないだろ、不当な扱いにはちゃんと抗議したほうがいいぜ〜」

キャリーとはギブソンが連れているロボットの名称である。大抵の場合は使用者が好みの名前を付けるが、ギブソンは工場出荷時のランダムネームをそのまま使用していた。基本的に彼はロボットに対して愛着を持つタイプではない。

女性型にしたのも基本機能に家事機能が付いてお得感があったのと、一瞬女連れと思わせることで標的の油断を誘えると考えたからだ。

ギブソンのキャリーに対する認識は交換のきく道具レベルであり、自分の機械部品ほどにメンテナンスを行う必要も感じていない。

ロボットとはいえ人型・動物型のものにはそれなりの権利が認められている時代に、彼のキャリーに対する態度は確かに不当と言って差し支えないものであった。

しかし、当のロボットはその辺りを意に介することは無かった。

キャリーもまた、仲介屋に対して表情一つ作らず「私は『苦労』もしくは『不当な扱い』およびこれに類するものを認識するようには製造されておりません」と平坦に答えるのみである。

「そんな事より仕事の話だ。金払いは良いんだろうな?」

いかにもガッカリな顔をした仲介屋に呆れながらも、ギブソンはいつもの通りに依頼の手続きを踏んでいった。

 

結果的に言えば、この仕事は失敗だった。

標的の始末には成功したものの、部屋に設置された自動機関銃が強烈な反撃を仕掛けてきたのだ。

その無駄に高級かつ高性能な自動機関銃は標的が死亡したあとも職務を全うし、ギブソンに瀕死のダメージを負わせてきた。

お陰でギブソンの体は本物のがらくたに成り果て、既存・新規の機械化部品の購入と電脳化で彼が今まで稼いだ金のほとんどを注ぎ込む結果となった。

もちろん各パーツはより高性能なものに換装したわけだが。

ともかく、体の維持費を稼ぐためにも仕事をしなければならない。

ギブソンは復帰早々に仲介屋を呼び出し、慣らし運転がてらに簡単な殺しの依頼を引き受けることにした。

引き受けた仕事はギャングの取り締まり強化をスローガンに掲げる二流政治家の暗殺である。

新しい体の機能を1つ1つ確認しながら、ギブソンは標的の移動ルートから人目に付かない路地を発見するとそこを暗殺の場に選んだ。

『SPも見るからに三流、この程度はさっさと殺して本格的に復帰しないとな』

そんな事を考えながら、彼は標的の前に姿を現した。

「な、何者だ!?」

ふらりと目の前に現れた怪しい男に月並みなセリフを吐く辺りが二流政治家の限界なのだろう。

いちいち答えるのも面倒と感じたギブソンが銃の引き金を引く。

まずは政治家、ついでに邪魔なSPそれぞれの眉間を鉛玉が貫通し、あとはキャリーに死亡確認をさせて仕事は終了。

そのはずだった。

標的の眉間に鉛玉は届かず、否、そもそも弾は発射されず、否、否。銃の引き金すら引けていなかった。

「……?」

何が起きたのか理解できず自分の手と銃を見つめた後、もう一度標的を撃とうとして指に力を入れる。

やはり反応は無く、試しに彼は空に向けて発砲してみた。

鳴り響く銃声。

それが合図であるように、SP達が一斉にギブソンを撃った。

機械の体は別に不死身の体ではない。数人のSPから集中砲火を浴びせられればタダでは済まない。

無論、強化された体はそれを回避できるはずだったが、自分に何が起きているか理解できていないギブソンには弾丸を避けようという思考が抜け落ちていた。

かくして殺しは失敗し、後に残ったのはボロボロになったギブソンと、キャリーのみ。

「どういう、こと、だ?何で引き金が引けない、いや、人が撃てない?」

機械部品をあちこちに散乱させたギブソンが誰にとも無く呟く。

「現象からの推測になりますが、ロボット3原則が適用されたものと分析します」

それに答えたのはキャリーだった。

「ふざけんな、俺は、ロボットじゃねぇ、人間だ」

お前と一緒にするな、そう目で訴えるギブソンを見下ろし、全く抑揚の無い声で分析結果を淡々と述べる。

「あなたは自身の破損箇所を機械部品に置き換えていった結果、生体パーツが存在しない状態となりました。これはいわばロボットと同じ存在であると分析します」

「だったら、生体部品がありゃ良い、んだろうが。おい、俺を修理所に持っ、て行って舌でも鼻、でもいいから、生体部品を組み、込め」

完全に借金生活に突入だ、と苦々しい顔で命令をするが、キャリーは微動だにしなかった。

ただギブソンを見下ろしているだけだ。

「どうした…?さっさと、命令を聞け!」

苛立ちながら怒声を上げても動く気配は無い。

「っは、まさか、アレか?今までの扱いを恨んで、いい気味だ、とでも思って、やがるのか?使ってやっ、た恩も忘れや、がって!」

「私は『恨み』または『恩』およびこれに類するものを認識するようには製造されておりません」

その言葉通り、ギブソンを見下ろす瞳には哀れみ憎しみ蔑みその他の感情は一切浮かんでいなかった。

「だっ、たら、何、が問、題、だ!」

動力切れ直前のギブソンに、やはり抑揚の無い声でキャリーは一言だけ答えた。

「私はロボットに仕えるようには製造されておりません」


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