裸エプロン。
それは男のロマン。
一糸纏わぬ自分の嫁が(嫁という点が重要だ)、仕事から疲れて帰ってきた夫を癒すためにエプロンだけでキッチンに立つアブノーマルとエロス!夫以外の人間が訪ねてきたらどうしようというスリル&サスペンス!自分のためだけにそれを披露してくれる献身!
まったくもって素晴らしい。
世の中にはこの良さが分からない男もいるらしいが、そんなマイノリティの戯言は無視してしまおう。ああそうさ、この世に裸エプロン以上の正義なんて存在するものか。
そんなわけで俺は今、至上の幸福に包まれている。
ここまで言えば察してくれるな?
そう。嫁さんが裸エプロンをしてくれることになったのだ。
嫁さんの親父さんはなんでも高名な書道家だとかで、とにかく厳格でひたすら娘を溺愛している。
そんな家に育ったもんだから嫁さんも当然やたら貞淑にすぎるのだ。裸エプロンなんて夢のまた夢、口に出すだけで半年は実家に帰ってしまうのではないだろうか。
そう。思っていた。
一か八か、思い切って提案してみたらあっさり要求が通ってしまったのだ。
今日、嫁さんは家で裸エプロンをして晩飯を作りながら俺を待っている。
待っているんだ。
だから、今課長が目一杯怒っているが全く気にならない。こんなもの、裸エプロンの前ではただのノイズだ。
とはいえ、確かに少々浮かれていたのは事実。10個の発注を1000個にすれば起こられるのも当然か。
………。
………。
………。
ま、いっかぁ!裸エプロンのが重要だよね!
さ、定時になったし今日は早々に切り上げて帰るぞ〜。
待っていてねマイダーリン!
裸エプロンのためなら、あたい頑張る!
ああ、ガムを踏んずけても今日は怒らない。渋滞のタクシーにだってイライラするもんか。
焦るな、俺。裸エプロンまでは後たった50m、このワクワクをもう少しだけ楽しもう。
平静を装って、玄関まで残り10m。俺は堪らず駆け出した。
「たっだいま〜〜♪」
「おかえりなさい。もうすぐお食事できますから」
嫁さんがパタパタと駆けてくる。向こうからやってくるなんて、ホントはノリノリだな〜?こぉいつぅ〜☆
俺は振り向き様に嫁さんのおデコをこつんとやる姿勢で振り向き、そのまま床に倒れこんだ。
別に浮かれすぎて滑ったわけではない。ただ、振り向いた先にありえない、あってはならない光景が広がっていたから。
今日一日をハイテンションに過ごした反動が一気に来たのだ。
なんで……。
なんで、服、着てるのさ……。
ショックのあまり意識が遠くなるのを感じる。明日は、会社を休もう。
いったいどうしたのだろう。
夫が、帰ってくるなり床に倒れこんで気絶してしまったのだ。
今朝はあんなに楽しそうに家を出て行ったのに、今日一日でよほどショックなことでもあったのだろうか。
あんなに見たいと言っていた裸エプロンをろくに見ないで倒れてしまうだなんて。
私は、書道家の父に頼んでお腹部分に大きく『裸』と書いてもらったエプロンをしたまま、何が起きたのかも分からずオロオロするばかりだった。