その料理店は、町の外れの更に外れにある、小さな盆地に建っていた。
看板は無かったが、店主のこだわりと腕の良さが評判を呼び、多くの人が訪れていた。
今日も夕食時は戦場のような混雑を見せていたが、ラストオーダーを取り終わった現在、店に残る客は俺一人という状況だった。
「で。注文の品はこれで間違いないんだな?」
「はい、間違いございません」
俺が念を押すと、店員は落ち着き払って答える。
なぜ客である俺が注文を確認しなければならないのか。普通は逆だと思うだろうが、自分が注文したものが想像とまったく違っていれば、きっと大抵の人は同じ行動を取るはずだ。
「もう一度聞くが…『牛すじにく煮込み』ではないのだな?」
「はい。当店の新メニュー『牛きんにく煮込み』でございます」
…俺の隣にはやたらとマッチョな牛が怪しげなポージングをして立っていた。
この店のこだわり。
それは調理に入る前に素材を客に見せ、納得してもらった上で料理を作ると言う事だった。その為、俺の目の前には件の牛が極上のビルダースマイルで胸肉をピクピクさせているわけだが。
「なぜ毛を剃っているのだ」
「無駄毛があるとワセリンのノリが悪くなりますので」
確かにテッカテカだが、これから解体される牛に必要な事なのだろうか。
『ニッカァァッ!』
ええい、必要以上に白い歯を見せて笑うな!
「当店の牛筋肉は1日10ヘクタール以上の畑を耕せる牛から取ったものを使用します。器具によるトレーニングではなく実際に開墾作業に従事する牛ですから、自然で柔らかい筋肉になっております」
聞いてない、誰もそんな事は聞いてないし聞きたくない。
「…その笑顔は何とかならんのか」
これから食われるくせに全く憂いを感じさせない牛の嫌味なまでの笑顔に辟易する。せめて4本足で立ってくれ。
「何をおっしゃいます!筋肉を評価するときは筋肉の大きさや形はもちろん、笑顔も重要なポイントなんですよ!」
「切れてる切れてるー!」
ウェイターの力説も意味がわからないが、コックの掛け声はさらに意味不明だ。
「まあ、100歩譲って牛きんにく煮込みでもよしとしよう。飼料は何を与えているんだ?」
「もちろん天然プロテインです!」
「お前天然って付ければ何でもアリだと思ってるだろう。」
なんだ、天然プロテインて。めちゃめちゃ人工物じゃないか。
「…お気に召しませんか?極上の筋肉だと思うのですが」
「……だって、これ肉牛じゃなくて乳牛じゃないか……」
「筋肉の前には肉牛も乳牛も無いのです。筋肉は全て平等です」
さっきから筋肉筋肉と、お前は聖マッスル教の信徒か。
結局、『不味かったら料金はいらない』とまで言われ、俺の前には皿に盛られた牛きんにく煮込みが湯気を上げていた。
くそっ、ここの料理は絶品だと聞いてこんな町外れまで来たのに、とんだ貧乏くじだ。やはり迂闊に新メニューに手を出すべきじゃなかった…。
ちっくしょう、超うめぇ。