あるマンションの一室で、数人の男女が一本のロウソクを囲んで座っている。
一見、年齢も身なりもバラバラだが、彼らには一つの共通点があった。怖い話が好きで、尊敬する人物の欄には必ず稲川淳二が挙がるような連中だという事だ。
そういった人間が集まれば、する事は一つ。怪談話の披露会以外にありえない。
「これは関西の方にある、某峠であった話だ。」
何とはなしに、一人の青年が口を開く。今日も凍てつく夜が始まろうとしていた。
「その峠は昼間でも交通量が多くなくて、夜になると地元の人間も通らないような寂れた場所でな、月明かりが無いと本当に真っ暗になるんだ。
普通は真夜中にそんな所通らないんだが、その日はどうしてもそこを通らないといけない用事があって、渋々ながら車を走らせていたんだよ。
もう夜の1時を回っていて、ヘッドライト以外に明かりはまったく無くてな、空気も重い感じがして、とにかく早くここを通り抜けたい気分だった。
そして、30分ほど走って分かれ道に差し掛かった時、ふと前を見ると、小さな女の子が左の道の先で手を挙げて立ってるんだよ。
俺は、『迷子にでもなったのかな』って思って、家まで送るつもりで左の道に行ったんだ。
女の子は50メートルくらい先にいたんだが、俺はある事を思い出して急ブレーキをかけた。
たしか、この道はバイパス工事の途中で、50メートルも道があるはずは無かったんだ。
慌てて車を降りて確かめると、道は5メートルもしないで途切れていて、ヘッドライトも届かないそこは、ただ暗闇があるばかりだった。
当然、前を見ても女の子はいなくて、何だったんだ、と思う俺の耳に『もう少しでお友達が増えたのに』って声が聞こえてきたんだ。
俺は怖くなって、すぐ車に乗って逃げるようにその場を後にした。あとで知った事だが、ちょうどあの道の真下あたりで、女の子が土砂崩れに巻き込まれていてな。2ヶ月くらい前の話だそうだ。
…死体は、まだ、見つかっていないらしい」
彼の話が終わると、全員が一斉に息をついた。
それぞれが口々に感想を言い合うと、今度は別の女性が話を始めた。
「…私が東北の温泉町に泊まった時の話なんだけど」
静まり返った室内に、女性の声だけが謐々と響く。
「例によって寂れた旅館に宿を取ったのね。ほら、温泉入るのにホテルだと情緒が無いなって思うタチだから。それで、露天風呂もほとんど貸し切り状態だったし、うん、ちょっと失礼だけど料理も思ってたよりずっと美味しかったの。これは当たりだな〜って、満足して布団に潜り込んだんだけど、その旅館、別の意味でも当たりだったみたい。
夜中の3時くらいかなあ、何だか息苦しくて目を覚ましたら、体が全然動かなくて。寝返りも打てない状態で、意識だけが妙にハッキリしてきたのね。
それで、目だけを動かして周りを見ていたら、部屋の隅、ちょうど左足の方に何かの影が見えた気がして。ほぼ間違いなくそういう類のものだろうと思ったんだけど、見ないふりで寝る事も出来ないから必死に目線を足の方に向けて、もう少しで見えるって所まできたら、
……目が攣った」
全員がコケた。
「もう幽霊どころじゃなかったわ。あまりの痛みに失明したらどうしようかと、あれは恐ろしい体験だったわ」
女性は真剣に話しているが、他のメンバーは苦笑している。
しかし、彼女の天然混じりの話で幾分空気が和んだせいか、今まであまり発言していなかった中年男性が次の話に名乗りを挙げた。彼は今回が初参加だったので、自分から話をする自信がなかったのだろう。
「私には息子がいまして、ああ、息子と言っても娘の夫で、義理の、という事になるんですが」
初めてにしてはゆっくりと落ち着いた口調で話す男性に、他のメンバーの期待は嫌が応にも高まる。
「自分の娘が選んだからって贔屓目に見ているわけでは無いんですが、これが良く出来た人物でして、私もすっかり本当の息子のように可愛がっていたのですが…。
実は、そのう、先日、その息子がですね…」
ここで中年男性は一旦言葉を切った。続きを言いあぐねているのだ。
「辛い話でしたら無理はしなくても…」
メンバーの一人が気を使うが、男性は首を横に振り話を続けようとする。
しかし、やはり言い難いのだろう、中々次のセリフが出てこない。
「もしかして、息子さんが御亡くなりになった、とか…?」
「ああ、いえ、そんな事は無いんです。その…息子が、肩叩きを、ですね……」
助け舟を出すメンバーに慌てて訂正すると、心底辛そうに言葉をつなげる。
「……息子さんが肩叩きを?それはむしろちょっといい話なんじゃあないですか?」
本人の真剣さとかけ離れたハートフルストーリーを聞かされ、ちょっと呆れ顔になる一同だったが、中年男性の次のセリフで全員が凍りついた。
「それが、息子は私が勤めている会社の人事部長でして……」